営みを知る

裏浅草の古民家「カフェつむぐり」地域の循環を担う存在でありたい

都会の喧騒から切り離された、東京の下町・浅草にある「カフェつむぐり」(以下、つむぐり)。浅草といっても、浅草寺のあるあたりではなく、そこは裏浅草と呼ばれる閑静な住宅街です。

「つむぐり」のオーナーの室伏将成(以下、将成)さんは、廃屋だった築68年の共同住宅を自ら改装し、2015年2月に「つむぐり」をオープン。奥さんの室伏志保(以下、志保)さんと一緒に、ご夫婦でカフェを運営しています。

感動した食材を使った、こだわりのコーヒー

「つむぐり」では、メニューに使う素材はすべて、室伏さん夫婦が感銘を受けたものや、素敵だと感じたものしか使わないというこだわりがあります。

たとえば「つむぐり」のコーヒー。普段は砂糖を入れないと飲まない筆者ですが、口に含むと、ブラックでもフルーティな味わいで飲みやすいと感じます。時間をかけて飲むとコーヒーが冷めてしまい、おいしくなくなるものも多いですが「つむぐり」のコーヒーであれば、じっくりと味わえそうです。

苦味のない、おいしさの秘密について「焙煎の過程のハンドピックがとても大事」と将成さんはいいます。

カフェつむぐりの室伏将成さんがコーヒーを淹れている

ハンドピックとは、焙煎途中で焦げたり形が良くない豆を、手で取り除いていく作業のこと。大量生産の場合は、大雑把なハンドピックをしていると知った将成さんは、ロースター(焙煎店)のポリシーを重要視しています。

実際に「つむぐり」のコーヒーで使っている豆は「カフェテナンゴ」のもの。このお店は、自ら豆を仕入れに海外の農園まで足を運び、ハンドピックを丁寧にやっているそうです。

写真左からお猪口マメ、お猪口ミルク、お猪口プリン
写真左から、お猪口マメ(200円)、お猪口ミルク(50円)、お猪口プリン(200円)

冷めてもおいしい「つむぐり」のコーヒーの他にも「お猪口ミルク」は、飲み干したあとに思わず「うまい!」と声をあげたくなってしまう一品です。

「コーヒーと一緒にミルクを出すなら、コーヒーにミルクは使わない人でも、ミルクだけでもおいしく飲めるメニューにしたいと思いました。そんなとき、北海道を旅行しているときに、道の駅ですごくおいしい割けるチーズを見つけてね。」(将成さん)

「割いた繊維の中から、ミルクがじゅわっと出てきて、びっくりするくらいジューシーなチーズなんです。」(志保さん)

室伏将成さん、志保さん
(左)室伏将成さん、(右)志保さん

室伏夫妻が惚れ込んだ牛乳は、ご当地牛乳グランプリ2013で最高金賞を受賞した冨田ファームの「有機牛乳・香(か)しずく」。この牛乳を、都内のカフェで提供しているのは「つむぐり」だけだといいます。

作業に集中したいとき、誰かと語り合いたいときに

カフェつむぐりの電源付きの座席
電源付きの座席では、PCでの作業もできる。集中して作業したいときにおすすめ。
三和土(たたき)
1階にある三和土(たたき)。客同士でコミュニケーションを楽しめる造りになっている。

食だけでなく、空間にもこだわりが。「膝を突き合わせてコミュニケーションができるような場所を作りたいと思った」と将成さんが語るように、1階はカウンターと三和土(たたき)があり、交流しやすいように設計されています。

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2階には手づくりの大きなテーブルが配置。壁にはスクリーンが設置されており、イベント会場としても使用できる。

2階はパソコンで作業をしたい人や、ひとりで時間を過ごしたい人のための空間。電源を各席に配備し、Wi-Fiも設置。静かな音楽を聴きながら作業に集中できそうです。

「2階は1階と違って人の行き来が少ないので、静かに過ごせます。店員の目が気にならないのも気が楽ですよね。お水をセルフにしたことも、誰かが来て集中力が途切れてしまうのは、僕が好きじゃないので、こういう造りにしました。」(将成さん)

夫のピンチのときは絶対助ける

室伏将成さんが話している

「もともとは、カフェにどっぷり浸かるタイプではなかった」と話す将成さんですが、なぜ古民家を改装し、カフェをオープンさせたのでしょうか。

「お店をやろうと決めてからは、1日に2,3件のお店をピックアップして、研究しました。みんながコーヒーを飲んで一息ついている中で、『どうしてこのカフェは良いと感じるのかな?』と、ひとりで考えていましたね。」(将成さん)

カフェつむぐりの天井

その結果、古民家カフェが特に居心地がよいと感じることに気づいた将成さん。古い民家の独特の木の香りが、おじいちゃんやおばあちゃんの家を思い出させ、落ち着くといいます。

また、様々なお店を見て回ることで、自分のお店ならこうしたい、という改善点も見つかりました。

「席の間隔が狭いと、隣の人の話が聞こえてきたり物音がしたりして落ち着かないので、『ある程度ゆったりとした席づくりがいい』と思いました。それから、天井の高さ。天井が高いと開放感があって落ち着けるだろうと思ったんです。」(将成さん)

カフェつむぐりのテーブル席

あちこち見て回っているうちに、運良く裏浅草で、のちに「つむぐり」となる物件と巡り会います。

「うちの奥さんからすると『こんな廃屋で大丈夫?』と不安を感じただろうと思います。」(将成さん)

「古民家というか、本当にただのボロ屋だったよね、最初は(笑)。」(志保さん)

その後、2014年の6月に契約。「大工さんに1日工事のお願いするのはお金がかかる」という費用面の問題から、水道や電気などの資格が必要なところを除いて、ほぼすべて将成さんが工事・改装したそうです。

「工事で泥だらけになるのが当たり前でした。いつも作業終わりに近所の銭湯に入って帰ってましたね。」(将成さん)

「呼吸もしたくなくなるような(汚い)ところだったのに……。伸び伸びできる空間になったのは、奇跡だと思います。」(志保さん)

カフェつむぐりの将成さん、志保さん

お店づくりが終盤にさしかかると、志保さんは、綺麗になっていく古民家の姿を見て感動したといいます。

「(将成さんは)ものづくりするタイプには見えなかったので、ボロ屋からこんなに素敵な空間にするのをやり遂げたことは、本当に尊いと思いました。」(志保さん)

ひたすら改装を続ける将成さんの姿を見て、志保さんは「このまま夫がひとりだけで、改装から営業まですべてをやると、いずれ店が回らなくなってしまう」と感じたそうです。

「結婚するときに『夫のピンチのときは絶対助ける』という思いで結婚しました。それが今だと思って、『つむぐり』の開店準備の手伝いを始めたんです。」

夫婦ふたりの力があって「つむぐり」は無事、オープンを迎えることができたのです。

「つむぐり」は森の循環がキーワード

カフェつむぐりの将成さん、志保さん

最後に、カフェ「つむぐり」というお店の名前に込めた思いをうかがいました。

「今は、次の世代のことや環境のこと、身近な人のことを考えずに、『自分が都合がよければいい』という考え方が強いと思います。でも、その流れのままでは、大切なものを見落としたり、知らない間に捨ててしまったりしてしまうかもしれません。ですから、経済のなかで『循環』するような考え方をしていきたいんです。」(将成さん)

はじめは「循環」をキーワードとして考え、里山の恵みの象徴ともいえる「どんぐり」を店名の候補としていました。

木の実の「どんぐり」は、冬眠を迎える動物にはとても大切な食料源であると同時に、落ちた実からは木が育ち、山の生態を循環させる重要な役割を持っています。店を訪れる地域の人々にとって、「どんぐり」のような役割を担える存在でありたいという思いを込めましたが、すでに「どんぐり」という名前のお店はたくさんありました。

インテリアのどんぐり

「そこで、どんぐりの語源を調べていたら、『つむぐり』という言葉を見つけたんです。」(将成さん)

「紡ぐ」という言葉の意味も考えて、今の「つむぐり」という名前になりました。

* * *

絹や綿から糸を紡ぐときのように、細やかな心遣いを持ってコミュニケーションを楽しむ。絡まってしまった自分の考えや気持ちを、整理して編んでみる。縦糸と横糸を交わらせて編んでいくように、新しい何かを生み出していく。そういう時間を持てそうだ、と感じられる空間でした。

カフェつむぐりの将成さん、志保さん

このお店のこと

カフェつむぐり
住所:東京都台東区浅草5-26-8
営業時間:平日13:00-20:00(LO 19:30)
土日祝12:00-19:00(LO 18:30)
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日火曜休み)
電話番号:03-6337-5869
公式サイトはこちら
公式Facebookページはこちら

お話をうかがった人

室伏 将成(むろふし まさなり)
データ解析、Webマーケティングの仕事を経て、街の魅力を作る個人店に強い関心を抱き、古民家を自らリノベーションした「カフェつむぐり」を始める。

室伏 志保(むろふし しほ)
つむぐりのにぎやか接客、イラスト担当。イメージコンサルタントとして個人の魅力を育てる「じょうろ」を店内にてスタート。

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探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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