「プロブロガー」という職業を聞いたことがありますか? 彼らは、自らが運営するブログを軸にして、広告代理業や執筆業で生計を立てています。その気になれば、パソコンひとつでどんな場所でも仕事ができる職業です。

高知県嶺北地域の町・本山町在住の、ブログ「まだ東京で消耗してるの?」を運営するプロブロガーのイケダハヤトさんは、東京に住んでいた頃から、インターネットの世界で活躍している個人プレーヤーと言えば、真っ先に名前の挙がる方です。

そんなイケダさんが、東京から本山町にやって来たのは、2014年6月のこと。業界は騒然となり、ひとりのクリエイターの「移住」がネット上で大きなニュースになったのです。

高知に移住したあとも、現在に至るまで様々な活動を行ってきたイケダさん。高知で過ごした2年の歩みと、これから。その挑発的な態度の内に秘められた、事業家としての顔に迫ります。

お子さんを抱きかかえるイケダハヤトさん

都内では子育てができないと思った

── 改めてですが、お仕事の内容を教えてください。

イケダ 僕の仕事は、ブログを書くことです。ここ数年はプロブロガーとして、ブログと執筆業だけで生計を立てていました。今は、民泊や農作物の加工販売、温泉をリノベーションして温泉宿を経営するなど、新しいことをやってみようと思っている最中です。

当座は文筆とブログ運営が仕事ですが、中長期で言うと、地域の資源をどうやってビジネスにするかを考えています。そういう意味ではこちらに来てからは、プロデューサー的な仕事が増えてきていますね。

── 2014年の6月に東京都多摩市から高知県嶺北地域に移住されましたよね。移住した一番の理由はなんでしょうか?

イケダ 一番は子育てですね。「東京で子育てをする」という選択肢がなかったんです。子どもが生まれて、保育園に入れようと思うと、待機児童問題が当然のようにふりかかってきますし、都内では子育てができないと判断しました。

加えて、ちょうど同じ頃に妻から会社を辞めるという話が出てきたタイミングだったんですね。だったら場所を変えて、子育てのしやすい場所に住んで、かつ仕事にもプラスになるところに住みたいと思ったんです。

仕事面で言うと、東京にいるとみんな同じところに行くし、同じひとに話を聞きにいくからネタが被るんです。それがいやだったのが大きいですね。東京にいると同じような人たちがいっぱいいるので、自分である必要性がないケースばかりなのが苦痛でした。子どもが生まれていなかったらもう少し遅かったかもしれないけど、遅かれ早かれ地方には移住していたと思います。

地方は、おもしろい

── もともとほかの地域へ移住したいという気持ちがあったのでしょうか?

イケダ 僕は神奈川県の横浜市で育ちましたが、以前からあったかというとそうではなくて。たとえば2011年の東日本大震災でいろいろ考えた結果、移住したという方も多いと思うんですが、僕の場合はあまり関係ありません。ただ、震災によって、僕の周りでも移住するひとが増えてきて、メディアでも移住に関連した特集がたくさん組まれるようになった。それによって、興味を持ったのはありますね。

高知に移住する前に、福岡県糸島市に行ったんです。そこで「ちはるの森」を運営している有名ブロガーであり、糸島でシェアハウスをやっている狩猟女子の畠山千春さんに会いました。1日滞在しただけで、「東京よりおもしろいな」と思いました。

── 高知県に移住するとブログに書かれたのは、突然でしたよね。

イケダ 移住する直前に、一泊二日で高知に出張したんです。それがすごい楽しくて。もう、超楽しかったんですよ。ここに住もうと心に決めて帰って、妻に「来月、高知に行くぞ。家を探そう」と。

── めちゃくちゃ迅速ですね(笑)。

イケダ 僕は何も実務ができないので、妻ががんばって家を見つけてくれて、すぐに入居しました(笑)。移住することは決まっていたので、問題は場所だけだったんです。都市で暮らしてきた僕からしたら、嶺北の暮らしは知らないことばかりなんですね。四季の移り変わり、農業とか……今日もね、発見があって。アブラナ科のあとにジャガイモを植えちゃいけないらしいんですよ。でも「ガッツリ植えちゃったよ!」みたいな(笑)。

草刈機の使い方も知らないし、木の切り方も知らないし、道のつくり方も知らない。やったことがないことばかりで、純粋に楽しいです。知らない知識を頭に入れると、好奇心も湧いてくる。それ自体が美しいことですよね。すべてが新鮮で、新しいチャレンジがたくさんできますよ。

── 嶺北に来て、一番大きな驚きはどんなことでしたか?

イケダ 自分の山にパラダイスを手づくりしているひとたちがいるのが衝撃でした。たとえば大川村で「さくら祭」をやっている川上ご夫婦。自分の家の裏山で桜を植えて祭りをやるってどういうことだよ!と思いました(笑)。「その発想はなかった!」と思って、一番の衝撃でしたね。「さくら祭」は都会では絶対にできないから。

こういうことのすべてが、事業になる可能性を持っているんです。日本の田舎って本当にすごいと思います。だから、先日つくった合同会社に「日本の田舎は資本主義のフロンティアだ」という名前を付けました。

── ははははは(笑)。

イケダ 名前が長いから、手続きとか面倒なんですけど(笑)。資本主義は、基本的にフロンティア(新天地)を求め続けていて、今で言うと、たとえば発展途上国やアフリカですよね。そこで経済を広げていくのが資本主義の基本的な動きだとして、日本の田舎はそれに似ているんですよ。

アフリカで300億円のビジネスを作っている金城拓真さんが、この間高知に遊びに来て、高知とアフリカは似ているという話をしたんです。金城さんは、最初アフリカで自動車の修理をしていたんですけど、パン屋を始めたり金融を始めたり、他業種にどんどん展開していったんです。会社の数が自分でも把握できないくらいになっちゃいました、と言うんですね。事業をたくさん始めるのは「やる人がいないので、全部自分がやることになる」から。

嶺北もすごく似ていて、僕も、たとえばシェアハウスをつくって物件のプロデューサーになるとか、農作物のプロデュースをやるとか、仕事の幅が勝手に増えていくんです。それは、やる人がいないからなんですよ。

嶺北にはいい資源がある。それを的確に僕が世の中に紹介すればいいんです。やればいいだけの話なんですよ。嶺北には、東京的な大都市のビジネスモデルではなくて、アフリカのような発展途上国の事業のほうが参考になったのは、おもしろい発見でした。

お子さんを見つめるイケダハヤトさん

僕が嶺北に住み続ける理由

── イケダさんが高知に移住された際に、「イケダハヤトは東京から逃げた」と言われることもあって、それに対して「別にそうじゃなくて、高知で何かあったら高知を捨ててまたどこか別の場所行きますよ」っておっしゃっていたと思うんですよ。

イケダ うん、そうですね。

── でも今、聞かせてもらったお話は、それと真逆じゃないですか。その変化は何によって起きたんですか?

イケダ んー、高知はいいんですよ。特に嶺北はいいです。素晴らしい。隕石とか落ちてきて完全に住めなくなったら動きますけど、そういう明らかに出て行かざるを得ない状況にならない限りは嶺北にいます。滞在するとわかりますが、嶺北には、田舎特有の閉鎖性はほとんどないです。僕もいやな思いをしたことは、ほぼないですね。

地域が持つアイデンティティもおもしろいです。80歳くらいのおじいちゃんが近所でいつも苗を売っているんですけど、苗を買うといろんな話を聞かされて、最後に「これから嶺北をよろしくな!」と言ってくれるんですよ。「あ、嶺北なんだ」と思いました。たぶん本山町の方なんですけど、町の名前ではなく「嶺北をよろしく」と言う。町によっては、隣町に対して敵対心があったり、ライバル意識を持っていたりする場合もあるじゃないですか。嶺北はむしろ逆で、本山町も土佐町も一緒だというマインドが根付いていますよね。

でも、田舎にはよく言われている通り、仕事があまりないんです。ないなら、つくってみたい。今は僕とアシスタントを合わせて10人いて、みんな暮らせています。ゴールのイメージは、本山町の人口が3,500人くらいなので、僕の息のかかったビジネスに従事する人たちがこの地域で1,000人いること。そうすると、裏の支配者みたいになるわけです(笑)。おもしろいじゃないですか。

── 裏番長ですね(笑)。

イケダ 仕事をつくって、ちゃんとビジネスを回していくと、当然地域の収入も上がっていくはずです。それは誰にとっても悪いことではなくて、弱者にもちゃんと行き届くような経済になっていきます。本山町の年間予算は53億円で、製造業の中小企業と変わらないんです。人口も3,500人。この規模だったら民間の元気がある企業が一社あれば、仮に国から交付金がなくても経済を回すことができます。

日本の経済が落ち込んで、交付金を減らさざるを得ない状況になったときに、地域の経営が大丈夫なのかという話は必ず出てくる。そうなったときに経済を回せる仕組みをつくっておきたいんです。うちの地域は全然問題ないですよ、って。……「なんなら日本から独立しちゃいましょうか?」って言えるくらいの経済的な強さがつくれたら、それだけでおもしろいですよね。

── 東京ではできないことですね。

イケダ 東京には病んだひとがたくさんいます。別の事業として、病んだひとたちが高知の山奥に来て、無料で滞在できる場所があればいいなぁと考えているんです。まずは来てもらって、1か月とか2か月無料で滞在できる場所があれば、自分の心を整えてもらうきっかけになるかもしれない。もちろんまた出て行ってもいいですし、地域に残って仕事をつくってもいい。

これは、やってもお金にはならないと思いますよ。ただ、非営利の活動をできることも、東京から出てきたからこそできる強みなんです。土地にかかるお金も少ないですから。

僕は自分自身がどうなりたいというのはないけど、この地域が経済的に自立できるといいなぁって思うし、そうなったら、個人の自立を支援することもできると思っています。あとは、やるだけなんですよ。

お話をうかがったひと

イケダ ハヤト
1986年神奈川県生まれ。ブログ「まだ東京で消耗してるの?」を運営。2009年に早稲田大学政治経済学部を卒業後、半導体メーカー大手に就職。と思いきや会社の経営が傾き、11ヶ月でベンチャー企業に転職。ソーシャルメディア活用のコンサルタントとして大企業のウェブマーケティングをサポートし、社会人3年目に独立。会社員生活は色々と辛かったので。2011年からはブロガーとして、高知県を中心にうろうろしています。著書に『年収150万円でぼくらは自由に生きていく(星海社)』『武器としての書く技術(中経出版)』『新世代努力論(朝日新聞出版)』『まだ東京で消耗してるの? 環境を変えるだけで人生はうまくいく(幻冬舎新書)』などがある。

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