食を楽しむ

【あんぱん】1週間に3日だけ開く「松風」のあんぱんは、おしゃべりのきっかけ

白いのれんが風に揺れ、その隙間から「おはようございまーす」と女性の声が聞こえます。その声の先にいる地元の方は、どこかへお出かけする前に、2つ3つ「松風」でパンを買って行きます。「行ってらっしゃい」と送り出すのは「松風」をお一人で切り盛りする田所さん。

和服を着た田所さんが自宅の一角で営む、1週間に3日だけしか開店しない、ちいさなパン屋が「松風」です。

あんぱんを置くことに、理由はない

特にパン屋さんで働いていた経験もないんですけれど、と田所さんは話します。

「食べものには興味はありました。そのなかで、お店を出すときにパンを選んだのは、当時自分が食べたいと思えるパンに出会えなかったから。甘すぎたり硬すぎたり、素材がどこのものを使っているのか、誰が作っているのかわからないものばかりで。だから、パンをつくるのはおもしろそうだなと思って、インスピレーションで選びました。」

松風

手書きで一枚一枚書かれたパンの名札の後ろには、決して多くない個数のパンが数種類静かに並んでいます。田所さんは、自分でつくれる分の量をつくってすべて売ることを大事にされているとおっしゃります。

「食べものを残すのなんて、もったいないでしょう。つくって捨てるなんて、有り得ない。週に3日しか開店していませんが、パンは仕込みにとても時間を費やさなければなりません。自分の力量と、お店のスペースを考えたら、この品数と開店日数がちょうどいいんです。自分ができる範囲でつくれば、全部お嫁にいくだろうと思っています。」

そして棚の右下の方に、しろくてまるいあんぱんが。上にさくらの花びらを乗せた「松風」のあんぱんです。

祖師ヶ谷大蔵,松風

「あんぱんをどうして置いているか……私のなかでパンといえばあんぱんという定義ができあがっているんですね。逆に、あんぱんをなぜ売るのかって、そこに深い意味があってはいけない気がします。私の場合は、ですが。」

すべすべの表面は、もっちりとしたパン生地で、片手で持てるくらいのサイズです。さくらの花びらは塩漬けにされていてしょっぱく、つぶの大きいあんこの甘さを、ほどよく中和してくれます。あんこは北海道産のあずきを使って炊き上げ、練っています。自家製の粒あんをパンで包餡(ほうあん)し「松風」のあんぱんはできあがります。

祖師ヶ谷大蔵,松風

真っ白でぽってりしたフォルムは、どこか大福やおまんじゅうを彷彿(ほうふつ)とさせます。この見た目にしたのは、焼き色のついたあんぱんのイメージそのままではなく、置いたときに愛らしい格好にしたかったからだそうです。

「あんこは和風のもので、パンは洋物。日本の食材は親和力があるから、時代は遅かれ早かれ、きっといつか必ず誰かが発明して生まれた食べものがあんぱんだと思いますよ。それくらい、あって当たり前のもの。おにぎり、お味噌汁、あんぱん、みたいな。パッと出てくるもののひとつなのかな。」

身の丈にあったパン作りを

パン屋さんをひらいたのは、人生のターニングポイントだったという田所さん。食や、それにまつわる生活について改めて考えることがあったそうです。

「生きるために食べるということ、ものを売ったり買ったりすることを、広く考えたときに、どれくらいの人が買ってくれるか分からずたくさんつくって売ったとしても、それは大多数がやっていることと同じです。私にとって意味があるのは、自分が今できる範囲で、できる限りのことをするということ。そもそも、食の売買って一方通行なものではないですよね。私がパン屋をやっているということに立ち返れば、身の丈にあうかどうかが大事です。」

祖師ヶ谷大蔵,松風

例えば、大きいお店に拡張したり、販売個数を増やすことだって、やろうと思えばできるでしょう。だからなおさら、田所さんがおっしゃる身の丈にあわせたパン作りや、身の丈に合う生き方というのは、実はとてもむずかしいように感じます。

どうしてもよくばりたくなってしまいますね、と言うと「若い時は欲張らないとね。」と仰りました。

「何もやらなかったら、ものの善し悪しも、自分のできることできないことも何も分からないで進んで、はたと気づいたら何もない、という状態になりかねません。けど若い時は、いろいろ無茶苦茶やって失敗するから気づける。

永遠にそれだと困るけど、いつのまにか船の漕ぎ方を覚えると思いますよ。だからそのためにも、毎日何かしら積み重ねるということが大事だと思います。がまんができるから、(お店を)やれるかな。」

祖師ヶ谷大蔵,松風

穏やかな口調で、田所さんは挨拶をし、お客さんがパンを選ぶのを手伝い、世間話をして送り出します。パンを買いに来たにも関わらず、ついつい田所さんと話し込んでしまいそうになるのは、きっとお客さんが絶えない理由なのだと思います。

ころんとしたあんぱんは、近くにあって当たり前の存在だと、田所さんはおっしゃりました。もしかしたら、「松風」というお店も、ここへパンを買いに来る人々にとっては、それくらい馴染み深い、いつまでもそばにあるあんぱんのような存在なのかもしれません。

お店の情報

松風
住所:東京都世田谷区砧3-33-6
電話番号:03-3416-8888
最寄駅:小田急線祖師ヶ谷大蔵駅
営業時間:9:30~売り切れまで(目安として15:00~16:00ぐらい)
定休日:月曜日、火曜日、木曜日、金曜日、第3水曜日
参考価格:あんぱん1個 180円(税込)

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探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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