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これからの“町の本屋さん”が生き残るために持つべきものとは?|荻窪「Title」店長・辻山良雄さん

青い屋根の本屋さん「Title」を取材後、私は名刺ケースを店舗に忘れてきてしまったことを思い出しました。

大慌てで店長の辻山さんに電話し、春先の暖かい空気の中を、少し汗ばみながら早足でお店へ戻ると、取材時に店内で本を眺めていた女の子が、一冊一冊ていねいに手にとって、本を選んでいる姿を見つけました。

名刺ケースを忘れたと気づいて、私がお店に戻るまで、おおよそ20分ほど。その女の子が店内へ入ってきたのは、私たちがまだ取材をしていた最中でしたから、彼女は少なくとも40分以上「Title」にいたということになります。

Title

辻山さんにお礼を告げ、私は彼女が数冊の本を大切そうに抱き抱えている姿を横目に、お店をあとにしました。東京の中央線沿線のひとつ「荻窪駅」を降りて、青梅街道沿いを歩いていくと見つかる本屋さん「Title」。長居したくなるのは、あの女の子だけではない理由が、取材を終えた今なら、よく分かります。

1,000坪の大型店から“町の本屋さん”へ

── 辻山さんが老舗の「リブロ池袋本店」を退職されたのが2015年の8月、「Title」ができたのが2016年の1月10日ですから、リブロを辞めてからまだ1年も経っていないのですね。

辻山良雄(以下、辻山) そうなんです。「Title」がオープンしてから、ちょうど3ヶ月ほど経ちましたが、ようやく3ヶ月という気もしますし、もう3ヶ月という気もします。

辻山良雄さん
辻山良雄さん

── 池袋のリブロというと、閉店を惜しむファンも多かった人気店ですが、そこでの経験を経て荻窪にお店を構えたというのは、どういう経緯があったのでしょうか。

辻山 今までやったこと、知らないことにチャレンジしてみたい、とリブロに勤めていた頃から考えていました。リブロが閉店するタイミングと、退職届を出すタイミングが重なったのは偶然でしたが、その後もこの荻窪の物件も運良く見つかりましたし、決めたあとの初動は早かったように思います。

── 大型店と個人店とで、どんな違いがありますか?

辻山 天候に左右されますね……今まで百貨店や駅ビルに入っている店舗での経験がほとんどでしたから、天気はあまり関係なくお客様が来てくださっていました。

── 「Title」がある青梅街道沿いは、アーケードのようなものもありませんしね……。

辻山 あとは立地が駅から離れているので、来るのに時間がかかるのはデメリットでもありますが、せわしなさは駅前に比べてずいぶんと少なく、落ち着いた雰囲気が流れていると感じます。いらっしゃる方もゆっくり店内を回られますし、滞在時間が長いですね。

Titleの店内

── 落ち着いているといえば、お店自体もオープンして3ヶ月とは思えない貫禄があるように感じます。

辻山 そうですか?(笑) おそらく建物自体が古くて雰囲気があるから、そう感じられるのかもしれませんね。

── 独立前、辻山さんはリブロの店長としてお勤めされていた時もあるそうですが、同じ店長でも、リブロと「Title」だと違うところも多いと思います。

辻山 以前は、ほとんど店頭に立つ機会がなかったのですが、今はお客様から直接教えていただくことが多くて、距離が近いように感じます。実際に本を買われた時に、お客様に新作を教えていただいたり、こんな本を揃えておいて欲しいとご要望をいただいたりします。

流行と関係なく生き残れるものの共通点

── まさに“町の本屋さん”ですね。

辻山 町の方々は小説も読むし、週刊誌もお買い上げになる。私自身の経験で、こういうジャンルの本はおもしろいなと感じたら置いてみることもあります。

「Title」の店内にあるカフェ
「Title」の店内にあるカフェ

── 町の本屋さんにカフェやギャラリーを設置しているのは、どういった意図が込められているのでしょうか。

辻山 近所の方だけではなく遠くから「Title」を目指して来ていただけるような仕掛けをつくりたいと思っていて。マニアックな個人の世界観が強く出ているリトルプレスを取り揃えたり、ギャラリーを設置してここでしか見られない作品を展示したりするのが、そうした仕掛けたちになっています。実際、今まで来てくださったお客様も、近所に住んでいるお年寄りから、遠方で暮らす本好きな方々まで、いろんな方がいらっしゃいます。

リトルプレスが集まった本棚
リトルプレスが集まった本棚

── コンセプト文にもありますが、「Title」の選書の基準は、生活にまつわるかどうかだと思います。そうした、いろいろなひとにとって身近なことがテーマになっている本に加えて、リトルプレスのようなコアなファンを持つ本も選ばれているのですね。

辻山 生活という言葉も、その人がよりよく生きていくこと、という意味で考えています。衣食住に関する実践的な本はもちろん置きますが、文学で生活がよりよくなるひとだっていらっしゃるかもしれない。

── 辻山さんが、これを読んで暮らしが変わったな、豊かになったなって思う本、何かありますか?

辻山 そうですね……。今は絶版になっていると思うんですが、中川ちえさんという方が書いた『おいしいコーヒーをいれるために』でしょうか。2002年に出た本で、中川さんが自宅でコーヒーを美味しく飲む方法や、その様子を、おもに写真で紹介しているのですが、雰囲気がとても好きです。お湯の淹れ方が違うだけでコーヒーの味が変わるし、その変化を感じられると気持ちがいい。日々のちょっとしたことで、暮らしの意外な豊かさを見つけられるのだということを、教えてくれる本です。

── 今でこそ「ていねいな暮らし」という言葉すら、流行語のようになってしまいましたが、そういう世界観を先駆者的に表現されている本だったのですね。

辻山 「ていねいな暮らし」って、本来はとても良い意味の言葉ですよね。本気で追求しているひともいますが、その反面、イメージが定着すると同時に流行語として消費されてしまう部分もある。ブックカフェなども、そういう潮流の中で生まれた流行りのひとつだと思います。

── 今後、たくさんの暮らし系の本やメディア、カフェがもっと増えるかもしれません。辻山さんは、これからどういうものが残っていくと思いますか。

辻山 流行っているという理由だけでつくられたものは、お客様にすぐ見抜かれます。本や雑貨、それからカフェも、出店するにはコンセプトに沿った必然性があるかどうかが大事だと思うんです。つまり、お店を営むひとが、このお店にはカフェがあって然るべき要素があると考えているならば、お客様も自然に立ち寄ってくれるようになると思うんです。

── 「Title」にカフェがある必然性は、どんなことなのでしょうか。

辻山 時間、ですね。ここまでわざわざ来てくださったお客様に、じっくり本との時間を過ごしてほしい。先ほど、滞在時間の話がありましたが、カフェは本の世界観を深めるための時間を、味わう場所として提供したいと思っています。

── 必然性があるお店やメディアなどが、今後は息長く続くのでしょうか。

辻山 あとは単純に、本当にやりたいかどうかというシンプルな気持ちだけだと思います。時代に迎合するのではなく、表現したいものや届けたいものが明確にあるならば、それを突き通せばいい。流行りだから始めたものは、流行りでなくなれば消えていきます。やりたいという気持ちで始めて継続していれば、それが流行であろうとなんだろうと関係ありませんから、自然と残るのではないでしょうか。

“町の本屋さん”であり続けるために

── そういう意味で、生活というのは本来流行うんぬんとは関係ない、必要なカテゴリだと思います。

辻山 そうですね、ひとの暮らしはいつの時代も途切れなく続いていきます。それに、生活にまつわる本を扱っている以上、お店をつくっていくのは基本的にはお客様の力ありきだと思っています。

── といいますのは?

辻山 お店を始めてから、売れると思って売れなかったものや、逆に意外と反響があったものなど、ようやく傾向が見えてきました。それは、お客様との物言わぬコミュニケーションの結果です。ですから、これからもなるべくいつも幅広いジャンルの本を揃えて、敷居は低くしておきたいと思っています。そうすることでいらっしゃるお客様の動きを見ながら、お店が少しずつ変わっていけたら、と。

── お客様との、本を介したコミュニケーションをとる上で、大切にしていることはありますか。

辻山 集中して本に向かえるような、場の雰囲気づくりでしょうか。じっくり選べる雰囲気があれば、どういう本でも興味深く見てくださると思うんです。本との偶然の出会いを邪魔しないような空間にしようということは、意識しています。店内にかかっている音楽や棚の名前もなるべく最小限にして、うるささをなくしたくて。

── たしかに、お店には本の紹介のポップがすごく少ないです。これもその一貫でしょうか?

辻山 つけてもいいんですが、そうすると本が取りづらかったり、並べづらかったりします。ポップがないと帯や表紙がよく見えるから、お客様も手に取りやすい。

── 辻山さんの、本と本が好きなひとへの愛情を感じます。

辻山 主役はやっぱり、本ですから。“町の本屋さん”として、まだまだ挑戦したいこともたくさんありますよ。

Title

お話をうかがったひと

辻山 良雄(つじやま よしお)
1972年神戸市生まれ。大学卒業後、㈱リブロ池袋に入社。広島店、名古屋店などの中核店舗の店長を歴任後、池袋本店統括マネージャー。2015年の同店閉店後退職し、2016年1月、荻窪に1階は新刊書店とカフェ、2階はギャラリーの店Titleオープン。書店経営以外でも書評の執筆やブックコンサルティング事業など、本のことに関わる仕事に広く関わる。

このお店のこと

Title
住所:東京都杉並区桃井1-5-2
電話番号:03‐6884‐2894
営業時間:11:00~21:00
定休日:毎週水曜・第三火曜
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探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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