福島県昭和村に、一風変わったゲストハウスがあります。

名前は「SHARE BASE(シェアベース)」。

「皆で共有できる秘密基地へ」をコンセプトにしたその空間は、2018年の7月にオープンしました。

お屋敷のような外観のドアを開けると、和モダンなテイストを残した大広間、キッチン付きのバーカウンター、1階と2階にはそれぞれ客間が広がっています。

SHARE BASE

SHARE BASE

SHARE BASE

SHARE BASE

SHARE BASEはもともと、築150年の古民家で、長い間空き家状態でした。

それがこんなふうに姿を変えた背景には、2017年の5月から古民家に住み込みで「シェアベースプロジェクト」なるものを進行する3人の存在があります。

橋本さん

橋本 浩寿(はしもと こうじ)

福島県磐梯町生まれ。東洋大学卒業後、都内のウェブ広告会社に勤務し、執行役員を務める。2016年に独立し、株式会社SATORUを設立。

網谷さん

網谷 修佑(あみや しゅうすけ)

千葉県銚子市生まれ。東洋大学卒業後、橋本さんからの誘いでおなじウェブ広告の会社に勤務しWEBマーケティングOPを務める。2016年からは株式会社SATORUへ。

海野さん

海野 正輝(うみの まさき)

茨城県水戸市生まれ。東洋大学卒業後、専門店とメーカーでBtoC、BtoBの営業経験を経て、2016年から株式会社SATORUへ。

橋本さん、網谷さん、海野さん。3人が始めたシェアベースプロジェクトとは、古民家をセルフリノベーションした自由構想型基地「SHARE BASE」をつくり、訪れてくれた人たちが、より自由に豊かな発想を実現するきっかけをつくり続けるプロジェクト。

プロジェクトの核であるSHARE BASEの特徴は、頭の中のアイディアを形にできる「自由空間」であること。そこでは宿泊するだけでなく、空き部屋の改装や作庭、テラスやウッドデッキでのアウトドア体験、畑の収穫などが体験できます。

利用者にとって「なんでもあり」の空間をつくりあげた背景には、どんなストーリーが隠れているのか。

SHARE BASEオープンに至るまでの道のりを伺っていくと、やがて3人の「積極的な遊びが生む価値」への大きな納得が見えてきました。

SHARE BASE

遊びだからこそ吸収できることも増えていく

橋本 SHARE BASEを運営する僕たち全員、株式会社SATORUという会社の社員なんです。SATORUは2016年に僕が東京で設立したウェブ広告・マーケティングの会社。

どうして会社を設立したのかというと、このゲストハウスをつくるためでした。

昭和村で1年間古民家を改装しながら収入を得るためには、仕事面で自由度の高い環境を作らないといけないと思い、前職のITの仕事を引き継ぐ形で法人を設立しました。

網谷 なので、SHARE BASEをつくり始めてからの僕らの生活は、主に昭和村でリモートワークをしながら空いた時間で古民家の改装をするというものです。

海野 朝なんとなく10時くらいにみんなで集まって作業をして、ある程度仕事が片付いたら、空き部屋のアイディアを話したり、畑の手入れをしたり。そんな毎日を3人で過ごしています。

SHARE BASE

── 3人が空き家だった古民家に住み込んで改装し、SHARE BASEをつくるという構想はいつからあったのですか?

橋本 いちばんの根っこは大学時代からです。3人とも大学が一緒なんですけど、たまたま住んでいたところも、おなじ埼玉県和光市だったんです。

海野 それで自然と仲よくなって。僕と網谷は大学時代居酒屋のバイトも一緒で、橋本とは東京で社会人だった頃はルームシェアをしていました。

網谷 そして僕と橋本は、前職がおなじ会社なんです(笑)。

橋本 もともとこの空き家は僕のおじいちゃんの家でした。その存在を10代の頃から知っていたので、いつかここを使って「なにかおもしろいことをしたいな」という気持ちはずっとあって。

だからふたりには、大学の頃から飲み会のたびに「福島に宝がある」と話していたんです。

海野 結構な頻度で言っていたよね。

「村おこししたくない?」とか「村つくりたくない?」って。

網谷 僕は、当時はそれを遠くから見ていました。

夢がある話だけど自分には現実的じゃないと思っていたから。「いいんじゃない、応援するよ」というスタンスで。

橋本 でも僕自身は、シェアベースプロジェクトをひとりでやるという選択肢は、最初からなかったんです。

自分がこのプロジェクトをやりたいと思った根幹には、「自由」と「家族」への憧れがあったから。

橋本さん

橋本 小学校3年生のときに父親を亡くしているんですけど、その頃から家族に憧れる気持ちが募っていったというか、自分の仲間ともファミリーのようにつながっていたい、という感覚になっていきました。

けれど家族を切望する反面、自分は祖父も父も医者だったこともあって、あまり自由な発想が許されない家庭でもあったんです。

「こうしないとダメ」という親の意向とは正反対に、自由への強烈な憧れがあった僕は、どんどん妄想を膨らませ、最終的には「みんなが自由でいられる空間をつくろう」という発想に行き着きました。そうすれば自由と家族どっちも手に入る、と。

── 橋本さんにとっての自由とはなんでしょう?

橋本 自分でいろいろ選択できる環境があること、それが自由ってことなんじゃないかと思います。

僕ら株式会社SATORUは、生業はウェブ広告なので、SHARE BASEづくりは仕事だと思わずにできるんですよ。

SHARE BASEは遊び。そのために覚えないといけない行政ルールや経営も全部遊びだと思ってやっているんです。

海野 仕事じゃないから、失敗しても「まぁ俺ら素人だし」「これは遊びだし」って感じで笑えて。SHARE BASEが遊びだったおかげで、どんどん新しいことも怖がらずに手をつけられました。

橋本 このプロジェクトを始めてから、遊びが根本にあることは、あらゆることの吸収力を加速させる。そしてそのために自由であることはとても大切なこと、というのを再確認しました。

「ノリ」だった秘密基地の夢が「本気」になるまで

── 網谷さんと海野さんは、どんな気持ちでSHARE BASEづくりへの参画を決めたのですか?

海野 橋本と一緒に住んでいたときも、橋本はその話は頻繁にしていたんです。けれども僕の方が地元の茨城で働くことになって、シェアハウスを解消してから3年くらいは、まったく秘密基地の話はしなくなりました。

けれどある日、法人を立ち上げた橋本から、「一緒に古民家を改装してSHARE BASEをつくろうよ」という誘いがきて。

そのときは「いよいよか」という気になりました。橋本の本気な想いが、これ以上ないくらい伝わってきたんです。

海野さん

海野 プロジェクトに参加することを僕自身が決めたのは、「もうちょっと自分のアイディアが形になる仕事をしたい」という欲求がその頃の自分にあったからかな、と振り返ります。

僕たちが就活をしていた時期は就活氷河期で、内定がもらえたらラッキーという状況でした。自分もたくさん面接を受けたのですけど、結局行きたい会社でやりたい職に就いたのかと聞かれれば、そういうわけではなかったんです。

だから余計、SHARE BASEづくりが魅力的に映ったんでしょうね。

網谷 僕の場合は海野が茨城にいた頃、橋本とおなじ会社で働いていたんです。

ウェブ広告の会社だったんですけど、僕と橋本は部署が違って、自由度も橋本の部署の方が高かった。

だからかもしれないけど、僕はSHARE BASEをつくることについては、社会人になってからもしばらくは、現実味を欠いている話のような気がしていたんです。

網谷さん

網谷 けれど、橋本の計らいで部署異動をして一緒にタッグを組んで働くようになって、ウェブ広告の仕事がパソコン一台あればリモートワークが成り立つことがわかりました。

それで、自分の中でどんどん「昭和村に住んで今の仕事を継続しながら古民家改装をする」という未来が現実的になっていったんです。

橋本 そうして半年後には3人とも村民になり、古民家改装を始めました。

網谷 改装はほとんどセルフリノベーションで。僕ら誰も建築関係の仕事とかしていたわけではなかったので、ネットで調べながらの改装でした。

自分たちじゃ手のつけられない部分だけは、村の大工さんにお願いをして。お願いしたときについでに、「ここはどうやって改築すればいいですか?」と聞いてみたりもしながら進めていったという感じです。

SHARE BASEを「やりたいことと現実のギャップを持つ人」の遊び場に

── SHARE BASEは、3人が古民家をゲストハウスに改装することに留まらず、ここに来てくださった人も改装や作庭に携われる仕組みなんですよね。どうしてSHARE BASEに手を加えられる余白を残したのですか?

橋本 地方都会問わず、遊び心を持つ人たちにSHARE BASEを利用してほしいからですね。

たとえば昭和村には、土から糸になる植物からむしを育て、それを機織りして作品をつくる「織姫さん」がいます。

織姫さんは研修期間は村から生活をサポートしてもらえるけれど、研修生を卒業したあとは自分で生活のための仕事を作っていかないといけない。そしてその中で時間を見つけていかないと、からむしを続けられない。

僕らは、織姫さんのように本来やりたいことと収入のギャップを持っている人って世の中にたくさんいると思っていて。SHARE BASEはそういう、やりたいことがあるけど現状なにかしらの理由でできない、続けるのが困難という人を救う場所にしたいんです。

橋本さん

橋本 だから、居酒屋をやってみたいけど、いきなり店を出すのはちょっと、という人はバーカウンターを使ってお試しにプレ居酒屋をやってもらっても構わないし、デザイナーさんで展示会をやりたいっていう人は、好きなように空き部屋を改装してもらって構わない。

ここに住み込みでスタッフをやってくれたらその分のお給料をお支払いするので、ゲストを迎えている時間は空き部屋を使って自分の好きなことをしてくれたらいい。

先の話にも出たのですけど、遊びが生む価値って無限大なんです。だからとにかく、遊び心を解放してほしいという想いがあって。そのためにSHARE BASEは完成させず、手を加えられる余白を残しました。

── みなさんにとって「遊び」はどんな存在ですか?

橋本 自分の興味を追求すること、それが僕にとっての遊びですかね。

網谷 僕は作品が一個一個残っていくのが嬉しくて、残していく行為が自分にとっての遊びかなぁと思います。あと、アウトドア=遊びみたいな感覚もある。

海野 アウトドア昔から好きだったよね、俺ら。

僕は楽しいって思えること全部遊びですかね、ノリで一直線になっちゃう。

SHARE BASE

橋本 って話してみると、3人とも遊びの定義って違うもんだね。

海野 たしかに。でもそうやって好きなこと・やりたいことに没頭しているときの時間の過ぎ方って気持ちいいんですよね。

橋本 うん、なので自分たちの映し鏡ではないですけど、ここに来てくれる人たちには自由を提供したいんです。そして、その自由を使っていくらでも遊んで気持ちよく過ごしてほしいなって思います。

ここに来てくれたときはもちろん、その先続いていく人生も。

文/小山内彩希
写真/小松崎拓郎

(この記事は、福島県昭和村と協働で製作する記事広告コンテンツです)

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