北海道下川町で暮らし始めて、筆者(編集部・立花)は、初めて「自治」というキーワードについて、考えるようになりました。
「自治する」とは、どういう状態なのだろう。そして「自治している状態」は、何がそろえば叶うのだろう。
そんな問いを追求する「自治ってなんだ?!」特集は、生活、歴史、文化などいろいろな視点から「自治」をひもといてゆきます。
北海道下川町の国道沿いに、そのお店はある。
名は「コーヒーのアポロ」(以下、アポロ)。
高校生がナポリタン大盛りをかきこんでいることもあれば、還暦を過ぎたであろう夫婦が、おのおの雑誌やスマホを見つつコーヒーを飲んでいることもある。
町内からも町外からも、ひっきりなしにお客が訪れる。
わたしが2017年に下川町に初めて訪れたときの晩にいただいた夕食も、アポロだった。
2019年6月には、40周年パーティも開かれ、お店からあふれるほどの人が集まって、お祝いをした。
食事はもちろんだけれど、わたしはアポロの、席同士の絶妙な距離感が好きだ。
ちょっと耳をすませば、隣の席の会話が聞こえてくる間隔。自分たちの会話に集中したければ、それも可能な、つかず離れずな距離感。
アポロで知り合って仲良くなり、会話に加わるようすや、お互いの知り合いを紹介し合っているようすを、何度か店内で見たことがある。
わたしもいつも「アポロに行ったら、きっと誰かいる」と思う。それが小さな町ならではの窮屈さと感じる人もいるかもしれない。
けれど、アポロを訪れる人は町外の人も多いから、どことなく風通しがいい。若い人も、ずっと町内に住んでいる馴染みのお客も、通う人が多いのはその雰囲気ゆえかもしれない。
そのアポロは、2020年4月17日で、いったんお店を閉めた。新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、北海道庁が2回目の緊急事態宣言を出した直後だ。
形態を変えながら営業し続けるお店もある中で、アポロは4月17日から5月31日まで、お店をおやすみしていた。
アポロの前を通るたび、「マスターと、奥さんのともこさん、元気かな」と思った。
けれど、人と会うこと自体がリスクになってしまい、感染者数は少なくなりつつも、いまだ予断を許さない上、コロナ禍の過ごし方や受け止め方は、人によって多様だ。……と思うと、なかなか気軽に連絡も取れない。
ずっと「どうしているかな」と気にしたまま1ヶ月経ち、2020年6月1日からは、各地での自粛要請が解除された。飲食店や商店などの多くは、6月から営業を再開する。アポロも、そうだ。
お店を再開する前に、この自粛期間、どんな思いで過ごしていたのかを聞きたくて、思い切ってアポロのマスターに電話をした。すると、快く取材を受けてくださった。
約2ヶ月ぶりにアポロを訪れると、マスターが外の窓枠の色を塗り直していた。
「自粛期間中は、片付けがはかどってね」と笑うマスターの顔を見たら、ちょっと安心した。
自分たちが作ってきた空間を守るために
立花: 1ヶ月以上、まるっと休業されたと知って、思い切った決断だなと感じました。
マスター: こんなこと、40年間お店をやってきて、初めてだね。でも、とりあえず休んでおこうと思って、あんまりためらいはなかったです。
お店をやっている以上、来ているお客様にも自分たちが作るものにも責任がありますから、状況によっては、またお休みすることもあるかもしれないけど。
4月に1週間だけ、昼間のみ営業したことがありました。今まで以上に消毒とか手洗いを念入りにやるようにしても、お客様が来る以上、絶対って、ありえない。それはお客様がどうこう、ということではなく。人が往来するということは、そういうことだから。
「あなたくしゃみしているから、帰って」なんて言いたくない。そういう目でお客さん同士が見張りあう、という雰囲気になるのも嫌でした。他者に対する共感とか想像力のない行動が増える可能性が、少しでもあるなら、自分たちが作ってきた空間を守るためにも、休んだ方がいいと思いました。
ともこさん: 少しでもお店を開けておきたいという気持ちも、なくはないですよ。でも、ウイルスは目に見えないから、一度気になると、どんどん不安になってきてしまうんだよね。
マスター: 裏の厨房で仕事して、お客さんと対面することが少ない僕と、カウンターにいたり料理を運んだりして、お客さんと対面する機会が多いともさんとで、受け止め方の違いはあると思うし、無視できないですよね。
立花: 神経質になる人もいれば、「風邪と一緒だ」と言って、あんまり気にしていない人もいますよね。同じ問題に直面しているのに、解釈がそれぞれ違うから、解決がむずかしい問題だと思います。
マスター: そうだね。職種によっても、とらえ方や打撃の大きさは全然ちがうと思う。ただ全体的に、これから2年くらいは、コロナと付き合いながら、どうやって過ごすかを考えるのが基本になるんじゃないかな。
僕らも一段階、自分たちの意識を変えて「共存して乗り越えなきゃいけないんだな」っていう気持ちで、生活を組み立てなきゃいけないんだろうと思う。
ともこさん: 今までのような形に戻るのか、分からないよね。ウイルスの感染が落ち着いたとしても、人との距離感が変わってくるような気がするんですよね、なんとなく。
立花: お店自体は、6月からは何か対策というか、今までと変わるところはありますか?
マスター: 正解が分からないけど、一席無くして、カウンターも5席から3席に変えて。8人以上の予約が入ったら、貸し切りにしてしまおうか、とか。お店の定員を減らして、意図的にソーシャルディスタンスが取れるような対策はしようと思っています。
自分が本当に好きなことって何だろう?
立花: この自粛期間中は、どんなことをして過ごしていましたか。
ともこさん: 今まで、自分たちのごはんを作ろうと思って買っておいた食材を、いそがしくってちゃんと料理できずに、ダメにしちゃうことがあったのね。そうするとすごく疲れちゃうというか、落ち込むの。でも今は、きちんと毎食作って、きちんと使い切れるのが、うれしくって。当たり前のことなんですけどね。
それに、自分が心から好きなことって、なんだろうってずっと考えていました。
立花: わたしも、自粛期間中にフリーランスになったこともあって、自由な時間が増えて初めて畑を耕しました。いま人生で一番、植物について考えています(笑)。
マスター: 何を植えたの?
立花: ハーブ類と、他のお庭から移植してきたキャベツです。
ともこさん: 分かる。うちも家の裏がね、もともと芝生だったんだけど、お店が忙しいからあんまり手入れもできなくて。でも時間があったら、ここで畑やりたいなーって思ったこともあったのね。今までもプランターで野菜を育てようと思ってたし、そういうことやりたいなって、思い出した。
マスター: そういう経験って、新鮮だからいいんじゃないかな。一度経験したことって、手を離れたとしてもなかなか消えないじゃない。すてきなことだと思うよね。
立花: コロナを通じて気づいた、自分の好きなこととか好きな時間の過ごし方みたいなものが、自粛モードが明けたら、やらなければならないことと、どう両立するんだろう、わたしははどうしたいんだろうって自問自答しています。
ともこさん: そうね、私も今すごくそこを考えたり悩んだりしてる。でもちょっと気持ちがスッキリしたから、前向きにはなれているかな。
立花: うんうん。
ともこさん: こんなにゆっくりできたこと今までなかったけど、期間限定だからいいのかもしれないとも思う。この状態が、ずっと続くと思うと……やっぱりちょっとでも仕事したいな、しなくちゃって思うね。社会的にも私にとっても、必要な休みだったなって思う。
マスター: のんびり起きて、一つ二つ仕事してお酒飲んで寝る、っていうのもいいけどね。ふつふつと、ものを作りたいなって思うんだよね。それを待ち望んでいるところがある。
ともこさん: 男の人って仕事がなくなると、ほんとに無気力状態になっちゃうんだって思った。
マスター・立花: あはは(笑)。
ともこさん: 私はね、2人だけで食べる料理でも、美味しくできたら嬉しいし、そういうささやかな喜びで生きていけるタイプ(笑)。
マスター: いいなあ。どうかそのままでいてください。
アナログに戻る
立花: お店の前を通るたび、お二人お元気かなあって、すごく気になっていました。
ともこさん: きっと、みんなそうなんだよね。いつもはわざわざ連絡を取らなくても、お店に来てくれたら会えたから。でもお店が閉まっちゃうと、本当に誰とも会わない日々が続いて。
立花: アポロが再開するのを、待ち遠しく思っている人はたくさんいると思います。
ともこさん: ありがたいですね。最近、やっと気持ちが楽になってきたから、準備も始めているんだけど。
マスター: 前はちょっと神経質にならざるをえなかったからね。少しずつ、ウイルスのことが分かってきたから、僕らも(ウイルスとの)付き合い方が馴染んできた部分もあるかもしれない。
立花: コロナ禍の前と後で、お店を営業する上での思いの変化はありますか。
マスター: コロナの影響で、物流が狭まったり、人の移動距離が制限されたりして、本当に世界が小さくなったと思います。同時に、インターネットを駆使してつながれると実感した人も増えただろうし、リモートでできることの多さに気づいた人もいると思う。それは、とてもステキなことだよね。
僕自身は、小さな世界になったからこそ、アナログを大事にしたいと思っています。五感を通じて得られる情報を大事にしてね。だから今まで以上に、フードマイレージの少ないものを使ったり、体に良いものを選んだりしたい。こういう考え方を、エシカルとかSDGsとか呼ぶこともあるけどね。
お客さんに喜んでもらえるものを出したい、という思いは大前提。お客さんに対してだけ「これ、いいでしょ」って出すのではなく、自分自身が食べるものにも気を配りながら。
「自治ってなんだ?!」を考える上でアポロを取材した理由
「自治とは、自分で生きていく力を身につけること」という仮説が、わたしの中にある。
そして、アポロを取材したいと思った理由には、「自分で生きていく力を身につけるには、自分以外の誰かの存在は必須なのか?」という問いが重なっていることに気づいた。
よく「人は一人では生きていけない」と言う。たしかにそうだと思う。
「自治」は「自分“たち”で生きていく力を身につけること」だとするなら、自分以外の誰かと、どうやって生きていけばいい──?
そんな問いが、実は生まれていたように思う。
だから「地元の人も遠方の人もアポロを目指して集まり、さまざまな偶然の出会いと発見が生まれる社交場のアポロは、“自分以外の誰か”と出会う、自治に必要な大切な場所なのでは」と考え、取材を申し込んだ。
同時に「コロナウイルスの流行から生まれた、相手と自分を守るためのソーシャルディスタンスは、アポロの醸す、つかず離れずの距離感と、どう共存するのだろう」という問いもあった。
今までの居心地の良さが、コロナによって壊されてしまうのではないか、そしてそれをアポロのお二人は憂いてはいないだろうか──。
わたしが取材を申し込んだとき、なんとなくそんな不安を覚えていた。
けれど、40年以上、下川町でお店を営んできたおふたりのどっしりとしたようすに、心底ホッとした。
“密”になることで生まれる熱気やセレンディピティは、何ものにも替えがたい。今までと同じ方法ではむずかしくても、“自分以外の誰か”と出会える場所を、すべて奪われてしまったわけではない。
アポロのお二人が守りたいと思った空間を、お客であるわたしたちも一緒に守ってゆきたい。“自分たち”で生きていくために。