編集部・立花が4度目に宮崎県小林市に訪れたとき、小林市役所の方に教えて頂いたある女性のことが、ずっと気になっていました。

「瀬尾さんの加工場ができたから、ぜひ見に行ってみるといい」。

瀬尾さんとは、2015年12月に取材させていただいた女性で、当時地域おこし協力隊3年目を迎えていました。子育てに適した環境を求めて、東京から小林へ移住した瀬尾さんは、古民家を借りてお菓子づくりとイトオテルミーという民間療法の施術を生業にすべく、小林市第一号の地域おこし協力隊として活動されていました。

5度目(!)に小林市へ訪問したのは2016年10月。瀬尾さんは9月に地域おこし協力隊の任期を終え、その後も小林市に定住することを選んだといいます。

「子どもたちのためにも、自宅で働けるよう加工場をつくりたい」と話していた瀬尾さん。あのとき話してくださった夢を叶えた瀬尾さんに、もう一度会いに行きたくて、再びあの古民家を訪れました。

地域おこし協力隊の任期を終えて

── おひさしぶりです! また「灯台もと暮らし」が参りました。

瀬尾絵美(以下、瀬尾) おひさしぶりです。

── 去年の12月に取材にうかがった時にお話されていた、加工場ができたと聞いて伺いたくて。

瀬尾 なつかしいですね。3月に業者さんの選定に着手して、3か月後の5月に完成しました。やっとできたーという感じです。どうぞお入りください。

── 失礼します。わぁ、本当に加工場ができている! 夢を実現されていて、すごいです。

設えられたオーブン

加工場内の予定を書くホワイトボードに「もと暮らし」を発見
加工場内の予定を書くホワイトボードに「もと暮らし」を発見

瀬尾 まだまだですけれどね、ありがとうございます。

── この加工場では、以前お話されていたクッキーやグラノーラをつくっていらっしゃるのでしょうか。

瀬尾 はい。あとは小林市内にあるカフェにタルトなどのスイーツを卸しています。おかげさまで、ご好評を頂いています。

── 地域おこし協力隊に着任されたのが、2013年で9月で、今年(2016年)に協力隊を卒業されたのですよね。

瀬尾 はい。任期を終えたのが先月なので、生活の変化もここ1ヶ月くらいの話で……まだ手探り状態な部分も多いです。

── 自宅に加工場を持ちたい理由は、子育てをしながら働く環境を整えたいから、とおっしゃっていましたが、実際にやってみて、そのバランスは取れそうですか?

瀬尾 そうですね。今までずっと、どこかに出勤して働く生活で、雇われる働き方しか知らなかったので、最初は不安でした。でも、実際に自宅に加工場を構えて、そこで仕事をするようになったら、使える時間の自由さを、すごく実感します。もちろん、誰も何も教えてくれないし、指示されない分、自分でメリハリをつける必要はあるから、別の大変さはありますけれど。時間に縛られず働けるので、自然と子どもたちの時間も増えました。休みの日には、一緒にお菓子を作ったり、ピザを焼いたりしています。

── イトオテルミーという民間療法も、並行してやっていらっしゃいましたよね。

瀬尾 はい。協力隊の卒業前に、イトオテルミーの療術師資格も取りました。今はお菓子づくりが仕事の中心ですが、時々いろいろな方のご自宅へ出張して、施術をしています。

── 前回取材させていただいた時のこと、すべて実現されているのですね!

瀬尾 協力隊は期間限定なので、任期が終わる日が近づくにつれて、徐々に覚悟というか、心の準備はしていましたね。加工場は協力隊を終えるまでには絶対につくろうと決めていたんです。それを目標にやっていたので、とりあえずホッとしています。

瀬尾さんのクッキー
取材後、瀬尾さんがつくったクッキーをいただいた

小林に住んで3年。実感したこと

── 小林での暮らしは、協力隊の任期も含めると約4年になりますが、地域やご自身の変化は感じられますか。

瀬尾 そうですね……。自分の考えがどんどん変わっていくのは、感じましたね。

── どんなふうに変化したのでしょうか。

瀬尾 協力隊として移住支援の仕事をしている時に、これから移住をしたいと考えているひとや、移住したけどそれでも迷ったりしているひとと接することが多くありました。その悩みなどを聞いていると、同じ田舎暮らしでもそのひとに合った地域やコミュニティがあるのではないかと感じるようになりました。

私が暮らしているような、長く住んでいる地元の方が多い地域だと、お年寄りもたくさん暮らしていらっしゃって、知識の量や経験がまったく異なるひとが多くなります。

一方、移住先として人気がある地域では、若者が比較的多かったり、移住者が多いため同じような境遇のひとたちが集まったり。また移住先として海の方を選ぶひとと、山を選ぶひとでも趣向やライフスタイルの違いがあると感じるようになりました。そしてそれぞれの場所での振る舞いも違ってくるし、そこに馴染めるかどうかが分かれるんです。

例えば、先日ご近所の方から採れたての落花生を頂きました。私は落花生が大好きで、嬉しくてピーナッツクリームをつくったんです。とても美味しくできたので、その方にも食べて頂きたくて持って行ったら本当に喜んでくれて。レシピを教えてとか、食べ方とか、いろいろ話が膨らんで、ますます親睦が深まったように感じて幸せな気持ちになりました。

ご近所付き合いってどこに住んでいても大事だと思うんですけど、今回お話ししていて、こういう持ちつ持たれつの付き合いをすることが自然で、大切だと思えないと、なかなか昔ながらの地域に馴染むことは難しいのではないかと感じました。私はこういう助け合いのような生活が、とてもありがたく感じます。年上の方が多いので、おばあちゃんの知恵袋のようなことも教えてもらえるし勉強になるんです。

定住することが何よりも“地域おこし”になる

── 瀬尾さんは、小林市の地域おこし協力隊第一期生ですよね。新しい協力隊の方々も入ってきているかと思いますが、相談を持ちかけられたりすることはありますか。

瀬尾 先に移住して小林のことや協力隊の大変さを知っているので、そのひとらしく楽しめるようにサポートしてあげたい気持ちは強いです。とはいえ、こちらからズケズケといくのも憚られますし、正しいことは幾らでもあるので……のんかた(飲み会)がある時は誘ったりします。お酒を片手に話したほうが気楽ですし、本音も言いやすいと思いますしね。

── のんかたは、小林市の取材では多くの方が大事なものとして話題に上げていました。

瀬尾 「地域おこし協力隊」っていう肩書きが、ちょっと重いなっていう声は、聞きますね。

── 協力隊なんだから「何か“協力”しなくちゃ」と意識してしまうということでしょうか。

瀬尾 そうですね……重いという感覚は、ちょっと分かるなぁ、と。私の場合はお菓子づくりっていう具体的な仕事ややりたい道が決まるまでは何をしていいかわからず、早く辞めたいって思っていたから。何をしたらいいか分からず迷っていると、自信を持って名乗れないんですよね。地域おこし協力隊っていう名前、どうにかならないかな(笑)。

瀬尾絵美さん

── 何かしなくちゃって焦ってしまうかもしれないですね。

瀬尾 特別なことでなくてもいいんです。自分自身が小林の生活を楽しむことが、何よりも地域おこしだなって考えるようになりました。

── たしかにそうですね。

瀬尾 東京から小林に移住した時は、よく「こんな田舎によく来たねぇ」って言われたのですが、都会で育った私にとっては「すべてが素晴らしい地域じゃないですか!」って感じるわけです。でもそれは、私が外から来たからこそ分かる良さだとも思うんです。

だから、もし私の子どもたちが将来小林市から出たいと言っても尊重しようと思っています。自然に囲まれて遊んだことや、新鮮な食材を毎日食べられるのは素晴らしいことなんだって、外へ出ればこそ気づけるかなって。

── 瀬尾さんは、フラットな立ち位置にいるんですね。

瀬尾 最近、そんなふうに考えるようになりました。だから今後は、どういう形かは分からないけれど、移住希望者の方々が下見に来た時や、移住して来た時は、手助けしてあげたいなって思っています。移住をするひとには、小林の良いところも悪いところもちゃんと伝えて、決めてほしい。たとえばうちに泊まってもらって一緒に畑仕事をしたりして、古民家での暮らしを体感してもらうのも大事かなと思っています。

── そういう役割は、移住者を増やしたい地域では必須だと思います。

瀬尾 私自身も、近所に住む移住者の先輩が地域のいろいろなことを教えてくれたり、のんかたに誘ってくれたから馴染めた部分もあるんです。

私が小林に定住しようと思った理由は、最終的に「ひと」なんです。周りのひとたちが支えて、応援してくれたから定住しようと思えました。だからこそ、今度は自分が、小林に来たいひとたちの手助けをしたいなと、今は思っています。

(この記事は、宮崎県小林市と協働で製作する記事広告コンテンツです)

お話をうかがったひと

瀬尾 絵美(せお えみ)
1980年東京生まれ東京育ち。子どもを自然の中で思いっきり遊ばせたい!という想いで小林市に移住。2016年9月を以て、3年間の地域おこし協力隊任期を終え、人気終了後も小林市へ定住。お菓子づくりとイトオテルミーを中心に生計を立てるべく、引き続き奔走中。

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