いつもと暮らし

環境問題に触れたベルリンの若者は「Back to the Roots」運動を始めている【心地よさと自然との距離感】#5

自然との距離感は、人の心地よさにどう影響するのか?

心に安らぎを与えてくれる自然がいまだ隠れるように存在する、とあるニュータウンで育った筆者が、失われつつある自然と人の両者にとって心地のいい距離感を探っていく本特集。

ドイツの首都ベルリンで出会った、緑を愛する女性を訪ねた。

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Maia Frazier

「もう一度自然との関係を築いていくのであれば、彼らに対する敬意をもつ必要があるんじゃないかな?

ベルリンでは Back to the Roots 運動が盛んなんですよ」

自然と人との距離感をあらためて考えるうえで、今回はベルリンの若者に広まりつつある Back to the Roots という運動に焦点を絞りたい

この特集について

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ベルリンで広まる Back to the Roots 運動

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「Back to the Roots……? それってどういう運動なんですか?」

「そもそも、1,000年前のベルリンはどこもかしこも農場でした。

その頃、地元の個人経営の農園でつくられるような旬の食材を選ぶのが主流でしたが、またそういう風潮になってきています。

〝卵は採れたてがおいしいよね〟とか〝誰がどんなふうにつくっているのかわからない牛乳よりも地元で作られたものがいいよね〟って」

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「工業の発展とともに失われてしまった概念を、ゆっくり取りもどしはじめているんです

たとえば、地域で穫れた旬の野菜を買えるオンラインのファーマーズマーケットのようなサービス(Marktschwärmer)があります。

だから私はわざわざ市場に行かなくても、オンラインで気軽に支払いを済ませて、家の近くで野菜や果物を受け取ることができます。

こういう風潮にともなって、企業は自然を尊重した事業をするようになってきました。

つまり、市民が企業を健全にしはじめているんですよ」

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Back to the Roots 運動が広まる理由

「工業の発展……といえば、1870年ごろから1913年までの期間に、産業革命の第二次成長期として、ドイツは重工業で発展してきた歴史がありますよね。けれどいま、工業化する以前の暮らしをとりもどす動きが広まっているのはなぜでしょう?」

「そうすることが自分自身と自然環境のどちらにとっても健康的であると、市民が理解しはじめているから。

メディアの影響が大きいと思います。影響力の大きなメディアに目を通せば、いつも環境問題の見出しが並ぶようになりました」

『SPIEGEAL ONLINE』
ちょうどこの文章を書いている日も『SPIEGEAL ONLINE』が気候変動について取り上げていた
9月19日の『FrankfurterRundschau』 / 「未来のための金曜日」と呼ばれる温暖化対策を訴える運動に、ドイツでは約140万人が、ベルリンだけでも27万人もの市民が参加したという

「ある種の動物が絶滅の危機に瀕していることも、ある土地では雨が降らず、干ばつが起こっていることも市民は知っています。

そういった環境問題が、過去50年の消費の爆発とともに加速したから、逃げ場がなくなってきている。否が応でも、なにか対策をしなきゃならないと思いはじめたんじゃないかなぁ」

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Back to the Roots の動きは、プラスチックの歴史をさかのぼると理解しやすい。

プラスチックがはじめに工業化したのは1870年代のこと。第二次世界大戦後に大量生産され、現在にいたるまでに世界中の人々の生活に浸透した。

2021年からは、使い捨てプラスチック製品の販売を欧州連合(EU)内で規制する法案が可決。今年からドイツではリサイクルできないプラスチック容器に規制を設ける法律が施行されている。

このような背景には、やはり社会の仕組みとしても工業化する以前の暮らしにもどろうとすることで、市民の暮らしを守り、安心を取りもどそうとしているという見方ができる。

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自然と人の両者にとって、心地のいい距離感を探るには

ぼくが二十余年育ってきた日本の郊外でも、肌で感じる速さで、自然が失われてきた。逃れようのないその事実が、不自由もなく便利で心地のいい暮らしが犠牲のうえになりたっていると思わせる。ぼくは最後、彼女に聞いた。

「自然と人のお互いにとって気持ちのいい生き方をしたいです。あなたが僕の立場なら、まず何からはじめますか?」

「そうですねぇ……。食べることから何か始めてみるのはどうでしょう?

食文化は歴史とも関係があるし、日本人の価値観も表れているじゃないですか」

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「たとえば日本は、魚を食べる文化がありますよね。

そういった魚のなかで、絶滅の危機に瀕している種を乱獲している状況に気づいていますか?

ほんとうは食べたら身体によくない影響を与えうる魚を、知らないあいだに食べているかもしれない。その危険性を知っているかどうか……。

普段の生活のなかで、自然からどんな恵みをもらっているのか。その慣習は環境にどんな影響を及ぼしているか。それは回り回って、どのように自分たちに返ってくるのか?

日常生活のなかで、ちゃんと目に入ってくることから問いかけてみる。まずは直接関係を持てることからはじめたらいいと思います」

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「私たちの毎日の生活に影響を与えている、歴史に根ざし価値観となっているような要素は、世界中のどの文化圏にいても見つけられますよ。

直接関係をもてる何かによって、私たちは理解しやすくなる。つまり、それははじめに現実味を帯びさせるものです。

だからあなたのようなクリエイターは、もっと私たちの生活や価値観を変えられるようなテーマに創造的なエネルギーを使ったほうがいい。クリエイティブな人のほとんどが、商業主義的で、消費を促すために力を注ぐよりも」

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「『このお店よりも、あのお店で買ったほうが魚の消費という観点でいいね』だとか『この種の魚は絶滅のおそれがあるから、食べないようにしよう』とか。そういうことを学べるドキュメンタリーを作って、人々に広めていくのはどうでしょう?

変化をつくらないということは、今あるものが消えるということ。行動をおこさないと失くなってしまうことを、ちゃんと伝えていきましょうね」

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探求後記

この特集は、植物や動物といった身近な生き物と適切な距離感で付き合える生き方へと移行するために始めた。

それには2つの理由がある。

1つは、生きものと触れ合うことが、幼い頃から好きだから。2つ目に、ニュータウンで育ち、身近な野に生きる動植物たちが、ニュータウンの開発によって身の回りから姿を消していく様子を見てきたから。

そこで本特集では、環境先進国と言われるドイツの首都ベルリンで、自然との付き合い方やこれからの生き方を発信し、実践者でもあるエディターMaiaと、現代社会における自然と人の両者が心地よく思えるような付き合い方を探ってきた。

#5で焦点を当てたのは、ベルリンで広まりつつある Back to the roots という動き。人々は工業化する以前の暮らしに学び、安心を取り戻そうとしている。その運動はまた、自然との自然な関係性にもどっていくものだ。

#4では、森林は脳内のストレスホルモンを少なくする働きのほか、さまざまな影響を与えることを体感できた。

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#3でMaiaの住まいを訪ねたときに感じられたのは、自然とのつながり。彼女は好きなものに囲まれている。それらは自然物を素材にし、つくる楽しさにあふれるものだった。

これらをふまえると、自然と人の両者にとって心地よく思える距離感を築いていくうえで重要な要素は、①生活の安心(=自然への配慮)②森林の効果 ③創るたのしさ、にあるのかもしれない。

自然と人の両者にとって心地のいい距離感とは。お互いのためにどんなふうに生きるのか。

まだまだ参考となる数が少ないゆえ、今後も今を生きる市井の人々のリアルを探っていきたい。

 

Maia Frazier

自然の美しさと感動的な物語を探すベルリンを拠点とするライター。ライター、翻訳者および編集者として代理店やスタートアップ企業で働いた後、独立。より良い世界を鼓舞し、貢献する人々やブランド、プロジェクトのためにフリーランスのコピーライターとして活動している。

Maia believes that every individual has the potential to have a powerful impact on the world. Together we can work to make it a better place.

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『Back to the roots』

Back to the Rootshttps://bttrstories.com/

 

文・写真 /  小松﨑拓郎
通訳 / 田村由以

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探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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なぜ自然とのつながりを求めるのだろう?【心地よさと自然との距離感】#4 

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