小林市でカフェ「musumi」を営む上岡唯子さんは、20歳の頃から都内のカフェに通いつめ、お気に入りのお店が見つかったら地方までも足を運ぶほどの大のカフェ好き。
自身も東京でカフェの立ち上げやスタッフを経験し、都会で働くこと7年。唯子さんの元に突然やってきたのは、婚約者からの「小林への移住」のお話でした。
それまで小林でカフェをやることなんて全く考えていなかった唯子さんですが、2017年8月に婚約者とともに小林に移住。そこからひと月余りでこの地にmusumiをつくり、今日まで、月1のイベント開催も行いながらお店を運営してきました。
musumiに編集部がはじめて訪れたのは、2018年8月のこと。
お店の前に立つ可愛らしい看板に誘われるように店内に一歩足を踏み入れると、広々とした山小屋風の空間が視界に飛び込んできて、心が踊ったことを覚えています。
聞けば、musumiができたこの建物は築40年のもので、もともとは老舗のステーキレストランが入っていたのだそう。
お店はすべてセルフリノベーションで改装した唯子さんですが、キッチンの赤タイルや厨房の前のカウンター、高い木の天井など、できるだけ前のお店の雰囲気を残したままにしたのは、「地域の方々にとって馴染みあるこの空間に、もう一度お客さんを招きたい」という思いから。
そんなmusumiには今、県内外から老若男女が足を運び、夜カフェやライブやワークショップなど、musumiの展開するさまざまな仕掛けを通じて交流が生まれています。
お店をセルフリノベーションし、メニューを一から考案し、イベントも仕掛ける唯子さん。
馴染みない土地でのカフェ創業にも関わらず、思い描いたことを形にしていくことができたのは、「20歳の頃から自分のお店を開くことを夢見てきた」唯子さんの、抜群の行動力と意志の強さの賜物です。
上岡 唯子(かみおか ゆいこ)
神奈川県川崎市出身。短大卒業後、医療事務として1年間働いたのち、コーヒー専門店のスタッフになる。同年、西荻窪のギャラリー&ブックカフェ「松庵文庫」の立ち上げを手伝い、後にスタッフとして勤務。2017年に小林に移住し、musumiをオープン。
メニューのアイディアは頭の中の引き出しから
── musumiでいただけるメニューについて、教えてください。
唯子 musumiでは、ドリンクとデザートとお料理がいただけます。ランチメニューは3種類あって、カレーやドリアやキッシュなどを提供しています。
また、コーヒーもこだわりの豆を仕入れ、自家焙煎して淹れているので、ぜひコーヒーと一緒に手づくりのスコーンやタルトなどといったデザートを楽しんでいただけたら嬉しいです。
── メニューはすべて唯子さんが考案されたのですか?
唯子 そうですね、1年前にここでお店をやるということになって、一からメニューを考えました。アイディアはこれまで自分自身が見たり味わったりしてきた、たくさんのカフェメニューからインスピレーションを得て、生み出しています。
── 唯子さんは、なぜカフェを好きになったんでしょう?
唯子 高校卒業後に通っていた短大が自由が丘にあったことが、カフェを好きになった理由です。
自由が丘ってお洒落だったり雰囲気のいいカフェがたくさんあるんです。自由が丘を入り口に都内のいろんなお店に通っているうちに、すっかりカフェ好きになってしまったんです。
唯子 短大の卒論は、カフェの経営について書きました。また短大の卒業写真を撮ったのが20歳の時だったのですけど、その写真の横には「26歳でお店を開く」と記していて。
── 20歳の頃から自分のお店を開くことを決めていらしたんですね。
唯子 どんなお店をやるか、というのは後々固まっていったのですけど、そのときには「とにかくカフェをやる」というビジョンだけがありました。
なので、小林にやってくるまでの7年間は「カフェをやるためにどんな経験を積んだらいいのかな?」と考えながら過ごしていました。
カフェを開くための準備をした7年間
── 自分のお店を開くという夢のために、どんな準備をされてきたのですか?
唯子 まずは知り合いに紹介してもらったコーヒー専門店でアルバイトをしてみました。じつは私はもともとコーヒーが苦手で、面接に受かるまで、そこがコーヒー専門店だってことを知らなかったんです(笑)。ふつうのカフェだと勘違いしていて。
だけどせっかく受かったので、働いてみようと思い、そこで一からコーヒーを学びました。今、musumiでは自家焙煎のコーヒーを提供しているのですけど、それは専門店で働いてた頃にコーヒーを好きになれたからです。
── 苦手だったコーヒーを好きになれたのはどうしてですか?
唯子 それまでコーヒーは苦いもの、飲みづらいものという先入観がありました。けれど、自分が専門店にいた頃に浅煎りコーヒーのムーブメントが起きていて、私も飲んでみたんです。飲んでみて、その飲みやすさに衝撃を受けました。
それから単純にコーヒーの美味しさを、自分のようにそれが苦手だった人たちに伝えたいと思うようになって、ゲリラ的に公園でコーヒーを振る舞うようになりました。
もともと日本全国いろんなところに出かけるのが好きだったので、地方にもコーヒー豆とコーヒー機器を持って行って、現地のゲストハウスで振る舞ったりしていたんです。自分では、「旅するコーヒー屋」なんて言ったりもして。
唯子 それともうひとつ自分の中で大きな財産となったのは、23歳のときにコーヒー専門店の先輩からのお声がけで、西荻窪のギャラリー&ブックカフェ「松庵文庫」の立ち上げをお手伝いのような形で経験できたこと。
── お店の立ち上げにあたって、どんなことを経験をされたのでしょう?
唯子 メニューを考案したり、実際に食事をつくったり、運営周りのこと全般を経験させてもらいました。
自分のお店を持つのはmusumiがはじめてだったけど、あの頃立ち上げの経験を一緒にさせてもらえたことで、立ち上げ時に必要なことを学べました。
「新しい関係を築きながら暮らしたい」。小林移住がカフェ創業を後押しした
── 唯子さん自身は、どんなカフェが好きだったのですか?
唯子 学生のときはいわゆる個人がやっている、オーナーが創り上げる独特の雰囲気があるお店が好きでした。三軒茶屋にすごくいい雰囲気のカフェがあって、その姉妹店がある京都にまで足を運んでしまったくらい。
好きなカフェに出会うたびに、どうしてここが好きなんだろう?と、自分の気持ちとそのお店のメニューや価格帯を分析していました。
それと同時に、「自分がカフェをやったときにどんなメニューを提供したいだろう?」ということも考えて、小林に来る前から試作品をつくってみたりもしていました。
── 生まれ育ったのは神奈川で生活圏はずっと東京なんですよね。カフェをやりたいという夢を、東京で実現したいとは思わなかったのですか?
唯子 むしろ地方でやりたいと思っていました。
というのも地方に旅をしているうちに、地方が好きだなぁと思っている自分がいることに気づいたから。ひとが多すぎないところとか、温泉など自然の恵みが豊かなところとか、純粋にいいなって。
たしかに、東京の飲食店で変化の激しさを感じていなかったわけではないけれど、それ以上に「地方が好きだから地方に住みたい」という気持ちが東京にいた頃からありました。
── そのときに、小林という選択肢はありましたか?
唯子 それが全然なくて(笑)。夫と付き合ってたったひと月の頃に急に言われたんです。「小林に帰る」って。ああ、どうしようかな?なんて考えている暇もなくて、「とにかく一度訪れてみて、暮らせそうだったら自分もついて行こう」と思い、移住する前に一度訪れてみたんです。
── はじめて訪れた小林の印象はどうでしたか?
唯子 すごく気に入ったというよりかは、不便さを感じずに生活ができる環境であることに安心しました。そうですね、言い方が難しいけれど、強烈な何かを感じたわけじゃなく、だけど住みやすそうだなと思えました。
小林に来てカフェを立ち上げようと思ったのは、それがもともと自分の夢だったというのもあるけれど、東京とは違ってここには自分の知り合いがいなかった、というのも一歩を踏み出せた大きな理由でした。
これから小林のひとたちと新しい関係を築きながら暮らして行きたい。そのつながりを生み出せる場所を私自身がほしいと思っていたんです。じゃあ、ここでお店をやろうということで、移住してからひと月ほどで立ち上げたのがmusumi。20歳の頃に「お店を開きたい」と思ってから7年が経って、ようやく夢が叶いました。
musumiは「結ぶように住まう」という意味から名付けた造語です。ここで結びつきを持ちながら住み続けていきたいという、私自身の想いが込められています。
居心地のよさとは、そのひとがそのひとらしくいられること
── ご自身もたくさんのコンセプトや想いを持ったカフェを見てきたと思われますが、musumiがここを訪れるひとにとってどんな場所であってほしいですか?
唯子 musumiをつくるときに、ソファや背の高いテーブル、電源の使えるカウンターをあえて置いたんです。それは、仕事だったりワークショップだったり、いろんな用途でここを使えるように。
唯子 また、立ち上げのときから継続して月1のイベントを行なっているのですけど、それも地域の方々のやりたいことを積極的に取り入れて、一緒に企画しています。
あえていろんなことができる環境にしているのは、さまざまな属性の人たちに、そのひとらしく使ってもらえるように。
── そのひとらしく。
唯子 ここが、「そのひとがそのひとらしくいられる場所であってほしいな」と思っています。どうしてそう思ったのかというと、それが地方でカフェをやる上でとても大切であることのような気がするからです。
── 訪れてくれる方が、そのひとらしくいられることが。
唯子 たとえば東京だと、マンションから引っ越したら最寄りのお店にはなかなか行かなくなるけれど、こっちは若いひとでも、一度家を持ったら引っ越すということがほとんどありません。
だから地方のお店は、一人ひとりと過ごす時間の濃密度も高くなるだろうし、そのひとの日常に占める割合も、休憩の選択肢になる確率も上がる。そう考えたら、家族のような感じで迎えるスタンスの方が、地方でカフェをやる分には合っているんじゃないかと思ったんです。
家族のような感じってなんだろう?と考えたときに、温かさだったり居心地のよさだったりを思い浮かべたのですけど。それを感じられるのは、そのひとがそのひとらしくいられることが保証されているときだと思います。
だから私がいちばん大切にしたいのは、地域の人たちの声にオープンな姿勢でいること。閉じこもりすぎず、拘りすぎないこと。地域の人たちと一緒につくりあげていくという感覚が、ここでお店をやる醍醐味であり楽しさのような気がしています。
文/小山内彩希
写真/伊佐知美
(この記事は、宮崎県小林市と協働で製作する記事広告コンテンツです)