営みを知る

【リトルプレス】『日々』身近な暮らしの「好き」が詰まった一冊

あくせくと働き、毎日の食事や睡眠、身の回りの掃除や洗濯、メイクも趣味もおざなりになっていく……本当に暮らしたかった理想の日々は、いつのまにか遠のいてしまう。好きなこと、目の前のことに無我夢中になって、気づくとそんなふうに、何かがおろそかになってしまう。

だったら、ぜんぶをきちんとやらなくても、なにかひとつだけがんばればいい。強ばっていた肩をふっとほぐしてくれるのは、リトルプレス『日々』かもしれません。

リトルプレス『日々』

「日々」30号
『日々』30号

『日々』は、2005年創刊の、ささやかな雑誌。編集者の高橋良枝(以下、高橋)さんが中心となって制作し、生まれました。友人の料理家の飛田和緒さん、カメラマンの公文美和さん、スタイリストの久保百合子さんも参加しています。

各所で活躍してきた女性たちが「好きなものを好きなように発信したい」という想いをこめて始めたのが、2005年のこと。熱意のままに本をつくると、その噂がじわりじわりとクチコミで広まり、今では季刊誌として発行され、ファンの心をつかんでいます。
今では若い人たちからの注目も高まる『日々』ですが、編集長を務める高橋良枝さんに、『日々』の世界観と裏話について、お話をうかがいました。

一本釣り方式で、狙ったものをトコトン追究する

もともと、大手出版社で編集者としてのキャリアを積んできた、高橋さん。けれど、過不足なく正確な情報だけを掲載する雑誌づくりに、一旦区切りを置きたくなったといいます。

「大きなところでマス向けの仕事をしている時は、必要不可欠な情報だけをぜんぶ掲載することが求められます。だから無駄なことは入れられません。でも私は、無駄の中にある良さこそが魅力があると思っていて、『日々』では、そういうものを拾って載せたいと思いました」(高橋)

「日々」27号
『日々』27号

はじめは、高橋さんの知り合いの書店に、少しずつ置かれていた『日々』。発売してしばらく経つと、ネットで話題になり、そこから一気に認知が広まりました。

「自分のお気に入いりに囲まれて暮らしたいと感じている人たちは、ぜったいいると思っていて。お金と人手をかけて、大海原に大きな網をバーッて投げることが大手の本のつくり方だとしたら、『日々』は、小さな池で一本釣りするような本。私は、自分がいいと思う小さな池を見つけて、そこに集まる人たちだけに向き合えれば、それでいいと思っています」(高橋)

「日々」27号
『日々』27号

歴史ある出版社で、長年本作りに携わってきた高橋さんだからこそ、自分たちの手元の資金で「やりたいこと」のできる道筋を描き、できることとできないことを判別することができる。『日々』の一冊ずつからにじみでる愛情とこだわりは、高橋さんの経験が土台となって作られているようです。

「好き」を突き詰めたからこそ続いた10年間

また、「好きなことをやりたい」という思いが芽生えたのには、生活工芸の世界が少しずつ変容しているようすを感じていたからだともいいます。

「陶磁器は昔から適した陶土のある場所で発展してきました。唐津や瀬戸、備前など日本には有名な産地があり、それぞれに個性があり、地名がそのままうつわの名前になっていました。また、個人名で売れるのは、人間国宝に指定されるような、著名な作家さんのもののみで、そういうものは大抵とても値段が高い。少し興味があるくらいの人だと、なかなか手が出せず、それ以上関心を深めていくのが難しい世界でもありました。

けれど今は、流通が発達したことで、どこにいても陶土が手に入ります。薪窯でなくても、ガス窯や電気窯なども発達したため、作り手になるハードルはだいぶ低くなったと思いますし、同時に買う側も手が出しやすい作家さんが増えて興味を持つひとが増えてきました。暮らしのなかに自分の好きな作家の器を取り入れ、日常的に使っていくという時代が来たのです」(高橋)

『日々』のつくり方は、こうした陶芸の流れに少し似ています。小さな池に集まってきた、コアなファンが少しずつ増えていくことで、『日々』は号を重ね、今年で発刊10周年をむかえました。

好きなもの、お気に入りは、手の届くところにある

食べることが大好きだという4人がつくる『日々』は、食にかかわるモノ、コトがふんだんに盛り込まれています。こうした取材先のほとんどが、高橋さんの行きつけのお店だったり、友だちの大好物だったりするといいます。

「日々」30号
『日々』30号

「全然知らない所を、話題になっているからとか、流行りだからだとか、そういう理由で決めるのではなくて、私たちの周りの誰かが知っている場所、好きなものだけを取り上げると決めていました。『あの店の、あの料理はいいよ』とか『ここの、これがおいしいよ』という情報が直接入ってくるもののほうが、信頼できますし、『好き』という気持ちを一貫して貫けるからです」(高橋)

「好き」という気持ちのほかに、『日々』には、もうひとつ届けたいものがありました。

「もともと料理好きなメンバーだから、うつわにも詳しくて。だから『日々』をつくるとき、必ずうつわを取り上げようって決めていました。魅力的な作り手の方々のことを、『日々』を通して知ってほしいという気持ちもあります。私たちが好きなものを、紹介して、さらに応援したいから、その魅力が一番伝わるようにレイアウトもこだわる。実際に手に入れるためには情報が少ないから、読者には物足りないかなって思うこともあるかもしれないけれど、作っている人とその作品、背景などを紹介したいと思いました」(高橋)

食べるものも、作る過程や育つようすが分かるもののほうが安心しますし、人の顔が見えると一層おいしく感じられます。それは、本作りもいっしょなのかもしれません。

『日々』は、たくさんの人に大量に情報を届ける媒体ではなく、『日々』の持つ「好き」な気持ちに引き寄せられた人々の日々の暮らしに、そっと寄り添うような雑誌です。

この本のこと

日々
編集・発行人:高橋良枝
デザイン:渡部浩美
価格:900円
公式サイト:日々

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探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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