語るを聞く

写真家・守田衣利さんが「暮らし」を撮る意味と、これからの写真との付き合い方

日々の暮らしに存在するかけがえのない一瞬を切り取る、写真家の守田衣利(もりた えり)さん。彼女が何気ない暮らしを撮り続ける理由と、写真が身近になった現代だからこそ知りたい、これからの写真の楽しみ方についてうかがいました。

暮らしを撮っていくことが、祈りと同じ気持ち

── 『Close your eyes, make a wish.』(以下、『Close your eyes』)という作品を撮りはじめたきっかけを教えていただけますか?

守田衣利(以下、守田) 今回の『Close your eyes』という個展の前に、『ホームドラマ』という作品があります。写真家として海外で暮らすようになってから、撮りたいと感じたのが「滅多に会えない自分の家族」だったんです。一年に数回日本に帰ってきてから自分のために撮っていたのが『ホームドラマ』です。だからはじめは、作品にするつもりが無いまま撮りはじめて、続けていくうちにだんだん形になりました。

── 『ホームドラマ』があって、『Close your eyes』に続いているんですね。

守田 『Close your eyes』はこの10年間撮りためた写真をまとめた作品です。10年も経つとこの間にいろんなことが起こるんですよ。その中で、暮らしというのは意外と脆く、守られているものだと分かってきたんですよね。だから今はいつもの暮らしが崩れなければ、それだけでも充分幸せだと思っています。

これは挨拶文に書いた言葉なんですけど、幼いころ、おばあちゃんが神棚に祈る光景を見たことのある人も多いと思います。その時に「何をお願いしているの?」と聞いても、「みんながね、毎日暮らせていけますように。元気でいますように。それだけよ。」って言われたんです。当時は子どもだったからか、どこに行きたいとか、何が欲しいとかお願いすればいいのにと思っていました。けれど今は、おばあちゃんの気持ちがすごくよくわかる気がします。私は仏様や神様に日常的に拝んだりはしませんが、撮っている時は祈る時と同じ気持ちですね。日常が、そのまま続けばいいと。

みんな、奇跡をくぐり抜けて生きている

ゆらの誕生、東京、2009
ゆらの誕生、東京、2009

── 毎日元気で暮らすということが大切だと腑に落ちたのはどういう瞬間ですか?

守田 妹の出産を撮影してから、私もひとり目の子どもを産み、その後流産と死産をしてしまいました。だからこそ、ひとり目の子どもが無事に生まれたということが尊く、本当に奇跡なんだとわかりました。生きているみんなは、奇跡をくぐり抜けて生きていると感じるんですよね。

── だから日常の暮らしを捉えているんですね。写真を撮っていて良かったと感じるのはいつでしょう?

夜空に飛びちる花火、熊本、2012
夜空に飛びちる花火、熊本、2012

守田 やっぱりすごく神々しい瞬間があるんですよね。景色を撮っていても、この世のものではないような綺麗なものが撮れる時があります。たとえばこの写真は、夜空の星みたいに写っていますけれど、花火が弾ける瞬間を撮っています。それも偶然で、一回しか撮れていない。

撮っている時にはわからなくて、後から、この写真だけ全然違うって。

── 後から気づくこともあるんですね。

守田 そうですね、撮っている時は「あ、綺麗!」という瞬発力で撮ります。でも後から見ていくと、これだなっていう一枚がまぎれている。ハガキや案内に使ったこの写真も、お母さんの目隠しをしていた女の子を撮ったんですけど、見返してみると女の子が目を瞑っていたのが一枚だけあったんですね。「瞑って」って言っていないのに、目を瞑っているカットがありました。「あ、これだ」って。撮っていく中で、出会いがあるんですよね。

── 写真を見返すことで、その時に気づいてない出会いや発見があるんですね。

守田 写真はそういうところがありますよね。そのまま保存しておけなかったら、忘れて無くなっちゃう。

まさきに目隠しするみづき、東京、2011
まさきに目隠しするみづき、東京、2011

選び、つないで、つくる。一人ひとりの物語

── 今は誰でも気軽に写真を撮れるようになりましたが、どういうふうに写真を暮らしの中に取り込んでいくといいと思いますか?

守田 食べ物やペット、人や旅などの写真を、撮る人も枚数も全体的に増えたように感じます。でも撮影した写真の中で印象に残るものって、すごく少ないんじゃないかと思います。だから写真を編集してみると、また違った捉え方ができるのかなと。編集作業は、撮影する時とは頭の違う部分を使う気がするんです。

── そうなんですか?

守田 写真を撮っているだけだと、撮りっぱなしになったり、ひとつの写真について考えがまとまらなかったりします。今日撮った多くの写真から一枚を選ぶ時に、表情や手、建物の形であったり、その細かいことからいろんな感情が生まれると思うんです。それを選び、何枚もの写真をつないで流れを与える時に、その選び方と並べ方でまったく異なる作品になります。

だから同じ場面で撮った写真でも、他の写真と並べてみると微妙に感情の起伏が変わるんです。簡単に言えば、悲しげになったりせつなげになったり、幸福感があるようなものになったりするのは、同じ日に同じ場所に撮った写真でも、カットによって微妙に違うと思います。だから皆さんが撮った何枚かの中から何をチョイスするかで、物語が変わると思います。

編集後記

写真は撮影した後も大切です。作品のトーンによって色味を調節する作業もあれば、選ぶ写真も変わってきます。そして展示では、どの順路で作品を観てもらうのか、写真集にするならばどんなレイアウトにし、各ページに写真を配置するのか。大学時代はカメラ部だったということもあり、お話をうかがいながらとても共感してしまいました。作品をつくるとは、膨大な枚数の写真から数枚を選び、物語にしていく作業です。

写真に触れる機会があたりまえになった時代には、編集作業を通して情報を捉えなおし、解像度を高めて見る。そういう楽しみ方を学べたのではないでしょうか。

お話を伺った人

守田 衣利(もりた えり)
熊本県に生まれ、東京大田区で育つ。93年フェリス女学院大学文学部英米文学科卒業。97年International Center of Photography(米ニューヨーク)ジェネラルスタディース科修了。98年『第7回写真新世紀』優秀賞受賞(ホンマタカシ氏選)、04年『新風舎平間至写真賞』大賞受賞、05年 Photo District News『PDN’s 30』、2014年 Forward Thinking Museum Photography Competition、2014 Japan Photo Award(タカ・イシイ氏選)他受賞多数。

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探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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