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デザインで鯖江の強みを最大限引き出す。ものづくりユニット「TSUGI」代表・新山直広さん

今、地域に入り、その土地に根ざした活動をするチームが増えています。国内屈指の地場産業集積地である福井県鯖江市を拠点に、活動から3年目を迎えたものづくりユニット「TSUGI」。

今回は「TSUGI」誕生の軌跡について、代表の新山直広さんにうかがいました。地域暮らしならではの「成長痛」を感じながらも、ものづくりの町としてブランド力を高めるために、「創造的なものづくりをするための拠点」をつくろうとしています。

3年目のテーマはメーカーのブランディング、自社商品の質上げ

河和田のロゴをメーカーさんとの打ちあわせ

── 「TSUGI」の拠点がある鯖江市河和田地区はどんなところですか?

新山直広(以下、新山) 眼鏡や漆器の産地であり、周辺には繊維産業や越前和紙、越前焼、越前箪笥などの伝統工芸品が半径10km圏内で営まれている、国内屈指の地場産業集積地です。ここ鯖江市で、これからの時代に向けたものづくり・産地づくりの担い手になるために、切磋琢磨できる環境づくりをしようと動いています。

── 立ち上がってから3年目を迎えますが、年度ごとに活動テーマはありましたか?

新山 1年目は、拠点と仲間づくりがテーマでした。自分たちと同じ思いを持っている若手のネットワークをつくるために、イベントなどを通して情報発信をする年でした。仮説のもと実践したのですが大成功でしたね。各地の自分たちと同じような思いをもつ人たちがいて、出会ったことで切磋琢磨できる状況が生まれました。

2年目は「福井」をいろんな人に伝えられるようなプロジェクトにシフトしていきました。福井のプロダクトをマーケットに出店したり、企業・団体向けに、デザインやものづくりに関する講義をしたり。福井新聞社と共同で「FUKUI FOOD CARAVAN vol.02『かわだ くらしの晩餐会』」を開催するなど、他の企業や団体とコラボレーションする機会を増やしていきました。

TSUGI・寺田 千夏さん(写真中央)

── 3年目を迎えた今年はどうでしょうか?

新山 4月から3年目ということで、やっと本来やろうとしていたメーカーさんのブランディングや、自社商品を高品質でつくることに注力できるようになりました。この春から勤めていた市役所を退職して、TSUGIに専念。法人化したことも大きいですね。これまでは本業を持ちながら夕方以降や週末に活動していて、できることが限られていたので。京都からもグラフィックデザイナーの女性が入社してくれて、ぼくらふたりが「TSUGI」の専従スタッフになります。

地域の強みをデザインで最大限活かす

ふくいフードキャラバン

── これまでのご活動を振り返ってみて、いちばん印象に残っている出来事はどれにあたりますか?

新山 福井新聞と共同で開催した「FUKUI FOOD CARAVAN vol.02『かわだ くらしの晩餐会』」ですね。なぜかというと、今の「TSUGI」のスタイルを示すきっかけとなったイベントだと思っているからです。

このイベントは、福井新聞の記者さんたちのプロジェクト「まちづくりのはじめ方」から生まれました。記者自身が町づくりの評論家的なスタンスではなくて、自分たちで汗をかいて町をつくろうというスタンスの企画です。

── 福井県内の海のもの、山のものを各地で、いちばんおいしい状態でいただくから「フードキャラバン」と。素敵ですね。

新山 この企画には立ち上げから参加し、ネーミングからロゴまで担当しました。そして第2回目の開催地が、僕らが住んでいる河和田地区だったんです。「TSUGI」は全体のデザインディレクションを担当させてもらいました。

河和田には郷土料理も多いし、畑や田圃もたくさんある。食と風景を満喫できます。そしてこの町の最大の強みは、器をつくっていること。食のイベントをするなら、器からつくるでしょ! と、2回に渡って地元の若い越前漆器の職人さんに協力してもらって、オリジナルの漆器とスプーンづくりのワークショップをやったんです。2日目には自生する草木の葉を収穫して、使われていないハーブの温室を会場に晩餐会をしました。

── 本当に河和田地区を活かしたイベントなのだろうと伝わってきました。『灯台もと暮らし』もイベントをこれまで開催してきているのでうかがいたいのですが、運営するにあたって、小さなことでも「こだわったポイント」はありますか。

新山 河和田地区は決して派手は町じゃなくて、どちらかというと地味な町。でも、暮らしの道具をつくって、自分たちの食の在り方に真正面から向き合ってきた価値がある。だからこそ、イベントだからといって非日常をつくらないこと。デザインで見せ方をちょっと変えて、伝え方を工夫しただけなんです。

── もし地元の人間だったら、尊重してくれている気がして嬉しいですね。

新山 地元の方が「このイベントは河和田じゃないみたい」と言ってくれたことが嬉しかったですね。紛れもなく河和田地区の素材を活かして、この土地の日常を少しだけデザインすることによって、ここの強みを最大限に活かせたイベントだと思っています。

鯖江・河和田地区の風景

成長痛とブラジルモデル

── この3年間で「TSUGI」さんは、メディアに露出する機会も増えたかと思いますが、それゆえの苦労はありませんでしたか?

新山 「TSUGI」が徐々にメディアに出たりいろんな動きをしたりすることで、今まで応援してくれてた人からやっかみのような、嫉妬が増えてしまいました。簡単にいうと、「TSUGI」をつくったことで僕が発言しだしてきたんですよ。そうすることで、今まで可愛いかった移住者が、だんだん何か言いだして勝手に何かやり始めたぞ、みたいな(笑)。

移住してから「TSUGI」を立ち上げるまでの5年間は、自分の意見を言うより、地域に馴染むことを大事にしていました。一番下っ端、ましてや移住者なので町内の清掃活動やイベントごとには率先して動くことで地元の人に認めてもらえるように、いろいろ注力しましたね。

── 「TSUGI」をつくるまえから、そういう努力みたいなものがあったんですね。

新山 今は成長痛と戦っている感じかな。もちろん地元の人が育てた、鯖江の伝統工芸文化あってこそですが、ものづくりを持続させるために考えながら行動しないといけないんです。いいものをつくれば必ず売れる、という時代ではありませんから。

だから先輩方の言葉をありがたく聞きつつも、地元に迎合してしまうと、自分たちは新しいものづくりができない。逆に自分たちだけ遠くに行ってしまうと、町のボトムアップにもなりません。

renew

── その中間の方法を探っているという段階ですか?

新山 今は、仕掛けは「TSUGI」が担い、手柄や音頭を取るのは地元の方々にお願いするような仕組みをつくれないかなあと考えています。まさに今企画しているのが「RENEW」というイベント。今年の10月末に開催するのですが、河和田の多様なものづくりをひとつのダイバーシティーとして価値化できないかというものです。

とはいえ当然、僕たちだけではできません。たまたま地区の区長会長さんがインナーブランディングの重要性を認識していたこともあり、実現したイベントです。彼がいるからこそ地域の作り手さんや問屋さんを巻き込み、22社の参加に至ったのだと思います。

「RENEW」は初開催なので大きな成果は上げられないかもしれませんが、地域の未来に向き合う一歩になるのではないかと期待しています。

── 地元で暮らしてきた土の人たちと、外部からやってきた風の人の間で価値観をどう融合させるかというのは、鯖江だけでなく、注目されているどの地域でも起こっている課題だと思います。

新山 地元の人たちの「同意」を得て、グラデーションのように新しい価値観に少しずつシフトさせていくことが悩みどころです。

かわだ夏祭り
地区の夏祭りに移住者たちも実行委員として参加している

── そのためにどんなアクションを起こしていきますか?

新山 まずは人と人との信頼関係をつくっていくことが大前提です。そのうえで、自分たちがスピーカーになるのではなくて、地域のキーマンの方にスピーカーになってもらって、これからの河和田を先導してもらうのがひとつ。

もうひとつが、同じく移住者から聞いたブラジルモデルです。どういうことかというと、人口の1%を移住者が占めようという仮説です。ブラジルにいる日系人の人口は1%だけ……というのは知っていますか?

── いやあ、知らなかったです。意外と少ないんですね。

新山 そうなんです。総人口に占める日系人の割合は1%しかないにもかかわらず、とても大きな経済地域効果や価値をもたらしています。河和田地区は約4,400人住んでいて、移住者が25人います。それを数値化して、45人まで移住者が増えれば、自分たちももうちょっと認めてもらえるのではないか……と、半分冗談、半分本気で考えてます(笑)。

鯖江に創造的なものづくりの拠点をつくる

Sur(サー)は福井県鯖江市の眼鏡工場で生まれたアクセサリーブランド
Sur(サー)は福井県鯖江市の眼鏡工場で生まれたアクセサリーブランド

── 今後の活動の展望を教えてください。

新山 長期的な視点でいうと、河和田、もっというと鯖江市が、常にクリエイティブなものづくりが行われていて、ものづくりのブランド力を持つ地域にしていくことが目標です。

── そのために直近でチャレンジしようとしていることはありますか?

新山 SHARE FACTORY「PARK」を稼働させることですね。簡単にいうと、「創造的なものづくりをするための拠点」をつくろうとしています。空工場を再生して、若手職人や観光客が使えるシェア工房づくりを、地域の若手職人たちと計画中です。「TSUGI」がデザインを通して見える化をしていると考えるならば「PARK」は場づくり環境づくりという位置づけですね。

空き工場が3棟あって、いちばん大きな施設は1階に飲食店をオープンして、2,3階にシェアハウスをつくろうと思ってます。2棟目もシェアハウスとワークショップスペース。3棟目は、工場、という計画です。

PARK__福井県鯖江市_引用:PARK / 福井県鯖江市 

── 壮大な計画ですね。

新山 暮らすところと住むところ、働くところが三位一体になっているサービスをつくりたいんです。この3つが移住者を増やしたいと思ったときの、今のボトルネックになっているのは間違いなくて。民間レベルで仲間を増やすアクションを起こしていきたいと思っています。

とはいえ、厳密にいうと「PARK」は「TSUGI」のメンバーが主導というわけではありません。「PARK」のメンバーは全員合わせると11人います。そのうち、TSUGIのメンバー6人のうち5人が参加している、いわば移住者たちの小さな集まりです。2015年の7月に一般社団法人PARKになって、代表理事は他の移住者がなってくれました。

── デザイン事務所である「TSUGI」は、どうして地域づくりの方面まで活動の幅を広げているのでしょうか。

新山 なんとなくですが、人づくり・ものづくり・町づくりは連動している気がしていて三位一体なんだと思っています。僕らはそれらを分け隔てなく、行ったり来たりしている。じつは全てがつながっているんだと感じています。だからこそものづくりをどう襟上げていくかということと、地域づくりの要素を、少し混合して捉えています。僕らは代理店からの仕事ではなく、メーカーと直接やり取りしますし、自社商品の開発もします。自分たちで販路をつくれば、メーカーさんの商品もその販路に入っていくことができます。ものづくりの流通まで担えるようになりたいから、デザイン事務所なんだけど、結果的にはふつうのデザイン事務所とは全く異なるアプローチをしていますね。

イベントを開催するのも販路拡大のためで、なおかつ「PARK」という団体を一緒にやることで、自分たちの町をつくる環境づくりも担えるんです。

県外から鯖江に来てもらえる動機をつくりたい

TSUGIlab_

新山 あとは流通も担うという意味で、先ほどにも説明した「RENEW」というイベントではわざわざ県外から人に来てもらえる動機をつくりたいなと。関東圏でいうと、栃木県の益子のようなイメージです。

── 益子は「陶芸」というものづくりのブランドイメージがありますね。

新山 たとえば河和田には、東京駅のKITTEに入っている「Hacoa」という雑貨メーカーをはじめ、既に今の時代に合わせてものづくりをしているメーカーさんが何社かあるので、彼らが輝けるような舞台をつくりたいという思いがあります。ブランディングをちゃんと考えたいメーカーさんたちの合同マーケットとしての側面も考えています。

── 卸を通さずにマーケットを開催して定価で売ることで、直売になるので利益率が高いと。でも、定価で売るのであればどこで買っても一緒じゃないですか?

新山 わざわざこの町に来てものを買うことによって、作り手の思いを直接聞ける場をつくったり、工場の見学だったり、この町でしか買えない限定品だったりと、体験価値としてお客さんに対して伝えていきたいです。たぶんそういうアクションが本質的なファンを生み出すのではないかと。それらの積み重ねが創造性につながり、持続的な産地づくりにつながるのではないかと感じています。

── 最後にうかがいたいことがあります。TSUGIさんは風の人ですか? それとも土の人ですか?

新山 風と土、どちらの側面も持ってるのだと思います。未来のことはわからないけど、基本的にはこの町あっての自分たちなんですが、常に「よそ者のスタンス」は取ろうと思っています。なぜかというと、自分たちはデザイナーだから。客観的な流通の傾向やマーケット感覚を、常に持ち合わせていなければなりません。そして地元民・移住者という分け隔てではなく、分かち合うことで、未来のことを考え行動できる人材は「新河和田人」みたいな流れになればいいなと思います。

── 土と風の両方のバランス感覚を持ち合わせていることは、これからの地域で暮らすうえでとても大切なことかもしれませんね。

(画像提供:TSUGI)

お話をうかがった人

TSUGI代表・新山直広さん

新山 直広(にいやま なおひろ)
代表 / デザインディレクター。1985年大阪府生まれ。京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。2009年福井県鯖江市に移住し、(株)応用芸術研究所にて越前漆器の産業調査を担当した後、鯖江市役所にて「鯖江メガネファクトリー」の運営をはじめ、地場産業の広報・販促物のデザインを担当。鯖江市役所在職中の2013年、移住者たちとデザイン+ものづくりユニット「TSUGI(ツギ)」を設立。2015年に法人化し、代表に就任。デザインディレクターとして地域や地場産業のブランディングおよびディレクションを手掛ける。

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探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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