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着物が好きになる!「時代と生きる - 日本伝統染織技術の継承と発展 -」 展

今、日常的に着物を着る方は、決して多くはありません。いつの頃からか、着物はどこか贅沢品になってしまったように思います。けれど着物は、もともと衣食住のなかの「衣」として、生活に密着していたものですし、日本オリジナルの伝統工芸品でもあります。

着物を取り巻く環境の変遷、そしてこれから着物はどうなっていくのか。文化学園服飾博物館で開催中の「時代と生きる -日本伝統染織技術の継承と発展-」展を企画した、学芸員の吉村さん(以下敬称略)にお話を伺いました。

作り手の方にも見ていただきたい

── 今回の展示の「時代と生きる」というコンセプトに込めた思いを教えていただけますか。

吉村 今は、着物の需要と生産が釣り合わなくなってきていると感じています。着物を着る人と着る機会が減ると、供給するものも作る環境も大きく変わってきます。

川下(着る側)だけではなく川上(作る側)の声をきちんと拾って見せ、時代にあった着物は何なのか、着る側も作る側も知らなければならない時期に来ていると思います。ですから、展示は作り手の方にも見てほしいですね。

文化学園服飾博物館,着物
展覧会の様子

── 作り手の方に見ていただきたいというのは?

吉村 着物をとりまく伝統的な技術は、進化を続けてきました。手仕事を効率化しようと工夫を凝らしていた方々は、すでに前の世代になってしまっているんです。今の作り手さんたちにも、自分たちの前の世代がどういった手仕事をしていたのか知って頂けたらと思っています。

アナログが分かっていると、技術の継承に柔軟性があるんです。効率化、機械化された作り方しか知らないと、機械が壊れたら、あるいは一度プログラムされたデータが消えたら、もう再現できませんし、元のアナログにも戻れない。人の道具である機械を思い通りに動かせなくなるんです。時代に合った供給に見合う技術を生み出すには、その元になった技術、必要な道具を知っていてこそ、機械化が図れると思います。

── 後を継ぎたいという方は出てこないのでしょうか。

吉村 やってみたいという若い方はいます。でも、お年を召した職人さんが多くて、後継を育てる時間がないと仰る方も少なくありません。あとは教えるのに十分な場所や道具が無かったり。継続できる見通しが暗いというのも、新しい人を育てる妨げになっています。

悲観的な現状の中で私たちの博物館としてできることは、展覧会を通して出来上がった着物、着られていた着物の魅力と、それを作り出した職人さんの技や近代的な技術発展の変遷を「きれい」に「分かりやすく」見せることです。伝統技術や昔の着物が古くさいもの、昔のものに見えないようにすることを心がけています。

── わたしもそうですが、着物は洋服を買うのとは違って、思い切った衣服だという感じがします。決して身近ではありません。

吉村  若い人にとってはそうですよね。一人で着られないし、洗濯の仕方も分からないし、高い。それでも浴衣くらいは着られるでしょう? 浴衣の裏側を意識して見たことありますか? 生地の裏まで模様が染められていたら、それは注染(ちゅうせん)という伝統技法で染められた浴衣です。裏の模様が薄かったらプリントだという証拠です。

浴衣は一枚で仕立てるので歩くと裾の裏が見えます。裾が翻った時に模様が薄かったり、かすれていたらシャツが裏返っているのと一緒なんです。格好悪いでしょう。洗濯した後も、干し方や畳み方を知らないからあるべき折り目が付いていない。粋であるべき浴衣姿が野暮になってしまうんですね。普段着の浴衣ですら、当たり前のことが当たり前に伝承されていないんです。

文化学園服飾博物館,着物

本来、伝統の染織技術は大変に手間と時間がかかります。そうすると値段も高くなる。それでも、以前は一領の着物を買ったらそれを長く着ていたし、自分の娘や孫に着物を引き継いでいました。だから少し高くても買うし、丁寧に愛着を持って着る。でも今は、自分ひとりで買ったところで何度着物を着るか分からないし、高いから買う人も少なくなってしまいます。だから、まずは作り手のためにも買い手のためにも、値段をなるべく安くすることも大事なのではないかと思います。せっかく作ったのに誰も着なかったら、意味がなくなってしまいますよね。

世界でもめずらしい、美意識の結晶

── 今回の展示の概要を教えていただけますか。

江戸時代後期から現代にいたる着物や帯を展示し、それらに文様を施す「友禅(ゆうぜん)」、「絞り染」や「型染」、「絣(かすり)」といった伝統技術を発展の経過と共に紹介しています。

例えば、小紋や中形といった型染と、それが発展した注染、手描き友禅染からインクジェット・プリントまでをご紹介しています。それぞれの技術についての概説を掲示してから着物や帯の実物、型紙や刷毛などの特殊な道具、それから職人さんが実際に作業をしている様子を動画でご紹介しています。動画で見ると手仕事の大変さや緻密さだけでなく、機械のスピード、人だからできること、機械だから得意なことが見えてきます。

── 日本の染織技術の特徴は何でしょうか。

吉村 染めない部分で模様をつくるという技術が極端に発達しているところが、日本ならではだと思います。型染め、友禅、絣、絞り染、全ての技法が防染によるものです。世界から見ても、とても変わっています。

円山応挙,雪松屏風
Wikimedia Commonsより 三井記念美術館所蔵

吉村 円山応挙の代表作に「雪松屏風」というのがあります。墨と金で描いているんですけれど、雪のところは周りの葉や幹を墨で描いていって書き残した部分で表現しているんです。油絵的な感覚だと、白を最後に乗せているのかなと思いますけどね。こういう美意識が染織技術にも通じているように思います。

今となっては、こういう細かな表現はもちろん、間近で見ないと手書きなのか型なのか、どういう染め方なのかが分からないくらい技術が進んでいます。ただ、本来の良さや技術の継承という意味では危機的状況ということは否めません。

── どれくらい手間暇かかっているかを想像しながら聞くのと、ただ綺麗だと思って鑑賞しているだけでは全く見方が変わりますね。

吉村 そうですね。ただ、手間暇がかかっているから尊い、というわけではありません。

文化学園服飾博物館,着物
友禅染の変遷を展示したエリア

展覧会では手間のかかる友禅染を型紙を使って大量生産を可能にした「型友禅」や現在の最新技術のインクジェット・プリントも紹介しています。みんなが着物を欲しがった高度経済成長の時代、少ロット多品種が求められる現在とは作り方が違ってきて当然です。

新しい技術が生まれるのは必然ですし、時代相応の継承の仕方があるはずです。何に価値を置くかを作り手側、買う側の双方が納得することが大切だと思います。

技術を生む技術が消えていく

── これからも着物が滅びてしまわないようにするには、どうすれば良いのでしょうか。

吉村 それはとてもむずかしい問題ですね。着物を作るのは分業制ですが、今このリンクが崩れかかっています。道具や原材料がなくなるという問題も起こっています。例えば、稲刈りも現在は機械を使って脱穀までを一度にしてしまいますが、手作業だった頃は籾殻や稲わらが出ます。その籾殻や藁の束を、染色に利用していました。おが屑や糊の材料もそう。不要になるものを別な用途で生かしていたのに、今ではそれらをわざわざ購入しなければなりません。

ライフスタイルが変わると、モノの流れが変わります。そうすると当たり前に行われていた技術も淘汰されていくのです。型紙を彫る職人さんがいても、土台の紙を作る材料の供給が危うくなっているとか、刷毛を作る毛が手に入らないとか、道具をつくるための道具や材料を作る技術もどんどん失われています。着物そのものを残すというより、変容したライフスタイルと共存できる残し方を探さなければならないと思います。

文化学園服飾博物館,着物

── 着物を残すということは、技術の継承、工芸士さんや職人さんが今後も生活できるようにすることということでもあるんですね。

吉村 そうです。でも、誰がこうした事実を知りたがっているのか、誰が継承しようとがんばっているのか、そのプラットフォームがありません。インターネットの時代だと言われても、おじいちゃんの職人さんはパソコンを使いこなせない方も多いでしょう。

そこで、今考えているのは、「お道具バンク」というネットワークです。失われそうな道具を預かって、道具を作る技術を記録したり、ベテラン職人さんの道具の使い方やこだわりを記録したり、若い職人さんに使ってもらったり、道具と作り手さんをマッチングさせることができたらと思っています。道具類の保存と継承が、そのまま着物を守っていくことにも繋がりますからね。

日本人の民族衣装である着物の伝統が途絶えないように、着物好きが増えるように、そのための情報交換の場としての役割を果たしていけたら良いですね。

お話を伺った方

吉村 紅花(よしむら こうか)
1965年 東京生まれ。文化女子大学(現文化学園大学)卒業。大学での専攻は日本服装史。卒業後、文化学園服飾博物館に学芸員として勤務し、主に東アジア~南アジア・中米・ヨーロッパ地域の民族服飾・染織を担当。

開催中の展覧会

時代と生きる -日本伝統染織技術の継承と発展-
文化学園服飾博物館,着物
日時:2014年12月17日(水)~2月14日(土)
場所:東京都渋谷区代々木3-22-7 新宿文化クイントビル 1階 文化学園服飾博物館
公式HP:http://museum.bunka.ac.jp/exhibition/

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探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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