2020年3月23日、スマホに浮かぶ、一つの通知。
楽しみにしていた仕事が、白紙になったことを告げる電話だった。
未来のためにとっておいた計画は、無に帰した。
その電話から数日後の、2020年4月16日。緊急事態宣言発令。
おどろおどろしい文字の並び。
ステイホーム。ソーシャルディスタンス。三密。
聞き慣れない言葉の往来。危機感とともに、ドミノ式に広がる自粛。
本来世界で一番安全で、一番くつろげるはずの自分の家。なのに、落ち着かない。
健康体にもかかわらず外出できない異常事態が、このウン10年の人生で起きるとは、想像すらしたことがなかった。なにかのはずみで、パラレルワールドに迷い込んだようだ。
絶望するかと思えば、案外そうでもなかった。
出鼻をくじかれ、顔面からずっこけたわけだが、案外、呑気な自分がいた。
むしろ「ああ、自由な時間ができた」と思った。
「ああ、自由な時間ができた」と思って向かった先は、自宅の横にある小さな畑だった。
今まで、度重なる出張や仕事で見て見ぬふりをしてきた、雑草だらけの畑。4月中旬だと、北海道はまだ雪が残っているが、農家さんはもちろん、家庭菜園でさえ、苗を育てたり畝(うね)を作ったりする人もいる。
雑草を引っこ抜き、土を起こす。たった6畳くらいの広さにもかかわらず、鍬(くわ)を入れ、粘土質の土を掘るだけで汗が噴き出る。ふーっと体を起こすと、差し込む西陽に目を細める。両手は真っ赤で、指の付け根には慣れない作業でマメができた。
その日から、毎日畑へ行って、土をととのえ、タネをまいた。キャベツ、玉ねぎ、ブルーベリー、野いちご、それからミントやローズマリーなどのハーブ類も植えた。
リビングでじっとしているより、いろんなことを考えずに済んだ。
植物は、人間の世界で起きていることなんて、知ったこっちゃない。
今ここで起きている、土のようす、虫との格闘、草花への好奇心に集中するうち、「未来を考える」という行為を手放した。
わたしが暮らす地域は、5月や6月でも氷点下になることがある。
日中は長袖一枚で過ごせる陽気でも、気温のアップダウンは、植物にとっても快適ではなさそうだ。
けれど草や木は、変化に身をまかせる。雨が降ればたった一日でつぼみを膨らませたり実を大きくしたりするし、風が強ければ葉を散らす。
予定調和に成長することなんて、ない。なされるがまま、一生を終える。
人間だって、同じだ。
もともと決められている未来なんて、ない。
明日の計画を立てたところで、数時間後に死ぬかもしれない。
そう思うと、仕事がなくなったことは大したことではないように思えた。西陽を浴びて揺れる畑の植物が、余計な憂いは手放せと言っているようだった。
人間以外の生き物が、のびのび暮らしているのを見ると「今ここを大事にして生きていいのだ」と、安心した。
わたしたちのこころは、ときおり、緊急事態宣言などという仰々しい言葉だけでなく、もっとささいな出来事から発露した虚無感や徒労感に、ゆっくり侵食される。
こんなことをやっていて意味があるのか。
わたしはなんのために生きているのか。
誰も答えはくれないし、答えを求めているわけではないけれど、虚無の霧が濃くなるほど、ごはんを食べたり掃除をしたり、仕事をしたり友人と会ったりする力が、枯れていく。
今までだったら、むしろワクワクしていたようなことへ向かう足も、だるい。ねむい。何もできない。
休みなく前向きでなんて、いられない。自家発電にも限界はある。
だからおのずと、よりどころを見出して、肩を借りる。
わたしにとってそれは6畳の畑で、誰かにとっては大好きなアイドルで、他の人にとっては慣れ親しんできた信仰心で、また違う人にとっては一輪の花かもしれない。
他の人にとってはとるに足らないことだとしても、よりどころは自分だけの休憩所だ。
ただ、この場所に来るだけで、あれを食べるだけで、あの人に会うだけで、視界が少し開けてくる。足もちょっとは、軽くなる。
誰かのためではなく自分にとって、欠かせないものを、この世界で一つでも見つけられたら、少しは霧が晴れるかもしれない。
突き動かされるままに、真っ直ぐ歩くのもいいけれど、ときには“わたしのよりどころ”を探す、寄り道をしよう。