2016年12月某日。

「独立する記念に、CAREER HACK(キャリアハック)の田中嘉人(以下、よっしー)さんとの対談記事をつくらせてもらえませんか?」

ある日、筆者くいしんはこのようなメッセージを「ジモコロ」編集長、徳谷柿次郎さんにお送りしました。返ってきたのは「じゃあ、よっしーの地元の静岡でさわやかを食べよう」という返信。

この時点でさすが人気メディアの編集長の企画力だと驚いていたのですが、3人のチャットルームで「当日、朝の6時半に渋谷のレンタカー屋さんに集合しましょう」と伝えると「朝が早すぎる。小田原に前乗りして、くいしんさんの実家に泊まろう」と返ってきたのです……。

そして、2016年12月27日。

柿次郎さんは、ブログで独立することを発表します。

その翌日、12月28日の夜、約束通り3人は僕の地元である神奈川県小田原市に集まりました。居酒屋で少しだけお酒を飲んで柿次郎さんの独立をお祝いし、実家に泊まり、朝ごはんを食べて、車でまずは小田原城へ向かいます。車の運転は筆者のくいしん。

前半は小田原城観光から市内を抜けて、東名高速を移動しているときのお話です。小田原城でなんとなく回り始めたICレコーダーから、物語は始まります。

小田原城周辺

小田原城の門の前に立つおふたり

柿次郎さんプロフィール

徳谷 柿次郎(とくたに かきじろう)

1982年生まれ。大阪府出身。2011年に株式会社バーグハンバーグバーグへウェブディレクターとして入社し、2016年12月末に退社。どこでも地元メディア「ジモコロ」編集長として全国47都道府県を取材している。

よっしーさんプロフィール

田中 嘉人(たなか よしと)

1982年生まれ。静岡県出身。2008年にエン・ジャパンへ入社。2014年4月からエン・ジャパンが運営するメディアCAREER HACK(キャリアハック)のライター・エディター。アート・クリエイティブ・ウェブ(に関わる人)、登山、自転車、キャンプ、道の駅、お酒、カープが好きです。

取材を通じて仲良くなった

柿次郎 眠いね。

よっしー あぁ、すごく眠い。昨晩小田原に着いて、一杯お酒を飲みにいって、スーパー銭湯に行って、寝たのが2時過ぎ。起きたのが8時前で今まだ10時だよ。

柿次郎 でも、くいしんさんが一番眠そう。

── 全然眠くないですよ。めちゃくちゃ仕事スイッチ入ってますから。

よっしー 車の運転してもらえるのは嬉しいけど、さっき事故りそうになってたし。

── 事故りそうになってないです。

よっしー なってたから(笑)。

柿次郎 なんでくいしんさんの実家に泊まったんだろうね。

よっしー いや、柿次郎くんが言い出したんじゃん!

柿次郎 普通はインタビューされるひとの思い出の地に行くでしょ。インタビューするひとの実家に宿泊したところから取材が始まるって世界初かもしれないじゃん?

よっしー 世界初かどうか知らないけど、意味がわからないから! 小田原、来ちゃったし!

柿次郎 逆張りしたいの。俺は逆張りしたいの。

よっしー まぁ、楽しかったからいいけど。

── よっしーさんって、いいツッコミですよね。

よっしー ……えっ? あの……めっちゃ嬉しいです。お笑いやっていたくいしんさんにそう言っていただけると。

柿次郎 ボケ甲斐がありますよね。

── ツッコミが鋭利ですよね。ついつい冗談を言ってしまいたくなる。

柿次郎 ちょっと強いのがいい。

よっしー 嬉しい。

── イベントの司会にも最適。ぜひみなさまイベント司会のご用命はキャリアハックまで。

よっしー めちゃくちゃ宣伝してくれてありがとう(笑)。……大丈夫かな、この話。灯台もと暮らしっぽくないかな。

小田原城のお堀のふたり

柿次郎 ……で、何か話します?

よっしー そりゃ話すでしょ。取材という名の小旅行で、こうしてわざわざ都内から小田原に移動してきているんだから。柿次郎くんは昨日から会社員じゃなくなったわけだよね。

柿次郎 そうそう。昨日の夜に3人が小田原で合流したけど、それが会社を辞めた翌日ですよ。正直、後悔してる……。ひとりでゆっくり過ごしたい気分……。

よっしー あきらめて。僕としては、独立初日からの貴重な時間をこうして過ごせるのは嬉しいけどね。まずはどんな話をしたらいいだろう。出会ったところから話そうか。

柿次郎 うん。最初に会ったのはイベントで、仲良くなったのはよっしーが担当してくれたキャリアハックのインタビューだよね。

よっしー 僕はもちろんバーグハンバーグバーグや柿次郎くんのことは知っていて。2015年、当時はまだ「ジモコロ」が始まったばかりのときに、ジモコロのクライアントであるアイデムの岡安さんと柿次郎くんが、はてなのコンテンツマーケティングの勉強会みたいなイベントに出ると聞いて参加したんだよね。

僕は、最初から「ジモコロ」のコンセプトにはすごく共感していて。柿次郎くんに話を聞いてみたいなと思って、イベントに行ったんだよ。話を聞いてみたら、熱量の話とか一次情報の話とか、今まで自分が何気なく意識はしていたけど言葉にできていなかったことをバシバシ言語化していく姿がすごくいいなって感じたんだよね。

柿次郎 めっちゃ褒められてる! 怖い!

よっしー そりゃそうですよ(笑)。憧れですから。そのイベントの前に「マーケジン」の記事が出ていて、記事の中に書いてあった生い立ちにすごく驚きを感じていたのよ。で、イベントが終わって名刺交換する時間があって。「あの生い立ちの話を、もう少し深くキャリアハックでインタビューさせてもらえませんか」ってお願いしたんだよね。

柿次郎 あのときって、インタビュー依頼するつもりでイベントに来ていたの?

よっしー なんとなく、そのうちインタビューさせてもらえたらいいなとは考えていたけど、喋っている姿を見て素敵なひとだなと思ったから、その場の勢いでお願いしちゃった感じだね。なぜ僕が柿次郎くんの取材をしたかったかって、そもそものストーリーがあって。

── どんなストーリーですか?

よっしー キャリアハックが2012年の6月にスタートしたメディアなんですけど、第一弾のインタビューが(バーグハンバーグバーグ代表の)シモダさんなんですよ。

── へぇー!

よっしー そのことを柿次郎くんも知っていて。「シモダも出ていましたよね」ということを最初に言ってくれたんです。

── なるほど。

よっしー そういうストーリーもあったから、「ぜひぜひ!」と言ってくれて。

柿次郎 そんなんあったね。

よっしー でも、企画はすごく悩んだ。率直に言えば、柿次郎くんの生い立ちはサラッと書けるものじゃなかったから。「こういう話を聞きたい」と企画にまとめるのに苦労して。ただただ柿次郎くんの生い立ちが壮絶で大変だったという話をしても、「すごい」で終わったら意味がない。読者に生き方のヒントやメッセージを届けないと意味がないな、と考えていて。イベントが8月くらいで、取材させてくださいってお願いしたのがたしか10月とか。

柿次郎 記事が出たのが11月末。最初に依頼をもらった段階で、「こんな構成でどうですか」って自分の引き出しを整理して、バーッて箇条書きで送ったんだよね。

よっしー そう。僕としては柿次郎くんにもらった構成を見て「こういうやり方もあるんだ」って、発見というか、学びがあったんだよ。それまでって編集として取材させてもらうひとに頼っちゃいけない、自分ですべてやらなくちゃいけないっていう気持ちが強かったから。もちろんふたりとも編集者だからこそできたことなんだけど、「一緒につくっていく」という感覚を教えてもらえたのは、今の自分にとって大きいし、嬉しいことだったんだ。取材場所も提案してくれたよね。

柿次郎 生まれ育った大阪の十三(じゅうそう)に「しょんべん横丁」って飲み屋の通りがあって。十三の話をするから、しょんべん横丁って他にないのかなと思って調べたら、新宿西口のガード下の辺りもしょんべん横丁って呼ばれてたんよね(笑)。「こんな汚い名前が東京にも!」って感動して、そこにしたという。それまでのキャリアハックって綺麗なオフィスの写真とか、会社のロゴの前が多かったから飲み屋だったら逆張りになるかなって。

よっしー 逆張り好きだもんね(笑)。後編の窓の室外機を見ている写真、あれさ、2階で外から写真撮れる店ってたぶんあそこしかなくて。

よっしー ああいう写真を撮るために、自分でロケハンして、見つけられたのはおもしろかったな。ただ、すごく不思議だったのは、当時の柿次郎くんにとって僕はただのライターじゃん。だから「ここまでやってくれるなんておかしい」って思ってたよ(笑)。

あの頃から僕はライティングに対する想いも変わった気がする。昔はインタビュー記事を書くことに苦手意識があって。もともとコピーライターになりたくて、それは「長文を書かなくていい」と思っていたからで。でも、柿次郎くんの取材を経て「文章を書くのが楽しい」と思えるようになったんだよね。あぁ、なんか俺、熱くなってきちゃった。泣きそう。

柿次郎 いきなり!? 喜怒哀楽の感情大丈夫?

小田原城をあとにして東名高速で静岡へ向かう

柿次郎 僕は取材とか仕事きっかけで友達になるのが好きで。仕事がないと、30超えてからの友だち関係っていうのはたぶんできないし、仕事がない友だち関係は離れていくものだと思うから。いかに仕事をつくり合うかが大事だと思ってる。

よっしー そうやって仕事を通じて友だちになるのが心地よいな、理想だなと思えるようになったきっかけとかあるの?

柿次郎 キャリアハックの記事でよっしーと仲良くなれたのは大きいかな。いけるんだな、いけるな、って思えた。やっぱりジモコロを始めたのはもちろん大きいけど、キャリアハックの記事がきっかけで、つながりが増えていったから。

── では、東名に乗って静岡に向かいますね!

柿次郎・よっしー はーい!

車の様子

車の中の柿次郎さん

※高速道路を移動中、柿次郎さんの様子に変化が……。

柿次郎 ……。

── ……。

よっしー ……。

── あれっ、柿次郎さん?

柿次郎 ……。

よっしー ……寝てるね。

── よっしーさんの話を聞いてもいいですか?

よっしー もちろんですよ。

── 昨晩一緒にお酒を飲んでいたときに「俺は抑圧されて育ったから」って言ってたじゃないですか。それってどういうことなのか詳しく聞いてもよいですか?

よっしー 今では親にすごく感謝していて、ほとんど自分で勝手にトラウマを感じているだけかもしれないけど、何か挑戦しようとしたときに「お前にそんなことできるの?」って言われてしまったりとか。「そんなセンスないよね?」とか。

そもそもは、小学校のときに転校したこともあって、いじめられていたこともあったんだよね、っていう話を昨晩したんだけど。静岡の清水という田舎の港町で育って、治安もいいとは言えなくて、ヤンキーがモテる文化が色濃いような土地柄だったんですよ。だから、全然うまく馴染めなくて。実際、今、その時代の友人と連絡を取ることはまずないし。

── へぇ、そうなんですね。

よっしー だから、いじめられっ子だった自分のことを知っているひとのいない新しい世界に飛び込みたかった。あえて清水市(現清水区)から県庁所在地である静岡市の高校へ入学したのも、その10kmの距離が自分には必要だったんです。ところが、実力以上の高校に入れちゃったんですよね。だから全然勉強についていけなくて、部活をやっていてもパッとしない。いざ、受験のタイミングになったときに行ける大学が全然なかったんですよ。いわゆるFランみたいなところしか行けなかった。でも高校は進学校だったから、みんな大学進学がスタンダードで、親からも大学に行けと言われて。

いろいろ考えた末に、やりたいことがなさすぎるから親には「やりたいことを探します」と言って、浪人したんですよ。そのときに、たまたま東京遊びに行ったタイミングで、「アド・ミュージアム東京」に行って、サントリーの「赤玉ポートワイン」のポスターを見たんですね。

── あのヌードのやつですか?

よっしー そうですね。ワインだけ赤い。色の美しさにすごい感銘を受けて、こういうものをつくる仕事いいなと思って、デザイナーを志したんですよ。だから静岡文化芸術大学という大学のデザイナーになる学部に通おうとしたんだけど、デッサンをやったことがないから入れなくて、国際科に入ったんです。ただ、デザイン学部の授業も受けられる大学だったので、やっぱり、徐々にデザイン方面に傾倒していって、アートにも触れるようになって、もうちょっと勉強したいなと思って大学院まで行ったんです。

── えっ、すごいじゃないですか。

よっしー んー、それがそんなこともなくて。大学院でデザインとアートの勉強を始めたんだけど、4年間しっかりやってきたひとと、大学院来てから始めますというひとでは、圧倒的なレベルの違いがあって、全然太刀打ちできなかった。もともとは国際科で、日本語の勉強もしていたので文章だったらいけるだろうと考えて、デザイナーが無理ならコピーライターになろうって決めたんだよね。

よっしーさんの顔

── あっ、じゃあつまり、広告業界に行きたかったわけですね。

よっしー そうですね。とはいえ、静岡でコピーライターの仕事なんかないから、東京に出るしかないって思ったんだよ。で、大学院を卒業するタイミングで、小さな編プロや広告制作会社で働こうって考えていたんだけど。

── そこからどうしてエン・ジャパンに就職することになるんですか?

よっしー 就職活動の序盤は全敗して、たまたまYahoo!で「新卒 コピーライター」って検索したら、エン・ジャパンで募集していることを知ったんです。見つけたときには、締め切りが2、3日後くらい。それで勝手に「運命だ!」と思って、締め切り直前にエントリして。エントリーシートもすごくしっかり書けたんですよ。だからこれで大丈夫だなって思っていて。で、最終の役員面接で、広告への想いを熱弁していたら、僕ね、鼻血を出したんですよ。

── 面接中にいきなりですか?(笑)。

よっしー そうそう(笑)。やっちまったなと思った反面、「これは決まったな」って思った自分もいて。このタイミングで鼻血出せる俺いける!って思ったんですよ。そうしたら案の定採用してもらって、求人広告を書くことになったんですよね。

── 当時はキャリアハックはないんですよね?

よっしー まだないですね。入社が2008年で、キャリアハックが始まったのは2012年。僕が担当することになったのが2014年からだから、6年くらいずっと求人広告のコピーや文章を書いていたんですよ。

── 「◯◯な人材、集まれ!」とかそういうコピーですよね。

よっしー そう。でも、本当はマス広告のコピーライターになりたかったわけですよ。その時期は広告クリエイター全盛期で、佐藤可士和さんとか、佐藤卓さんとか、そういう方々がバンバン世に出てるタイミングだったから。ぼんやりと、俺もああいうふうになりたい、って思っていたんです。でもそうやって挫折したことが今につながっているというか、今の仕事の糧になっているところはあると思いますね。

※しばし車は東名高速をドライブ。

車から見えた富士山

── あっ、富士山めちゃくちゃ綺麗ですよ!

柿次郎 うわっ、富士山めっちゃきれい。すごっ! めっちゃいい!

よっしー やっと起きたーーー!!!

静岡の海

静岡県静岡市に到着

※柿次郎さんの要望により、一行は温泉へ向かう。

静岡の山

── 着きました! あれですね!

よっしー そうそう。あれです。

柿次郎 なんか駐車場空いてるね。

スーパー銭湯遠景

── あれっ。

柿次郎 えっ……。ええええぇぇ、やってないやん。

よっしー 本当だ。

柿次郎 よっしー、これはあかん! 長旅でもう身体がガチガチだし、会社辞めた直後で不安だし……。お風呂で身体も心も温めないと……。

よっしー えぇ、ごめん。

── ……。

柿次郎 とりあえず、その表情撮影しよう。

「参ったなぁ」という表情のよっしーさん

よっしー くいしんさん、ごめん。ここから僕が運転するよ。

── いえ、自動車保険の都合とかあるので大丈夫です。

よっしー ごめん……。

柿次郎 よしっ! 気を取り直して、静岡最強のハンバーグチェーン「さわやか」に行こうっ!

スーパー銭湯の前に座り込むふたり

── 温泉に来たけど年末で休業日だった! 後半の「さわやか編」に続きます!

お話をうかがったひと

田中 嘉人(たなか よしと)
1982年生まれ。静岡県出身。2008年にエン・ジャパンへ入社。2014年4月からエン・ジャパンが運営するメディアCAREER HACK(キャリアハック)のライター・エディター。アート・クリエイティブ・ウェブ(に関わる人)、登山、自転車、キャンプ、道の駅、お酒、カープが好きです。

徳谷 柿次郎(とくたに かきじろう)
1982年生まれ。大阪府出身。2011年に株式会社バーグハンバーグバーグへウェブディレクターとして入社し、2016年12月末に退社。どこでも地元メディア「ジモコロ」編集長として全国47都道府県を取材している。

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