営みを知る

「あなたはどう思う?」と問い続ける、渋谷の映画館「UPLINK」に併設されたアップリンクマーケットの舞台裏

「灯台もと暮らし」の取材で、リトルプレスのつくり手の方々に、どんな思いで本をつくっていらっしゃるのかを聞いているうち、この本はどうやって読者の方々の手にわたるんだろう、という疑問が浮かんできました。もちろん、リトルプレスをつくっている著者やクリエイターの方々がご自身で売っているものもありますが、調べるとわかってきたのは、大型書店ではなくそのほとんどが、本以外のメインの商品を扱っていたり、本屋ではない形態をとっている場所だということ。

そのひとつが、「アップリンクマーケット」。東京・渋谷にある映画館「UPLINK」(以下、アップリンク)という映画館の一角にある、本やDVDを販売しているスペースです。

UPLINK受付
UPLINKの劇場入口。奥にマーケットがある

アートや政治、音楽、食……なかには本だけでなく、コーヒー豆やうつわ、アクセサリーやTシャツなども置かれています。雑多なジャンルに見えて、それらはすべて公開されている映画のテーマに関連するもの。

映画を観たお客様に向けたアップリンクマーケット。売り場は決して広くはないけれど、メインストリームでは語りきれない、声にならない声を、映画とともに拾い、集め、魅せる場所です。

映画のその先が知りたくて本を読む

── 今日は、どうぞよろしくお願いいたします! 映画館に来ていながら、本のことを伺うという、少し不思議な展開ですが……。

小泉佳美(以下、小泉) よろしくお願いいたします。アップリンクマーケットも、うちにとっては大切な事業ですから、なんでも聞いてください。

── アップリンクマーケットは、UPLINKという映画館の一部の物販スペースのことを指すのですよね。

小泉 はい。ただ、マーケットのことをご紹介する前に、まずアップリンクがどういう映画館かを、ご説明したほうがいいかもしれません。

── ぜひ! お願いいたします。

UPLINKの小泉さん
小泉佳美さん

小泉 有限会社アップリンクは、もともと代表の浅井が1987年に立ち上げた、映画配給会社です。そのあと、1999年に映画の上映を中心にイベントやライブを行う、ギャラリーを併設した「UPLINK FACTORY」をオープンしました。現在は、「FACTORY」「X」「ROOM」という3つのスクリーンとギャラリー、カフェ、マーケットを併設した施設です。上映作品も配給している作品も、いわゆる興行収入が大きいエンターテイメントの映画というよりも、リアルなもの、社会に対する問題提起を扱った、メッセージ性の強い映画などを上映している映画館になります。

── アップリンクマーケットは、いつから始まったのでしょうか?

小泉 2012年です。私が入社するタイミングで、マーケットができました。

── そうなのですか? 小泉さんが立ち上げたということでしょうか。

小泉 立ち上げは社長と行いましたが、それ以降は私が担当しています。アップリンクへの入社のきっかけが、ここで観た『セヴァンの地球のなおし方』というドキュメンタリー映画でした。

小泉 私自身が一児の母ということもあり、12歳のセヴァン・カリス=スズキのスピーチに心を打たれました。UPLINKでの仕事にはきっと共感できると思ったのと同時に、ここで本が選べると素敵だなと思って。もし物販をするなら、という想定で『セヴァンの地球のなおし方』に即した本を選んで提出したら、入社に至ったという経緯があります。

── そうなのですね! では、マーケットのことは小泉さんに一任されているのでしょうか。

小泉 はい。上映作品のパンフレットを仕入れることと、アップリンクマーケットで販売する本の選書や雑貨の仕入れ、ディスプレイまで担当しています。

── レイアウトまで担当されていらっしゃる。

小泉 そうです。本やグッズを、わかりやくお客様に届けることまでが仕事ですね。

── 選書というと、やはり映画と関連した内容の本の取り扱いが、基本になるのでしょうか。

小泉 うちで上映している映画の約半分は、ドキュメンタリー映画です。戦争やアート、ジェンダーや環境問題など、本当に幅広いのですが、選書も公開中の映画のテーマに合うかどうかが最優先事項ですね。

UPLINKマーケット

── アップリンクマーケットは、映画の世界観やテーマをより深めたり、補填したりするためにつくられたのでしょうか。

小泉 そういう役割も、もちろんあります。売りたい本や扱いたい本というのは、明確にありますね。たとえば、環境問題に関する本、経済についての本、今だと参議院選挙が近いので、日本の政治問題に関する本 などなどです。

ただ、映画館って、もともと情報量がたくさんある場所なんです。チラシ置き場にいっぱいチラシがあったり、本編の前にたくさん予告が流れたり……それだけで、お腹いっぱいになること、ありません(笑)?

── そうですね……映画一本がすでに、たくさんの情報量を持つメディアですしね。

小泉 だからなるべく、最低限の数で世界観を深められる選書をしたいんです。お客様が見やすければ見やすいほどいいなと思っていて。ただ、心がけてはいるんですけど、選び出すとあれもこれも置きたくなって、なかなか絞りきれない(笑)。そのバランスは、まだまだ勉強中ですね。

雑誌NEONEO
雑誌NEONEO

お店の個性につながる選書とは

── ドキュメンタリー映画と本というのは、相乗効果を生みやすいのでしょうか。

小泉 そうですね。メッセージ性がはっきりしていると、本も動きやすいです。

映画や小説などのフィクションは、物語としてはおもしろいのですが、話がそこで完結するものです。ドキュメンタリーは、映画を観て、じゃあ次に「自分はどう考える?」という姿勢になる方が多いので、自然とよりいろいろなことを知りたくなったり、勉強したくなったりします。

でも、そういう考え込んでしまうような本ばかりではなく、単純に伝えたいことが明確にある読み物で、私がぜひ置きたいと思ったものも、積極的に扱っています。たとえば、個人でつくっているリトルプレスもそう。あんまり流通していない本や、ここでアルバイトしている学生さんがつくった本を、こっそり販売することもあるんですよ。

── なるほど! 映画とは直接関係のない本も、扱っていらっしゃるのですね。

小泉 はい。ちょっと変化球の本もある方が、お店の個性になると思って。私がイチ読者として、おもしろいと思ったものは、著者の方や出版者に問い合わせて、置かせてくださいとお願いすることもあります。

── たとえば、どんな本が人気だとか、小泉さんイチオシだとか、ありますか?

小泉 基本的には、ぜんぶおすすめですよ、私が選んでいるので(笑)。

よくお客様が購入されるのは、食に関する本ですね。食は、自分ごとしやすいカテゴリでもありますから。食に関する本でいうと、おすすめがあって……(席を立つ)。

── (なんだろう)

『味の形』
『味の形』ferment books刊

小泉 (一冊の本を持ってきて)これ! 新宿駅の西口を出てすぐのところにある「ベルク」という人気の飲食店があるんですが、そこの副店長で写真家の迫川尚子さんにインタビューした本で『味の形』といいます。ずっと取り寄せたいなぁと思っていたら、ある日、ferment booksさんの方から連絡してくださって。やったー!と思って、すぐに置かせていただくことになりました。

── どんな本なんですか?

小泉 迫川さんは、何かを食べると、頭の中に味の形が出てくるんですって。

── へぇ! 共感覚みたいなものですか?

小泉 はい。その話がすごくおもしろくって私も、同じ材料と調理方法で同じひとが料理をしても、つくるひとと食べるひとのその日の気持ちで味が全然ちがうんだって体感したことがあって、食や料理に感心が高まっていた時期に、この本と出会ったんです。そうしたら、今度は本をつくったご本人ともお会いすることができた。この仕事をやっていると、本当にいろんな方にお会いできて、とても楽しいんです。

心が動くと、ひとは本を手に取る

── 直接やりとりするとなると、著者の方とも近くなれそうですね。

小泉  はい。みなさん、本当にいい方々ばかりで……。ご縁があって、今まで知らなかったリトルプレスをマーケットに置くようになったということもあります。

── 本を扱うお仕事は、以前からされていたのですか?

小泉 いえ、ここがはじめてです。でも、本はもともと好きでした。本屋さんに行くと、ウキウキするんです。もし私が雑誌『ダ・ヴィンチ』の表紙に載るなら、どの本を持って載ろうかって考えるくらい(笑)。選ぶなら、人生を変えた一冊がいいな、とか。

小泉さん

── あはは、いいですね(笑)。ちなみに今、選ぶとしたら何ですか?

小泉 うーん……そうですねぇ……。昨年亡くなってしまったのですが、長田弘さんという詩人がいらっしゃるんですけど、長田さんの本がいいですね。ちょっと、カッコつけている気もしますが(笑)。

── すてきだと思います。ご自身が選ばれた本が売れると、うれしいですよね。

小泉 はい、本当に感無量ですよ。「やっぱりその本、買いますよね!」とか、「それ、いい本ですよ!」って心の中で思っています。私が選んだものに共感してもらえたという喜びと同時に、“買う”という行為は、お客様が本や映画を通して何かを感じてくださった証拠だと思うので、なおさら嬉しいですね。

小泉さん

── 今後、マーケットをこう変えていきたいなど、小泉さんの展望はございますか?

小泉 今年中(2016年)に、マーケットをすべてリニューアルをする予定です。

売場づくりは、まだまだ納得いっていないところもありますが、今の仕事は自分の得意なことを通して、誰かに気づきや幸せをおすそ分けすることだと思っています。扱っている映画のテーマ的に、小難しく考えがちになってしまうかもしれませんが、なによりも大切にしているのは、私が自分の仕事を楽しむということなんです。そのプラスの気持ちは、売り場を通して、お客様にも伝わると思っていて。

映画を観て、何かに突き動かされて本を手に取って下さるお客様が少しでも増えるように、今後もその姿勢は、ずっと忘れずにいたいですね。

お話をうかがったひと

小泉 佳美(こいずみ よしみ)
1979年、東京生まれ。高校卒業後、服飾専門学校や大学の哲学科に通いつつ、大手町のホテルに10年間勤務。その後スペインバル、カフェやバーラウンジ、居酒屋など様々なジャンルの飲食店で働きながら旅をし、さまざまな食文化を体験する。2011年、アップリンク入社。以後アップリンクマーケットの企画から仕入れ、販売までを担当する。飲食店勤務を活かして映画館付設のレストラン「Tabela」でも上映作品と連動させたイベントやメニュー作りなどを手がける。一児の母。

この場所のこと

アップリンクマーケット
住所:東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1-2F
電話番号:03-6825-5503
営業時間:10:00~22:00(映画の上映時間に準ずる)
定休日:年末年始
最寄駅:JR各線、東京メトロ各線「渋谷駅」
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立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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