二人でしか描けない夢なんて、幻想だと思っていた──。
私はこれまで、自分ひとりの夢ばかり描いてきました。
自分の無力さに、一人では生きていけないことも痛感しています。それでも、特定のひとに対して「このひとがいなければ、この仕事をできない」と思うくらいなら、それは本当にやりたいことではない、と判断してきました。
その道を選ぶ決断の理由を、「このひと」ありきにしない。いつまで隣にいてくれるかも分からない不確かな他者よりも、命果てるまで高められる自分の力を信じて前に進め。
そう言い聞かせていた私の手元に、ある日こんな言葉が届きました。
こんど取材する、カフェを立ち上げたばかりの二人。その二人を取材した新聞記事の、この言葉。
「一人だったらお店を開業する決意はできなかった」
そんなことって。どうしてもすんなりと受け入れられず、その言葉を何度も反芻しながら、青森県十和田市へと向かいました。
そこで私の目の前に存在していたのは、たしかに二人でしか描けなかった“いま”。
「一人で抱えていただけじゃ、描けていなかった」
それぞれがそう語る、二人の夢を目の当たりにして、ひとつだけ分かったことがあります。
「一人で描きたい」と思って心に秘めていた夢が、二人の夢になって動き出すこともあるのだ、と。
ひとりで描く夢は、ずっと「いつか」だった
十和田市特産のごぼうとリンゴがぎっしり詰まった、ホットサンド。
ちょうどよい苦味のバランスで、さわやかな風味を届けてくれるコーヒー。
ひとつずつ、一滴ずつ、じっくりと。
青森県十和田市の商店街の一角、14-54 CAFE。お手製カウンターの向こう側で、「おいしい」の瞬間のために手を動かしつづけている二人と出会いました。
青森市出身の中野渡(なかのわたり)さんと、弘前市出身の神(じん)さん。おなじ青森県内でも、車で1時間ほどの離れた場所で生まれ育った同い年の二人は、6月に結婚したばかりの夫婦です。
二人の出会いは、大学を卒業して初めて赴任した青森市内の特別支援学校。教師としての毎日を歩みはじめた二人は、子どもと向き合う毎日を楽しむ一方で、それぞれの心の中に「いつか」を秘めていました。
「学校で出会う子どもたちに自分が伝えられることって何だろう、ってよく考えていて。『やりたいことをやったほうがいいよ』って伝えられるほうがいいなって思ったんですけど、自分自身がなんとなく先生になったから、『やりたいことをやろう』って言えない。
じゃあ、自分がやりたいことはなんだろう? って考えてみたんです。そのとき思い描いたのが、飲食店のイメージ。コーヒーが好きだったのと、料理なら自分でできるから。
それでも、すぐにやろうとは思っていなかったですね。お金を貯めて、40とか50歳になってからかなって」(中野渡さん)
「私はもともとやりたいことがたくさんあるタイプなんです。パン屋さんやりたいとか、絵本を描きたいとか、カフェも好きで。こんなことをやってみたいなってイメージはいっぱいあったんですけど、実現できると思っていなくて。
先生の仕事も楽しかったし、毎日忙しいままに終わっちゃうから、やってみたいことも『いつか』って」(神さん)
「いつか」のままに終わってしまうかもしれなかった夢は、二人の出会いから動き出します。
ふたりの夢になって、「いつか」が「来年」に変わった
心に秘めていた「いつか」を互いに打ち明けたとき、共感し合えた二人。「そんなのいつ叶うかわからないじゃない」「お金を貯めてからにしたら?」──そう言われるかもしれなかったそれぞれの「いつか」が共鳴し、物語が動き出しました。
叶えたい夢が、一人のものから二人のものになった。とはいえ、このときはまだ「いつか」だった夢が、その後1年で動き出したのは、もう一つのパズルのピースとの出会いがありました。
「週末によく青森県内をドライブしていたんです。たまたま友だちが転勤になって、遊びに行こう、って来てみたのが十和田でした」(神さん)
「もともとの十和田の印象は、落ち着いているなって。でも14-54を見てガラリと変わりましたね。たまたま立ち寄っただけなのに、そのときにはもう『ここでお店をやるんだろうな』っていう感覚があったんです」(中野渡さん)
二人が立ち寄ったのは、十和田市内の商店街にある「14-54」。誰もが気軽に集まれるように街に開かれた、イベントと交流のためのスペースです。
たまたま「14-54」がオープンしたばかりの頃に訪れた中野渡さんと神さんに、運営者のアレックスさんが声をかけました。
「空間の一角にカウンターができていて、中には何もなかったので、『これってなんですか?』って聞いてみたんです。そしたら『カフェを開きたいんだけど、やる人を探しているんだ』と言われて。
『じつは将来的にカフェをやってみたいと思っているんです』ってアレックスさんに話したんですよ。『よかったらここでやってみませんか』って言われて、そこから神さんと二人で本気で考えましたね。
後から聞いたら、アレックスさんは冗談半分だったらしいんですけど(笑)」(中野渡さん)
5月に「14-54」に出会ったのち、教師をやめてカフェを始めるのか、二人は膝を突き合わせます。十和田に住んだことがないし、両親を説得する必要もある。それでも二人は「ここで夢を描きたいから」、「いつか」だった未来を翌年に設定しました。
「7月には二人で話を固めて、来年の4月からカフェを始めてみるということでどうでしょう、とアレックスさんに話に行きました。その後企画書をつくって、本格的に準備をはじめて。12月からはイメージを固めるために、休みの日に十和田に来てドリンクをサービスしていましたね」(中野渡さん)
「パンが大好きなんですけど、十和田にパン屋さんがないって聞いて。商店街の中でおなじことをやってお店どうしで競争するんじゃなくて、ないものを互いに補い合いながら、仲良くやっていきたい。
そう思って十和田の方からお話を聞いていくうちに、メニューにパンやスムージーを入れたり、朝早くオープンしたりするアイデアが出てきました」(神さん)
平日は教師、土日は十和田で過ごす生活をはじめてから、「十和田で出会ったひとにたくさん助けられてきた」と話す二人。もともとオープンな空間だった14-54に二人がやってきたことで、さらにひとが集うようになりました。
「いつか」がかなった「いま」と、これから
2018年4月、二人は教職を離れて十和田に引っ越してきました。その後4月28日に正式にオープンしてから、お話をうかがった時点では1ヶ月が経つタイミング。
「来てくださったお客さんが『なんで十和田で?』『なんで閑散としてきたこの商店街で?』ってすごく聞いてくださるんですよ。でも僕としては、だからこそここでやるんだ、って思っていて。
自分たちがこうやってはじめてみて、ひとが集まるようになって、『あの商店街おもしろいぞ』って言われるようになれば、お店を開くひとも増える。良い循環をここからつくっていきたいです」(中野渡さん)
オープン前からSNSを使って意識的にお店の発信を続けてきた二人。積極的に外部のひとに会いに行き、最近はイベントに出張することも増えてきました。オープンして1ヶ月で、14-54CAFE内でも県内の作家さんとイベントを共催。
「自分たちができることをやっていけば、結果的にここでしかできない体験を提供できるんじゃないかなって思って。十和田ではイベントが少ないから、じゃあ自分たちでつくってみようってはじめてみました」(中野渡さん)
イベントも、少しずつ種類が増えてきているメニューも、二人でいつも相談しながら決めているそう。ここでも「二人」でいることを強みにしていました。
「中野渡さんは考えすぎる部分もあれば、行動的な面もあります。片方が悩んでいると、もう片方が行動しちゃう。お互い天の邪鬼なんですよね」(神さん)
「自分がこうしようああしようと突っ走っていたら、神さんが『いやいや、ちょっと待って』って。逆に自分があんまり進められずに『うーん』って悩んでいると、『なに悩んでるの? やっちゃえばいいじゃん』って(笑)」(中野渡さん)
一人で思い描いていたことも、二人なら実現できるかもしれない。数年後にはこのカフェを次の誰かに引き継ぐことが決まっているから、カフェの次にやってみたいことも模索中。
キッチンカーでカフェのない街をまわりたい。十和田の魅力を伝える絵本をつくりたい。おなじ方向に明日を見据え、互いにおぎない合い、少しずつ自分たちの夢に色を塗っていく毎日──。
「一人だったらお店を開業する決意はできなかった」
この言葉を受け止められなかった私の心が、少しずつ溶けていくように感じました。
「大学までずっと部活で勝敗の世界にいたので、結果が出ないと満足できなかったんですけど、神さんは他人と比較しないんです。自分も影響を受けて、神さんと一緒にいれば『これでいいんだ』って思えるようになった。そう思えていることが幸せだなって思います」(中野渡さん)
「不安だなって思うこともあるんですけど、ここに来てくださった方とのお話から、気持ちをプラスに持っていけるんです。最近だとお客さんからゲストハウスをやりたいって聞いて、自分たちの原点を思い出して。
あとは二人で家でごはんをつくって食べて、『今日も楽しかったね』って話す。それが一番楽しいです」(神さん)
周囲との関わりを大切にし、自分たちの世界を広げるために積極的に新しいチャレンジをしていくこと。その一方で、二人で過ごせる時間も大切にすること。互いに互いのやりたいことを応援しあうこと。
そうやって「二人」でいることをだいじにしているから、二人だからこそ描けている“いま”がある。一人で抱えていた夢も、二人でなら動き出すときがある。
そう思わせてくれたお二人に、また会いに行こうと思います。
14-54 CAFEのこと
2018年4月に中野渡さんと神さんが「14-54」内にオープン。ごぼうやりんごといった地元の食材を使い、トーストを中心としたフードメニューを展開している。ドリンクは、県内で焙煎された豆を使用するコーヒーや自家製のレモネード、ジンジャーエールなど。
住所:青森県十和田市稲生町14-54
アクセス:十和田市現代美術館から徒歩6分
電話:0176-78-9154
営業時間:平日7:00〜10:00、11:00〜19:00/土日祝10:00〜16:00
定休日:月曜日
お話をうかがったひと
中野渡 卓也(なかのわたり たくや)
青森県青森市出身。「中野渡」は卓也さんの祖父母が暮らしている十和田の名字。青森県の高校を卒業後、東京の大学へ。卒業後は青森へUターン。商店街にお店をひらいてみたことで、「ここから街を盛り上げていきたい」と地域おこしに興味を持つようになった。趣味はメニューの開発。
神 実知(じん みち)
青森県弘前市出身。「神」は津軽地方の名字。パンが大好き。もともと青森を出たいと思っていたが、中野渡さんと県内をドライブするうちに青森が好きになった。中野渡さんが興味をもった地域活性化と、神さんがやりたいと思っていた絵本づくりが重なり、十和田の良さを発信できる絵本をつくろうと準備中。
文/菊池百合子
写真/小松崎拓郎
(この記事は、青森県十和田市と協働で製作する記事広告コンテンツです)