「旅」とは、暮らしの延長線上にあるもの──。日々の出会いと別れをどんな気持ちで迎えていますか? 2017年秋から世界一周の旅に出ている写真家・ライターの佐田真人さんは、暮らしながら旅している真っ最中。今回は、「世界の底」とも呼ばれるインド最大の宗教都市・バラナシに滞在した2週間の出会いと別れをお届けします。
寝台列車出発の時間まで、残り10分を切った。
「おっちゃん! このまま飛ばせば間に合うかも!」マイペースなオートリキシャ(インドで一般的な三輪タクシー)のおじさんに再度念を押す。
目を輝かせた少年のように、これから見る世界にふたたびワクワクしている。バラナシで出会った旅人たちの顔を思い浮かべると、僕もじっとしているわけにはいかなかった。
バラナシで泊まった日本人宿は、はじめこそ部屋に一人だったが、徐々に賑わっていった。卒業したばかりの大学生、会社をやめてきた元サラリーマン、世界を周っている夫婦。
年齢も職業も、なにひとつ共通点はない。ただひとつ、同じようにバラナシの魅力に惹かれて集まった同志のように思えて、とても安心できた。
その居心地が良かったのか、滞在は2週間だったが、もうすこしいたいなあと思った。
ある夜、ガンジス川沿いで同じ部屋の旅人と、バラナシであったことや感じたことを話していた。
「もうバラナシは散々だよ!」なんて愚痴をこぼしながらも、すでに1週間以上滞在している彼をみると、クスッと笑ってしまった。
「たぶん僕ら、バラナシを去るきっかけを探してるのかもしれませんね」
「あー、そうかもしれない。だけど今週中には出たいなあ」
期限のない自由な旅だからこそ、僕らは時に街を去るタイミングやきっかけを見失うらしい。
その数日後、彼は「夜行バスに乗り遅れそう!」なんて言いながら、慌ただしくパッキングをしていた。
ようやく準備を終えた彼は、手を差し出し「会えてよかった」と一言。見送った彼の後ろ姿は、とても清々しく見えた。
「また日本で会いましょう」と約束を交わし、彼は笑顔でバラナシを去っていった。
旅で意気投合するひとと出会うことは、決して多くない。そんな中バラナシで出会ったのは、普通に生活していると出会わないひとばかりだったが、心を通わせることができた。
だからこそ日本から遠く離れた地で、日本に帰っても会いたいと思うひとと出会えたのが、とても嬉しかった。
出発当日、ベッドに散らばった荷物をまとめ、急ぎ足で部屋を出る。「もし間に合わなかったらまた帰っておいで!」オーナーは冗談めいて言うが、本当にそうなりそうだから笑えない。
時計を見たら寝台列車出発まで、残り30分を切ろうとしていた。「ありがとうございました!また来ます!」と挨拶をすませ、宿を出る。
不思議と名残惜しい気持ちは消え、むしろワクワクしていた。間に合うか? いや、間に合わせるのだ。こうしてまた、僕の旅が再び動き始めた。