語るを聞く

アーティストと観客が同じ「人」として対話できる場所 - 東京 青山の「ヘイデンブックス」(2/3)

「同じ人間として、意味感覚を共有できる場所を作りたい」と青山にある「音と言葉 ” ヘイデンブックス ” 」の店主 林下英治さん。自分や相手を信頼するセンスや技を磨くコミュニケーションの手段についてなど、日々の暮らしにおいて本当に大切なことを考えさせられる話をお届けします。

■参考:出版社時代の経験を活かして。「音と言葉“ヘイデンブックス”」ができるまで(1/3)

日本中から、海外からも注目される媒体にしたい

── 個人でお店を運営するにもかかわらず、立地を青山にしたのはなぜでしょう?

林下英治(以下、林下) 地域密着型のローカルな存在の店としてではなくて、日本中から、海外からも注目されるような、雑誌のような媒体としての場所を作りたいと思ったからです。そのためには「あの場所にあるんだね」と分かってもらえるような、わかりやすい土地名にある場所がぼくにとっては必要でした。

ぼく自身、青森県生まれの地方出身者なんですけれど、たぶん青森の人に代々木上原や学芸大学といった東京では知られている地名を言っても、どこにあるのかいまいち想像がつかないと思うんですようね。でもそれが新宿や渋谷、青山と言うと、とりあえず「都会にあるんだね」とわかってもらえる。さらには原宿よりも青山。文化的好奇心旺盛なおだやかな大人たちが集まる場所として、ぼく自身も憧れていた青山に念願の場所を開くことができました。

表参道駅を出て、にぎわう原宿を背にして、表参道交差点から根津美術館交差点方面へ、みゆき通りをまっすぐ進む。どんどん静かに澄んでいく空気を感じられる。南青山というゆったりとする時間が流れていると感じたのもポイントでした。

── いやあ、都心にこんなに落ち着く場所があるんですね(笑)。

林下 林下 この建物は、大野典子さんというかつて日本のいけ花を世界中に伝道し、国際的に活躍されていた方が「国際いけばな会館」というお花の会館・美術館として42年前に建てられたという、歴史のある場所でもあるんですね。大通りから一本奥に入った路地にあって、外からは店の様子は見えない。天井が高い、コンクリート打ちっぱなしの壁に、天然石の床。店の家具はアンティークの調度品。店のしつらえとしては、初めての方だとちょっと緊張してしまうような空間だと思うんです。

でも、緊張してほしいんです、じつは(笑)。ここに来ると、ホッとできるような、マイペースな店主がいて、のどかな時間が流れている。家族や恋人、友人との関係もそうですけれど、やっぱり人は生きていく上で互いにある程度の緊張感を持って、保い合ったほうがいいと思うんです。「親しき仲にも礼儀あり」、全てを見せ、見せ合うと、どうしてもダレてしまうと思いませんか。

── そうですね。

林下 林下 少しの緊張感があったうえで、リラックスもできるほうが場所として気持ちいいのではないかな、と。そういう雰囲気作りも大切にしています。

アーティストと観客がひとりの対人間としてのコミュニケーションを

── 「Rainy Day Bookstore & Cafe」の店長をされていた頃から力を入れていたイベントは、どのようなことを大切にして開催していますか?

林下 トークイベントやライブの時に、ご来場の皆さん一人ひとりが編集者の目線で楽しめるよう意識しています

── 編集者目線とは、どういうことでしょうか?

林下 編集者という名刺を持っているだけで、会いたい人に会いに行き、話を聞くことができる。そして自分の想いも持って、インタビューしたことを原稿にもできますよね。ぼくらは職業の特権としてそれが日常にできるけれど、イベントに参加するお客さんも同じように作家やアーティストの表現を楽しむだけではなくて、個人的に感じていること、聞きたいことがあるはずなんですよ、きっと。

ヘイデンブックス

関係者や知り合いだったりすると、イベントが終わった後も楽屋に挨拶に行けて、アーティスト本人に直接感想を伝えられる。それを限られた人たちだけではなくてみんなができたら幸せだろうな、とつねに思っていました。

そこでぼくが思いついて行っていたのが、ライブやイベントの終演後に「ご来場いただいたみなさ〜ん。すぐに帰られずに、本日ご出演のアーティストの方と直接話をして感想を伝えていってください」とアナウンスして、観客と出演者がダイレクトに話してもらう、その時間、その場所にいて、表現を共有した者同士でのコミュニケーションをはかったんです。

「今日のライブは素敵だった」とTwitterやFacebookで間接的に言ったり伝えたりするよりは、今、感じた思いを直接アーティスト本人に伝えたらいいじゃないかって。もし恥ずかしかったら、ぼくがうまくアーティストに声をかけて、話が出来るタイミングを作りますから、どうかすぐに帰らないでください、と。それを作家やアーティストの人たちも面白がってくれた。時間や人数の都合などで、毎回はできませんでしたけど、最終的にイベント終演後にさらに「公開打ち上げ」というイベントをやりましたね。

── 公開打ち上げ?

林下 林下 ステージには作家やアーティストがいて、客席ではお客さんが観ています。そして、ライブやトークショーが終わると客席にテーブルを広げて「公開打ち上げ」と称して、同じテーブルに座ってお酒やご飯を食べながら、公演中にはなかった、リラックスした状態で、ひとりの人間対人間として話をはじめる。今日のコンサートの感想を話しあったり、イベントに来るきっかけや、出演者だけでなく、お客さん自身も自分の興味や関心について話を弾ませたりしている。今、ヘイデンブックスでも続けている、大切にしていることコミュニケーションとしてのひとつです。

口伝いの良さを実践したい

── コミュニケーションをとても大切にしているんですね。

林下 そうですね。そのための仕掛けとして、このお店はフリーWi-Fiを飛ばしているけど、一般には公開していません。

── なぜでしょう?

林下 本屋として、できたら本と出会い、本を読んでほしいという思いと。合わせて、語らいの場所として、コミュニケーションの取り方をより密に、見なおしてほしいとも願っています。お客さんは、ここに本を読みに来たり、音楽を聴きに来たりします。

ヘイデンブックス

けれども、スマートフォンで写真を撮って、TwitterやFBで今一緒にいない他の誰かの反応を見ているという光景もよく目にします。ぼく自身もたまにやってしまうこともありますけれど、仮に、カップルで来ているのにお互いがスマートフォンを見て、いじっているだけなのは、せっかくのふたりで一緒にいられる時間がもったいないな、と思ってしまうのです。

── スマートフォンは良い部分と良くない部分がありますよね。

林下 もう少し、人とのやりとりや、今、目の前に相手がいるということに気遣うこと、自分がここにいる存在や偶然性を楽しむことができないかと考えています。

そこでお店の裏のテーマとして、人と人とがコミュニケーションを楽しみ、口伝いに伝わっていく良さや縁の不思議さを提案して、実践していきたいとも思っています。信用できる相手が心から本当に勧めてくれるものを信じたい。それで共有できる意味感覚、イコール、センスと人柄に期待し、もっともっと相手のことを信頼できたらすばらしい人間関係ですよね

── その人の勧めてくれるもので、人柄を感じ取れますよね。

林下 そうですね。例えば、旅先や知らない場所で食事をしたいと思った時に。行くとなると口コミサイトでお店を選ぶ方法もありますよね。ぼくの場合は、気に入った本屋さんや店の方に「ここの店主は夜ご飯に、どこで何を食べているのか」と知りたくなって、実際に尋ねて訊いて、教えてもらって、次のお店を探し選ぶことがほとんどです。もし、好きだと感じられる人や場所であれば、自分の興味と近い感覚持っている、共有できるに違いないという期待を持って、店主のセンスをさらに知って、それに自分を委ねてみたい。

集合知の評価よりも、偶然性を楽しむという遊び感覚、冒険感覚を日常的に味わっていると、人を大切に思いやるという考え方・感覚に変わってくるのではないかと思います。

── さいごに、ヘイデンブックスという場所の役割を教えていただけますか?

林下 林下 それぞれ自分の故郷にあるような、都会の公民館、集会所や寄合所のような存在の場所。冠婚葬祭や選挙の投票、みんなが晴れの舞台に立てたり、気軽に熱心に集まってくるような「口伝いの良さを実感して実践できる場」にすることが、ぼくができる役目であり、この場所の役割だと思っています。

ヘイデンブックス

音と言葉 ” ヘイデンブックス ” の記事はこちら

お店の情報

音と言葉 “ ヘイデンブックス ”
住所:東京都港区南青山4-25-10 南青山グリーンランドビル
電話:03-6418-5410
営業時間:12:00~21:00
定休日:月曜日
最寄駅:東京メトロ銀座線、半蔵門線、千代田線「表参道駅」
公式サイト:音と言葉 “ ヘイデンブックス ” HADEN BOOKS:by Green Land

感想を書く

探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

詳しいプロフィールをみる

探求者

目次

感想を送る

motokura

これからの暮らしを考える
より幸せで納得感のある生き方を