語るを聞く

オイルサーディン丼を食べればわかる。文学と暮らしを堪能できる「文学旅行」とは?

幾年になっても小説の楽しみ方がわからなかったり、小説を読んだだけで満足してしまったりしていませんか? 文学を心ゆくまで堪能できる楽しみ方を提案する「NPO法人文学旅行」の市毛秀穂さんは、まず「オイルサーディン丼」を食べるよう勧めます。

文学旅行って?

── そもそも文学旅行とは、どういうものを指すのでしょうか?

市毛秀穂(以下、市毛) 文学旅行とは、心に残る文学作品の舞台となった場所に行ったり、作品に登場した料理を食べてみることで、文学を「読む」だけではなく「味わう」「触れる」「見る」「嗅ぐ」「聞く」を通して、漫然とした日々の暮らしに深い楽しみを見出すことです。

作中の舞台を訪れれば、作品や作家をより理解できるのはもちろん、忘れ去られている地域の魅力を再発見できるはずです。文学を軸にして、地域活性化や町興しを担うことを目指しています。

森鴎外

── どのような活動をされていますか?

市毛 僕達の活動のひとつとして、出版事業があります。明治・大正期の小説家である森鴎外が綴った、『舞姫』と『雁』の作中で描かれた舞台地を文学旅行する書籍を出版しました。『舞姫』と『雁』というふたつの作品と、上野にある水月ホテル鴎外荘という、森鴎外がかつて住んでいた家が保存してある旅館の紹介をしています。

── ガイドブック的な要素もあるんですね。なぜ『舞姫』と『雁』を選んだのですか?

市毛 水月ホテル鴎外荘に「舞姫の間」があるからです。森鴎外が実際に『舞姫』を執筆した場所なんですよ。『雁』を取り上げている理由も、作中の「ぼく」と「岡田」という主人公のふたりが散歩をするコースが3つありまして、まさに上野の水月ホテル鴎外荘の周辺なんです。

舞姫

── 両作とも、上野近辺に関係する作品なんですね。

市毛 そうです。当時ふたりが歩いた道を辿れるように、散歩コースを地図に起こしています。無縁坂や不忍池、東京大学は今もあります。

主人公はなぜ赤門を出て本郷通りを行く散歩道が好きだったのかというと、古本屋がたくさんあったからです。今は数件残っているだけなんですが(笑)。当時の情景を思い描きながら歩くと楽しいですよ。

── 本当に想像力の旅行ですね(笑)。若者がアニメやライトノベルの舞台に行く聖地巡礼に似ていると思います。

市毛 現代文学で言えば、村上春樹の『1Q84』の舞台だったかもしれない場所を巡ることを「聖地巡礼」と言いはじめています。おそらく、ハルキスト(※1)たちは自然と現代文学における最初の文学旅行の形を作っています。僕らの役割は、一部のコミュニティ内の流行している文学の楽しみ方を、他の作品にも広げていくことです。

(※1)村上春樹の小説やエッセイから分かる、村上春樹の趣味や生活スタイルに影響を受けている人たちのことを指す。

── 文学旅行は今まで全く存在しなかったものというよりは、一部のコミュニティで行われてきたことなんですね。

市毛 起こりつつある、という感じですね。

── そう考えると、文学と旅行はすごく相性が良いように思います。

市毛 文学も旅行も、必ずしも暮らしには必要ないものだけど、人生が豊かになります。本を読むことによって視野が広がり、知識を得ることができる。旅行も現地に行くことによって、癒やされたり出会いがあったり、何か発見をしたり、人生を変える出来事があったりします。

オイルサーディン丼を食べてみて

市毛 本で読んだことを実際に体験してみる、あるいは旅行先の土地について本から知識を得る。そうやってお互いを補完しあって広げていく体験の延長線上に「文学ご飯」があります

── 「文学ご飯」とはなんでしょうか?

市毛 つまり、作中で描かれているご飯を実際に作ったり、レストランに行って食べたりすることです。

例えば森瑤子が書いた『デザートはあなた』というベストセラーがあります。作中では主人公の女性がいろんな男性に言い寄られるのですが、その時に必ずご飯のシーンがあって「デザートはあなた」と言います。結局なにも起こらない小説なんですけど(笑)。そこに出てくるご飯がとっても美味しそうなんです。

── そういう小説、大好物です。

市毛 じつは、作中に出てくる料理を実際に作って食べている人たちが一定数いるんですよ。『デザートはあなた』に出てくるオイルサーディン丼は、ぜひ作って食べてみてください。

── もちろんです。どうやって作るんですか?

市毛 オイルサーディンの缶詰を買ってきたら、缶詰の中に入っているサーディンをオイルごと炒めて醤油で味付けし、刻みネギと七味唐辛子をたっぷりのせて食べます。

── お手軽料理ですね(笑)。

市毛 それが美味しい!とファンの間で話題になりました。あとは「海水のパスタ」がおすすめ。パスタは海水と同じ塩分率で茹でると美味しいと言われているそうです。そこで、実際にデートに行って、男が海水で作ることを試してみたんですが……。

── はい。

市毛 まずい。

── はい(笑)。

市毛 物語のオチにもなっているのですが、塩辛すぎてまずいのです。でも、文学的想像力で言えば、海水でパスタを調理するなんてロマンチックな感じがするじゃない? それで、実際に試してみたのですが、本当にまずい。食べられたものではありません。作った主人公のために、無理して最後まで食べた女性の「愛」の深さがよくわかります。

文学旅行におすすめの書籍

  • 『パーク・ライフ』(吉田修一 著)

パーク・ライフ (文春文庫)
パーク・ライフ (文春文庫)

何か起こりそうで、何も起こらない話。バブルがはじけた頃の、都会のライフスタイルを写し取っている作品です。駒沢公園の近くに住む主人公が日比谷公園そばの職場に通い、電車内で偶然に知り合った女性との不思議な関係を描いています。

「カール・ラガーフェルド」(※2)「GAP」「スターバックス」「アイザック・ミズラヒ」(※3)「ニュースステーション」(※4)といった固有名詞が作品を彩っており、地方から東京の中心地へ旅行する際には、ぜひ読んでもらいたいです。この作品は、2002年が初出ですから、それから13年が経つ今、都会を象徴する新たなキーワードは何だろう? そんなことを想像しながら、日比谷公園を散歩するのも楽しいと思いますよ。今なら六本木、それともスカイツリーでしょうか……。

(※2)カール・ラガーフェルド:カール・ラガーフェルドは、ドイツ出身のファッションデザイナー、写真家。ファッションブランドであるフェンディとシャネルにおいてデザイナーを務める。
(※3)アイザック・ミズラヒ:アメリカのファッションデザイナー。時々俳優として映画に出演することも。
(※4)ニュースステーション:1985年から2004年まで放送されていた日本の報道番組。

  • 『夜は短し歩けよ乙女』(森見登美彦 著)

夜は短し歩けよ乙女 角川文庫夜は短し歩けよ乙女 角川文庫

森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』は、町並みが事細かに描かれています。読むとものすごく京都行きたくなりますよ。

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文学旅行

市毛 秀穂(いちげ ひでお)
NPO法人文学旅行副理事長。地域の魅力と文学を活かした出版事業をはじめ、「文学ごはん」「文学散歩」「文学エロ表現講座」「文学名言鑑賞会」などのまち興しや集客に効果の高い、文学を活かしたイベントやコンテンツの企画・制作・運営を行っている。

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小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者 / フォトグラファー。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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