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「鈴木工芸社」ファッションを楽しむ感覚でリノベーションを

「暮らしの空間をファッション的に考える人が増えている」と話すのは、渋谷のコーヒースタンド「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」などの洗練された空間を作り出している「鈴木工芸社」のデザイナー、クリエイティブディレクターの鈴木崇之さん。

住宅やお店、オフィスを構えたいと考えている人にとって参考になること間違いなしの「鈴木工芸社」の価値観について教えていただきました。

「D&DEPARTMENT」から生まれたご縁で、店舗設計をはじめる

── 早速ですが「鈴木工芸社」をスタートさせた経緯を教えていただけますか?

鈴木崇之(以下、鈴木) もともと大学でインテリアデザインを専攻していて、店舗の設計がメインのデザイナーさんの設計事務所でだいたい3年くらい働いていました。

だんだんと自分なりのデザインに対する考え方や興味がハッキリとしてきたところで、100%自分の好きなようにお店をデザインするなら、自分の店を持つしかないのかなって、そう思ってしまったんですね(笑)。

とはいえ何のお店をやるのかとかはまったくイメージを描けておらず、お店で働くということ自体もまだ経験がなかったので、とにかくお店で働きたいと思うようになりまして。それで当時、自分がもっとも興味を抱いていて、唯一ココに入りたい!と思っていた「D&DEPARTMENT PROJECT」(*1)にアルバイトから入りました。

D&DEPERTMENT公式サイト
D&DEPARTMENT公式サイト

鈴木 もう5年以上も前のことですが、当時の上司と店舗出店の業務で北海道や静岡を行き来しながら、お店を作るプロセスも経験させてもらいました。

その4年間の中で、代表のナガオカケンメイさんの仕事の作り方にはすごく感化されましたね。60VISION(ロクマルビジョン)やNIPPON VISION(ニッポンビジョン)とか、今ならd47d design travelなど、プロジェクトを自社で生み出し、自分たちで地道に作りこんでプロジェクトを加速させていくこと、それら全てがデザインなんだということを学び、ハードもソフトもデザインしていくことに面白みを感じたんです。

それからお店という領域に固執せずに、積極的に新しい機会や場を作る自分なりのデザインにチャレンジしてみたいと思って独立したんですけど、何かツテがあるわけでもなく肩書きもお金も仕事の蓄えも準備もない状態で、裸でボンと出ちゃって最初はすごく苦労しました(笑)。

── 結果的に設計から施工までをワンストップで行う「鈴木工芸社」を創業することになりますが、フリーランスから会社を作るきっかけになったものは何になるのでしょうか。

鈴木 元「D&DEPARTMENT」の同僚だったパティシエさんが、地元の茨城で自分のお店「&SUGAR(アンドシュガー)」を作ることになって、どういうわけか僕に設計を依頼してくれたんです。その頃は店舗設計まで担当していなかったので、自分が「デザインしました」と言える最初の物件はここですね。

&SUGARの店内写真
& SUGAR(アンドシュガー)

鈴木 打ち合わせの時、パティシエさんと奥さんの夫婦で「こんな雰囲気にしたい」というイメージを集めたスクラップを作ってくれていました。お店のビジュアルだけではなくて、風景の写真や来てくれそうなお客さんのことまで載せてあり、世界観が具体的に描かれたカットも入っていたので、ふたりが作りたい店の雰囲気や、ぼんやり描いているイメージを感じ取れて、店舗設計をスムーズにできました。

僕が企画や設計を担当していて、もうひとりの鈴木一史は現場で設計と施工管理、工事もできます。独立して彼とコンビで現場に入るようになって、結果「鈴木工芸社」ができました。

(*1):D&DEPARTMENT PROJECT:(ディアンドデパートメントプロジェクト)は、2000年にデザイナーのナガオカケンメイによって創設された「ロングライフデザイン」をテーマとするストアスタイルの活動体。現在は国内外に11店舗(北海道店、東京店、富山店、山梨店、静岡店、京都店、大阪店、福岡店、鹿児島店、沖縄店、韓国・ソウル店)を展開し、将来的には47都道府県に1カ所づつ作り、全国的な規模で「息の長いその土地らしいデザイン」の発掘、紹介をしていく。引用:D&DEPARTMENT PROJECT

暮らしの空間をファッションのように考える

鈴木崇之さん

── これまで店舗設計をしてこなかった鈴木さんに、「& SUGAR(アンドシュガー)」さんが設計の仕事を頼んでくれた理由ってご存じですか?

鈴木 どうして自分にお願いしてくれたのか、と聞いたことがあります。そのパティシエさんはとてもファッションが好きな人で、僕と洋服の話をよくしていたんですよ。それで、どうやら趣味が合うから感覚を共有しやすいと思ってくれていたことがきっかけだったらしいです。嬉しかったですね。

── 洋服が似ていると趣味嗜好が近いのかな?って思いますよね。

鈴木 感覚的には、空間のリノベーションもファッションに近いと思っています。暮らしの空間も服のコーディネートを選ぶように考えるというか。

個人が住まう環境を作りたいと思ったときに、今までは「こういう部屋で“なんとか”住んでくださいね」と、選択肢が少ない状態だったと思います。だけど、例えば床は無垢のフローリングにして、壁紙もよくある既成品の安いクロスじゃなくて、塗った壁の質感にしたい……などと思うことは、自分が「こういう洋服を着たい」とか、「洋服をコーディネイトしたい」と思うことに近いです。

例えばD&DEPARTMENTは売り場の作り方も独特で、ある日に突然、中古の大きな家具が店に入荷してくるんです。そうなると売り場のレイアウトを変えて、その都度コーディネートを考え、家具としての使い方や組み合わせの提案をするんですが、リノベーションも同じで、物件のもとからある部分をうまく活かして空間を作ることができれば、全てをリセットして作るよりコストも抑えられます。持ち合わせの洋服を活かして新しい服を選ぶ、という感覚に似ていますね。

── まだ20代前半だからかもしれませんが、リノベーションしたい!とか、家を持ちたいという気持ちがあんまり芽生えないですね……。

鈴木 それは、歳を重ねればわかると思いますよ。松浦弥太郎さんがおっしゃっていたことなんですが、大人になるに従って自分の趣味嗜好は「衣」から始まって次に「食」、最終的には「住」に移行するんです。もちろん、「衣」と「食」の嗜好は持ち続けたまま、「住」に帰着します。まさにこの言葉どおりだなっていう感覚が自分の中ではありますよ。

自分の場合は、20歳くらいの時はチェーンの居酒屋で地元の友だちと朝まで飲んでいるような生活だったのが、社会人になって少しずつお金を持ち始めると、美味しいものにも興味を持って食べるようになる。また一人暮らしをするようになってから料理もはじめて、いろいろ作っているうちに道具や食器にも自然と興味が湧いたり。そうやって少しずつ、自分自身も住空間へと本格的に興味が移行していきました。

シンプルなコミュニケーションを成立させる

── 空間などのハード面だけでなく、ソフト面のプロデュース・ディレクションのことも伺いたいです。例えば渋谷の「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」さんなどは、どういった狙いで設計されたのでしょうか。

鈴木 屋号の副題に「丁寧な一杯で、暮らしに豊かさを」というコンセプトがありますよね。それだけ選ぶ素材にも当初からこだわっていて、自分たちが美味しいと思ったロースターさんの豆をセレクトするという要素は、出店する前から既に決まっていました。

ABOUT LIFE COFFEE BREWERSの外観
ABOUT LIFE COFFEE BREWERS

鈴木 インテリアデザインの領域だけで言えば「箱を作る」ことに留まるんですけど、お店を始めたら「ロゴはどうしよう」とか「ウェブサイトはどうやって作ろう」となるはずです。だからこそ、お店の価値観を反映するものはすべて、伝えることも含めてひとつとして捉えるべきなんです。

── その例で言うと、ウェブやグラフィックの要素も含めてお店を作る仕事に関わっている、と。

鈴木 「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」さんの場合、スペシャリティコーヒーを提供することに加えて、コーヒー豆のセレクトショップでもあるというところに明確なアイデンティティがあると思いました。だからシンプルに、「美味しいコーヒーが飲める」というコミュニケーションが成立するような打ち出し方をまずはした方がいいのではないか、と。

よく覚えづらいコーヒーの名前ってありますよね。コーヒー豆が選べることが価値だったはずなのに、かえって選びにくくなってしまうと、お客さんの手は伸びなくなります。だからシンプルに、ブラックコーヒーだったらブラック、ラテはミルクを加えて白くなるからホワイト。そうした「B」と「W」の簡潔な表現にしたらどうだろうと提案した経緯があって。そのまま、お店のメニューにもなっていますが、インテリアも商品パッケージも、あらゆる要素を黒と白の2色をベースとしたデザインで統一しています。

── そういう意図があったんですね。実際に飲んだことがありますが、とてもわかりやすいと思っていました。

意味のあるデザインを

── 個人の世界観を表現するためのファッション的な要素と、空間そのものを設計するデザイン的要素はどう違いますか?

鈴木 個人であれば自分のためのたったひとつの空間なので、極論は好き勝手にやってもいいと思います。ですが生活空間には求められる機能がありますし、お店の場合も同じように、個人店であっても業種やサービス内容によってそれぞれ異なった機能や役割が求められます。

お店であれば、例えば提供したいメニューやサービスなどのソフトについてまずは考えます。ソフトはお店づくりのいわば土台です。その土台をもとに、ハードを組み立てていく。見た目の格好良さだけで考えていても、伝えたいことややりたいことが明確でなければ効率よく機能しません。だから、まずはオーナーが目指しているビジョンや、どういったサービスを提供したいのか、といった部分をオーナーと一緒に考える、あるいは提案をしています。

鈴木工芸社インタビュー

── オーナーの要望を汲み取り、それをデザインに落としこんでいくと。

鈴木 ただ、じゃあ全てを理論で整理すればいいかっていうと、必ずしもそうではありません。ケースバイケースですが、考えを整理しながらロジカルに組み立てた計画にも、隙というか抜けというか、要素として「遊び」があることも、とても重要だと思っています。

その空間に「何か自分の好きなものを入れたい」と考えることも楽しみのひとつだと思うので、そこを楽しんでもらえるように計画したりもします。遊びを取り入れるという行為はファッションでも当てはまりますし、通じるところはありますね。

──ファッションの要素は考えを突き詰めるほど、出てくるかもしれないんですね。

鈴木 そうですね。ファッションにも個人の「らしさ」が感じられるように、住まいでもお店でも、どんな場面でもその人らしいっていう要素は存在する。個性は大事にしたいと考えています。 僕もこれまで本当にいろいろなことに仕事として関わらせていただいていて、プロジェクトごとで対象となるデザインも毛色もまるで違うし、その都度、考え方や伝え方なんかも状況によって異なるのですが、結局は同じ人から出てくるものです。

「鈴木工芸社」、あるいは鈴木崇之に「頼んだ」ということが、一見するとまったく別モノであっても、結果的には「らしさ」としてぼんやりとアウトラインとして出てくるんじゃないかなとも思っています。なのでこれからも、今までまったく知らなかったことでも、興味があることには積極的に、新しいこともどんどんチャレンジしていきたいですね。

お話をうかがった人

鈴木 崇之(すずき たかゆき)
1981年生まれ。東京都板橋区出身。2004年多摩美術大学環境デザイン学科卒業。現ディアンドデパートメント株式会社での勤務をて、2010年フリーランスのデザイナーとして独立。2011年株式会社ブランチ設立。店作りに於ける内側と外側の経験をもとに「持続可能なサービスや場づくりのデザイン」をテーマに活動を開始。2014年からは、これまでの領域から更に「場づくり」という部分を強化していくために鈴木一史とともに「鈴木工芸社」を設立。

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小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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