語るを聞く

R不動産・吉里裕也さん|理想の暮らしは「未完成」であること

僕らは「R不動産」とかいろんなサービスを運営しているけど、たぶん、共通して持っているコンセプトは「暮らしを意識する」だと思います──新しい視点で不動産を発見し、紹介していくサイト「R不動産」の代表ディレクター吉里裕也さんは、不動産を選ぶときだけではなく、日々生活する中でこの意識が不可欠だと話します。

まずは、日本各地に展開している「R不動産」について教えていただきました。

「暮らし」を意識する

── 最近では「鹿児島R不動産」など、全国にサイトを広げているんですね。

吉里裕也(以下、吉里) そうですね。

── 日本各地でやる理由を教えていただきたいです。

吉里 働いたり暮らしたりする場所として、東京も地方も変わらない存在になっていくのではないかと思ってね。つまり一極集中ではなくなっていくと思います。これからは「どこに住むの?」と言う問いに対してしっかり答えられるくらい、住む場所に意識的であったほうが幸せだと思うんです。どの地域を選ぶとしても、自分がそこに住む意味や価値を整理して自覚することが重要ですよね。

身近な例で言うと、実際に東京と福岡、神戸への移住を検討していて、結果的に神戸にIターンした方がいます。それぞれの地域に一長一短がある中で比較検討し、何を優先するかで暮らす場所が決まるんですね。

R不動産が運営する「real local」
R不動産が運営する「real local

── 働く場所も自由に選ぶ「R不動産」の移住マガジン「real local」をオープンした理由にも繋がりそうです。

吉里 そうですね。このメディアは地方の神戸・福岡・金沢の「R不動産」メンバーが中心になって運営しています。東京のメンバーが全て決めてしまうと、なかなか新しいサービスのアイデアが生まれにくいですから。

コンセプトの「移住」をテーマに各地域内の情報を発信している理由は、「移住」のきっかけが人との縁や仕事であることが多いからです。仮に移住先の地域で人との繋がりがないと、安心できないですよね。仕事をさがすにしても、どんな人がその場所にいるか?という切り口がとても重要です。

── 「R不動産」や「real local」 など様々なメディア運営など、不動産に幅広く携わる中で、共通して持っているコンセプトはありますか?

吉里 僕らはいろんなサービスをやっているけど、共通していることはきっと「暮らしを意識する」だと思っています。

具体的に言うと「あなたにとって重要なことの優先順位をつけてください」という話です。例えば「R不動産」のサイト上では、「改装OK」「眺望GOOD」「水辺/緑」「天井が高い」などの項目から物件を探すことができます。全て理想を叶えるのは難しいので、実際に物件を選ぼうとすると人それぞれの重要なポイントが見えてくるはずなんですよ。

それを突き詰めていくと、東京なのか大阪なのか、はたまた鹿児島なのか、というふうに都市と地方の両方が選択肢に含まれるんです。

「R不動産」や「real local」では、暮らしの選択肢を知り、その優先順位を決めるサポートをするし、じゃあ「あなたはどこで、どうやって暮らしていくのか?」という疑問を含めて投げかけています。

吉里裕也

── 「暮らしを意識してほしい」と考える理由というのは。

吉里 ほとんどの人が不動産への興味はあるけど、まだ中途半端な状態で、供給者の都合でつくられているものを無自覚に使っている。その結果として、日本の住宅は画一的になっています。供給者は理由なくそんなことをやっているわけではなくて、ビジネスとしての効率を上げて、かつリスクヘッジをしています。例えば、「住宅に傷がついてクレームが入る」というのを避けるための住宅のつくり方をしているんですよね。でも、この構造自体をユーザーがもっと住空間を意識することで変革していかないといけないと思うんです。

物事の捉え方を新しくするリノベーション

このような課題がある中で、個人が希望する暮らし方を実現しやすいリノベーション物件を取り扱う不動産業者やメディアが多く見られるようになってきました。「R不動産」も、そのひとつです。

── 最近、リノベーションに興味のある人や、リノベーションを実際におこなう人が増えています。

吉里 経済的な側面を無視して語れませんが、「自分の暮らしをつくっている」と感じられるし、その暮らしに愛着を持てるようになるからじゃないでしょうか。

特に去年から流行しているDIYは、「暮らしをつくる」の表れだと思うんです。扉の取手を付け替えるには、3,000円もかかりません。でも、毎日扉を開け閉めする時に触るひんやりとした触感に、嬉しいと感じる。

住まいに関する生活者の意識は、明らかに高くなっていると感じます。

── 感情的な部分を満たしてくれるのがリノベーションなのですね。

吉里 リノベーションは暮らしを「楽しむ」要素が大きくて、また「価値の転換」があります。

極端に言えば、「古い一棟の建物をリノベーションしてください」って言われても、僕らはただオーナーの悩みを親身に聞いて、ちょっと助言するだけ。でも、それでオーナーの意識は変わるんです。必要なのは、オーナー自身が保有する不動産の価値を捉え直すこと。だから「オーナーの意識をリノベーションした」と(笑)言うこともあります。

自分の考え方が変わり、物事の捉え方が新しくなれば、建物を増改築せずそのままの状態でもリノベーションです。リノベーションには必ず新しい視点の発見や、刺激をもたらす要素の存在、新たな価値の転換が必要なんです。

ですから、1棟の新築ビルを建てるだけでも、街をリノベーションできると言えます。「街の捉え方」が変わるのに新築も中古物件も関係ない。だからこそ自分たちが関わる仕事は必ず、街との接点や影響を考えますね。

吉里裕也

吉里 100万人に影響を与えようとまでは思っていませんが、少なくとも1万人に影響を与えることを「やらないと意味がないな」と思っています。

なぜかというと、個人の枠を超えたスケール感を1万人くらいだと思っているから。今はFacebookで友人と繋がっている時代だから、2,000~3,000人くらいであれば内輪で情報共有できてしまいます。「real local」や「公共R不動産」などの平行して進めているプロジェクトでも同じですね。

理想は「完成しない暮らし」

── リノベーションするのに適した街の大きさはあるのでしょうか。

吉里 僕らの身長はほとんど世界共通なので、ちょうどいい街の大きさがあると思います。パリやロンドンといった大都市は特別だとして、田舎には教会と広場があって、ちょっとした商業エリアと住宅地になっている。あの感じのスケール感は、どの国でも一緒ですよね。

……イメージしづらいですか?(笑) 例えば江戸時代だったら、お城に殿様がいて、その周囲に城下町がある。それはひとつの完結したコミュニティですよね。地形にもよりますけど、その単位に近いのかな。

── ローカルの定義みたいですね。

吉里 そもそも「ローカル」の定義ってなんだろうと思いますけど……。もちろん田舎であること、という意味もあると思うけど一方で自分が歩いて回れる範囲もローカルの定義だと思います。

── 学生時代の近所の友人と遊ぶ感覚みたいです。

吉里 そうですね。僕も今、普段の生活でご飯を食べたり友人と飲んだりする場所は、ほぼ住んでいる場所から徒歩圏内です。電車に乗るのはめんどくさい(笑)。東京に住んでいても、住んでいる地域に馴染んだ暮らしをしているんだと思います。友達も近くにいるから、時間を気にしないで歩いて帰ってくる感覚になっていますね。

吉里裕也

── ますますローカル化が進んでいく状況で、吉里さんご自身の、理想の暮らしについて教えてください。

吉里 「完成しない暮らし」と、言えばいいかもね。日々の状況と自分の気持ち、家族のことも変わることが山ほどあるからこそ、理想の暮らしは決めつけない方がいいんじゃないかな。

── 居住空間も、生活と合わせて変わり続けるイメージでしょうか。

吉里 今の家に住んで3年くらい経ちますが「この部屋の端に棚をつけてみよう」とか、DIYし続けることも完成しない暮らしです。

もちろん、今も家として完成していると言えばしているんだけど、少しづつ、変わっていく状況に合わせて変化するイメージです。あるタイミングで「理想の暮らしだ」と完成させようとしたり、次の住まいはここだと決めたりした瞬間につまらなくなってしまう気がします。

柔軟に自分の変化に適応していく暮らしと、その住まいがあることが理想ではないでしょうか。

お話をうかがった人

吉里 裕也(よしざと ひろや)
「東京R不動産」代表ディレクター/SPEAC inc. 共同代表 1972年京都生まれ。東京都立大学工学研究科建 築学専攻修了。ディベロッパー勤務を経て、2003年「東京R不動産」2004年にSPEAC,inc.を共同で立ち上げるとともに、CIA Inc./The Brand Architect Groupにて都市施設やリテールショップのブランディングを行う。建築・デザイン・不動産・マーケティング等の包括的な視点で建築のプロデュースを行っ ている。共編著書に「東京R不動産」「東京R不動産2」「全国のR不動産」「だから、僕らはこの働き方を選んだ」「toolbox」等。東京都市大学非常勤講師。

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小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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