営みを知る

【リトルプレス】“好き"をまとって暮らす人へ。私とおしゃれ「talking about」

めまぐるしく変わる、ファッションの世界。生まれては消えていく流行の中で、本当のおしゃれが何なのか迷ったら、手に取りたい雑誌があります。

アパレルブランド「n100(エヌ・ワンハンドレッド)」が発行元の「talking about」は、「私とおしゃれ」というコンセプトで不定期につくられるイメージブック。

登場する人、ひとりひとりの「おしゃれ」を探る中で見えてきたのは「人の魅力」。作り手は、ベテラン編集者の岡戸絹枝(以下、岡戸)さんと、「n100」代表の大井幸衣(以下、大井)さんです。

おしゃれな人は、自分で好きなものを選び表現している

── はじめに「talking about」ができるまでの経緯を、教えていただけますか。

大井 「talking about」は、2011年11月11日に第1号を出しました。もともとシーズンごとにブランドイメージを伝える小冊子をつくっていたんですが、きちんとした雑誌形式にしたいという想いが強くなっていきました。

でも、私はアパレルの人間なので、紙面づくりに関しては素人です。どうしようかと悩んでいた時期に、ちょうど岡戸さんが長年勤めていたマガジンハウスを退職なさって。「今だ!」と思ってさっそく話を持ちかけました。

岡戸 会社を辞めたばかりでしたから、一度は「しばらく待ってください」とお断りしたんです。でも声をかけていただけたことはとても嬉しかったし、一から自分でつくれる雑誌には惹かれましたね。

大井 フリーになってすぐの、ある意味ピュアな状態の岡戸さんと、どうしてもいっしょに仕事がしたくって。なおかつ、私が指示出しをするトップダウンのチームではなく、好きな人たちの集まりで雑誌をつくりたかったの。

岡戸 1冊目を出す段階から、大井さんは、「n100」のブランドや服のことは雑誌には載せなくていいとおっしゃっていました。でも、やっぱり私たちが何者なのかを伝えたほうが読者の混乱は少ないと思って。「『n100』の服はどういうもので、どんな気持ちがこめられているのかを載せた自己紹介のページだけはつくりましょうよ」って説得しましたよね(笑)。

大井 毎号「n100」の洋服を全面に打ち出しちゃうと、内容にも読者層の広がりにも限界が来る。それに、雑誌を読んでいる人にとってPRや広告って邪魔だと思ったんです。

岡戸 完全に読者目線ですよね。大井さんは、たくさん雑誌を読んでいらっしゃるから。

大井 雑誌で育った最後の世代が、私たちくらいなのかなと思います。

「talking about」Vol.4で登場する岩立広子さん。世界中のテキスタイルや染織をコレクションし、その話に岡戸さんも大井さんも魅せられた
「talking about」Vol.4で登場する岩立広子さん。世界中のテキスタイルや染織をコレクションし、その話に岡戸さんも大井さんも魅せられた

── 雑誌をつくる上で、メンバーが先に固まったと。コンセプトや企画の部分はどう設計していったのでしょうか。

大井 インタビュー形式にしようというのは、先に決めていました。

岡戸 大井さんが好きだという古い雑誌を拝見しました。そしてインタビューはいいなと思いました。芯が通っていてスタイルがあれば、特に名の知れた方ばかりである必要はないと思いました。

でも「talking about」を読んだ友人に「半径5m以内の知り合いしか取材してない」って言われてハッとした(笑)。

大井 結果として知り合いが多くなっただけなんですけれどね。素敵だなと思う人を探したら候補者が周りの人たちばかりだったんです。

「talking about」vol.2でインタビューした方々
「talking about」vol.2でインタビューした方々

── 雑誌のコンセプトが「私とおしゃれ」ですが、そこに当てはまるかどうかを判断する基準はあったのでしょうか。

岡戸 おしゃれって、服だけのことを言っているわけではなくて。雑誌をつくる上で共通言語になっていただけですね。惹かれる方々というのは、みんな「自分のスタイルがある人」だという共通点がありました。

大井 人って中身がルックスに出ると思いません? 美人とかイケメンとか、そういうルックスではなくて、何を選び、どう自分らしく表現しているか。そのスタイルを確立している人が「おしゃれ」なのかなあって。

だから、誰が見てもおしゃれな人もいるし、独特のおしゃれをされてる方もいる。でも全員が、ご自分の人生でそのスタイルを好きで選んでいることが分かる。自分のスタイルを持っている人が、周りに多かったんですね。

世界観を共有するための、ほっこり禁止令

── 生き方やスタイルに注目しているからこそ、洋服だけでなく日用雑貨や日常風景の写真も多いのですね。「talking about」は、ファッション、女性誌、暮らしなどカテゴライズするなら、どこに当てはまるのでしょうか。

大井 本屋さんに置くなら「暮らし」ですね。

……ただ、雑誌をつくる上で、岡戸さんに「柔らかくて優しいイメージには絶対にしないで」って私からお願いしたんですよ、ね?

岡戸 「ほっこり禁止令」って言って。

大井 エッジの効いた雑誌が良くて。インタビューで紹介する方々や文体や、全体の雰囲気が「なんとなく良い人たち」だと、特徴もないし、他の雑誌に埋もれてしまうでしょう。

そういう優しい雰囲気が漂うものって既にいっぱいあるし、もううんざりしません?(笑)

ビジュアルも大事だけれど、そういうものではない、ピリリとした何かが欲しかった。読み物としてわざわざ買って読みたいと思えるもの。

……まあ言うのは簡単ですよ(笑)。あとは岡戸さんにお任せしました。

岡戸 感覚をつかむには「ほっこり禁止令」という言葉は分かりやすかったですね(笑)。通常の暮らしに関する本であれば、エリザベス女王陛下と、マスタードを並べたりしないでしょうねえ。

「talking about」Vol.2の表紙
「talking about」Vol.2の表紙

大井 尖れば尖るほど、意外な方が手に取って下さることも増えました。雑誌をつくる過程は、お金や在庫の管理から進行まで、正直すごく面倒なことばかり。しかも作業の割には売上が立たない。それでもやっぱり、つくり続ける意味はあるなと思うのです。私たちが一番やらなくちゃいけないなと思うのは、ブランドのイメージをクリアにしていくこと。ほっこり禁止令というのは、そういう目的もありました。私たちのブランドが「talking about」を発行しているからこそ、巡り巡って「n100」の価値も認知度も上がるから。

「n100」の話を少ししますと、もともと自分たちが着たいと思う服しかつくらないブランドにしようと決めて、私と橋本靖代という女性と一緒に立ち上げたものです。当初は洋服を買ってくださる方がいるかどうか分からなかったけれど、同じような意識の方はいらっしゃって、だから7年もブランドを続けることができているのだと思います。

ブランドと同じで、自分たちがやりたいと思うことしかやらない雑誌をつくりたかった。すると、「n100」を知らなくても、似たような価値観の読者の方々と、雑誌を通してつながることができた。ま、儲からないんだけどね(笑)、ただの洋服をつくっているだけのブランドならできないことですから、儲けはそこまで気にしなくていいかなって。

岡戸 そこ、大事ですよね?(笑)

大井 もちろんね、お金を無闇に捨てるようなことをするのは嫌ですよ。ものづくりにはいろいろな方が関わっていらっしゃるんだし。だからこそ次につながるなにかを掴みたかったし、「talking about」は、その糸口を切り開いてくれたと思っています。

「私のおしゃれ」ではダメな理由

── 冒頭の話題に戻りますが、ご自身の大切にしている「スタイル」は何か、教えていただけますか。

大井 自分の着たいものを自分の体温に合わせて着ることと、重ねてになりますが、「n100」でつくる服も自分たちが着たいと思うものしかつくらないという姿勢を貫くことでしょうか。

岡戸 うーん……。私はいろいろ悩むのが嫌いで「良いな」と思ったら、迷わず選びたい。

大井 私が以前勤めていた「MARGARET HOWELL」(マーガレットハウエル)というファッションブランドがあるんだけれど、岡戸さんが展示会に来るたび、毎回必ずオーダーするワンピースがあったんです。それを私は「岡戸さんの100年ドレス」って呼んでいるの。

岡戸 あはは、そうですね(笑)。すごく気に入っているから、何度も着たいと思っちゃう。

大井 自分が着たいものを着ればいいんです。それがどんなにへんてこりんな格好であっても、着たいものを堂々と着られるのがおしゃれだし「誰が何を言おうと関係ないじゃん」って思う。

岡戸 雑誌のコンセプトが「私とおしゃれ」ですけれど、「私『の』おしゃれ」ではダメだったんです。「私『の』おしゃれ」だと、ちょっとおこがましいなって……。

「私『と』おしゃれ」なら、「私」と「おしゃれ」は別物として考えられる。その2つの重なり合う部分を、雑誌の中で紹介したくって。スタイルを正解として押し付けるのではなくて、インタビューする人たちの物語や価値観にスポットを当てたかったから、「と」の方がしっくりきました。

大井 自己表現のためにおしゃれをする人もいるし、好きなものを好きなように着たいだけだという人もいて、おしゃれをしてどういうスタンスを取るのかは自由です。ファッションは、頭からつま先までのコーディネートを、ぜんぶ自分で選べますから。

「私」という主軸となる人格があると、その「私」が表れる「おしゃれ」がどういうものかを、洋服や小物を通して俯瞰できる。そうすると、その人の人生がパッと立ち現れてきて、おもしろいんですよ。

誰に何を指図されるようなものでもないし、自分が気持ち良くて格好良いと思えば、それで良いのではないでしょうか。若いうちはスタイルが確立されるのがむずかしいけれど、恐れずにもっといっぱい、いろんなものを試すのがいいと思いますよ。

この本のこと

talking about
アートディレクション:有山達也
編集・文:岡戸絹枝
発行所:㈱EIGHTY YEARS PRODUCT n100出版
写真、スタイリング、協力は号によって変動

お話をうかがった人

大井 幸衣(おおい ゆきえ)
1957年静岡県生まれ。80年現オンワード樫山入社。カルバンクライン企画デザイナー担当。85年マーガレット・ハウエルへ転職。98年退社、以後フリーランスとして、アパレル以外の職種にも携わる。2007年「n」立ち上げ。2008年「n100」トータルアパレルブランドとして再スタート。2009年、株式会社EIGHTY YEARS PRODUCT設立。

岡戸 絹枝(おかど きぬえ)
1955年埼玉県生まれ。81年マガジンハウス入社。1998〜2000年『Olive』編集長。2002年より不定期刊行の『ku:nel』を創刊。2003年3月から隔月刊行の『ku:nel』をスタートさせる。2010年29年勤務したマガジンハウスを退社。2014年「つるとはな」を仲間と創刊。

ほかの「本」の記事はこちら

感想を書く

探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

詳しいプロフィールをみる

探求者

目次

感想を送る

motokura

これからの暮らしを考える
より幸せで納得感のある生き方を