谷中の一角、住宅街を入ったところに、黒塗りの建物が建っています。ぼんやり白く光る「HAGISO(はぎそう)」の文字。うっかりしていると誰かの住宅かと思って通り過ぎそうになりますが、このHAGISOこそ、谷中の人たちをつなぐたいせつな居場所のひとつなのです。
HAGISOは、かつては芸大の学生が集まる今にも壊れてしまいそうなアパートでした。それがこうして蘇り、地域に根付いた場となっているその理由を、企画運営担当の顧彬彬(こ ぴんぴん)さんに伺いました。
■参考:「谷中の古民家カフェ「HAGISO」-食から始まる出会いの場 –
シェアハウスから最小文化複合施設へ
── まずはじめに、HAGISOがうまれた背景を教えていただけますか。
東京芸術大学の建築を専攻している学生が、谷中に住宅を建てるという課題のために場所を探していました。もともとこの建物は築59年の古民家だったんですが、その時に偶然見つけて。当時は空家だったので、大家さんである隣のお寺の方に『自分たちで手を入れて直すから住めないか』とお願いして、シェアハウスになりました。それが萩荘の頃ですね。
常に芸大の、主に建築科の学生が入れ替わりで住んでいたので、ちょっとずつ手を入れながら修築していました。2011年の東日本大震災がきっかけで、大家さんが建物の老朽化を危惧されて取り壊すこととなりました。
けれど何の予告もなく壊されてしまうのは寂しいと感じて、「お葬式」という意味を込めて、住んでいた住人や友人の作家が集まって建物のあちこちに作品を展示するグループ展を1ヶ月ほど開催しました。
最終日のクロージングパーティーには、大学の同級生や近所の方々も来てくれて、大賑わいでした。大家さんもその盛況っぷりにびっくりされ、まだこの建物にも可能性があるのでは、という考え方を持ってくださるようになりました。お葬式のつもりでやった展示がきっかけで、取り壊しの計画は中止になって、今のHAGISOの構想が生まれたんです。
予想外の「なにか」を生む場所
── 谷中という地域で、HAGISOはどういう場なのでしょうか。
シェアハウス時代は、鍵をほとんどかけていなかったせいか(笑)、家に帰るとリビングに知らない人がいたり、通りがかった人に声をかけて一緒にお酒を飲んだり、常に人が集まる場所でした。そこから繋がりが生まれたりして、常に人が出会う場所でしたね。きっとこの建物にはそういった場のポテンシャルがあって、それを引き継ぐ場所でありたいと思っていました。
谷中には小さなカフェやギャラリーも沢山あるのですが、規模が小さいので大勢が集まれるスペースがなかなかありません。だからある程度広さを持って、誰でも使える、いろんな人が集まって文化を育める場所にしたかったんです。
── HAGISOは「最小文化複合施設」だと謳っていますが、この肩書きにはどんな意味が込められていますか?
東京には大型の複合施設が山ほどあります。しかしどれも似通ったような施設で、便利で、ただ消費するためだけに合理的につくられたような建物ばかりという印象を受けます。さまざまなコンテンツを複合しながらも、集まる人たちはある目的を果たすためだけにそこに向かい、終わったら帰っていき、目的以上のことは起こらない。
HAGISOは、それを超えていく場所でありたいと思っています。カフェがあり、ギャラリーがあり、美容室がある。時々パフォーマンスや音楽ライブも開催する。それぞれが独立せずに民家のような小さな空間に存在することによって、目的以上の出来事に巡り会い、人との出会いも生まれていきます。小さくても濃密な引力を持つ、ここでしかできない経験、文化を生む場所を目指しています。
── 目的以上のことに出会うために行っている工夫などはありますか?
HAGI PAPERというフリーペーパーを月一度発行しているのですが、これは表にHAGISOの生い立ちや展示とイベント情報が載っています。裏側は実はカフェのメニューになっていて、カフェのお客さんも展示を見に来た方も双方の情報を知る事ができるようになっています。珈琲を飲みながらぼーっとHAGI PAPERを眺めていると面白いイベント情報が目に飛び込んできたり……。そうした偶然の出会いが生まれるようなしかけですね。
── この間取りも、そのしかけを生むにはピッタリな気がします。
そうですね。カフェとギャラリーが独立した空間になっていたらそういった出来事も起こりにくいと思います。カフェでお茶をしながらじっくりと鑑賞に浸るという楽しみ方もできます。
展示と展示の間に、子供の移動図書館の企画を開催したりもするんですが、その時は親子でご飯をたべながら絵本を楽しんだりする光景もみられます。HAGISOができてから始めているイベントですが、こういう場所をお母さんたちも求めていたらしいんですよね。おいしいコーヒーを飲みながら、子どもたちと一緒に絵本を読む。ちょっと贅沢な時間を過ごせるから、ちょうどいいバランスで機能できているかなと思います。
── 一緒に楽しむという感じですね。
ギャラリーでは、展示だけじゃなくてパフォーマンスもやるんですけど、カフェを営業している時に、公演の練習を公開して見せたりもしています。プロセスを見せることができるような試みもしているんです。
── HAGISOがうまれた背景もそうですが、作っている人と見ている人が一緒に作り上げているスタイルが魅力のように思います。
プロセスにいろんな人が関わってくれることで、他人事じゃなくなると思うんです。萩荘を建て替えている最中も、工事中にあえて展示をしたり、工事現場でパフォーマンスをしていました。当時の萩荘を知っている人にとっては、HAGISOに対する思い入れもまた違ってくるのだと思います。
よくHAGISOの2号店を構えるつもりはありますかと聞かれる事もあるのですが、きっとその時はHAGISOという名前はつかないと思います。この場所だから作られたストーリーがあるし、ここのコンセプトや雰囲気だけを切り売りして広げようと思ったら、全く違うかたちになるだろうし、場所と時間がかかったからこそ生まれる厚みを大事にしたいと思っています。
── 顧さんにとってHAGISOはどういう場所ですか。
私はシェアハウス時代の頃から、萩荘には遊びに来ていましたが、いつもここに来たら誰かいるという安心感があったんです。だから今もこれからも、そういう場にしたいですね。HAGISOに行ったら、誰かがおいしいコーヒーを淹れてくれる、新しい出会いが見つかる、と思ってもらえる場所。ほっとする感覚と、新しい刺激的な発見の、両方があるといいなと思います。
お話をうかがった人
顧 彬彬(こ ぴんぴん)
中国生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業・東京藝術大学大学院修了。大学で建築を学んだ後、美術家・福津宣人に3年師事。現在はアーティストとして自分の作品を制作する傍ら、HAGI ART、イベントの企画に携わる。HAGI ART企画運営担当。美術家。
■HAGISO公式HP