「旅する鈴木」という名前を聞いたことはありますか?

「結婚して1年と少し。ずっと行きたかった世界一周へ、2011年10月、旅立ちました。ダンナとヨメ、お互いに仕事を辞め、住民票を抜き、少ない貯金を使い果たす覚悟で、成田空港へ向かいました」(引用:「旅する鈴木」

「旅する鈴木」とは、映像作品をつくりながら世界一周する、旅人夫妻です。

彼らが旅に出始めたのは、今から7年前の2011年10月。そして2018年3月現在も、旅する鈴木の2人は世界一周の旅を続けています。


旅する鈴木の陵生さん・聡子さん夫婦は、旅に出る前に1つ、決めごとをつくりました。

それは、「はじめて旅に出るヨメの体験の毎日を映像にして、1日1本、サイトにアップする」こと。

旅の期間は、当初予定していた2年から延びに延びて、現在まで続いているけれど、「動画をつくる」という習慣は頻度は変われど今でも彼らの旅の中心です。

少し余談になりますが、この記事を書いている私(伊佐知美)も旅人です。

そして、前々から旅の持続可能性について考えていました。理由は、「旅に出る人」は多いけれど、多くの旅には「終わり」があるらしく、数ヶ月、長くても数年経つと、みんな「旅から卒業していってしまう」から。

「旅をしながら動画を撮る」
「場所にとらわれずに、仕事をどんどんつくっていく」。

それは一体、どんな旅でどんな毎日で、そしてどんな働き方なのだろう? そして旅する鈴木の2人は、いつまで旅を続ける予定なのでしょうーー?

この記事は、伊佐知美が旅する鈴木の2人にインタビューした、その記録です。

「旅する鈴木」とは?

「旅する鈴木」は、旅開始と同時に始めたブログのタイトルです。

(画像引用:「旅する鈴木」公式サイトのトップページより)

「お会いするの、緊張するなぁ」と思いきや、旅する鈴木の2人はとても気さくで、時折くすっと笑ってしまうような仕草やエピソードをふんだんに散りばめてくださるひとたちでした。

取材は、世界一周から一時帰国中の2人をつかまえて、鈴木さんの東京の拠点で行った

陵生さんの仕事は映像作家、聡子さんの仕事はヨガ・ピラティスのインストラクター。もともと旅好きなのは陵生さんの方で、聡子さんが陵生さんの旅についていく形で、旅がはじまりました。

陵生さんが動画を撮りながら旅をすることを決めた理由は、2つ。1つ目は、素敵な映像が撮れるチャンスだったこと。そして2つ目は、楽しい日も何もない日もある旅の日常を、見てくれる人に伝えたかったから。

旅に出る理由は人それぞれたくさんあれど、陵生さんの場合は「いい映像を作りたい」「旅を伝えたい」という2つの軸があったそう。


2人を一躍有名にした、ボリビア・ウユニ塩湖のタイムラプス動画

「小さな頃から映画が好きで、ジブリ作品は1本につき100回以上観たものがたくさんあります。演劇も好きで、一時は舞台に立つ側、つまり役者を志したこともあったけれど、出る側より創る側を選び、卒業後は地元の映像編集プロダクションに就職。以来、ずっと映像作成に携わってきました(陵生さん)」

「旅する鈴木」の鈴木陵生さん

一方、旅好きなのは学生時代の若い頃から。簡単に旅遍歴を聞いてみると……。

20代半ばで一度仕事を辞めて、東南アジアへの数ヶ月間のバックパッカー旅へ。その後「旅人はあくまでもお客さんでしかない。暮らしながら働いて、住民として世界を見たい」と、ワーキングホリデービザを利用してカナダに滞在。2年ほどの滞在の最初から最後まで、トロントの映画製作に携わっていました。

そしてその時、世界地図を見ていたら「このまま南米のアルゼンチンまで旅ができそう(陸路だから)」と思いつき、勢いで出発。1ヵ国につき1本のミュージックビデオをつくりながら旅をすることを決めごととして旅を始めました。

※じつはそのアイディアが、後に「旅する鈴木」の原型になったそうです。


アメリカ・ニューヨークの五番街でドラムを叩く男性を撮影した


カナダで作成したミュージックビデオ

けれど、途中で立ち寄ったアメリカ・ニューヨークがあまりにも魅力的で、「旅を中断してでもニューヨークで働きたい」という気持ちが芽生えます。

しかし就職先を探したところ、面接をしてくれた映像会社の社長に「ニューヨークは勝負する場であって、学ぶ街ではないと思う。そして君にはまだ勉強が必要だ!」とキツめのアドバイスをもらい、「では一度修行をしに、東京に帰ろう」と考えました。

そしてその後はまっすぐ帰国したのかと思いきや、当時のシェアハウスメンバーが「ビールを買いに行ったついでに出会ったジャマイカ人」を家に連れて帰ったことを引き金に、音楽と酒の街・キューバに寄り道。そして全力で楽しんで帰国。

そんな陵生さんは、このキューバ旅の帰国後に、学生時代から付き合っていた彼女である聡子さんとの同棲も決めたそうで……。

左)奥さまの聡子さん

「やっと帰国してくれたと思ったら、今度は『動画を撮りながら世界一周に行ってきたい』と(笑)。結婚したし、私もこれ以上離れるのは嫌だなぁと思ったので、海外旅行すらほぼしたことがなかったけれど、私も世界一周に行くことを決めました。

出発前から、国内でヨガやピラティス、ボディメイキングのインストラクターとして仕事をしていました。旅に出てからは、世界各地のヨガ事情を見て回ったり、現地で暮らす人向けのレッスンや、絶景で行う『絶景ヨガ』を提唱したりと、引き続き私も仕事をしながら移動して……(聡子さん)」。

ちなみに旅中の役割分担は、陵生さんが動画を作り、聡子さんが旅のルートを決めるというもの。

聡子さんが訪れるのをとても楽しみにしていたのは、ヨガの聖地であるインド・リシュケシュ。けれど、実際にリシュケシュで『アシュラムヨガ』修行に参加できたのは、世界一周開始から6年後の2017年のことだったそうで……。

「旅の途中で、私も旅が心底好きになってしまったんです(笑)。『ヨーロッパは国と国の距離が近いから、せっかくならこっちも回りたい』とか、『せっかくだしあの湖も寄りたい』とか思ったりして。いろいろな欲や興味が出てきてしまったから、結局6年目になっちゃいました。

7年目の今は、夫よりも私の方が『旅に出たい』って先に言いだしちゃうくらいです(聡子さん)」。


旅する鈴木の世界一周のルートマップ。2人は仕事や体調に合わせて、1年に1度ほど帰国しながら旅を続けている

気ままなバックパッカー旅が、少しずつ変わってゆく

聡子さんの気持ちの変化と同様、旅のスタイルも、7年の間に徐々に変わっていきました。

具体的には、「ドミトリーに泊まりながらの気ままなバックパッカー旅」が、いつしか「撮りたいものがある場所へ、明確な目的を持って行く旅」に変わったそう。

「たとえばドイツには、年に数回、雲海が出たときに空に浮かんでいるように見える城があるんです。それはまるで、ラピュタのような。僕たちは旅の間にその噂を聞き、そしてそれを映像におさめたくなったから、まずは撮影の下見をして、そして条件がそろう日を待って、3日かけて実際に撮影しました(陵生さん)」。

「僕の動画は、タイムラプスと呼ばれるたくさんの画像を組み合わせてつくるものが多いです。絶景の中、何十時間も同じ場所で待ち続けて、やっと素材が集まります。

その間、特段にほかにすることはありません。タイムラプスは一度カメラをセットしたら動かせないから、風や、犬などの野生の動物からカメラを守り続けるのが必要なくらい。聡子はその間ご飯をつくりに宿に戻ったり、隣でじっと景色を見たり。

でもじつは、この時間が僕らにとってはとても豊かで。だって、映像を撮りたいと思うくらいの美しい景色の中に、何十時間もただ佇んでいるだけなんて。あんなに贅沢な時間、ほかにあるかなぁ……(陵生さん)」。

旅する鈴木の公式サイトや、Youtubeチャンネル、FacebookなどのSNSには、世界中で2人が見てきた美しい景色や時間のおすそ分けが並びます。それが見た人の心を打つのは、そこにたくさんの時間や想いが詰まっているからなのかもしれません。

「旅する鈴木」の旅は、これからも続いていく


メキシコから東廻りではじまった旅する鈴木の世界一周は、次に東南アジアから北上して中国・上海に着いたら、いったんの終着を迎えます。けれどそれは、「旅する鈴木の世界一周編の終わり」なのだと陵生さんは話します。

「僕にとって、旅と仕事はほぼイコールです。『人生は旅だ』というフレーズは使い古された言葉かもしれませんが、あれは嘘じゃないなと思っていて(陵生さん)」。

「旅が自分でルートを決めるものだとすると、人生もやっぱり似ています。明日どこへ行くかは自由だし、一度決めたとしても軌道修正はできるし、選んだ道によって出会いも変わる。ハプニングもいいことも起こり得て、やっぱりそれは旅も人生も、今日選んだ道の先に続いているから。

『旅=娯楽』という時代ではもはやないのではないでしょうか。『海外に出ることがすごい』という時代でももうありません。世界を個人で動き回るのは、すでに特別なことではないと思います。就職先を探すように、働く場所を探す。いろんな国の人がそうしているように、僕たちもそうして生きていたい。自分で選べる時代なのだから(陵生さん)」。

「あと、そういえば『昔の旅』って、もっと人生を背負っていたような気がしませんか? たとえば日本だったらお遍路さんとか、ヨーロッパならサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼の旅とか、砂漠を渡るキャラバンとか。『死も覚悟している』とかね。

そんなイメージもあって、『長い旅に出ることは、ただ遊びに行くだけのものじゃないぞ』というのは、そもそも僕の中の価値観としてありました。だから、旅を仕事につなげる意識を持っている方が、普通なんじゃないかなって思ったりもしています(陵生さん)」。

鈴木さんの部屋に大切に飾られている、世界中の紙幣や硬貨

「世界のどこを旅していても、3日あれば日本へ戻れる」。そんな身軽さで生きている旅する鈴木夫妻は、2017年秋、東京に「拠点」をつくりました。

その理由は、やはり7年経って旅のスタイルが変わり、撮りたいものや、仕事ありきで旅のルートや期間を決めることが増えたから。

今後は、東京の「拠点」から、「旅に出っぱなしの放浪の日々」ではなく、「目的や題材を決めて、3ヶ月・半年と期間を決めて旅にでる」という旅のスタイルに変えて行きたいのだといいます。

これからやってみたいことを聞くと、世界中のタイムラプスの長編映像をつくったり、旅で見つけた題材を映画化したり、ニューヨークやロンドン、パリなど世界中の一流のクリエイターとタッグを組み、地球規模のスタッフ勢と作品をつくったり。世界中のヨガを学んで一つの形を見つけたり。旅する鈴木としてやりたいことが、まだまだたくさんあるそうです。

東京の拠点は世界で1番最初の拠点を構えた感覚に過ぎず、もっとグローバルに仕事を展開する日を見据えて、英語圏のアメリカ・ニューヨークや、スペイン語圏の南米・チリなどを合わせた3拠点生活を送る野望もあるのだとか。

何に挑戦するとしても、2人の中心には、いつも旅と映像があります。その2つは、今となっては「彼らの生きる意味」にも近いのかもしれません。

2018年は、NHKの番組を手がけるそう。旅をしながら動画をつくる。その先に、これからの人生の糧となる仕事も続く。

ただ旅をするだけでなく、仕事をしながら生きる夫婦の姿は、私だけでなく旅を愛するすべてのひとに、何か大きな示唆を与える気がしてなりません。

旅する鈴木さん

お話をうかがったひと


旅する鈴木

映像作家・鈴木陵生と、ヨガ/ピラティスインストラクター・鈴木聡子の旅夫婦。2011年に世界一周を始め、その旅の様子を動画で発信する映像ブログ「旅する鈴木」が話題になり、日本テレビ「ZIP」や、Google Android TVCM「見せたい写真、パッと出る篇」などに出演。文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門 審査委員推薦作品に選定される。公演やトークショー、旅コラム執筆など、現在も旅を続けながら様々な活動を続けている。


鈴木陵生 映像作家 / 写真家 / 旅人

1979年名古屋市生まれ。劇団での役者経験を経て映像業界へ。映像プロダクションにて映像クリエイターを務めた後、カナダに拠点を移しミュージックビデオ、映画などの演出、技術スタッフなどを歴任。2008年日本へ帰国、DRAWING AND MANUALに参加。2011年より長年の夢であった世界一周をスタートし、現在も妻とふたり旅をしながら自主サイト「旅する鈴木」にて映像発表をし続けている。作品集「The World Time-Lapse」(KADOKAWA)「Ta Bird Books」(いろは出版)、“1分間で世界を旅をする”をテーマにした旅映像集「1 Minute Journey」プロジェクト、「旅する鈴木」2015年メディア芸術祭のエンターテイメント部門 審査委員会推薦作品選定など。


鈴木聡子 ヨガインストラクター / 旅人

1978年愛知県生まれ。20代の頃に始めたヨガに魅了され、人間の身体と心に興味を持ち、ヨガインストラクターの道に入る。更にピラティス、骨盤など数々のボディメンテナンスの資格を取得し活動の幅を広げ、都内各地のフィットネスクラブ、ヨガ教室でレッスンを担当。2011年、夫と共に世界一周の旅に出発。世界各地のヨガ事情を見て回りながら、各地で現地の人へレッスンを行っている。絶景で行う「絶景ヨガ」を提唱。インドでは、ヨガの聖地リシュケシュにて「アシュラムヨガ」に参加。Aurora Granオフィシャルサイトにて、旅ブログを連載中
※取得資格 Lavaヨガインストラクター養成コース終了 / 峯岸道子ティーチャートレーニング終了 / FTPマットピラティスベーシック取得 / 骨盤エクササイズ養成終了 / JCCAコアコンディショニングベーシック終了

文章:伊佐知美
撮影:小松崎拓郎
一部写真提供:「旅する鈴木」

(この記事は、合同会社cocowaと協働で製作する記事広告コンテンツです)

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