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【地域文化誌】「悪くない」。それが盛岡の魅力です - ミニコミ誌「てくり」 -

地元の馴染みのある場所がいつの間にか変わっていたり、廃れているのを見るとどこかさびしい気持ちになったりします。でも、ここで生まれ育ったから知っている魅力だってきっとある。

そうした身近な良さに光をあてて日常に寄り添う町を紹介しているのが、岩手県盛岡市のミニコミ誌「てくり」です。

盛岡市のふだんの暮らしを紹介「てくり」

「てくり」は、盛岡のフリーランスのライター、デザイナーが集まってつくっている雑誌です。主要メンバーは全員女性。変わってしまう前の町の風景や、盛岡の人々のなりわいを形として残しておきたいと考え、2005年に創刊されました。

てくり

好きなように自由な本作りをするため、創刊時は「まちの編集室」という任意団体を立ち上げ、そこで行政の仕事を請け負い、「てくり」の制作資金にあてました。今でも「自由な表現をする」というスタンスは貫き、広告収入には頼らず「てくり」の売上は次号の制作費になっています。

盛岡は岩手県の県庁所在地でもある町ですが、町の魅力は一体どういったところにあるのか、「てくり」編集部の赤坂環さん、木村敦子さん、水野ひろ子さんの3名にお伺いしました。

6畳一間のようなコンパクトさが魅力

編集部の赤坂さんは、盛岡の町で生まれ育ちました。家族や親戚、友達も暮らしていますから、赤坂さんにとって盛岡は人のつながりが濃くはっきり見える場だとおっしゃります。

また、水野さんは気づいたら今も盛岡に住んでいる、と言います。

「進学や転職など、人生の岐路でいつでも他の町へ移る機会はあったのですが、無意識のうちにここを選んでいました。見えない引力のようなものを感じる場所のような気がします。『てくり』の取材をしているときも、盛岡は暮らしやすいという声をよく聞くんです。6畳一間のアパートのように、手を伸ばせば手が届くコンパクトなところに心地よさを感じるのが盛岡の良さかもしれません。」

町の規模感については、木村さんは東北の同じ規模の都市の中では、街中を歩いている人が一番多いと感じると話します。

「基本的には車社会ではありますが、街中に駐車場が少なく、城下町ですから道も狭いし一方通行の道路も多いんです。そして小さなお店が点在してるので、移動には徒歩や自転車の方が便利だったりします。だからこそ、個人経営の喫茶店やお店が存在できるのかな。

てくり
市役所裏に流れる中津川。鮭が遡上し、白鳥が飛来する。

ただ、今は郊外に大型店が増えましたから、車社会になって歩いている人は以前よりも減りました。盛岡は、中心市街地の商店組合などが大店法改正に抵抗していたこともあり、他の街より郊外化がちょっとだけ遅かったんです。

ほかにも大きい娯楽施設や公共の場が郊外に作られていくと、街中に来る人はどんどん少なくなってしまうでしょうね……。でもそういう時代の瀬戸際のような空気を感じるわたしたちだからこそ、今のうちに残すべきものを見定めて『てくり』に載せていこうと思えるのだと思います。」

移ろう中で確かに感じる佇まい

もともと自分たちの視点で、盛岡の良さを発掘しようという動きから始まった「てくり」。自分たちが取り上げたいかどうか、変化の最中でどうしてこれを今伝えるべきなのかを考えながら、取材先を選定しています。

てくり
18号南部鉄器特集の取材風景

町の移り変わりを見ながら、いろいろな人に話を聞く中で「盛岡は悪くない街だよね」という表現にとてもしっくりきたといいます。

「盛岡は悪くないという表現がぴったりくる町なんです。私たちも『盛岡LOVE!最高!!』と思ってここに住んでいるのではありません。私たちはあくまで本をつくる集まりですから、この、なんか悪くないよねという感覚をひとつひとつ、記事にして落とし込んで形にするのが『てくり』です。」

住んでいる町に、魅力を見いだせるかどうかはその人の視点次第だと赤坂さんが仰るとおり、身近だからこそ埋もれてしまいがちなものはたくさんあります。その距離感をつかむとき、「悪くないよね」という感覚は、とても適切な対峙の仕方のように感じます。

てくり

「『てくり』17号の山特集で岩手山に登りました。山小屋が建て替えられるなどの変化はありましたが、大自然は人間の生活とは無関係にただそこにあるだけなんですね。そういう人知の及ばないような、変わらないかもしれないものをすぐそばに感じることができるのは、盛岡の良さのように感じます。

ものや人など、目に見えるものは良くも悪くもどんどん変わっていきます。そんななかで、盛岡という場所の佇まいのようなものはどことなく常に一定の雰囲気を守っているような気がしますね。」

自分の知らないところで、町は気づかないうちに移ろい、いつの間にかいろいろなものを失っているということがあります。そこに危機意識や魅力を見出すかは、自分の価値観や視点に依りますが「てくり」は、そうした視点を失わないための、良いお手本になる本のひとつです。

この本のこと

てくり
価格:648円(税込)
販売エリア:岩手県内を中心に、全国の取扱店
部数:約4000部
企画:LLPまちの編集室(赤坂環、木村敦子、水野ひろ子)
デザイン:木村敦子(kids)
取材・原稿:赤坂環・水野ひろ子、他(時折、ご友人のライター依頼)
写真:地元カメラマンに特集ごとに依頼(レギュラーは奥山淳志、小池聡)
公式サイト:てくり公式ページ

てくり
編集部の木村さん、水野さん、赤坂さん

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探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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