ここは、都会の喧噪から引き離された知る人ぞ知る老舗スナック。
夜な夜な少なの女性が集い、想いを吐露する隠れた酒場。

確かに近年、女性が活躍する場は増えて来たように私も思う。

自由に生きていい。そう言われても、

「どう生きればいいの?」
「このままでいいのかな」
「枠にはめられたくない」

私たちの悩みは尽きない。

選択肢が増えたように思える現代だからこそ、
多様な生き方が選べる今だからこそ、
この店に来る女性の列は、絶えないのかもしれない。

ほら、今も誰かが店の扉を開ける気配。
一人の女性が入ってきた……

連載 今を生きる女性の本音「かぐや姫の胸の内」

第28回目は、「studio iota label(スタジオ イオタ レーベル)」代表の前田紗希さんの登場です。

前田紗希さん

──こんばんは、いらっしゃい。

前田紗希(以下、さき) はじめまして。

──お仕事は何を?

さき 音楽関係の仕事をしています。音を、紡いでいる。

──「音を、紡いでいる」?

さき 「studio iota label」という音楽レーベルの代表をしています。自分がバンドリーダーになって、「インストゥルメンタル(以下、インスト)」という歌のない音楽をつくったり、タワーレコード、iTunesなどをはじめとする多数の流通・音楽配信業務を請け負ったり、はたまた誰かのためにライブコンサートで演奏したり。

旅が好きで、大切なインスピレーションの元になっていたりもするので、時折いろんなところに出かけたり、それを文章で表現したりもしています。

──ふぅん……。なんだかいろいろな仕事をしているのね? けれど軸は、音楽に置いている。いいわね、私は一度聞いただけでは生き様を理解しきれないひとが好きなの。

暖かくなってきたから、桜色のスパークリングワインを仕入れたのよ。まずは座って、ゆっくりとお飲みなさい。

「インスト」と「流れるイオタ」

前田紗希さん

──まずはあなたについて、もう少し詳しく教えて?

さき 私自身は、音楽家です。父親がギタリストで、「音楽以外に道はない」くらいに思って育ってきました。中学校から音大付属に入れてもらって、青春時代は本当に音楽漬け。当時はオーケストラの作曲専門。私の信念である「歌のない音楽の魅力を広げたい」という気持ちは、この頃からずっとブレずに育まれてきたものだと思います。

──ねぇ、そもそもなんだけれどインストってなぁに?

さき 歌のない音楽。本当は身近にあふれている音。たとえば久石譲さんの音楽は、まぎれもなくインストです。

──ふぅん……。映画『リトル・フォレスト』の音楽を手掛けた宮内優里さんの曲や、あとはハウスなんかはよく聞く。それもインストに入る?

さき 入ります。あとは、街中でよく聞くBGMなんかもそうですね。インストはすごく役に立つ音楽でもあるんですよ。

たとえば、音楽療法。介助が必要な方が身体を動かすときに、音楽をかけてあげるとすごく手助けになる。あとは、認知症の治療に採用されることも。私、じつは一時期児童福祉施設で働いていたことがあるんです。そのときの実体験が、今の気持ちに大きく影響していると思います。

そして、私が今大切にしているのが「流れるイオタ」というインストバンド。2014年に結成しました。

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画像引用:Youtube「流れるイオタ【Official Music Documentary Film】」より。前田紗希(Dr)、矢野聖始(Gt)、永松徳文(el-b/wb)。毎回ゲストピアニストやVJを迎えている

さき メンバーは私を含めて4人。作曲はおもに私が担当します。でも、ふだんからずっと一緒にいるというよりも、毎日は別々に過ごしている。そして音楽を奏でるときに、合流する。

メンバーにそれぞれ持ち場があるからこそ、ロックやジャズ、ミニマル、そして私が得意とするオーケストラやドラムの音が絡み合った音楽が生み出せると信じている。できたら、映画のような音楽がつくりたい。映画の中で流れるサントラをつくりたいというよりは、映画そのものを、私たちの音楽で表現してしまうような。


さき 作曲するときは、シナリオを考えたり、譜面とにらめっこしたりせずに、イメージやインスピレーションからすべてを生み出します。ある1つの発想から始まって、何かに出会って、どこかに行き着く。

そのすべてのもとになるのは、私の場合は旅。ひととの会話や、そこで見た景色です。

アイルランドを旅した時、山奥に行って、私以外誰もいない場所を訪れたことがありました。思い出したのは日本にいる家族や、たくさんの友人、一緒に音楽をやっていく仲間たちのこと。大自然の中で、すごく遠くにいるはずの日本のことを想って、そしてそれを大切にしたいと思った。まさに灯台下暗しな経験ですよね。そのときの感覚を、音楽に昇華したりします。

流れるイオタ

──ふぅん……。私が文章を書くときの順序に、少しだけ似ているかもしれない。どこに行き着くのかは、私も知らないから。

さき そう。でももちろん、冒頭で述べたように私は「流れるイオタ」のメンバーであると同時に、音楽レーベル「studio iota label」の代表でもあります。

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さき だから、好きな音楽をつくるという表現活動のほかに、先に述べたような流通や音楽配信媒体への配信業務や企業向けの音源作成、結婚式などでの演奏担当、ほかのバンドの音源収録など……いろんな仕事を請け負います。後者は表現というよりも、営業活動ですよね。

thBOCCO最終版
「DMM.make ROBOTS」の効果音は、「studio iota label」が手がけた

さき 正直なところ、まだ「流れるイオタ」だけではメンバー全員食べていけない。でも、やりたいことは明確にある。インストというジャンルの音楽の魅力を、最大化すること。

そのために旅の魅力を発信する「イオタビ」という名称のウェブメディア運営に力を入れたり、発信能力を高めるために、noteというプラットフォームで「studio iota label」名義で記事を書き続けたりしている。

──試行錯誤の、途中。夢に至るまでの道のりのまさに今、さなか、なのね。

夢を諦めた先で見つけた、新しい生きる道

──ねぇ、もし私があなたならね。メジャーデビューしたいと思ったかもしれないと思うの。考えたことは、なかったの?

さき もちろん……ありました。実際に、音大時代にメジャーデビューする話をいただいたこともあったんです。夢に向かって、まっしぐら。でも、いざデビューする段階になって、働きすぎで身体を壊してしまった。それで結局何もかもダメに。

前田紗希さん

──そうだったの。

さき それから4年間、「音楽家・ドラマーとしての前田は終わった」と言われたこともあるほど、瀕死で暗い時代を過ごしました。本当の意味で心は折れていなかったかもしれないけれど、やっぱり学生時代の同期や知り合いたちが、次々とメジャーデビューして、有名なフェスに出て、そして名前が載っているチラシなんかがコンビニに貼ってあるのを見かけると胸が張り裂けそうで、もう死にたいって思ったりしてた。

立ち直れなくて、でも音楽からは離れたくなくて。そんな時に父親が、無言で買ってくれたものが私を助けてくれました。

カメラです。

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──「カメラ」。

さき 自宅近くの百貨店へ行って、どのカメラがいいかって。当時全然カメラのことなんか分からなくて、それでもニコンの「D40X」というすごく性能のよい一眼レフを買ってもらいました。

そこから、最初は自宅近くで写真を撮り始めて、一駅隣、二駅隣と徐々にエリアを広げていきました。自宅は都内だったのですが、一年後に隣の神奈川県へ。2年半後くらいに沖縄へ、旅と趣味の撮影に行きました。

旅の写真

──だんだん距離を広げていったのね。

さき カメラを持って新しい景色を見ることが、すごく楽しいなんてそれまで知らなかったんです。音楽以外の新しいわくわくを見つけられた。それで、昔からのもう1つの夢だった、海外に演奏しに出かけることを決めたんです。今なら行けるかもしれないと思って。

──行き先は。

さき スペインでした。友人に見せてもらった写真に憧れて、サンティアゴ・デ・コンポステーラという巡礼の旅へ。ひょんなことからイギリスへ飛んで、地元のひとたちと言葉を超えた音楽セッションをして。

旅の写真

さき だんだん、だんだん心が膨らんでいって、帰国した時、音楽活動に本格的に復帰しようと思えました。そして出会えたのが今の「流れるイオタ」のメンバーです。

──そうだったの。

さき 海外で言葉を超えた音楽コミュニケーションをとることは、心の奥底にしまいこんでいた夢だと思っていたけれど、遠回りした先で叶っていた。

メジャーデビューは逃したけど、旅と音楽をつなげるという新しい創作の道も手に入れた。もしかしたら、これでよかったのかもしれないと思うんです。ううん、きっと、この道を正解にするしかない。

──人生において無駄なことは、1つもないわ。あなたの道は、まだ長く続いていくのだと思う……。

【かぐや姫の胸の内】もし明日月に帰ってしまうとしたら

──ねぇ、これから何かやりたいことは、ある?

さき まずは今手がけていることをきちんと軌道に乗せること。そしていまは個人事業主として「studio iota label」を主宰しているので、今年はぜひ法人化して、事業部化して拡大していきたい。

流れるイオタ

──……恋は?

さき え?

──恋はしなくて、いいの? 仕事だけじゃ、人生、ダメよ。

さき あはは、そうですね。したいです。でも私は時折、稲妻に打たれたように恋に落ちてそのまま溺れてしまう、ということもあるから(笑)。恋に破れた時の悲しい気持ちは、すごく音楽をつくる原動力になるんですけどね。

──ふぅん……私は逆よ。恋をしているときの方が、いろいろなことに対してやる気が出る。ねぇ、あと1つ。かぐや姫は、月に帰ってしまった……。もしあなたが、明日月に帰らなければいけないとしたら、最後の日は何をする?

さき うーん、そうだな。「studio iota label」や「流れるイオタ」のメンバー、あとはお世話になったひとたちや家族と、鍋を囲みたいです。一緒にごはんを食べるんです。笑って、いつもどおりに。

──いいわね。その時のBGMは、きっとあなたたちがつくったインストなのでしょうね。そんな風に、誰かの暮らしや人生に、すっとあなたの音楽が馴染む瞬間が、もっとたくさん増えるといい。

今日は話を聞かせてくれてありがとう。新しい音楽ができあがったら教えてちょうだい。大切なひとと一緒に、あなたの音楽を聞くわ──。

お話をうかがったひと

前田紗希さん

前田 紗希(まえだ さき)
“旅の風景×インストゥルメンタル・ミュージック”をコンセプトとした音楽レーベル「studio iota label」代表。1984年東京都生まれ。代々の江戸っ子。国立音楽大学の作曲科出身。作曲、アレンジ、ドラム、鍵盤プレイヤー、時々フォトアーティスト、ライターを担当。ユニクロTシャツWeb音楽制作。Webロボット業界のAppleと呼ばれるユカイ工学の「家族をつなぐ、コミュニケーションロボット」”BOCCO” の効果音制作。ビデオグラファー向けBGM制作でリクルート大賞受賞など。
「studio iota label」の公式サイトはこちら
前田 紗希の公式サイトはこちら
旅のキュレーションメディアサイト『イオタビ』はこちら
「流れるイオタ」のアルバム詳細はこちら

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