2017年11月まで1年間アイルランドに滞在し、その後ヨーロッパを旅していた一級建築士、ライター、建築写真家のタナカユウキさん。この旅路の締めくくりに、タナカさんが長年行きたいと思っていたドイツのとある教会へと足を運びます。
ドイツ西部の街ケルンから、電車とタクシーを使って1時間半ほど。
前日の雨でところどころぬかるむ草原を歩き回り、やっとたどり着いた一棟の建物。
地層がそのまま立ち上がったような五角柱の建物は、僕がドイツで一番行きたかった建築でした。
“Bruder Klaus Field Chapel”と呼ばれる、とても原始的な方法で建てられた教会。
112本の丸太をテントのように組み、それらの丸太を覆うようにして、土を混ぜたコンクリートで建物の形をつくり上げてゆきます。
50センチずつコンクリートを打っては、時間を置いて固める。そんな工程を繰り返して、高さ12メートルの建物になるまで約1年。
次に、コンクリートの中に埋もれている丸太を燃やす。丸太は3週間をかけてゆっくりと燻され、焦げ切った丸太を取り除くことで空間がうまれます。
その空間がそのまま内部となり、外側に残されたコンクリートの塊が壁となることで、一棟の教会ができあがりました。
Bruder Klausと呼ばれる聖人を讃えるために建てられたこの教会は、氏にゆかりのある建築家が無償で設計を請け負い、地元の住民によって大切に管理されています。
ついに、来たんだ。
かつて読んだ本で知って以来、草原に佇む墓標のような姿が気になっていた教会が目の前に在る興奮を抑えながら、扉に手をかける。
重い鉄の扉を開けて入った先は、銀河のようでした。
壁に設けられた無数の穴から差し込む光は、星のように繊細に輝いていて。
じっと天井を見つめていると、唯一聞こえていた息の音さえも遠のいてくる。
装飾のない神聖な空間に飲み込まれて、自分がこの世界から突然消えてしまったような不思議な心地がしました。
どれくらいのあいだ、消えてしまっていたのかは分からないけど。
やっとこの世界に戻ってきたのは、教会の中まで迎えにきてくれたタクシードライバーに声をかけられたときでした。
たくさん見てきた煌びやかな教会とはまた違う、この原始的な教会がもつ人を引き込む力。
今、ここでしか体験できないその不思議な力を、せめて写真にとどめておけるように。
ゆっくりとシャッターを切って、この旅最後の目的地であった教会を後にしました。