多くの転職を繰り返してきた僕は、そうして生きて来たことを半分は誇らしく思いつつ、長い時間にわたりひとつの仕事を続けるひとに出会うと、羨ましい気持ちも芽生えます。

仕事を長く続けること、ひとつのことを長く続けるためには何かコツがあるのでしょうか。

松陰神社前でお話をうかがったのは「カクテルの店 バッカス」の今年で87歳になる飯塚徳治さん。

バッカスは1960年(昭和35年)にオープンし、松陰神社前駅のすぐそばで57年間も営業を続けています。

バッカスの外の看板

半世紀以上にわたってバーカウンターに立ち続けた飯塚さんは、それを誇らしげに語ったり、何かをわかったように語ったりはしませんでした。

「休みたいなぁなんて思うときもありますよ」

「バーテンダーに向いていると思ったことはないです」

そうやって飄々と語る飯塚さん。

ただ、お店を長らく続けてきたという事実は、ささやかだけれども、僕の目にはとても輝やかしく映ったのです。

お店に入るところ

店内。ワインリスト

バーカウンターに立つ飯塚さん

(以下、飯塚徳治)

お店を始めた経緯と昔の松陰神社前

最初からバーをやりたくてやったわけじゃないんですよ。六本木ヒルズがあるでしょう? あそこにね、昔はニッカの麻布工場があったんですよ。

ニッカはお酒の会社だから、あるときカクテルをつくる講習会をやってくれたんです。そこでお酒のつくり方を覚えて、この商売を始めちゃったんです。

それがいつだったっけなぁ、昭和30年代のはじめですよ。わたしがここでお店を始めたのは、昭和35年(1960年)です。

今でこそ松陰神社前にはたくさんのお店があるけれど、当時はただの住宅街でしたよ。物品販売ばかりでね。要するに、魚屋さんや八百屋さん。そういう商売のお店が並ぶ商店街だったんです。

松陰神社前を選んだのは……はははっ(笑)、お金がないからここにしただけです。渋谷でも三軒茶屋でもよかったんですけどね、ちょっと資金が足りなかった。

「バッカス」の名前の由来はね、ローマ神話。「酒の神」ですよ。あちこちにあるんですよ、バッカスという名前のバーは。ぶどうの木をつくるのが上手な神様でね、ワインなんかをつくるんでしょうねぇ。

ここには、とんでもない偉い方から、ふつーうのひとまで、いろんな方が来られますよ。景気によってもお客さんは増えたり減ったりしますけれども。アベノミクスはあれ、うちまでは回ってきませんねぇ。

アベノミクスを語る飯塚さん

57年お店を続けて来られた理由

このお店は1960年に始めたのでもうすぐ、今年(2017年)の5月で57年になるんです。他に能力があればね、辞めようと考えたかもしれないけど。能力がないから、ずっとこの商売をやってきただけですよ。

飽きるときもあるし、休みたいなぁなんて思うときも、生きていたら誰だってあるじゃないですか。そういうのはもう、みなさんとおんなじですよ。

私はね、バーテンダーに向いているなんて思ったことないですよ。ひとと話すのが好きなんてこともありません。なんで続けられたんでしょうかねぇ。

コツなんかなんにもありませんよ。一生懸命やらないことです。全力投球したらもたないでしょ? のんびりやればいいんですよ。

お店を始めた頃は早く初期投資を回収したいでしょう。そうすると焦りが出て、お客さんにも伝わりますよ。

さもこっちは余裕あるかのような顔をするんですけどね。お客さまにリラックスしていただかなきゃ、こういう商売は成り立ちませんから。

でもそんなことは、何年もやっているから言えるんですよ(笑)。若いときはやっぱり「うーん」って唸っていましたよ。

飯塚さんとくいしん

57年のうち松陰神社前の変化で一番大きいのはここ2、3年

松陰神社前にひとが増えたのはなぜなんでしょうね。やっぱり吉田松陰の妹の物語だった『花燃ゆ』の影響は大きかったんじゃないかと思いますよ。NHKの大河ドラマでやったでしょう。

町が一番変わったのは、ホントにもうこの2、3年ですよ。新しいお店ができたり、若いひとがたくさん町に訪れるようになりました。

でもね、わたしのお店にとっては世の中が不景気だと、慌ててもどうにもならないんですよ。お客さんが来なきゃ、それっきりです。そういうときに焦って、表に出て「おいでー!」って言うわけにはいかないですからね(笑)。

うちの店の場合は、バブルが弾けたあとのほうがよかったですよ。バブルの時代は、渋谷とか六本木とかもっと中心のほうが盛り上がっていたから。松陰神社前のように、都心から少し離れた場所には、バブルのときはみなさん来られませんでしたよ。

カクテルをつくっていただいた
カクテルをつくっていただいた

シェイカーを振る飯塚さん

お店はクモの巣を張って待っているようなもの

お店というのはね、クモの巣を張って待っているようなものですから。いつも来てくれていたお客さんが、来てくれなくなったときなんかは、ちょっとさみしくなることもありますけどね。

なんで来ないんだろうって考えますよ。わたしがしゃべったことが気に入らなかったかなとか。でも、そんなこといちいち気にしていたらやっていけませんよ。

心がけとしてはね、暗い日でも暗くなさそうな雰囲気を出してればいいんですよ。「類は友を呼ぶ」って言ってね、貧乏神みたいな顔をしていたらいけませんよ(笑)。

お客さまと接する上で大切にしなくちゃいけないのは、平常心しかないでしょうね。「フリをする」ということが大事なんですよ。

バーは、居酒屋さんとは少し違う雰囲気ですからね。居酒屋さんで、みんなでわーっとお酒を飲む。これももちろん楽しいんですよ。だけど、ちょっと帰り道に少し落ち着こうかと、クールダウンしようと。それがバーの役割なんですよ。

そういうときにちょこっと利用していただくと、いいんじゃないですかねぇ。バーというのはね、みなさん、この異空間を求めてお見えになるんですよ。よかったら、またふらっと来てください。

(文・構成/くいしん)
(写真/タクロコマ)

お話をうかがったひと

飯塚さんプロフィール画像

飯塚 徳治(いいづか とくはる)
バーテンダー。1930年生まれ。1960年に「カクテルの店 バッカス」を松陰神社前にて創業。現在まで57年間(2017年現在)営業を続けている。

このお店のこと

カクテルの店 バッカス
住所:東京都世田谷区若林3-19-6
電話番号:03-3422-2004
営業時間:17:00〜24:00
定休日: 無休

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