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【西荻窪】さあページをめくろう。町の本屋「今野書店」から始まる小粋な読書

帰りたくなる町に暮らそう。【西荻窪】特集はじめます。

パソコンやスマホを介して文章を読むけれど、読書するなら、とにかく紙の本がいい。そう思うけれども、出版物の販売額が減少し、書店衰退のニュースをよく目にするようになりました。こうした報道は、紙の本の読者が少なくなっていることに加えて、町に本屋がなくなっていく可能性を、暗に示しているのかもしれません。

では、書店業界で注目される町の本屋は、いま何を考えているのでしょうか。西荻窪(以下、愛をこめて西荻)の駅前に店を構える今野書店の店主、今野英治さんは、電車でスマホを見るよりも本を持つ方が小粋だと話します。

今野書店,西荻窪

西荻の本屋たりえる試行錯誤

── 現在の今野書店ができるまでの経緯を教えていただけますか。

今野英治(以下、今野) 1967年にぼくの父が上野で「今野書店」を創業して、1973年に西荻に引っ越してきました。その後1988年頃店舗をビルに建て替え、1階と地下の2階層に拡張しました。ちょうどバブルが起こった頃でした。売り上げはそれなりにあったけど、建物の金利がどんどん上がり返済が大変で……店をたたむか、家族だけで営業するかを迷っていたのを思い出します。

今野書店の店舗内
お店の奥にある絵本のコーナーには、カラフルな装飾が。

── けれど2011年6月に、西荻の駅前の物件に、また移転したんですよね。絶好調なのでは?

今野 移転してからも、みなさん「いいお店だ」って言ってくれるんだけど、開店するための工事費や増床した分の本の在庫は買い取るので、引き続きギリギリでやっています(笑)。本当は、売り上げがもう少しあると楽なんですけどねえ。スタッフの人数も増えたので、みんなが楽しく仕事を出来るような環境をつくっていければ良いかなって思っています。

── これまでの2店舗と比べて、お店づくりは変わりましたか。

今野 ちょうど西荻の駅前にお店を出したのは、東日本大震災があった2011年です。節電で町は真っ暗でした。そのタイミングにオープンするのだからと環境を考慮して照明はすべてLEDの電球色にしました。また、床をカーペットタイルにし、足に優しくてあたたかく、ほっこり、落ち着けるような居心地のいい空間作りを目指しました。

── 2012年には地下にコミック店がオープンしました。

今野 コミック店を出すにあたって、研究のためにコミックのチェーン店を何件か見に行ったんですけれど、どのお店も売り場がガチャガチャしているんです。店内にはアニソンのBGMがガンガン鳴って、アニメや漫画のキャラクターたちのイラストやパネルがたくさん置いてあって、動画や音声もあちこちで流れていました。そういった雰囲気を好きな読者を歓迎するためのレイアウトなのでしょうし、そのやり方やお店の雰囲気を否定するわけではないけれど、西荻には全然合わないなあと思って。

今野書店コミック店
地下のコミック店では、入り口の照明で、明るく清潔感のある雰囲気づくりをしている

今野書店コミック店

── たしかに。

今野 こちらとしてはコミックが好きな女性が入りやすい空間を作りたいなって思ったんです。もちろんそれだけではなく、漫画やアニメが好きな方たちにも好かれるような工夫も、いろいろしていますけどね。

── やっぱり女性は本屋にとって大切なお客さまなのでしょうか。

今野 そうですね。たいがいのお客様は、お店にどれくらいひとが入っているか、気になるものです。誰もいないひと気のないお店には、入りづらいですよね。だからうちも、誰かがいつもお店にいる環境を作りたいと思いました。女性誌はもっとも立ち読みの率が高く、お客様がひっきりなしに棚の前にいるので、入り口近くに女性誌のコーナーをつくったんです。

コンビニエンスストアも、外から見える壁面に雑誌を置いていますが、この配置も立ち読みしている人が見えることでお店に入って来やすい環境をつくるためのレイアウトなんです。

── お店にひと気が出るような工夫をしているんですね。

今野書店

書店業界で注目される、愛され力とは

── 今度は町のことについてもうかがいたいです。西荻で創業してから43年、町の変化はありましたか?

今野 ……意外とそんなに変わらないのが、西荻のいいところなんじゃないかなあ。吉祥寺みたいに他の町はものすごく変わるのに、西荻は、あんまり大きな変化がないんです。

── お客様の層も変わらないですか?

今野 うちは客層のターゲットを特に絞っていません。子どもから老人の方まですべての方にお越しいただける店を目指しております。その中で特に多いのは、サラリーマンとOLの方ですね。西荻の方々はとても民度が高く、置いてある本の要望も厳しい方が多いんです。そういったお客さまたちと毎日挨拶して、雑談するのは楽しいですよ。ぼくらスタッフとの会話を楽しみに来てくれる方もたくさんいます。

お客さまの入店時は「いらっしゃいませ」はもちろんですが、「おはよう」「こんにちはー」とか、「~さん、最近の調子はどうですか?」というお声がけを、なるべくするようにしています

── へえ、それはすごいですね。

今野 うちのスタッフたちがお客さんとコミュニケーションする様子を、他の書店さんが見に来るんですよ。書店業界では注目されているみたいで(笑)。みなさんからは「すごく珍しい光景です」って言われるんだけど、今野書店では日常です。

今野書店

── まさしく町の本屋さん、なんですね。

今野 うん、そうですね(笑)。

── ふつう町の本屋というと、駅前にチェーン店が多いと思いますが。

今野 西荻って東京の真ん中を走る中央線沿線の駅なのにチェーン店が本当に少なくて、居酒屋やファストフード店など、他の町で成功しているお店が潰れてしまうこともあるくらいなんです。

チェーン店が根付かない町なんですよね。逆に個人で経営し続けているお店はたくさん。おもしろい町だなあと思います。

町の本屋がなくなっていく。これからの主役は単行本だ

── ふつうは難しい個人のお店がなぜか生き残れる西荻で、これから町の人たちとどのように関わっていきたいですか?

今野 いま、本屋が置かれている立場って非常に厳しくて、業界全体が縮小しています。10年前までは1兆3億円産業だったのが、業界全体の売り上げが低下して、いずれ1兆1千億ぐらいまで縮小してしまうんじゃないかと言われています。

── 数字で示されると市場の衰退が生々しく感じられますね……。お店の売上には、どんな影響が現れていますか?

今野 単行本の売上が、どんどん文庫にシフトしています。でもぼくは「本は単行本が主役」と思っているんですよ。

今野書店

── それはなぜでしょう。

今野 どんな本でも、文庫になるまでに3年近くかかります。そうすると3年という年月が、その本を少し曇らせる。発刊した当時の最新作としての輝きや鮮度は、時間が経つと損なわれていくように感じるんです。本は時代や社会の鏡でもありますからね。本が生まれた瞬間のきらめきを、ぼくは書店員として読者に届けたい。わざわざ単行本を買うことは、本を読むという行為と、現代という時間を買うということだと思います。

── 文庫化を待とうとする人もいるけど、本や特定の作家が好きな人は単行本を買っていきますね。

今野 あとは最近って、形から入るひとが多いじゃないですか。「本を持つ」=「知的な雰囲気」というスタイルが確立すればいいなあ、なんて思います。

紙の本を残していくためには、あえて形ある本を選ぶことに価値がないといけない。格好つけ、でもいいんです。お洒落になりたいがために本を手に取ってみて、読んでみる。結果的に物語をおもしろいと思えたら、自然とのめり込めますから。

電車でスマホを見るより、本を読むほうが小粋

今野書店

── 今後は紙よりも電子書籍に親しむ若者世代が増えそうですが、あえて紙の本を選ぶ若い子がいてもいいですよね。

今野 じつはこの間、教科書販売で来ていた若いバイトの子が「本なんか読んだことない」と言うのを聞いて。だからおすすめの1冊を紹介したら「おもしろかったです。次は何を読んだらいいですか?」って! それ以降、本を読んでくれるようになったんです。

── おお、それはうれしいですね。

今野 ぼくは紹介したのは推理系の小説だったけれど、ミステリーって終盤に近づくにつれて話が盛り上がってきて、貪るように一気に読めます。山を登るみたいに「物語の七合目まで来たぜ」って、自分の立ち位置を確認しながら、ときにしおりを背表紙に引っ掛けて休憩しながら物語に没頭できる。ところが電子書籍だと、全体のうちどのあたりまで読み進んでいるのか、いつ終わるかもわからないような気がする。

紙の本はページをめくるという行為だけで、どんな展開が待ち受けているのか、物語の終わりが予測できないからこそワクワクさせられる。最後の1ページでどんでん返しがあるからおもしろいよね。

── 紙の本で読書する体験に光が当たるといいですね。

今野 書店業界はこれから大変です。生き残るためのノウハウはないから、先も見えないような状況。でもだからこそ、本を読む行為を格好いいと思える社会にしていけるといいな。みんなが、あえて紙の本を1冊は持っているような。電車でスマホを見ているよりも、本を読んでいるほうがずっと小粋だと思いますから。

お話をうかがったひと

今野 英治(こんの えいじ)
大学卒業後、紀伊国屋書店に2年就業、その後埼玉県の須原屋書店に1年半書店研修を経て今野書店入社。平成2年代表取締役となり、現在に至る。

このお店のこと

住所:東京都杉並区西荻北3-1-8
電話番号:03-3395-4191
営業時間:平日・土曜日 10:00~23:00、日曜祝日 10:00~22:00
定休日:なし
最寄り駅:JR西荻窪駅北口から徒歩1分
公式サイトはこちら

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小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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