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好きじゃないと来てなんて言えない。宮崎県小林市 移住相談窓口 上野祥枝

地元を愛する心意気に惚れ込んで【宮崎県小林市】特集、はじめます。

移住したいと思った時、地域に根ざして暮らせるかを決めるのは、もしかしたら個人の力だけではないかもしれません。地域でずっと暮らしている人、支えてくれる友人、地域と自分をつなげてくれる役割を担う人……そんな人たちに出会えるかどうかも、大切な点なのだと思います。

宮崎県小林市で移住支援員として働く上野祥枝さんは、移住を希望する人と地域をつなげ、暮らし始めた後も、同じ土地で暮らすひとりの仲間として支え続けてくれる、あたたかな女性です。

「移住はお見合いと一緒。すべての人に幸せになってほしい」と、移住してきた人々と小林市への愛であふれた言葉で語る上野さんご自身も、じつは移住者。現在、街に10名いる地域おこし協力隊からも「心の支え」と呼ばれて親しまれる、上野さんの仕事と想いを聞きました。

生駒高原
取材場所は、上野さんも好きだという見晴らしの良い丘。春は菜の花が、秋は秋桜が一面に咲く

「すべての移住希望者に幸せになってほしい」

── 今日はどうぞよろしくお願いいたします。

上野祥枝(以下、上野) 私、じつはあんまり喋るのが上手じゃないんですけれど……大丈夫ですか?

── 少しお話した感じでは、そんな印象はまったく持たなかったので大丈夫です(笑)。

上野 よかった。

── 上野さんのお仕事について、まずはお伺いできますか?

上野 宮崎県小林市の市民協働課で、移住支援を担当しています。他の地域から小林市に移住したいという方の問い合わせや、現地の案内を請け負ったり、県外の移住イベントに出向いたり。仕事内容はその他にもいろいろですが、想いはひとつで、問い合わせしてくださった方一人ひとりが、幸せになってもらうためにはどうしたらいいかを常に考えています。

宮城県小林市の上野さん

── すべての人に幸せに。

上野 正直、前からそんなふうに崇高に考えていたわけではないんですが(笑)。移住というのは人生に大きな影響を与えるものですから、仕事としても大変なときもありますが以前、感動した出来事があって。

── なんでしょう?

上野 小林市には、市中心部に寝具や電化製品などを備え付けた、1日1室1,000円で利用いただけるお試し滞在施設があるんですね。

そこを利用された、お年を召した男性……その頃は70歳過ぎくらいだった方なのですが、その方が利用後のアンケートの「なぜ小林市を選んだのか」という欄に、「自分の最期の地にしたいから」と記入されていたんです。

── 最期の地。

上野 そうです。その方は小さい頃に小林市で過ごされたことがあるそうで、今はもう家族も家も、小林市にはない。でも、人生の後半を過ごす土地として、自分がいい記憶で育った街で最期を迎えたいという理由で、最終的に小林への移住を決められて。今は空き家バンクで探された家にお住まいなんです。

── はい。

上野 私は人の人生をすごく大きく変える、重大なことに関わらせていただいているんだな、大切な仕事をしているんだな、と強く感じました。ちゃんとしなきゃきけない。誰に対しても、それこそ移住してくれるかしてくれないか関係なく、問い合わせしてくださった方がみんな幸せになれるように、誰にでも全力投球で、ていねいに対峙していきたいなと改めて思って。

同時に、出会う方々の中で小林市を選んで下さったら、その方に小林市のことを少しでも好きになってもらうようにしようって思ったんです。

── 好きになる、というのは大切です。人生で、何においても。

上野 ですよね! そう思います。私は小林市、大好きです!

宮城県小林市の上野さん

── 言葉の端々や佇まいからも、伝わってきます(笑)。

上野 生まれも育ちも小林の人には分からないことが、私には多少なりとも見えると思っています。よそ者の視点もありつつ、地元の目線も入れて話せることは、私の唯一の武器だと思うので。あとは、担当者自身が本当に小林市を好きじゃないと、この仕事はできないと思います。上っ面だけで話しても、人の人生は動かせないですから。

上野さんと小林市の出会い……それは鯉

── もう少し、上野さん自身についてもお伺いできますか? 小林市へ移住されたと伺いましたが、きっかけは何だったのでしょうか。

上野 私の話なんて、いいんですよー……。越してきたのは、8年前です。宮崎県の宮崎市から。

小さい頃から月に1回は小林市に家族で、鯉を食べに来るのが恒例だったんですが、それが小林を選んだ理由のひとつですね。

宮城県小林市で楽しめる、臭みがまったくない鯉料理。写真は鯉の洗い(刺し身)
宮崎県小林市で楽しめる、臭みがまったくない鯉料理。写真は鯉の洗い(刺し身)

── 鯉、ですか。

上野 はい、鯉料理がすごく好きで。今でも両親が宮崎市内から出てきたら、一緒に鯉料理屋でごはんを食べるくらい、鯉が大好きで。今も定期的に食べに行っちゃいますね、もうやみつきで。……鯉料理、食べたことあります?

── 取材中に一度、美味しいというお店に連れて行っていただきました。鯉の洗い(お刺身)とか、鯉コク(味噌汁)とか、鯉の揚げものとかいただいて、美味しかったです。全然臭みがなくて、白身魚みたいでした。

宮城県小林市の鯉コク(味噌汁)。鯉の身がたっぷりと入っていて美味しい
鯉コク(味噌汁)。鯉の身がたっぷりと入っていて美味しい

上野 小林市は、泥臭さがまったくない、美味しい鯉料理が名物のひとつなんです。私の中には「鯉が美味しい=水がキレイ」っていう小林市のイメージが、子どもの頃からずーっと植え付けられていて。

宮崎市から移住するときに、ほかの場所を検討しなかったわけではないんですが、私はどうしても水がキレイな場所で、結婚して子どもを産んで幸せに暮らすっていうことがしたくて。それならばやっぱり、幼い頃から馴染みのある小林市がいいな、と。

これが、私が小林市を永住の地と決めるまでの話です。

── 鯉が多大な影響を与えているのですね。そして、永住されるおつもりなんですね。

上野 決めています。だって小林市、大好きですから。

宮城県小林市の上野さん

自分が自分を好きになれる場所

── 実際に移住されてみて、どうでしたか? 印象は変わりましたか?

上野 変わりました。私以前、食べ物は与えられるものだと思っていたんですね。

── はい。

上野 でも、小林市にきたら、食べ物は誰かが作っているもので、自分で選ぶものなんだなって実感したんです。農家さんや酪農家さんなど、生産者の方を前よりも身近に感じるし、ましてや知り合いとなってくると「この人が作ってくれたものならば絶対に美味しい」と思って食べちゃうから(笑)。より楽しみながら食べられる。

スーパーで買う食材を、何の気なしに食べてしまう前の自分とは、味覚や感性が変わりました。たまに都会のスーパーに行くと、なぜか「野菜がかわいそう」だと感じるんです。袋に入れられて窮屈そうで……私の意識の問題なので、実際にはそんなことないと思うんですが、逆に小林市でのびのびと育っている野菜を見ると、すごく食べたい!って思います。

宮崎県小林市の上野さん

── それは地元の宮崎市内ではあまり感じないものなんですか?

上野 なんででしょうか、あまり感じないですね。きっと、自然の営みを身近に感じなかったからだと思います。

畑仕事をする手って、すごく真っ黒なんですよ。爪に土が入っていたりして。そういう仕事姿を日常的に見て知っていたら、また違う大人になっていたのかもしれませんねぇ……今は食べるときに感謝するようになりました。そういうことを思えるようになった自分も、また好きですね。

あぁそうだ、自分を好きになれましたね。小林に来てからは、すごく。

── それはいいことですね。

上野 小林市って年間降水量は2500mmを超えるくらいで雨が多いんです。前の私なら、鬱陶しいと思っていたんですが、今は「この雨が、森を通って50年後には美味しい水になって出てきてくれるんだなぁ。その頃、私は生きているかな」とか思いながら見ています(笑)。雨が愛おしくなりました。

── 地球の循環の中で暮らしている感覚なのでしょうね。

上野 客観的に見て、ここは自然が豊かでのんびりしていていいところですし、自分が自分を好きになれる場所なんだろうなぁ、と個人的には思っています。

あと、ちょっとしたことが一大イベントになるんですよ。例えば、映画。前は、映画は暇つぶしに観に行くものだったけど、今は前の晩からドキドキして、朝早く起きて、せっせと準備して、映画を観に行きます。これはひとつの田舎のいいところですよね!

私の仕事は、心の支えと人の網目を作ること

── ご自身の移住された経験をもとにお仕事をされていて、意識していることはありますか。

上野 小林のことを、好きにならないと、人様に来てくださいなんて言えないと思っています。だから、移住相談の際なども、「ここはちょっとダメだけど、こういうところは私すごく好きなんですよー!」とか、小林を美化せずに自分の思うままを喋るようにしているんです。

移住後の方がどうやったら希望を叶えられるか、いかに地域に根づいて気持ちよく暮らしていけるか、なども真剣に考えます。

生駒高原

上野 たとえば地域おこし協力隊の方であれば、所属は役場になるので、まずはいろんな課を一緒に回って、たくさん人に会って挨拶をして、時には会議に出て挨拶してもらうこともあります。いろんな人と交流してほしいんです。

それに、何回も顔を出していると周りの人もさすがに覚えてきて、向こうから挨拶してくれたり、農業をやりたい移住希望の方には「俺も◯◯育ててるよ」とか、養蜂したい人には「うちも蜂いるよ」とか情報が集まって、話が膨らんでいきます。

来てくださった人が小林で暮らしていきたい、小林市が好きだ!と思って幸せになってもらえるためなら、私は何でもします。通常業務に支障がない範囲で、ですが(笑)。

宮城県小林市の上野さん

── 今後は、どんな人に小林市にきてもらいたいですか?

上野 地域おこし協力隊の田地さんや瀬尾さんのように、小林市のことを私以上に好きになってくれる人に来てほしいです。

やっぱり、その土地に根付いている人、環境、文化などをひっくるめて小林市すべてをリスペクトしてくれるような方に来ていただきたいですね。また、その方と知り合うことで、私自身もこの土地のよさを改めて学べます。私はもっと小林の見えない魅力を知りたいし、みなさんに伝えたいんです。

── 移住したいと思ったときの、小林市の最初の窓口は、現状上野さんなんですよね。

上野 そうですね。思い上がりかもしれませんが、私と息の合う人だったら小林市で上手くやっていける気がするんです。だから今は「小林市に移住したい方はみんな私に会ってください!」という気持ちで取り組んでいます。

でも、問い合わせしてきた方に絶対に小林市に移住してほしいということではなくて、あくまでその方にベストな土地を選ぶための手助けをしたい。そして好きになってくれるためには伴走します、という心持ちですね。

── 移住希望の方にとってはこれ以上ない心強い存在ですね。その底知れぬ愛情は、一体どこから湧いてくるものなのでしょうか?

上野 どこでしょうね? 今までの人生で、こんなに情熱を傾けられるものに出会ったことがないんですよ。だから自分でも不思議です。

……ただ私、もともと恋愛体質なんですよね(笑)。幸せになってもらいたいって思うんです、彼氏とか旦那さんに対して思うのと同じように、好きになった人には、幸せになれる土地を選んでもらいたい。

── 私も恋愛体質なので、分かります。

上野 今は、小林市に恋をしてしまっているのかもしれません。もし、小林市への移住を本気で検討されている方は、気軽に問い合わせしていただきたいです。一生モノの出会いをしましょう。楽しいところですよ、ここは。

(この記事は、宮崎県小林市と協働で製作する記事広告コンテンツです)

お話をうかがったひと

上野 祥枝(うえの さちえ)
1982年生まれ、宮崎県宮崎市生まれ。教師に憧れ、京都の教育大学へ進学したものの、人の前に立って話すことが大の苦手だったという痛恨のミスを犯す。趣味はガーデニング。植物を種から育てて、芽が出る瞬間に人生最大の幸せを感じる。記憶力はあまりいい方ではないが、なぜか植物の名前は1回で覚えられるという特殊能力(?)を持つ。

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探求者

伊佐 知美

旅するエッセイスト、フォトグラファー。1986年生まれ、新潟県出身。世界中を旅しながら取材・執筆・撮影をしています。→ さらに詳しく見る

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【地域おこし協力隊】子育てのために移住。自然と共に暮らしたい|宮崎県小林市・瀬尾絵美 バズを生むより地元出身者を振り向かせたい!宮崎県小林市発の「てなんど小林プロジェクト」

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