営みを知る

パリで見た街角のパン屋を東京の中野でも。地域のパン屋さん「ブーランジェリールボワ」

東京中野の住宅地の中にある「Boulangerie Lebois(ブーランジェリールボワ)」は、森さん夫婦が営むパン屋さん。今日は、奥様の森葵さんにお話をうかがうために、お店までやって来たのでした。葵さんは、お話をうかがう場所へ向かう途中、お店から出てきた男性と流暢なフランス語で会話を交わしていました。

森葵さん
森葵さん

「もうね、話すのも恥ずかしいくらい、いきあたりばったりに生きてきたんですよ」と明るく笑う葵さんですが、じつは職人気質のストイックな方。フランス語を習得した、パリでの暮らしのことも合わせてお話していただきました。

「フランスで勝負したい」。思いのまま突き進み、中野へやって来た

ブーランジェリールボワ(以下、ルボワ)さんは、2001年に中野にオープンされました。石川県ご出身だという、葵さんのご主人でありパン職人の森朝春(もり ともはる)さんは、もともと実家のパン屋さんを継ぐつもりだったと言います。

「パンの修行をするために、半年だけパリに滞在する予定で夫婦で渡航しました。その滞在先で食べたクロワッサンが、もう衝撃的に美味しかったんだそうです。頭をガツンと殴られたくらいの美味しさで。そのクロワッサンがきっかけで、夫の気持ちは一変。半年の予定だった滞在を延長して、結局約3年もフランスでパンの修行をすることになりました」(葵さん)

じつはパリへ渡った当時、葵さんは妊娠7ヶ月。フランスで出産を経験し、3年後に3人で帰国しました。その後、朝春さんは代官山にある「パティスリー・マディ」というパン屋さんで、サブ工場長として3年働きます。そのうち、自分のお店を東京で出して勝負をしてみたいという思いが湧き上がってきました。

ルボワの外観

都内でパン屋さんを出店すると決め、その出店先を中野にした理由。それは当時、葵さんの妹さんが中野で暮らしていたからでした。

「中野に来たのは、妹がいたからということが大きいんだけれど、代官山とかいわゆる垢抜けた場所でやるのは、自分たちらしくないなぁって話し合っていたんです。『気後れして出店しても、お客様にはすぐ分かるだろうし、フランスから来た本場のシェフが隣に出店したらどうする?』って。フランスから帰国して自分たちの身の丈に合う町を探しながら、中野の妹の家に転がり込んで暮らすうち、このあたりに愛着がわいてきたんです」(葵さん)

店内にトングとトレーがない理由

中野で暮らすなかで、娘さんの自転車の練習をしていたある日、偶然見つけたのが現在のルボワがある物件でした。もともとステーキ屋さんだった居抜き物件を、大幅に改装してオープン。物語に出てきそうなかわいらしいお店には、葵さんのこだわりもぎゅっと詰まっています。

「この物件を見た時、どういうお店になるかがすぐイメージがわいてきて。お金もなんとか工面できそうだったから、ココにしよう!って直感で決めました。

出店するために、店内のほとんどの部分を改装しましたね。前のお店と同じところといえば、照明くらい。これも油がこびりついてすごく汚かったのを磨いてキレイにしました。

じつはこのお店を出すときに内装業者の方にお願いしたら、最初に引いてもらった図面で、トイレが塞がれたものが上がってきたんです。それを見た瞬間『私がやらなきゃダメだわ』って思って、そこからはしゃしゃり出ました(笑)。改装中は私もつなぎを着て、現場で作業を手伝うこともありました」(葵さん)

学生時代に工芸工業デザインを勉強していたという葵さん。店内のデザインをするなかで、特にこだわったのは対面式の棚だといいます。

ルボワの内観

「うちはトングやトレーを置いてセルフで選ぶパン屋さんではなくて、棚越しにパンを選ぶ形式です。でも、改装していた頃の現場監督には『セルフじゃなかったらパン屋は繁盛しないよ』って何度も言われました。『いつか絶対、店の中にセルフ用の棚をつけるようになるから棚用のレールを打っておくからね』って。何度も現場を経験されている方ですし、やさしいから忠告してくださったのだと思います」(葵さん)

対面式の棚にこだわったのは、パリにいた頃の暮らしが葵さんのなかで印象的だったから。現地ではどのパン屋も、パンはお店の方が取って渡してくれるのが普通でした。パリでは必ず地域にひとつ、地元のひとのためのパン屋さんがあったといいます。確かに言われてみると、日本のパン屋さんの多くはトングとトレーを持ってパンを選ぶセルフ式が多いことに気づきます。

大学時代の知識と、以前葵さんが働いていたというインテリアデザインの仕事の経験を活かし、パン文化の本場が持つ現在の内装ができあがりました。今では「ルボワさんみたいな内装にしてくれ」という声もあるとか。ですが、じつは変えたくてしょうがない部分もあるといいます。

「棚の角度と高さを、調整したいんですよねぇ……。デザインをした当時は、インテリアの知識はあったけど、パンに関してはなにも分かっていなかったなと思います。パンを、どれくらい、どういうふうに見せればお客様は選びやすいかを、考えられていなかったなって」(葵さん)

ただ美しく、きれいにレイアウトするだけではなく、まずはお客様が買いやすいようなデザインにしなければ。そう気づいたのは、ある催事にルボワさんが出店したのがきっかけでした。

百貨店の催事で、パンを販売することになった時のこと。同じく催事に出店していた現場のプロの方から「お姉さん、売っているモノは良いし有名なパン屋さんなんだろうけど、商売に関してはド素人だね」と指摘を受けました。葵さんは、メモを持ってその方に徹底的にアドバイスをもらい、言われたとおりにレイアウトを変えたところ、一気に売上が上がったのです。

「『お姉さんがつくったプライスカードは自己満足だ』って言われたこともありました。でも、辛口に指摘してくださる方と出会えたから、学べたこともたくさんあって。商品名と値段を書いたプライスカードは、彩りとか字体とか形はかわいらしいけれど、見にくかったんです。これだとお客様は買ってくれない。買ってほしいのに、買ってもらえるようなデザインになっていなかったんですね。ルボワを出店する時も、催事に参加する時も、使い勝手よりカッコよく見せたい、イメージを大事にしたいという気持ちを優先していた部分があったんだと思います。今は少しずつ、販売のテクニックを見直しているところです」(葵さん)

パン屋さんは町のもの

rebois3

中野に出店して10年以上。取材中、お店にはひっきりなしにお客様が来店し、パンを買っていきます。そしてそのほとんどが、平日だからか、帰り道に気軽に寄ったような雰囲気の近所の方。パリで見た「町のパン屋さん」として、ルボワさんが愛されているのを感じます。

「パンは、焼きたてが一番おいしいんですよ。たとえばバゲットは、焼きたて2時間が命。焼きたてを食べられるのは、近くに暮らしているひとの特権ですし、パン屋もよく買いに来てくださる地域のひとの顔を思い浮かべながらパンを焼きます」(葵さん)

バゲット

ひとつ、印象的なエピソードを葵さんからうかがいました。

ここ2,3年で、バゲットという言葉が地域の人々の間に浸透してきたと感じると、葵さんは言います。少し前はバゲットを指差して「フランスパンをください」という方が多かったのだそう。ですがフランスパンという名称は本来パンの正式名ではないため、歯がゆい思いをすることもあったのだとか。

「以前よりも、バゲットが日常に根付いてきたかなという感覚はあります。たとえば『今日のごはんはシチューだから、バゲットを買ってきていっしょに食べようかな』というふうに。

それから、フランスには、ガレット・デ・ロワっていう、日本で言うところの鏡餅とかお雑煮のような、お正月の定番のパイ菓子があるんですが、それが店頭に出てくるとお客様が『あ、ガレット・デ・ロワの季節が来たわね』って、やっと覚えてくれるようになりました」(葵さん)

葵さんたちがパリで暮らしていたときに通っていた、あの街角のパン屋さんのように、近所の方々が食べるおいしいパンを焼き続けているうち、遠方からのお客様も増えたというルボワさん。運命が重なりあって生まれた店内は、あたたかい雰囲気で満ちています。

ウッディな扉を開ければ、葵さんとこだわり抜かれたパンたちが、きっと出迎えてくれるはずです。

森葵さん

このお店のこと

ブーランジェリールボワ
住所:東京都中野区弥生町2-52-4
電話番号:03-3229-8015
営業時間:9:00~20:00
定休日:毎週月曜日、第2・第4火曜日
公式サイトはこちら

こちらの記事もぜひご覧ください!

家族と暮らしを、どんどん楽しくする新しいウェブメディア「よむよむカラメル」さんでは「東京・中野にある町のパン屋「ブーランジェリールボワ」3つのこだわりパン」を公開中です! 2記事あわせて読むと楽しさも倍増です。

よむよむカラメルさんへ

感想を書く

探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

詳しいプロフィールをみる

探求者

目次

感想を送る

motokura

これからの暮らしを考える
より幸せで納得感のある生き方を