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【地域共創カレッジ】暮らしながら「自分を受け入れる」力を身につける|第四回

いま、都会にいながら地域のことを考え、都会と田舎の関係性を捉え直す場が生まれています。それが今年の5月からスタートし、「灯台もと暮らし」で密着取材をしている地域共創カレッジ。今回の講義は、慶應義塾大学の特別招聘准教授であり、社会起業家の育成・輩出なども手掛けている井上英之(以下、井上)さんを講師としてお迎えした様子をレポートします。

(以下、アスノオトスタッフ:山崎麻梨子)

これまでの講義

いまの暮らしに「自分を受け入れる力」が必要

地域共創カレッジ

講義のはじめに「チェックイン」という時間を使って、自分のいまの気持ちや考えていることを、一人ひとりが話します。これが地域共創カレッジの習慣。いきなり講義の本題に入るのではなく、心をほぐす準備体操のようなものです。

井上さんが、受講生に話しかけました。

井上:「じゃあ上司が話を聞いてくれたら、どんな気持ちになりますか?」

上司が自分の話を全く聞いてくれない、それがつらくて悩んでいるという受講生の話を聞いた井上さんからの問いかけ。受講生は、「話を聞いてほしいから単純にうれしいと感じる」と答えます。

井上:「嫌なことを思い出すと脳内物質が分泌されて、もう一度、嫌だと感じたときと同じように脳が働くんです。つまり考えれば考えるほどつらいものになり、トラウマ化する。じゃあ、どうすればいいのか? 人間関係において、自己受容はとても大切です。自分の感情に対して、『うん、そうだね。』と共感してあげるんです」

自分の感情に共感してあげることが大切だと話す井上さん。しかし、自己受容と言われても、うまくできなくて悩んでいるのは受講生だけではないはず。もう少し深く聞いてみましょう。

井上:「自己受容をもう少し深く掘り下げると、セルフマネジメントの話になります。“Zone of Resilience”(ゾーン・オブ・レジリエンス)という、神経系の話をしましょうか。

ひとには転んでも立ち上がっていける、神経系の「ゾーン」があり、このゾーンの内にいると、しんどい時もしなやかに回復できます。疲れても、折れてしまわずに気力を回復できる。いわゆるレジリエンス(*1)のある状態を、自ら実現できます」

(*1)レジリエンス:レジリエンス(resilience)は「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」などとも訳される心理学用語である。心理学、精神医学の分野では訳語を用いず、そのままレジリエンス、またはレジリアンスと表記して用いることが多い。「脆弱性 (vulnerability) 」の反対の概念であり、自発的治癒力の意味である。引用:Wikipedia

井上:「しかし頑張りすぎてしまうと、ゾーンを超えてしまいます。このことを“過覚醒”といいます。たとえば仕事で徹夜したとしましょう。ハイになると、無理しても乗り切れるときもありますが、長くは続きません。あるときに、気持ちも身体もガクンと落ちてしまいますよね。

すると今度は、どうしても身体に力が入らなかったり、やる気がでなくなったりして、出社できなくなってしまう。このことを“無覚醒”と呼びます。血糖値の上がり下がりに似ていますね。急激な上がり下がりが続くと、だんだん身体が弱ってきてレジリエンスを失ってしまうんです」

こうなってしまう背景には、

日本ではパフォーマンスとストレスの関係が比例していると、信じられていることにあると井上さんは話します。頑張れば頑張るほどパフォーマンスが上がるように思いがちですが、果たして本当にそうでしょうか? 過労で倒れてはじめて、自分が無理をしていたことに気づくひとは少なくありません。

井上:「自分の心と身体の無理に気づくことで初めて、自分をサポートできます。例えばしんどいと気づいたらしっかり寝る、このひとに電話する、とか。自分自身の状態に気づく。自分の欲しい未来へ、よりよくマネジメントするためにも、日常の中で自己の状態を受容し、よりよい状態に導く方法を身につける必要があるのです」

地域共創カレッジ

物事を進めるために必要な「共感力」を養う

一人ひとりが自己受容することが、日々心と身体をいい状態に保つ方法だということがわかりました。自分の状態に気づき、それを受け入れることで「他者への共感力」を養うこともできると井上さんは述べました。

井上:「自分の状態を受け入れていないと、なかなか他のひとに共感できませんよね。自分に共感することは他人に共感することにつながります。ですから、自分の寂しさや孤独を考えないようにするのではなく、『そうだね、わかるよ』と自己受容することで、他のひとの気持ちが理解できるんです」

普段私たちが接しているビジネスの世界だと、理論的に正しいことが優先されますね。多少無理をしてでも、部下は上司についていくことがあります。しかし村や町のような小さなコミュニティでは、頭で考えるだけではなく、ひとの感情が大切にされることが多いのも事実です。

井上:「頭で無理を強いても、小さなコミュニティでついて来てくれるひとはいません。感情の動きを無視しては物事は進まないんです」

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積極的に自己開示する

ここからは二人の受講生とのフィッシュボウル(*2)に移ります。

地元で地域おこしをやっていきたいと話す、受講生の女性。地元を出てもう10年近くなるため、故郷で暮らすひとからすると、「半分よそ者だ」という自覚が彼女にはあったそう。地元のひとたちと打ち解ける手段として、地域で暮らす仲間と一緒にできるプロジェクトをはじめることにしました。

(*2)フィッシュボウル:2人以上の対話を全員で共有する手法。円を作り、円の中で対話をする。その対話を外側から眺めることから、金魚鉢という意味のフィッシュボウルと名づけられた。

受講生:「遠くにいる分、地元で活動している仲間とチームをつくりたいという思いがありますが、自分が空回りしている感じがあって。お互い自分の仕事があるので、なかなかやりとりもスムーズにいかず、彼らとの温度差に、自分自身もモチベーションが下がってしまっています」

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「悩む彼女に何か言いたいことがあるひとはいますか?」と、井上さんが問いかけると、少しずつ受講生たちが話し始めます。

井上:「いま起きていることって、自己開示ですよね。『私はこういう環境で活動していて、こんなことでてんてこまいになっています』と話してくれることで、聞く側が、何か力になりたいと思ったり、少し自分の話をしてみたりできる。普段言えないことを言えることで、お互いに学びあえる。しかも、誰かのストーリーの中に自分に似ている何かがあって、自分も俯瞰できてお互いが気づき合えるんです」

地域と関わる上でも、自分で何かプロジェクトを進めていく上でも、自分を知り、自己を開示をすることは信頼関係を築き上げるために大切なこと。上手くいっていることも、なかなか思うように進まないことも、まずは言葉に出して「自分を伝える」ことが大切なのでしょう。

そして、自分がいちばん喜べることをする

ここまでの講義を整理すると、「自己受容する」ことが、誰かとものごとを進めるために必要な他者への共感や自己開示をするきっかけになる、ということになります。さいごに井上さんが訴えたのは、「自分がいちばん喜べること」を行うことの重要性でした。

この話題は、長崎県にある五島列島という島で「宿を営みたい」と話す、受講生の長谷川雄基(以下、長谷川)さんの声が発端。地域訪問では徳島県神山町へ行き、そこで五島列島の魚を神山町の人々に振る舞うイベントができないかチャレンジをしている真っただ中でした。

井上:「転んでも立ち上がれるし、時間を忘れるくらい楽しんでやれる、自分が一番喜ぶことって何が思い浮かびますか?」

長谷川:「いまやりたいことは、魚を捌きたい(笑)。魚を捌いていると、落ち着くんです」

井上:「じゃあ魚をいっぱい捌きましょうよ。魚を捌くことに関して私が一番!ってなるまで。その先に何かあると思うけど、捌かなきゃわからないんじゃない?

誰と捌きたいのか、それとも捌き方を教えたいのか、いろんな種類の魚を捌きたいのか……。やることで自分が欲しいことが見つかるから、やってみないとわからない。転んで修正して、だんだんと近づくものだと思います」

長谷川:「そうですね。いままで誰かの為に何かをする、ということばかりで、“自分のために“が欠けていました。お話を聞いて、自分のために、自分が嬉しいと思うことをやりたいと思いました。いまの僕にとって、島の魚を自分で仕入れてホームパーティーをすることがいちばん楽しい。島のもので島のものに支えられながら自分の居場所をつくりたいです」

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講義の学び

  1. 自分の心と身体がいい状態であるためには、日常の中で自己受容する方法を身につける必要がある
  2. 自分の状態に気づき、それを受け入れることで「他者への共感力」を養うこともできる
  3. 他者とプロジェクトを進めていく上でも、自分を知り、自己を開示をすることは信頼関係を築き上げるために大切なことである
  4. 自分を知り、受け入れる。他者への共感、そして自己開示できるようになる。その結果、自分がいちばん喜べることに取り組めるようになる

お話をうかがったひと

井上 英之(いのうえ ひでゆき)
慶應義塾大学 特別招聘准教授 井上 英之Inoue Hideyuki 2001年よりNPO法人ETIC.にて、日本初のソーシャルベンチャー向けプランコンテスト「STYLE」を開催するなど、社会起業家の育成・輩出と市場の創出に取り組む。 03年、ソーシャルベンチャー・パートナーズ(SVP)東京を設立。 05年より、慶応大学SFCにて「社会起業論」などの、実務と理論を合わせた授業群を開発。 09年、世界経済フォーラム「Young Global Leader」に選出 現在、慶應義塾大学 特別招聘准教授。 12~14年、日本財団国際フェローとして、米国スタンフォード大学、 クレアモント大学院大学に客員研究員として滞在した。近年は、マインドフルネスとソーシャルイノベーションを組み合わせたリーダーシップ開発に取り組む。

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探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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