「糸」がどんなふうにできていくのか、知っていますか?

私たちの暮らしは、毎日身につける衣服をはじめ、たくさんの「布」製品に囲まれています。その布を構成するのが、一本一本の「糸」。どんなに時代が進んでも、糸や布と無縁の生活は考えられません。

昔から地域ごとに営まれた「手作業」による糸づくりは、産業革命以降、紡績工場での「機械生産」という方法に大きく移り変わりました。

けれども、福島県昭和村では、糸づくりに関わるすべての工程がいまも「手作業」で行われています。

いずれの工程も、倦(う)まず弛(たゆ)まずに(*1)。

(*1)倦まず弛まず:飽きたり気をゆるめたりしないで。物事をなす際の心がけをいう。

昭和村では、土から糸になる植物・からむしを育て、刈り取ったからむしから糸の繊維を引き出しています。

畑一面に群生する植物・からむしが、ひとの手によって青く清らかな繊維へと変化していく「からむし引き」は、まるで魔法のような工程です。

昭和村とからむし

けれど、「手作業」の糸づくりがもたらす魔法は、「からむし引き」だけにつきません。

指先で細く裂いた繊維を、撚(よ)り合わせてつなぎ、一本の長い長い糸にしていく。

結ばずに次々とつながれていく「糸づくり」の工程もまた、ひとの手が成す「魔法」のワザと言えそうです。

昭和村に暮らすある女性は、手績み糸の魅力について、こんな風に教えてくれました。

「手つむぎの糸は、機械紡績の繊維のように切り刻まれない。ひとの手で、植物をそのままつないだ糸だからエネルギーがある」のだと。

そうした糸づくりの工程を、「糸績(う)み」(*2)。と呼びます。

(*2)糸績み:リボン状の繊維を糸の細さに裂いてつないでいくこと。木綿のような短繊維をつなぐことを「紡ぐ」といい、大麻など長繊維をつなぐことを「績む」という。

今回、私たちは昭和村で長年糸づくり、機織りをする五十嵐良さんを訪ね、「糸績み」の作業を拝見させていただきました。

五十嵐 良(いがらし りょう)

樺太(現サハリン)で生まれ、3歳のときに両親の故郷である昭和村へ移り住む。結婚後、嫁ぎ先のお姑さんに教わりながら本格的にからむしの糸づくりや機織りを始める。現在は地機織りの作品制作をしながら、からむしの糸づくりや地機織りの講師として技の継承に尽力されている。

見よう見まねで始めた糸づくり。時が経てば手練の技に

良さんと糸づくりとの出会いは、幼少の頃に遡ります。

「昔は暮らしの全部に機織りが欠かせなかったのや。田んぼさ入るにも、山さ入るにも、みんな自分のうちで麻を織って、それを着ていたの。

だから子どもたちも『みんな糸づくりやれー』って親に言われて、小学生のころからやってたな。

テレビもラジオも娯楽もないから、大人も子どもも働くしかないのや。山を焼いてはソバを撒いたりなんかして、食料を確保することに大人たちはとにかく必死。

私が子どもの頃は、ずっとそういう生活だった」

昔、からむしは新潟の越後上布・小千谷縮の原材料として出荷され、昭和村の中ではめったに織ることのできないほど、とても貴重なものでした。

だから、自分たちの身の回りのものは、麻の繊維で織られていたのです。

良さん曰く、「麻をつくんねぇ家はなかった」ほどだそう。現在は麻の栽培は法律で禁止されていますが、昭和村では、かつて栽培されていた麻の繊維が織物に使われることもあります。

一方で、本格的にからむしや機織りを始めたのは、嫁いでからのこと。

「成人式が終わって21歳のころ、この家に嫁いでね。

始めは、からむしも全然うまく引けなくて、若かったころは恥ずかしかったなぁ。

それでも続けていくうちに、だんだん慣れて引けるようになってね。

途中、葉タバコの栽培で「からむし」を離れたりもしたけれど、なんだかんだと毎年欠かさずに糸績みして、機織りしています」

からむし織。模様や色は自由に、自分がいいなぁと思うように
裂織り。ふとんカバーなど不要になった布を細かく裂いて、つないで織り上げたもの

良さんは、糸づくりや機織りの職人ではありません。達人や名手、専門家というのも大げさすぎる。あくまで暮らしの一コマとして、この道60余年。そんな手練(しゅれん)(*3)。のワザを持つおばあちゃんが、昭和村にはたくさんいます。

(*3)手練:熟練した手際。よく慣れてじょうずな手並み。また、よく練習すること。

五十嵐良さんの糸績み

[1]麻はモニャモニャ、からむしはバリバリしてる

私たちがお話を伺った日、良さんは糸績みをしているところでした。

「麻は、手触りがモニャモニャしてんのや。それに対して、からむしはバリバリしてる。

モニャモニャしてっから麻のほうが太いようだが、濡らしてみると細くなっちまう。

足して、よじって、からむしも麻も糸のつなぎ方はおんなじや」

私たちにもわかるように、良さんはゆっくりと手を動かして、糸績みの様子を見せてくれました。

作業は単純。繊維と繊維をつなぎ合わす。それをひたすら繰り返して、一本の糸にしていくのです。ひたすらに。

「植物の繊維をつなげるコツは、結ばないで撚(よ)る(*4)。。初めて見るひとは『わぁ、魔法みたい!』って、みんな言うのや。右の手で撚って、左の手でこうや。そうすると、一本の繊維が合わさって糸になるのや」

(*4)撚る:ねじる。ねじり合わせること。なお、昭和村での「からむし」や「大麻」の糸績みは結ばずに撚り合わせて行われるが、他地域や素材によって、結んでつなぎ合わせていく場合もある

バラバラの繊維を結ばずにただ撚り合わせるだけで、一本の糸が生まれていく。それはほんとうに、魔法のような不思議な工程です。

手先が不器用な私は思わず、「つないでいる糸が、途中で絡まったり解けたことはないですか?」と、尋ねました。

すると良さんは、なにやら思い出したように、笑みを浮かべて言いました。

昭和村

「糸績みは簡単なようでもなぁ、実際にやってみると思い通りにならないことも色々あるんだよ。

でも、私は糸つくりが好きなんだ。好きだから一年中、道具をそばに置いて、時間があるときは昼も夜もやってるんだ」

「色々」という一言に込められた時間の厚み。それを思うと気が遠くなるようでもありながら、でもなぜか不思議と包み込まれるような気分にもなりました。

そうして長い長い一本の糸が「苧桶(おぼけ)」いっぱいにたまったら、次はつないだ糸に「撚(よ)り」をかける工程です。

苧桶は、いつでも良さんの傍に置かれている

[2]やってみて、工夫しながら自分に合うやり方で

機織りをする前につないだ糸は必ず、撚りをかけて丈夫にしていきます。

「今日はうまくできっかなぁ」

良さんは照れ臭そうに、糸車の準備を始めました。

「その日によって、撚りかけがよくできるときと、よくできねぇときがある。うまくいくときは『ブーンブンブン、ブーンブンブン』っていい音が鳴るんだよ。

だから村ではみんな、この工程を『ブンブン』って呼んでいるのや」

右手で糸車を回転させながら、手足を前後に動かし、糸をまんべんなく紡錘(つむ)に巻きつけていく
糸を巻きつける紡錘の部分には、麻殻(おがら)やストローを使用する

足を使っての撚りかけの作業は、珍しいと良さんは言いました。

「乾燥すると糸車がツルツル滑って回らなくなるから、湿らせた糸を使ってね。こうやって手足を前後に動かして、撚りかけをした糸を紡錘に、まんべんなく巻き取つけていく。

撚りかけは、手だけを使ってやる地域もあるけれど、昭和村ではみんな足も使う。足を使えば自由に調整できるでしょ。

昔はなんでもやってみて、自分で研究をしてなぁ。糸を巻き取る部分には、小萱(こがや)の殻や麻の芯を使ってね。いまではストローなんかを使うのや。これもぜんぶ工夫しながら生まれた、撚りかけのかたち」

糸車をはじめとする道具の使い方に、正解・不正解はありません。

糸の調子に合わせて、ちょうどいい使い方を模索する。何十年も繰り返すうちに、道具たちはいつしか身体と一体になる。そうすると、「ブーンブンブン」と小気味のいい音を奏でるようになる。そう良さんは教えてくれました。

良さんの、地機織りコットンマフラーの質感

2年前の冬、昭和村を訪れたときのこと。元織姫さんの営む工房・toaru cafeで、無垢な佇まいをした一枚のコットンマフラーに出会いました。

白い毛糸を探していたところ、元織姫さんから「オーガニックコットン糸があるよ」と紹介され、それを地機(じばた)で織り上げたのが、良さん。良さんは以前から毛糸を地機で織り、マフラーをつくったりもしていたそうです。

独特の風合いが静かに波打つこの布に一目惚れをした私は、コットンマフラーを迷わずに連れ帰ることを決めました。それ以来、季節を問わずに身につけています。

一見すると変哲もない一枚の布。けれど、探そうとして出会えるものではないと直感しました。

太くなったり、細くなったり。でこぼこと、不均一にも見える織り目のおおらかさを眺めていると、素材に対する良さんのやさしさが感じられます。

コットンのふわふわとした柔らかさを損なわないように、素材がなりたいように。それは機械には真似できないこと。

素材に寄り添いながら、良さんの手から生まれた一枚です。

倦まず弛まず、この手がつないだ暮らしのかたち

良さんの幼少期は、戦中・戦後のモノがなかった時代。

十分な現金収入がなく、布を自分たちで織ったり、服を縫ったりするのが当たり前。お姉さんに布団の生地で上着を作ってもらったこともあったとか。

良さんも小学校の頃から見よう見まねで編み物をしたりしていたそうです。

五十嵐良さん

良さんや村のおばあちゃんたちの原体験には、布に対する切実な思いがあることが伺い知れます。それは布に限らず、衣食住、暮らしそのものに対する切実さでもありました。

使わなくなった布たちは、丁寧に糸に解き、解いた糸からもう一度、かたちを生みだす。

つないで解いて、もう一度つなぎ合わせて。

たくさんの皺が刻まれた働く手のぬくもりは、良さんの布に宿っています。それは、慌ただしい日々のふとした瞬間、心に喜びを与えてくれる陽だまりのような存在です。

文/中條美咲
編集/小山内彩希
写真/小松崎拓郎

(この記事は、福島県大沼郡昭和村と協働で製作する記事広告コンテンツです)

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