シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ
シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ シューッ
ぱきっ。スゥ──、
シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ シューッ……
土用に入って間もない夏の朝。
村の家々の戸口からは、リズミカルに木盤の上で刃をすべらせる音が響きます。今年も「からむし引き」の季節がやってきました。刈り取りをした「からむし」から繊維を引き出す作業です。
村の名前は、福島県大沼郡昭和村。
田畑を耕し、山野に息づく豊かな恵みで命をつなぎ、長きにわたり自給的生活をいとなみ続けてきた村です。そうした暮らしの中で途絶えることなく、衣服の素材として栽培されてきた植物があります。
それが「からむし」です。
からむし(*1)。は、イラクサ科の多年性植物です。自然のなかに広く自生するからむしを、昭和村では畑に植え替え、手をかけながら、「だいじにだいじに」栽培を続けています。
(*1)からむし:別名「苧麻(ちょま)」「青苧(あおそ)」とも呼ぶ。
一年の半分近くを雪に閉ざされるこの土地で暮らしていくために、かつて、村人にとってからむしは、生きるために必要不可欠な換金作物でした。
「昔は家の脇にまでからむし畑があった。村のそこいら中、からむし畑だったんだから。」
『昭和村のからむしはなぜ美しい からむし畑』(2011)より
現在では「そこいら中」にからむし畑があるというわけではありません。
でも、昔もいまも、からむし引きの担い手が女性であることに変わりはありません。あとに続く糸づくり、機織りもまた、女性の仕事です。
すべてはまた、手のいとなみでもあります。
女性たちの手によって反復されるリズムは、倦(う)まずたゆまず、ただひたすらのくり返し。
この村を包み込む穏やかな時の流れに寄り添いながら──。
「あったぁど。
むかぁし、むかし、高いところで
きれいな娘が機さ織っていたど。
その布の端さ下がってきたど。
婆さまが下からたごってみたど。
今日もたごたご
明日(あした)もたごたご
なんぼぉ織ってやんだか
毎日(めえにち)たごってもたごりきんねえで
今日もたごたご
明日もたごたご
たごたごたごたご
たごたごたごたご
毎日毎日たごってやったそうだ。
── 生あくびしながら子めらは尋(き)くんだ。
『まだ、たごたごか』ってな。
まだっまだっ、なんぼぉ織ってやんだか
今日もたごたご
明日もたごたご
たごたごたごたご
たごたごたごたご
… … … … … …
── とうとう子めらは、たごたごたごたご
につられて、うとうとうとうと、とろとろ
とろとろ、寝ちまうんだ。」
『織姫風土記』(1979)より
そうした時間の流れとともに、「からむしだけはなくすなよ」と代々受け継がれてきたからむしですが、時代の変化によって、技術を継承する若い人たちは年々と少なくなっていきました。
このままでは「からむしは無くなるかもわかんねい」「誰も作らなくなるんではねいか」(『織姫が舞い降りたからむしの里 昭和村』2012より)。危機感が募るなかで24年前にはじまったのが、「からむし織体験生『織姫・彦星』事業」です。
「生きてるなぁ、あぁからむしを引きたいなぁ」
「私もあの美しいところにいきたい。たどり着くにはまた来年……」
からむし織体験生としてこの村にやってきた女性たちに話を聞くと、胸の奥にある想いを確かめるように、そうした言葉を口々にします。
けれど、この村での生活は決して簡単なものではありません。いまの時代にからむしで生きていくことは、とても大変なことだからです。
なぜ彼女たちは、奥会津の雪深く小さなこの村を訪れたのか。
なぜこの地にとどまり、糸を績(う)みつなぐのか。
彼女たちが村のひとから大切に守り継ぐ、からむしが持つ不思議なちからとはどういうものなのか……。
季節のめぐりに合わせて、繰り返されるひと手間ひと手間、そのすべてはひとの手で。
気が遠くなるような一本の糸の道をつないでいくおまじないは、「平らなこころでゆっくり、じねんと」。
この村の土に根ざした「からむし」を育て、糸を績み、布を織り成す女性たちの物語。
【福島県大沼郡昭和村】特集、はじめます。
(この記事は、福島県昭和村と協働で製作する記事広告コンテンツです)
文章:中條美咲
編集:小山内彩希
写真:タクロコマ(小松﨑拓郎)、伊佐知美