営みを知る

【地域おこし協力隊】山形県大鳥地区のリアルな暮らし|田口比呂貴

地域のリアルな暮らしを知るべく、地域おこし協力隊の皆さんに14の質問をさせてもらう企画。
今回お話をうかがったのは、山形県鶴岡市の大島地区で活動している田口比呂貴(たぐち ひろき)さん。「初めてのクマ猟で死にかけた」「日常にある安らげる風景が生きる糧になっている」など、地域に入り込んで暮らしているからこそ得た感覚や知見、そして今考えていることを教えていただきました。

Q1:自己紹介をお願いします

田口比呂貴です。山形県鶴岡市の大鳥地区で、地域おこし協力隊として活動しています。

Q2:活動について教えてください

1.今取り組んでいること

狩猟やブログによる情報発信、小商い、イベント企画運営から、草刈りや雪下ろし、事務作業などの地域サポートの活動に取り組んでいます。

2.これから取り組もうとしていること

地域産品のインターネット通販や、大鳥の地域史をつくりたいと思っています。地域史に関しては、歴史や文化、食、人をテーマにしたいと思っています。

3.いつかやってみたいこと

セルフビルドで、家を建てることです。

Q3:地域おこし協力隊をはじめたきっかけを教えてください

ヒッチハイクが出会ったおじいちゃんが山で暮らしていた

ヒッチハイクでした。25歳の当時サラリーマンだった僕は、9日間のGWを使って「経験したことがないことをやってみたい!」という気持ちだけでヒッチハイクをしました。その時にたまたま車に乗せてくれたおじいちゃんが、京都の福知山市に山小屋を持っており、実家のある大阪の守口市とデュアルライフ(*1)のようなことをしている人でした。

その暮らしぶりを聞いていて「オモシロイ!」とスグに食いついた僕は、早速福知山に足を運びます。裏山からタケノコやわらびが採れ、それを沢で水洗いして、その場で調理し食べる暮らし。生きることに直結することが山の中にあることを感じ、地方に移住することを意識するようになりました。

(*1)デュアルライフとは都市と農山漁村が双方向で行き交うライフスタイル。二域居住。

Q4:地域暮らしの魅力を教えてください

山形県鶴岡市

非日常に乏しいが、日常が面白い

なんでもない休みの日でも、山に行けば山菜やきのこ、薬草にぶつかるし、川に行けば魚もいます。免許を取れば狩猟もできる。生きていく為に必要なもののほとんどを自分の力で手に入れることができ、それを糧に自分で暮らし、つくっていくことができます。

Q5:心に残る体験・出来事を教えてください

初めてのクマ猟で死にかけた

狩猟免許・銃の所持許可を取りたての2014年4月、僕は初めて熊狩りに連れていってもらいました。熊狩りといえば、狩猟の中でも一番レベルが高く、危険な猟でもあります。しかし猟友会の高齢化もあり、新米でも猟のメンバーに参加させてもらえたのです。何が何だかわからないまま先輩猟師ついていくだけでしたが、朝の8時に猟に出かけてから、残雪が残る山を半日以上ずっと歩きっぱなし。夕方にもなる頃に先輩猟師たちが無事クマを仕留め、解体をして肉をそれぞれで持ち合って下山しました。

クマ肉は想像以上に重たく、歩きっぱなしで疲れが蓄積し、足も上がらなくなってきていることが自分でもはっきりとわかりました。辺りがかなり暗くなってきた夜7時頃。ヘッドライトを付けながら身長に残雪の上を、列をなして歩き、僕はかなり後方からゆっくり、足取り重たくついて行きます。「あと30分……。」自分に言い聞かせながら雪の斜面を、杖を付きながら歩いているときでした。「ズルズルー!」足を滑らせ、滑落しました。歩いていた場所から何メートル落ちただろうか……。

必死に杖を着いて、腕の力だけで自分を支えているような状況でようやく自分の体が止まりました。恐る恐る足元を見ると、川がゴーゴーと勢いよく流れている。くまの肉を背負っていたこともあってか、自分の力では寝そべった状態から這い上がることも、立ち上がることもできない。幸い、先輩猟師に手を伸ばしてもらい、助けてもらいました。足の震えが止まらず、声も出なくなり、頭の中が真っ白になったことを鮮明に覚えています。先輩曰く、「あと2m落ちていたら川に落ちて、そのまま流されて死んでいた」とのこと。自分が死ぬということを強く感じたのはこのときが初めてでした。

この体験があってから、死ぬことが人間にとって至極当たり前のことで、どこで生きていても、何をしていてもごくごく普通に起こり得ると強く意識するようになりました。

死ぬことを「いつか死ぬ」とか「80歳くらいになったら死ぬ」という漠然としかイメージできない遠い未来の出来事にしておいて、日々何となく過ごしていくようなスタンスでは、今日や明日がつまらないものになってしまうような気がします。

現代人がわざわざ危険な山に足を伸ばす必要は、もはや無いのかもしれません。しかし野生動物も含め、生きるか死ぬかの現場が身近にある環境は、自分がごくごく普通の人間に戻れる、野生に戻ることができる大事な場所なのではないかと思います。

Q6:町の面白い人を教えてください

小松夫妻(広幸さん、馨さん)(山形県酒田市在住)

夫婦で農的な暮らしを研究しながら、料理教室や市民大学、再エネ(再生エネルギー)へのシフトなどを互いに協力し合いながら営んでいるおしどり夫婦。

Q7:同世代でおもしろいことを言っている人はいますか?

ぬまのひろしさん(山形県新庄市在住)

生きのびるためのデザイン実践家。2010年に新庄市にUターンして活動。「偏光メガネ」や「手づくり楽器」の制作、販売及び、楽器のレッスンを催して生活している。

  • 「ぬまのが生きている間は、(世の中は)まだ大丈夫だ。」

戦場で毒ガスを感知するためのカナリヤ的な役割。カナリヤは戦場で毒ガスを感知した時に死んでしまうが、兵隊さんはカナリアのお陰で逃げられる。ぬまのさんは「自分よりも下の人間が生きられているから、まだ大丈夫」というのを、身を挺して提供しています。

Q8:地域での失敗談は?

お茶のみ会

尊敬する人たちに囲まれている環境を、捨てたいとは思わない

2014年9月にタキタロウ調査というのを地域の人が主体で行いました。タキタロウというのは、2mを越える伝説の巨大な淡水魚なのですが、UMA(未確認生物)とも呼べるタキタロウを調査したことで世間から大きな注目を集めました。山形のローカル紙やテレビ局、しまいにはヤフーのトップニュースにも乗り、調査が終わってからは取材申し込みの嵐。取材の取次ぎも含め、心労する日々。また、自分個人としても、自立したい思いがあり、ナリワイ・小商い・月3万円ビジネスと呼ばれる形で小さいビジネスをいくつか構築していました。その新しく見える地方での働き方が注目を集め、中身・質と言われる部分が確立していないまま僕個人としてもメディアに出ることが多くなりました。2014年下半期は、取材をさんざん受け、メディアに露出しまくっていました。

マスメディアから流れる情報は、こちらにとってアンコントロールのまま不特定多数の人に届くものだという認識はありながら、依頼があったら断らず、世間から色眼鏡で見られても別に構わないというスタンスでいました。

これは、僕が住んでいる大鳥地域外でちょこちょこと反響があり、「頑張ってるね!」と声をかけてもらったり、仕事に繋がるようなお話もいただけたりしました。そういう意味では成功なのかもしれませんが、地域の地に足がついていないこと、地域の人と心の距離が離れていることを実感しました。

メディアに露出した話が巡り巡って地域の人にも伝わり「他にやることあるだろ!」と地域の人から怒られたこともありました。

極論、振り切って自分のやりたいことだけをやっていれば、個人の生き方としては満足度が高いかもしれません。けれど、僕としてはその地域の人たちの背中を見て価値観が変わったり、安心して暮らせている部分を大きく感じていたりして、心の底から尊敬する人たちに囲まれている環境を、捨てたいとは思いません

いろんな要素がクロスするので一元的な見方ができませんが、もう一度足元を見つめ、暮らしを見つめ、自分の技として蓄積されるもの、知として深められることにフォーカスして3年目を過ごしていきたいと思っています。

Q9:あなたが考える地域の課題を教えてください

高齢化率が70%で、このままいくと10年後には人口が40人台になり(現在85人)、20年後には、この地域が無くなっているかも……。マタギの文化や伝説の巨大魚タキタロウを擁す大島地区は、文化的にも資源的にも超貴重でおもしろい地域なのに。

じゃあ地域がなくならないためにはどうしたらいいのか、と考えると、自治区として独立できるくらいの自給力と経済力を持てたらいいですね。羽黒山伏の星野文紘(ふみひろ)さんという方が「奥山~里山~里に至るまで、それぞれ役割が違うグラデーションである。」と仰っていました。昔は奥山で木を切り、川の下流へ木を運搬し、里山でそれを加工しながら里で販売する、という形になっていました。現代はグローバル社会なので、鎖国・戦争が起こらないかぎり同じ仕組みは取り戻せないとは思いますが、大島地区のような奥山には、奥山の役割があると思います。それこそ隣の地域でも、歴史や文化に違いがありますよね。

広義ですが、よく言われる地域づくりを、僕は「地域の維持を前提として変化すること」と定義しています。今までどおり身近な山の資源を暮らしに転換しながら、物流・通信が発達した現代においては流通経路や見せ方、伝え方を変えていきます。言い方を変えれば、第一次産業と呼ばれる強い軸足・生きる源を大事にしながら、資本主義の経済にも足を突っ込んでいく。

遠い未来のことはわかりませんが、そういう方法があと何年かは通用するんじゃないかと思います。

Q10:地域の大好きなごはんを教えてください

行者にんにく

山菜なのに、にんにくみたいな味がして、お肉に行者にんにくを巻いて食べるとマジで絶品! つまみにもイケるし、おかずとしても美味しい。山菜の中では一番好きです。

Q11:Webに露出していない地域の情報は?

いっぷく(休憩)と風景の消化

農作業でもなんでも、みんなで作業するときには、時たま”いっぷく”(休憩)をするのですが、その際にいつも見ている山の風景を消化します。「キレイだなぁ~」と。山の景色は季節によって若干の変化はありますが、自分たちが立っている位置は変わりません。けれどそこに、安らぎを感じている。ウユニ塩湖のような著名な世界の絶景もいいかもしれませんが、日常の中にある安らげる風景は、生きる糧に十分なっているんじゃないかって思います。

Q12:尊敬している地域の人々

  • 工藤朝男(ともお)さん(マタギ。狩猟の経験や知識に関しては地域内では右に出る人はいない)

大鳥地区周辺で朝男さんが歩いていない山はないと言いきれるくらい、山のことを知っている人。山菜やきのこはもちろん、天然の砥石や薬草などがある場所も知っています。狩猟に関して言えば、歴史的な知識も深く、場数も相当踏んでいます。熊狩りに行くときも常にリーダー(マタギ言葉で言うところのシカリ)をしています。

  • 工藤悦夫さん(マタギ。キノコの菌植え体験など、グリーンツーリズム的なことも積極的に行っている人)

商人のように言葉でお金を稼げるような世界ではなく、山の世界の人なので不器用で言葉足らずなことが多いです。しかし心優しく、いつも背中で語りかけてくれます。山で生きること、地域で暮らすことは、本当に手数・足数が多い超現場主義。喋り下手でも、伝わるものがあります。

  • 佐藤征勝さん(元朝日村の村長であり、現在は朝日屋旅館のオーナー兼大鳥小屋(=山小屋)の管理者)

朝日村の元村長ということもあり、とても弁が立つが全く偉そうにしない人。地域言葉と行政言葉を使い分け、幅広い繋がりを地域に還元してくれています。タキタロウ調査の発起人でもあります。

  • 嶋尾和夫さん(木の彫刻家、作詞家)

地域内で唯一の地球人。哲学、芸術に通じ、時たま地域の常識をもひっくり返す言論をしてくれる人。地域の未来を見ているようにも聞こえるが、じつは今にも通じる本質的なことを教えてくれています。

Q13:注目している地域おこし協力隊を教えてください

活動が水曜どぅでしょう!みたい。愛知県新城市で精力的に動いています。

  • 関美穂子さん

女子力高めな地域おこし協力隊ブロガーさん。鹿児島県薩摩川内市の下甑島にて暮らしながら特産品開発、観光商品開発に取り組んでいる人です。

徳島県牟岐町で地域おこし協力隊をしている、ナマズの養殖を企てていた人。地域密着型ウェブメディア『六角舎』(ヘキシャ)を運営している。現在はどうしているのか、気になります。

Q14:これから地域おこし協力隊へ応募しようと思っている人へのアドバイス

「わざ」を駆使し、「どうぐ」を手に入れろ

今までの人生で上げてきたレベルと、覚えてきた「わざ」を駆使し、新大陸でも新しい仲間と「たたかう」ことをしながら、仲間から新しい「わざ」を教えて貰ったり、「どうぐ」を手に入れ、更にレベルを上げていく。そんな3年間を過ごしていければいいんじゃないかなと思います。しかし、フィーリングもあるので、最終手段として「にげる」という選択肢があることをお忘れなく。

お話をうかがった人

田口比呂貴(たぐちひろき)
1986年11月14日生まれ。現在は山形県鶴岡市の大鳥地域で地域おこし協力隊として活動する傍ら、「大泉猟友会」「ヤマガタ未来ラボライター」「もちもち大学」など、いくつもの仕事を掛け持ちしながら暮らす、ナリワイ的な生き方を実践中。経済活動と自給自足に両足をつっこみながら、里山で自立することを目指す奮闘ブログ『ひろろーぐ』を運営している。

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探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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