語るを聞く

出版社時代の経験を活かして。「音と言葉 ” ヘイデンブックス ” 」ができるまで(1/3)

「自分の当たり前は、誰かにとって価値のあること」とよく言いますが、あなたは自分の日常や経験から得たものを活かせていますか? 東京青山にある「音と言葉 “ ヘイデンブックス ” 」( HADEN BOOKS:by Green Land )の店主の林下英治さんは、前職である出版社時代の経験を活かし、ヘイデンブックスを立ち上げたそうです。

リアルな読者がわからなかった、出版社勤務時代

── ヘイデンブックス( HADEN BOOKS:by Green Land )は2013年の9月に開店してから、約1年半立ちますね。どういった経緯でお店を始められたのでしょうか?

林下英治(以下、林下) ぼくは前職で勤めていた出版社が運営する「Rainy Day Bookstore & Cafe」という本屋兼カフェで7年間店長をしていました。

株式会社 スイッチ・パブリッシングという、今年で創刊30周年を迎えるインタビューカルチャーマガジン『SWITCH』やトラベルマガジン『Coyote』などを発行している出版社が、自分たちで作った本を直接手売りする場所として作った、直営の本屋であり、カフェとイベントスペースが融合した場所でした。ぼくは大学4年生の秋から14年間、この出版社に勤め、お世話になったのですが、書店と取次の営業、編集者など、広告営業以外は出版社のひと通りの職種を経験した後、同社が西麻布に移転したタイミングで、同社のビルの地下にオープンした「Rainy Day Bookstore & Cafe」の店長として、企画運営を7年間、勤めました。

── 自分たちで作った本を、その場で売れるのは素敵ですね。

林下 はい、本当にそのことを実感できた貴重な場所でした。それまでは自分たちが作りたい雑誌の理想像を持っていても、実際にはどういう人が手に取り、買ってくれているかは読者ハガキの情報や書店でサイン会を開催することぐらいしか、手がかりがありませんでした。どうしても掴みにくかったのは、本当に雑誌を手に取ってくれているリアルな読者であり、逆に、興味を持ってもらえない方々の存在だったんですよね。

── 出版社直営の本屋になるとどうでしたか?

林下 直営の本屋になってからは、お客さんと話す機会ができました。自分たちが理想とする読者とは違う雰囲気を持った人も、この雑誌を好きでいてくれたことがわかりました。毎日お店に立ち、どういう人が興味を持って本を手に取ってくれるのか、あるいは興味を持たないのか、本の存在を知らないのかをリアルに分かるようになってきたことが、とても楽しく感じたんです。ぼくらの作っている本を知らないお客さんには「こういう雑誌や本があるんですよ」と勧めてみる。接客をすることによって、作ったものを丁寧に売る大切さを知りました。

ヘイデンブックス

林下 雑誌というのは、雑誌自体の売り上げと合わせて、広告をいただいたお金でページを作るという事実もあるので、どうしても自分たちが取り上げたいところと別に、コマーシャルとしてもページを作らなければならないという事情もあります。そうしたところで、どんどん自分自身が憧れていた「伝えたいことを、そのままに伝える」という雑誌像と、自分の感覚が少しズレていくことがありました。雑誌を続けていく上で、広告収入やタイアップ企画を続けていくことも大事ですが、予算がないアーティストを思うようにすべて紹介する、ということ全てはなかなかできません。

たとえできたとしても、切手サイズの小さな写真にレビューを少しだけ、という作品紹介ぐらいでしか出来なかったりすることも。そこで当時ぼくがやっていたのは、紙面だけでは紹介しきれない作家やアーティストの公開インタビューやトークイベント、ライブを企画して「Rainy Day Bookstore & Cafe」で継続的に開催することでした。

── 今から7年前に本屋でイベントをやるというのは画期的な取組みだったと思います。継続的にイベントを開催してみてどうでしたか?

林下 ライブやトークショーは、その時その場所に居合わせた人たちにしか味わえないとても贅沢な時間だということを実感したんです。イベントはUstreamやYouTubeなどの別の形でアウトプットしたものを後からでも共有できますが、興奮や抑揚といった温度感や雰囲気、までは汲み取れません。そうした時に、小さくても好奇心旺盛な人たちに向けて、生で何かを催すことがとても楽しくなっていきました。そうしてイベントなどを企画していく中で、どこかで会社が希望していた枠を超えてしまうんですよね。ぼくが(笑)。

── なるほど(笑)。

林下 以前店長をしていた「Rainy Day Bookstore & Cafe」は出版社直営の本屋であり、カフェであり、同社の社員食堂でもあり、イベントスペースでもありました。それらをバランスよく運営できることが会社がぼくに求めたことであり、そのすべてを叶えることができたら、バランスとしては綺麗なんですけれど、徐々にイベントがその比重を占めていきました。

ぼくとしては、その空間に「どういう人を呼ぶか」「どういうテーマでやるか」ということを通じて、『SWITCH』は「こういう雑誌なんですよ」というプロモーションも兼ねていると思っていたんですけれど、そこでぼく個人の想いのほうが強くなってきすぎたのでしょうね。会社との温度差ができてしまって。

ぼく個人として、ゼロから自分自身が理想とする空間をつくってみたいと思い立ち、会社を辞めることを決め、「音と言葉 “ ヘイデンブックス” 」という、新しい媒体を立ち上げるイメージで、場所を作りました。

本当はサロンという名前の方がふさわしい?

── ヘイデンブックスという名前にしたのはどうしてでしょうか?

林下 チャーリー・ヘイデンというジャズのプレーヤー、ベーシストの名前が店名の由来です。彼は若い頃にすごく実験的でアグレッシブな音楽を作り、演奏をしていました。かと思えば、休日に教会で流れているような穏やかな音楽、黒人霊歌に代表される静かな音楽も演奏していて、彼の、チャーリー・ヘイデンの音楽が似合うような人間味あふれる場所にしたいという思いがあったのです。

── そして、本屋の「ブックス」なんですね。

林下 ヘイデンブックスという名前で、表向きには「本屋」としているんですけれども、訪ねて来ていただいた方々に「ここは何なの?」って、疑って、場の雰囲気を感じて欲しいんです。

本屋だと思って来る方には、本棚のスペースだけを見たら広くはないスペースなので、「本屋として本はこれだけなんですか?」って思われてしまうかもしれない。ブックカフェとして紹介されることも多いので、カフェが好きで来た人には、「カフェなのに、甘い食べものはないんですか?」「ランチは食べられないんですか?」と言われることも多いです。でも、ぼくは飲食店としてのカフェではなく、いろんな人たちが集い、語らう文化的な空間としてのカフェを営んでみたかったのです。

ヘイデンブックス

林下 ですから、ぼくとしては本屋というより「サロン」という言葉が本当はふさわしいのかな、と思っています。でもサロンというと「会員制なの?」と思われたり、ちょっと敷居が高く感じてしまうかもしれない。飲食業としてのカフェをやりたいわけでもないし、作品の展示・販売も行っているのですが、ギャラリーとしてだけでは、観たい人だけしか来ない場所になってしまうかもしれない。でも本屋という体裁であれば、誰でも気軽に立ち寄りやすいだろうと思って、ヘイデンブックスと名づけました。

── たしかにこの空間、ただの本屋さんというより、もう既にひとつの家のような落ち着ける空間ですね。

林下 今、静かに本が読めるカフェって、ほとんどないと思うんです。ひとりでゆっくり本を読めて、心地よい音楽とも出会えるような、自分を見つめる時間を持てるような、そんな空間を作りたいと思いました。

── 本の仕入れはどのようにやっているんですか?

林下 古本に関しては、ぼく個人として、さらには出版社勤務時代に資料として集めていたものだったり、親しくしている作家さんやアーティストの方々から寄贈していただいたり、買い取らせていただいたりしたものが中心です。

新刊の本に関しては、お互いに知っている作家さん本人や出版社から直接お預かりして、その作家さんや編集者の方に代わって本を売っている感覚です。できる限り、作家さんもお店に来ていただいてイベントを開いて話してもらったり、普段からふらっとお客さんとして店に立ち寄って、お客さん同士として読者の方と話している、というのが理想であり、実際に日々目にする光景となりつつありますね。

「じつはあの方は、この本の著者なんですよ」

「じつはあの方のこと、私好きだったんです」

「ちょっと話してみませんか?」という流れで、お客さんと作家さんがカフェで話していたりすることも、よくありますね。

── いい出会いですね。

林下 幸運にも、学生時代から出版社で働くことができて、実家も青森で本屋を営んでいたりもします。そういった縁や経験の積み重ねで、今の自分とヘイデンブックスというこの場所があるので、お客さんにも共有していきたいと思っています。

ヘイデンブックス

林下 本屋とカフェスペースを店の真ん中にある階段を境に分けて店を作りました。店の扉を開けて正面はすぐ本屋としてのスペースなので、新刊と古書、本だけを手に取ってもいいですし、カフェスペースに置いてある書棚の本はコーヒーやワインを飲みながら、実際に読むこともできます。

どうぞ気に入った1冊を見つけたら、ぜひ、買っていただき、家に連れて帰って、引き続きゆっくりと読み進めてください。

音と言葉 ” ヘイデンブックス ” の記事はこちら

  • 出版社時代の経験を活かして。「音と言葉“ヘイデンブックス”」ができるまで(1/3)
  • 【4/4公開予定】アーティストと観客が同じ「人」として対話できる場所 – 東京 青山の「ヘイデンブックス」(2/3)
  • 【4/7公開予定】『もとくら』読者へ。「音と言葉 “ ヘイデンブックス ”」の店主が勧める本と音楽(3/3)

お店の情報

音と言葉 “ ヘイデンブックス ”
住所:東京都港区南青山4-25-10 南青山グリーンランドビル
電話:03-6418-5410
営業時間:12:00~21:00
定休日:月曜日
最寄駅:東京メトロ銀座線、半蔵門線、千代田線「表参道駅」
公式サイト:音と言葉 “ ヘイデンブックス ” HADEN BOOKS:by Green Land

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探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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