故郷の好きなところ、みなさんにはありますか?

赤松通り商店街で雑貨店「saboribar」を経営する木村洋文さんと、看板製作や横断幕などを印刷する事業所「ベクターデザイン」代表の上野裕次郎さんは、郷土愛を抱きながらも、何に対する愛着なのかモヤモヤしながら宮崎県小林市にUターンしたのだろうと思います。

「小林市で生まれ育った、というアイデンティティが欲しかった」と語った彼らは、2015年に決起し宮崎県の西諸県郡(にしもろかたぐん)全域を舞台に、地域に密着した商品やイベントの開発、プロデュースに取り組む市民団体「西諸県軍」を結成しました。

現在は地元の方々がまだ気づいていない「郷土愛」を発掘し、地域を超えて全国に広める活動をしています。

木村洋文さんと上野裕次郎さん
写真左から、上野裕次郎さんと木村洋文さん

絶対地元には帰らないと思っていたんですけどね

── 素朴な疑問なのですが、お二人が立ち上げた市民団体「西諸県軍」は、どうして「軍」なのですか? 

上野 裕次郎(以下、上野) 戦国時代を意識しているんですよ。例えば鹿児島なら、代々藩主として島津家が統治していたでしょう? けれど小林は合戦上の跡があるだけで、誰もが知っている有名なお城も城下町もない場所だったんです。

木村 洋文(以下、木村) 城はめっちゃ憧れるねぇ。

上野 だからこそ羨ましくなって、軍を結成したんです。

── アイデンティティが欲しかった?

木村 そういうことだね。地元への帰属意識がないことが、自分たちのコンプレックスになっているんだと思う。不謹慎な例えになってしまうけれど、熊本城の石垣が震災で崩れた時、地元のひとたちはお城を見て泣いていたんです。普段は熊本城にかける地元のひとたちの思いが、表面化することはないけれど、根っこにはちゃんとある。だから涙が出るんだなぁって。地元への愛があるひととないひとの違いって、その土地で暮らすうえですごく大きな差だと思うんです。

── アイデンティティなかったにもかかわらず、お二人は小林市にUターンしました。

上野 「絶対に地元へ戻って来ない」と思っていたんですけどね(笑)。ぼくの実家の畜産農場では、大手食品メーカーの業務を請けているんですが、その仕事を継ぐのはワクワクしなかったんです。とはいっても小林ですぐに始められる仕事はなくて、できることと言えば前職時代に経験してきた看板屋でした。がしかし、田舎だからクライアントになる会社がめちゃくちゃ少ない。だから看板づくりの仕事もなかった(笑)。

── どうしましょうね(笑)。

上野 そもそも看板というのはイラストやテキストを、アルミや鉄、ガラスに貼ったものです。貼る素材を布にすれば、なんとかやっていけるだろうと思いまして。学校とか会社で使うデザインTシャツをつくり始めたんです。30歳半ばで地元に帰ってくる同世代は多かったよね。

木村 将来の人生の基盤をつくるなら今しかないと思って、みんな不惑の歳(40歳)を迎える前に地元に帰って来るんじゃないかな。

僕はたまたま実家に帰省した時に、思いの外たぎっている(*1)ひとたちが小林に多かったのを見て、仕事や子育ての環境を自分のやり方でつくろうと考えてUターンしました。もともとは2〜3年だけ地元に帰る、と嫁に言っていたのに、すでに7年も経ちました(笑)。

(*1)たぎっている:たぎる|“水が沸騰して蒸発するくらい熱くなる”という意味

木村洋文さんと上野裕次郎さん

Tシャツなんて、ぶっちゃけ売れないだろうと覚悟していた

── 「西諸県軍」は、普段何をしている団体ですか?

木村 地域に密着した商品やイベントの開発、プロデュースをしています。たとえば宮崎の基幹産業である畜産を発信する「肉T」とか「西諸弁ポスター切手セット」をつくっています。

肉T

── 「西諸県軍」結成のきっかけを教えてください。

上野 「てなんど小林プロジェクト(以下、てなんど)」のTシャツをつくって欲しいという市民の声が、行政に寄せられていました。

てなんど小林プロジェクトTシャツ

上野 そこで行政から要望を受けて、僕らは小林出身のデザイナーに声をかけてTシャツのデザイン案をつくってもらっていたんですけど、それを商品化して販売するまでの予算が行政側になかったんですね。

でも、Tシャツを欲しいひとがいる。だったら「うちで在庫を抱えますよ」と申し出て、小林に帰省したひとが買ってくれるように、去年のお盆からTシャツの販売を始めました。

木村 ぶっちゃけ売れないだろうと覚悟していたけど、「てなんど小林プロジェクト」と一緒にコラボしてつくったTシャツが、ぼくらの想像をはるかに超える売り上げになってですね。お盆の2日目で70枚が完売しました。しかも100件も予約注文が決まりまして。

上野 「東京で暮らしている孫に送ってあげたいんだよ」という地元の方の言葉を聞いた時に、これが郷土愛なんだなと納得しましたね。

木村 逆に、遠くに住んでいても地元のことを思っている方は、テレビに小林が取り上げられただけですごく嬉しくなったりする。そういう郷土愛の心をくすぐるものが、宮崎牛やチーズ饅頭とか、食べ物はいっぱいありますけど、食べ物以外で地元を思い出せる形がないから、郷土愛をテーマにモノづくりをやっていけば、きっと欲しいひとはいるし、おもしろいと思ったんです。

── 郷土愛を象徴するようなモノづくり?

木村 じつはもう着ちゃってるんですけど……(笑)。

校章Tシャツ

木村 このポロシャツは目の付けどころ的に西諸県軍じゃないと絶対つくれないと思いますよ。母校の小林市立南小学校の校章がついているんです。なんとなくフレッドペリーっぽくて、おしゃれでしょ?

上野 こっちは僕の母校の、小林市立東方小学校のTシャツ。帽章をタグっぽく付けました。ちょっとマークが北欧っぽい感じ(笑)。卒業生は喜びますよ。

木村 そうそう。地元の小学校の帽章ネタだけで、僕らは一晩飲めますからね(笑)。

木村洋文さんと上野裕次郎さん

Tシャツ

おもしろくてくだらなくて、愛されるものをつくるために

── 西諸県軍に関わっているひとはどれくらいいるんですか? どういう携わり方でみなさんが活動しているのか気になります。

上野 基本的には13名いて、商品をデザインするひとが半分くらいを占めています。西諸県軍はボランティア団体ではなく営利を目的とした市民団体です。携わるひとがお金を得られる仕組みでやっていくことが第一の考え方。まぁ、まだまだなんですけれどね。

── 関わるひとがお金を得られる仕組みというのは?

上野 あるひとがデザインした商品を販売することになった時に、Tシャツだったら1枚につき10%くらいのデザイン料がそのひとに支払われます。祭りやイベントでTシャツを販売する経費を含めて、収支をプラスにすることが第一の目標です。

── お金のことは意外とシビアなんですね。

木村 西諸県軍がノンスポンサーでやっているからね。ノンスポンサーでいる理由は、おもしろくてくだらない、僕らがいいなと思えるものをつくりたいから(笑)。

上野 世に絶対出せないようなことを、みんな冗談で言うわけです。そういったことをまじめに、本気でやろうとすると、当然行政や大企業では商品化できないこともある。行政と民間の間に立ちながら、自分たちが自由に活動できるようにノンスポンサーでやっています。

木村 お金にシビアなもうひとつの理由は、活動を続けるためには必ず誰かが身銭を切らなきゃいけないから。みんな仕事をしているので、集まってもらったり手伝ってもらったりするための強制力はないわけです。なんらかの形で利益配分があることで、活動を継続していけるかなと思っています。

上野 活動を経済的に循環させるためにも、メンバーのみんなが少しずつリスクを分け合って、お金や時間を投資をしています。

木村 たとえばアイディアを出したひと、商品をつくってくれたひと、販売してくれたひと、物流や商品管理に携わってくれたひとやプロモーション動画を撮ってくれたひとがいたとします。

みんなへの利益分配をわかりやすいようにするためにはどんなやり方がいいのか、考えた末にたどりついた結論が、西諸県軍っていう組織で活動することなんです。

木村洋文さん

郷土愛って、ドヤれる瞬間じゃないかなぁ。

── 西諸県軍として今後やってみたいことはありますか?

上野 FMラジオ放送をやりたいと思っています。小林に戻ってきて西諸弁を聞くと「強烈だなぁ、この言葉!」って、すごく実感するんですよ。小林らしさの最たるものが、方言だと思う。

木村 言葉だけを伝えるラジオって、ダイレクトに良いものを伝える伝達手段ですよね。

小林市の誰々さんが育てている豚が逃げ出して市内全域で探している、みたいな……そんな情報いらねぇよ!って思うんだけど、FMラジオ放送で聞いたとしたら絶対面白い。方言なら言葉として直に伝えられて、共感してもらえるかなと。

── お二人にとって「郷土愛」とは、どのようなものですか? 方言という手段を駆使して西諸県軍が伝えたいのは、愛郷心だと感じました。

上野 郷土愛って、ドヤれる瞬間じゃないかなぁ。

── なるほど。

上野 「ここは俺の地元だよ」ってドヤることが、何回あるか。その回数が多ければ多いほど郷土愛は大きくなると思う。

木村 他所(よそ)に行った時も郷土愛は発揮できるものなんですよね。「え? もしかしてうまかっちゃん(*2)知らないの?」みたいな(笑)。

(*2)うまかっちゃん:ハウス食品 九州の味ラーメン うまかっちゃんのこと。

木村洋文さんと上野裕次郎さん

── じつはおふたりを取材する前に、「西諸県軍という名前をはじめて聞いた時に、胸が熱くなった。思いつきそうで思いつかない」と、小林市役所・地方創生課の柚木脇さんが仰っていたんです。西諸県郡は小林市だけではなく、近隣の高原町やえびの市も含まれるんですね。

木村 行政は市町村単位で活動しているじゃないですか。市民団体の強みはそういう制限なく自由に動けることだと思います。高原町やえびの市まで巻き込めば、おもしろい動きが3倍に広がるかもしれないし、やりたいことも3倍に膨れ上がるかもしれないし、知恵だってたくさん共有できる。

上野 だから僕らは西諸県郡という地域全体で活動していきたい。

木村 今後はTシャツを売るだけじゃなくて、デザインからパッケージング、売り方もぜんぶ西諸県郡のひとたちと考えていきたいよね。必ず、もっとおもしろい地域になっていくから。

上野 結局僕らはそうすることで、好きな故郷を自慢したい。小林で生まれ育ったというアイデンティティが欲しいんですよ(笑)。

木村 コンプレックスの塊みたいな田舎侍集団……だからこそ、馬鹿みたいなことでも楽しくおもしろがって仕掛けられる。この西諸が盛り上がるのなら、我々はどこへでも進軍しますよ。

(この記事は、宮崎県小林市と協働で製作する記事広告コンテンツです)

お話をうかがったひと

木村 洋文(きむら ひろふみ) 
1975年生まれ、高校まで小林市で過ごす。大学卒業後は海外を放浪し、スノーボードを教えながら生き延びる。帰国後は、商社と大手家具小売業でバイヤーやSV、経営企画の仕事をして35才の時に小林へUターン。稼業の家具屋を継ぎ、3年前、ライフスタイルショップsaboribarを商店街の空き店舗を使いオープン。今年3月に西諸県軍を立ち上げ、地元の魅力を勝手にPRし、商品開発やイベント等を積極的かつ自虐的に活動をしている。

上野 裕次郎(うえの ゆうじろう)
1972年小林市生まれ。県外の看板屋での知識を頼りに4年前、無謀にも地元小林でTシャツのスクリーンプリント屋を起業。持って生まれた手先の器用さと、「綺麗な仕上がり」へのこだわりで、なんとか軌道にのりはじめたところ。地元をどうにかしたいと思う人達との繋がりのなかで、面白い物を作っていく楽しさを実感している。

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