2017年秋に会社を辞め、世界一周の旅に出た写真家・ライターの佐田真人さん。東南アジア一周を終えて日本に一時帰国した後、こんどは佐田さんが学生の頃から憧れていたというインド最大の宗教都市・バラナシにやってきました。

ふたたび日本を飛び立ち早1ヶ月、ネパールからインドにやってきた。

今、ヒンドゥー教最大の聖地であり、世界の底とも呼ばれる「バラナシ」にいる。雑然とした街の様子から来るものなのか、それとも人が死を待つ場所としてここを選ぶからか、いずれにしても“世界の底”とは言い得て妙だった。

バラナシの路地に足を踏み入れると、人、犬、牛、猿。食欲をそそる香りが鼻をかすめたかと思えば、鼻をつまみたくなるような強烈な匂いが足下から漂ってくる。

五感をフル活用したら身体が持たなくなってしまうぐらい、容赦なくいろんなものが流れ込む街。それがバラナシの第一印象だった。

 

そんな街にも数日間いると、特に気にせず路地を歩けるようになるから、不思議である。3日前ぐらいに知り合ったボート屋の青年とすれ違う。

「いまなにしてんの? これからチャイ飲むんだけど来る?」
「早朝チャイかぁ。それええな!一緒に行くよ」

案内してくれた先は、二人がギリギリ横に並んで歩ける路地の隅っこにつくられた、一畳そこらのスタンドだった。その簡素な備え付けのイスに座る。周りにたかるハエにはもう慣れっこだ。

「いつも日の出を見るお客さんをボートに乗せたあと、休憩がてらここに来るんだよ」と言いながら、彼は小さなグラスに注がれた熱々のチャイを手渡してくれた。

「ガンジス川の朝日ってやっぱり綺麗なの?」

何気なく尋ねた質問に彼は、「自分の目で見たら分かるよ」と静かに答えた。それもそうだ、なんて野暮な質問をしてしまったんだと、すぐに後悔した。

 

翌日さっそくガンジス川の日の出を見にいくことにした。太陽が目覚めるすこし前、入り組んだ路地を抜け、夜明け前のガンジス川へ出る。

小さなボートに一人乗せてもらい、まだ薄暗い川の向こうへと漕ぎ出した。

川の真ん中に近づくにつれ聞こえる小鳥のさえずりや水の音。すこし先に見える煙は、火葬場からだろうか。その煙が止む気配はない。

薄っすらと光に照らされたバラナシの街を生の象徴とするならば、立ち込めた霧の先に見える砂丘の向こう側は、死へと誘っているようにも見えた。

やがて喧騒から隔たれた静寂の世界を切り開くように、朝日が顔を出し始めた。冷たい空気をまとった肌に、ピリッとした熱さが肌を刺す。

そこからわずか数分のこと、彼の「見たら分かる」を全身で実感することになった。

遠くで祈りを捧げる声が、日の始まりを告げている。

喧騒、静寂、生と死。その間で揺れるバラナシ。

人はなぜ「世界の底」と呼ばれるこの街の虜になってしまうのか。その気持ちがすこしだけわかった気がした。

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