営みを知る

メジャーよりマニアック。大人数より少人数。荻窪「6次元」に学ぶ、ステキな場のつくり方

その場所は、一見とてもわかりづらいところにあります。けれど訪れるひとは後を絶たず、最近では日本の文学に興味のある海外のひとたちも、その場所のうわさを聞きつけて足を運んでいます。

訪れるひとによっては、その場所は、本屋さんでありカフェでもあります。本の編集や小説の書き方を学ぶ学校であり、壊れたうつわを直す金継ぎの工房でもあります。英会話や文章の校正教室、好きな作家の作品についてとことん議論するサロン……単なる飲食店ではなく、だからといって一部のひとしか来れない有料スペースでもない。その場所は、一言では表現できないのです。

6次元

役割や雰囲気をころころと変える、変幻自在なその場所は、東京の荻窪にある「6次元」といいます。きりもりしているのは、ナカムラクニオさん。今でこそ、コミュニティや場づくりについて注目が集まっていますが、その先駆者的存在なのです。

(以下、ナカムラクニオ)

訪れるひとによって姿を変える“カメレオンカフェ”

「6次元」はもともと、「梵天」(ぼんてん)ジャズバーで、その後は「ひなぎく」という有名なカフェだったんですよ。そこをリノベーションして、2008年末にオープンしました。

「6次元」は本屋なのかって? そうですねぇ、カメレオンカフェとでも言いましょうか。本を買ったり、読書会したりすることもできるし、学校のような場所でもあり、イベントスペースとしても使えます。イベントは、開店してからもう1000回以上は開催しました。

僕自身も大学や専門学校の講師をしているので、「カフェを学校化したい」という気持ちで運営しています。いろんな目的でいろんなひとが集まれる場所になるといいなという想いから、今のような形態になりました。現在は、地方に毎月出張していますから、「移動式6次元」を営業している感じです。

イベントのようす
6次元で開催している編集ゼミのようす

開店してすぐ、開店してすぐ、オシャレなブックカフェとして雑誌の表紙になったりして紹介して頂くことが多かったんですが、メニューを全然用意していなくて。「えっ、ブックカフェなのにケーキ1種類しかないの?」ってお客様に言われたこともありましたね(笑)。だから、いい意味で謎めいていて垢抜けていないような雰囲気も、意図的に残しています。

「本を売る」という行為は拡張している

流行? ブックカフェが、ですか? たしかに「6次元」がオープンした当初にくらべると、今は増えているかもしれませんね。出版不況と言われているのに、紙の本を扱うなんて、と思うひともいるでしょう。

でもね、僕は紙の本こそ、いろんな可能性を秘めている「魔法のツール」だと思っています。ウェブと紙では、まったく役割が違いますから、紙の可能性をさぐるのは、すごくおもしろいんです。「レア本の鑑賞会」とか「造本ナイト」など、たまにやりますけど毎回即満席になりますね。

たとえば……よく聞く話で言うと、本はそもそも売れなくなってきていますよね。でも、本当に売れないのか? 売り方を変えれば、解決することではないのか? そう思ったんです。

「6次元」を始めるきっかけにもなったのですが、2008年とかそのくらいの時期って、本の出版イベントは一部の大型店舗で簡単におこなわれていただけだったんです。それで、あるイベントを見に行ったとき、僕ならもっとおもしろくできるぞ、と思って(笑)。テレビの仕事をしていたから、場の雰囲気づくりとか、トークの展開とか、お客さんとの交流の仕方とか、イベントの構成とかすごく気になったんですよね。

本を売るっていうのは、ただつくったものを店頭に置いておくだけではなくて、もっといろんな意味でとらえられると思います。

たとえばこの前、小説家の田口ランディさんと一緒にイベントやったんですが、ここではなくて100人くらい集まれる広い会場で、ランディさんの本を100冊用意していたんですよ。正直、「どうしよう」と思いました(笑)。100人集まる会場で、トークだけで100冊を売るのって、すごく厳しいんです。

そうしたら、ランディさんが気をきかせてイベント前日に、自分の庭に生えている木の枝を、参加者の方々の人数分、すべて袋詰めにしてお守りをつくってきてくださったんです。「私が一番大事にしている木の枝をお守りにして持ってきました」と言って、本を買ってくださった方にプレゼントして。すると、ほぼ100冊の本がサーっと売れていったんです。しかも、お客様に感謝されるんですよ、「こんなすばらしいものをくださって、ありがとうございます」って。

こういう体験をすると、本を売る仕組みって、もっといろいろあるんじゃないかなって思えてきませんか? イベントを通して、本にまつわる付加価値をつけるんです。言ってしまえば、本によって売り方を変えれば、いくらでも工夫のしようがあると思います。

既製のものを売買する時代から「いっしょにつくる」がビジネスになる時代へ

今は「共有」と「共鳴」の時代です。イベントのつくり方も、最近は参加者の方と主催しているひとの距離感が近いほうが、好まれます。

「6次元」のなかでも人気の連続イベントのひとつに「校正ナイト」っていうイベントがありますが、これはプロの校正の方が、参加者の方が持ってきた原稿を一緒に赤入れしてくれる、教室のようなものです。もともとは僕が赤入れとか色校のやり方が知りたくて、思いついたイベントなんですけどね(笑)。始めてみたら、こんなに校正に興味関心があるひとが多かったんだって、すごく勉強になりました。あとは小説を書くワークショップも人気ですねぇ。ほとんど小説を書くひとをサポートするのがメインになっているイベントですね。毎回即完売になりますし、いまでは地方でも出張して開催しているほどです。

数年前までは、つくったものを売る商売が主流だったのに、今は全員がつくり手になってきている。しかもそれできちんとお金がまわるんです。校正ナイトのような勉強系のイベントは特に、参加費は高くても満足感があれば納得できる。逆に参加費があまりに安いと、質を疑われることもあるのかな、と思います。

ナカムラクニオ

最近は、僕は村長みたいな立ち位置ですね(笑)。持ち込み企画のイベントを、どうぞどうぞって、場所を貸してあげるだけ。当日の運営は、その持ち込みをしてくれた方が中心になって回すんです。

開店当初から続けている読書会なんか、もうぜんぶで50回以上開催していますが、毎回満員で。ハルキストたちが集まって、一日貸切状態で、作品の話をしたり、料理をつくったり、ジャズを聞いたりするイベントなんですけど、僕は主催者の方にお願いされたことをするだけで、彼ら自身が集まって楽しんで、帰っていく。僕が仕切るのではなく、参加者の方々自身で、その場を盛り上げていくんです。

日々変化する、ひとの集まり方

イベントをつくる時のコツですか? いろんなタイプのものをやりましたからねぇ……。たとえば、イベントを開催するなら、何曜日がいいと思いますか?

週末かと思いきや、週末って家族がいるひとは来づらい場合があります。ドタキャンが一番多いのは、金曜日です。意外と、平日の夜、特に月曜とか火曜の夜は、仕事が終わったらその流れで参加してくれる方が多くて、一番ひとが集まりやすいんです。

じゃあ、イベント開催を告知する時間は、どうでしょう。いつがいいと思いますか?

夕方、6時くらい。うんうん。……それは、一番ダメな時間帯ですね(笑)。何回もテストしたんですが、僕の経験でいうと、夜の11時から12時くらいが、じつは一番集客力がある時間帯だと思っています。それはね、「6次元」の告知手段が、Twitterだからということも、要因かもしれません。それに、開催一ヶ月前よりも一週間くらい前とか3日前にやりますとか言われると、一気にひとが集まるんですよ。こういう現象も、昔はなかったカルチャーです。

6次元

しかも最近だと、参加者の方々は若いひとばかりではなくて、iPadを自在に使うお年寄りの方もいらっしゃる。Twitterを見て来てくださったんですよね。何を使うとどんなひとが来るか、いつ告知するのがベストタイミングか、という傾向は、どんどん変化しています。

肌感覚が大事。小規模イベントの限りない可能性

最近は「1000万人より1000人」を大切にすることを心がけています。うちでやるのは、基本的にどれも20人から30人規模のイベントが多いんです。スペースもそんなに大きくないし、それくらいがベストだと思っています。なるべく、地声が届くくらい、お互いの目が見えるくらいの感じがいい。不思議なもので、50人くらいだと、全然それができなくて、顔が見えなくなっちゃうんです。すると、お客様の満足度も下がる。

参加者が少人数だと、登壇者の方に近づいても大丈夫な雰囲気がしません? どんなに有名なひとのトークイベントでも、終わったあとに話ができるし、そういう体験だけで、もう十分価値を感じられるというか。

昔の生花とかお茶の世界と同じです。小さなコミュニティをつくって、ファンを増やすことで流れを生んでいくイメージですね。もちろん、ある程度出入りができるように、縛り付けることはせずに、ゆるくコミュニティ化する。それをわかりやすく体現しているのが、校正ナイトとか、あとは苔ナイトですかね(笑)。メジャーではないけれど、確実に一定数ファンがいるコンテンツで、人を集めて。結果、ラジオやテレビに苔のことについて取材を受けたり、ちょっとしたブームにもなりました。

僕が最近興味あるのは、ウェブ媒体だけでリアルなハコがなくても、コアなファンが1,000人くらいいれば食べていけるんじゃないかな、ということ。極端な話、1000万人に刺さらなくても、1000人ファンがいれば、意外とお金は生めるのかなって。

もちろん、イベントごとに色が違いますから「6次元」のファンをつくらなきゃ、とも思います。僕自身のノウハウや経験は、いくらでもシェアするけれど、独自のコンテンツを抱えておかないと、同じようなイベントをつくるひとがたくさん出てきたら、すぐに消えてしまいますからね。

ここじゃなきゃだめだという何か。ここだけは譲れないもの。……ただ、ひとが集まるものの特徴は、日々変化します。「6次元」を始めた当初は、今のようなイベントの傾向になるとは、思っていませんでしたから。時代を読む力も、必要なのだと思います。

おかげさまで今は本当にいろんな方が来てくださりますよ。イベントが終わっても話し足りなくて、初対面だったひとと、荻窪近辺で飲んで帰る方もいらっしゃるみたいです。最近は海外からのお客様があまりに多すぎて、電話も止めました(笑)。本をわざわざ買ってお土産に持ってきてくださる方も多いんです。あんまりたくさんの方に来ていただけるので僕だけでは回しきれなくて、長期休業をとって、バランスをとることもあります。

今のような状態になるまでには、本当にいろんなことがありましたけれどね。やってきたことの8割は、失敗ばかりです。でもその8割から、学んだことはたくさんあります。

もし知りたいことがあったら、いつでも聞いてくださいよ。あ、ただ、さきほども申し上げたとおり、不定期で長いおやすみをいただくこともありますから、もしいらっしゃる場合は、Twitterかメールで、ご連絡いただけるとうれしいです。

ナカムラクニオ

お話をうかがったひと

ナカムラ クニオ
1971年東京生まれ。荻窪のブックカフェ「6次元」店主。映像ディレクター。金継ぎ師。専門学校講師。山形ビエンナーレキュレーター。『人が集まる「つなぎ場」のつくり方 都市型茶室「6次元」の発想とは』(cccメディアハウス)、『さんぽで感じる村上春樹』(ダイヤモンド社)、『パラレルキャリア』(晶文社)、責任編集短編小説集『ブックトープ山形』(東北芸術工科大学)などがある。

このお店のこと

6次元
住所:東京都杉並区上荻1-10-3 2階
連絡先:rokujigen_ogikubo@yahoo.co.jp(メールのみ)
営業時間:不定期(イベントによる)
公式サイトはこちら

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探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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