“農家さん”とひと口に言っても、「農家としてどこまでやるのか」は人によって様々です。
宮崎県小林市で徳永農園を経営する徳永篤さんは、果物の生産・加工・販売まで幅広く手がける農家さん。
栗と柚子とブルーベリーを生産し、宮崎県産を中心とした果物をジュースやドライフルーツなどに加工、デザイナーさんとパッケージを考えて、飲食店などに販売しています。
「最近は観光農園やカフェを始めることも考えている」と言う徳永さん。お話を伺っていくうちに、「新しいことにチャレンジする行動力に溢れている方だなぁ」と感じました。
こんなことをやりたい!と思うことはできても、いざ手を動かすとなると躊躇してしまいがちな筆者には、徳永さんのアイディアを形にするまでのスピード感がとても軽やかで逞しく、羨ましいなぁと思ってしまったのです。
農家歴は今年(2018年)で4年になる徳永さんに、自身と徳永農園のこれまでの歩みを教えていただきながら、その行動力の源を伺いました。
徳永 篤(とくなが あつし)
宮崎県小林市で生まれ育つ。高校卒業後は地元の食肉センターに2年間勤務したのち、上京。2004年にUターンしてからは小林市の加工食品会社・須木特産で工場長として働く。2014年に徳永農園を開業。
加工食品会社でのヒット経験が開業のきっかけ
── 徳永さんはもともと農家になりたかったのですか?
徳永篤(以下、徳永) いえ、まったくです。高校を卒業してからは、地元で働いていたのですけど。ちょうど20歳、遊び盛りというのもあって、お金を稼ぎたい欲求が自分の中にあったんですよね。
それで、20歳のときに地元・小林市から上京して土木関係の仕事に就いたんです。
── 東京で働かれていたのですね。
徳永 仕事はそんなに休みがあるわけじゃなかったけど、月給は20歳で50万円くらいもらっていました。だからもう、服を買ったりサーフィンしたり、DJのターンテーブルを買ったり、お金に余裕もあって友だちもできて、とても楽しく東京生活をしていたんですよ。
── 小林で農業をすることになったのは、どんな理由からですか?
徳永 父が病気になって倒れてしまったことがきっかけで地元に戻らなくてはいけなくなったんです。正直、戻りたいとは思っていなかったんですけど、そのときはやむを得ず。
それで父の紹介で入った会社が、地元の加工食品の会社でした。その会社でたまたまクライアントさんと一緒につくった柚子ピールの加工商品が全国的にすごくヒットしたんです。
そのヒットがきっかけで自分に自信がついて。正直もともと加工食品の会社は「次の仕事までのつなぎ」くらいに最初は思っていたのですけど。「一度これだけ売れるものをつくれたなら、もっと自分で売れるものをつくれるんじゃないか」という気持ちに変わりました。
そこで自分で何かやってみようと思って始めたのが、徳永農園。
地元農家さんや保健所の方の力を借りながら拡大していく徳永農園
── 徳永農園では今、栗と柚子とブルーベリーを育てられているのですよね。農産物はどうやって集めたのですか?
徳永 栗と柚子はもともと、祖父の代からこの須木という土地に農園を持っていたんですよ。祖父も父も兼業農家だったんです。
徳永 ブルーベリーだけは買い付けて増やそうとしたのですけど、高くてとても買えなかったので、小林市の旧野尻町地域の農家さんに交渉しました。
── どのように?
徳永 「今お金を持っていないのですけど、ブルーベリーを譲ってください。自分はそれを植えつけて増やすので、注文が入ったら売掛け金を入金します」という内容で提案しました。
その方は、僕がお金を用意しないで交渉を持ちかけたことをおもしろがってくれて、結局ブルーベリーを売掛で譲ってくれたんです。そのときはブルーベリー1キロ2000円だったのですけど、譲ってもらったのは50キロ分。
生産する果物の種類を栗と柚子とブルーベリーにしたのは、それぞれ収穫時期が重ならないから。今は250本植えている栗の木もさらなる拡大を考えていて、追加で250本植えようとしています。
── そのほかにも、ジュースやドライフルーツなどの加工もされているのですよね。それは前職の技術を活かして?
徳永 ドライフルーツはすでにある知識をもとにスタートできたのですけど、ジュースに関してはまったくのゼロからの取り組みでした。
そもそもどうしたらジュースを提供できるのかというルールを知らなかったので、保健所の方と一緒に設備づくりの部分から整えて、清涼飲料水製造業の許可を得て、100万円投資してやっと提供できるようになりました。
ジュースは催事でもお客さんの反応がよいので、今後は徳永農園の加工場の一角にカフェを開いて、スムージーの販売なんかも挑戦してみようかな?と思っているところです。
上手くいかないからこそ飽きない
── 農産物の生産だけでなく加工、販売もされている徳永さん。どんどん活動を広げていくことのできる源は、なんでしょう?
徳永 昔からやりたいことや欲しいものがたくさんある人間なんです。そして思いつく限りなんでも手を出してしまう。
けれど、自分の欲求に従順に手を出してみた結果、全てが上手くいっているわけでもないんです。
徳永 じつは徳永農園を始めてから一度、『徳永農園』という屋号で友人とドライフルーツや野菜を取り扱うお店を開いているんです。
けれど売り上げが立たず、1年も経たないうちに店を畳んでしまいました。
催事販売も最初は全然売れなくて、熊本に売りに出ていたときは1日3000円ほどの売り上げしかなくて、一ヶ月間車の中で生活していたくらい。
こうやって振り返ってみると、今でも上手くいっていないことの方が多いのかも(笑)。けれども、この徳永農園で色々とやりたい欲求は尽きません。
── 新しいことに挑戦しようとするとき、「上手くいかなかったら……」と不安にならないのですか?
徳永 僕は、何事も手に入るまで出来上がるまでの「過程」こそが楽しいと感じるタイプみたいで。
過程を楽しむために大切なのは、その中にちゃんと上手くいかない部分があることなんですよね。上手くいきすぎていたら、すぐに飽きちゃっているんじゃないかと思います。
なので自分は、「欲しいものがたくさんある人間」ではあると思うのですけど、それ以上に「手に入れるまでの過程が好き」で、その過程の中には失敗も上手くいかないこともあった方が「より、楽しい」と思っているんでしょうね。
── 徳永農園がこれから挑戦してみたいことを教えてください。
徳永 まずは先ほどもお話しした、カフェを始め、フルーツジュースを提供すること。
あとは、観光農園も始めてみたいなと思っています。
徳永農園のある場所は小林市の中心地から離れた山奥で、編集部の皆さんもここに来るまですごく複雑な山道を運転してこられたと思います。僕も、こんなところに人は来ないだろうな、とずっと思っていました。
徳永 けれども今年の春先、知人経由でドイツ人の方々から「徳永農園でキャンプをしたい」というお話をいただいて。そのドイツの方々というのは、小林市で国際化推進の仕事をされているドイツ人女性の友人なのですけど。
それでキャンプを許可したら、けっこう楽しんでくれたみたいで。山菜採りや筍採りを体験してもらったり、夜は彼らは一日中歌っていましたよ、音を気にしなくていいからですかね(笑)。
とにかくそれがきっかけで、考え方が変わったんです。やり方によってはこの農園もひとが来る場所になれるんじゃないかって。ここに来るまでの獣道も、ちょっとした冒険感覚にできるんじゃないか?とか。
と、いうふうにやりたいことは尽きないんですけど。農家というものを飽きずにやっていけるのは、やっぱり上手くいくことと上手くいかないこと、ちゃんと両方あるからだと思うんですよね。
文/小山内彩希
写真/伊佐知美
(この記事は、宮崎県小林市と協働で製作する記事広告コンテンツです)