バックパッカー向けのゲストハウス「品川宿」や、まちのVIPルームというコンセプトを持つ、古民家改装ホテル「Bamba Hotel」(バンバホテル)。地域を巻き込み、品川を起点に多文化共生の暮らしを目指す取り組みが、各地から熱い注目を集めています。
仕掛け人は、ゲストハウスを運営する「宿場JAPAN」代表の渡邊崇志さん。今、日本の各地域から「地元で新しいことを始めるための修行の場」として、若者が品川に集まっているといいます。渡邊さんが思い描く、これからの品川というまちのイメージや宿のアイディアについてお話をうかがいました。
渡邊さんが目指す「品川宿」
── 訪日外国人の数が急増し、宿泊業の需要が高まっています。渡邊さんは、かねてからゲストハウスの運営をしたいと考えていたのでしょうか?
渡邊崇志(以下、渡邊) そうですね、大学時代から観光業のことを勉強していて、アルバイトも就職先もすべて宿泊業に関わることでした。品川は、僕の地元ということもありますが、海外遠征に行って帰国してから「ここは海外みたいだな」と思って気に入りました。
── 海外みたいというのは、ということでしょう?
渡邊 海外から帰ってきたばかりだと、ちょっと夢心地でボーッとした感覚が残ります。それに近い雰囲気を感じるまちなんです。東京なのに忙しくないし、なにより人があったかい。
しかも行き帰りの発着場所としても、品川は交通の便がいいし、もともと東海道五三次のスタート地点で旅人を受け入れる歴史的な土壌もある。だから、新しいことをやるならここだなと思っていました。
── 同じ宿泊業でも、新しい取り組みというのは具体的にどんなことを考えていますか?
渡邊 「Bamba Hotel」がそのひとつです。宿泊できるのはひと組だけで、ルームサービスやガイドなどは地域ぐるみで行うゲストハウスになります。「Bamba Hotel」は場所も狭くて、たくさんの人は泊まれないけれど、地域を巻き込んだおもてなしを大切にしています。
たとえば、地元のひとがガイドをすれば、自分が普段行っているお店をゲストに紹介することができるし、お店の人たちにとっては常連さんが新しいお客さんを連れてきてくれるから喜んでくれることもあります。
渡邊 単純に宿泊の需要を満たすためなら、大きいホテルをどんどん建てて呼び込みをすればお客さんがたくさん来ます。でも、ただ単純に建物を作ればいいってものじゃない。現地で暮らしている人の生活が妨害されず、住みやすさとバランスを取れるような宿泊業を営むことが重要だと思うんです。
だったら品川だからできるおもてなしを、ゲストハウスを起点に行っていきたいと思っているんです。そのためには、サービスを提供する場所が点として一箇所に集中しているのではなく、面になって点在しているほうが、まちの良さを伝えることができます。お風呂は宿で入るのではなくて、銭湯へ行くとか、朝ごはんは地元のパン屋さんでパンを買う、とかね。
カネなしコネなし。でも助けてくれた品川の人たち
── そうした仕組みを実現するには、地元のひとたちの協力が不可欠ですね。
渡邊 最初はね、大変でしたよ。お金もなければコネもない。分かっていたのは、まずは品川まちづくり協議会の堀江さんを尋ねる、ということだけ。
── 堀江さんは20年以上前から、品川のまちづくりに関わっていらっしゃるんですよね。
渡邊 品川で何かをしようというとき、堀江さんのお世話にならない人はいないと思います。僕も、ゲストハウスのプランを、何度も品川交流館でプレゼンして、いろんな人に聞いてもらったんですが、その機会を与えてくれたのも、資金面で協力してくれたのも、堀江さんでした。
あと、住む場所や食べるものもね。事業が波に乗るまでの数ヶ月間は、堀江さんがオーナーのスーパー「平野屋」でアルバイトしていたんですよ(笑)。お惣菜を分けてもらって食いつないだり、本当に頭が下がる思いです。
── ゲストハウス事業は、はじめから品川の人たちに助けられていたんですね。
渡邊 僕がプランを持っていったタイミングがよかったということもあります。
ちょうど6年前に、東京都が窓口になって都内に外国人向けの宿泊場所を増やそうとする事業が進んでいたんですが、品川の旅館は、あんまり景気が良くなくて店じまいをしようとしていたんです。
そこへ僕がまちぐるみのゲストハウス事業を持ってきたから、運が良かったのかもしれません。
品川モデルを日本各地で横展開していく
── 大規模でなくても、ゲストハウスは今後も増やしていくのでしょうか?
渡邊 ゲストハウスは、人が集まる場所のひとつに過ぎませんから、受け皿はいろいろな形があっていいと思います。ただ「宿場JAPAN」としては、地域融合と多文化共生のできる地域を目指しているので、それを実現するための方法としてゲストハウスという方法が、やはり一番しっくりきますね。
── 地域融合と多文化共生できるまちというのは、具体的にどういうイメージですか。
渡邊 まずは地元で働く人を増やし、品川全体で宿場として人を受け入れる体制を整えます。そして、日本各地で活動している人が、何か新しいことを始めたいと思ったときに学べる場にしたいと思っているんです。
外から来るゲストをどう受け入れているのか、そのための管理体制や費用、仕組みなどを品川をモデルに学んで、それぞれの地域に持ち帰って実践するというサイクルを生みたいと思っています。すでに卒業生が1人いて、今は長野県でゲストハウスを運営していますよ。
── 品川で完結させるのではなく、さきほどおっしゃっていた面で見せる方法を、各地で展開していくための基盤づくり、という感覚なのでしょうか。
渡邊 そうですね、地域融合というのは、品川のモデルを横展開していくイメージのことです。品川は品川で、常にチャレンジしたいと思っていますし、品川モデルが必ずしもほかの地域でうまくいくとは限りません。そういう意味で、地元の暮らしに根ざしたやり方で、臨機応変に変わっていいと思いますし、そこから品川が学べることも、あると思います。
── 品川のおもてなしが、日本各地へ広がっていくと、特定の観光施設だけでなく、まちぐるみで盛り上がるところが出てくるかもしれませんね。
渡邊 何か事業を興すとき、手伝ってくれる人や話を聞いてくれる人をすぐ見つけられるのは、とても大切だと思います。品川のまちが、新しいことを始めたい人たちの修行の場になってくれたらいいなと思っていますね。
でもだからって、品川が注目を集めて有名になりたい! という願望は全然ないんですけどね(笑)。
── そうなんですか?
渡邊 ただの観光地にはしたくないんです。それは、先ほど言った「住みやすいまちであることが大前提」という考え方があるからですね。マイノリティの人には響いて、好かれるまちであれば、同じような価値観や雰囲気を持つ人たちが集まってくると思います。
知っている人だけ知っていてくれればいい、というスタンスです。でもそれが、宿泊業の需要が高まっているなかで生き残る道のひとつだと思いますし、品川の良さだと思いますよ。
お話をうかがったひと
渡邊 崇志(わたなべ たかゆき)
1980年生まれ。株式会社宿場JAPAN代表取締役、ゲストハウス品川宿館長。
「多文化共生の基盤づくり」をテーマに、外国人旅行者向け宿泊施設ゲストハウス品川宿及び長期者滞在者向けシェアハウスを運営。感動循環サイクルを基に、地域融合型のビジネスモデルで2010年宿場JAPANプロジェクトを始動。稼働の高いゲストハウス品川宿で開業(Uターン)希望者をまちづくりをコンセプトとしたゲストハウスを開業サポートし、2012年長野須坂市に「ゲストハウス蔵」をオープン。現在は、講演活動などで活動の幅を広げる。
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