「いらっしゃいませー!」という元気な声と笑顔が出迎えてくれる、中目黒の花屋「(hana-naya)」(はななや)。花屋だけど花屋らしからぬ、このお店。店頭の花を乗せた自転車や、店の奥に設置された作業スペースは、いったい何のためのものなのでしょう?
もともと花が嫌いだったという店主の白川崇(しらかわ たかし)さんに、花との出会い方について、お話を伺いました。
花屋さんをウィンドウショッピングしてみよう
── 店名の(hana-naya)は、「はななや」と読み、「naya」は納屋から取ったとホームページで拝見しました。お花屋さんなのに納屋からインスピレーションを受けた理由は何ですか?
白川崇(以下、白川) 納屋なら、いつでも開け放たれていて、誰でも入れる場所というイメージがありました。花屋は、店の人のものじゃなくてお客様のものだから、勝手にふらって入って来られるような雰囲気を作りたくて。だから「納屋」から名前をとったんです。
── 気軽に寄れる近所の家、という感覚に近いのでしょうか。
白川 そうですね。通り道のひとつとして考えて欲しいくらいです。また、納屋には新鮮な収穫物をしまっておく機能もありますし、イキイキとした花を常に置いておきたいという気持ちもあります。
白川 それから、名前に()が付いているのは、花屋は誰にとっても安心安全な場所なんだということを伝えたかったためでもあります。今は誰でもストレスを感じている世の中ですよね。そんなときに、「花屋にいれば大丈夫」と思ってもらえたらいいなと考えました。だから世の中のいろいろなものから守りたい、という意味で()を付けたんです。
── 花屋は気軽に寄れる、安心できる場所ということですね。実際に、お客様がふらりと立ち寄れるように、どんなことを工夫していますか?
白川 イベントスペースとして貸出をしています。雑貨を売ったり、お菓子を販売したり、自由にこの場所を使っていただいています。
花って、そこにあるだけで雰囲気をガラッと変えるチカラがあります。でも、それを伝えるためには、花単体で売っても、なかなか分かってもらえない。だから花のある空間ってすてきでしょ? ってことを体験してもらうために、レンタルスペースとして花屋を提供しているんです。
白川 ぼくの中で、花は脇役だっていう認識です。食事や食べる楽しさを引き立てるためにテーブルに花を飾るし、プレゼントとして贈るときも相手の笑顔や驚く顔を見るためのエッセンス。脇役を商売の主力にするのは、間違った方法じゃないかなって思うんです。
だったら、「いつもの部屋でやるようなこと、たとえば読書とか勉強も、花屋でやってみたらどうですか?」っていうのが、ぼくの提案です。花屋でおしゃべりしたり、花屋で映画を観たり、花屋で作業をしたり。そのためにスペースを貸出していますし、花の存在価値を知ってもらうことで、結果お花を買っていってもらえたらなって。
この前なんてね、小学2年生が帰り道にここで宿題をしていきましたよ。子どもたちのほうが、花屋の使い方をよく知っているんやなあって思いますね。
── たしかに、ふだん花を買わないひとに花の良さを知ってもらうには、花とは別のきっかけが必要ですね。
白川 もちろん、来たひとみんなに買っていってほしいとは思っていません。でも、花屋に入る機会そのものが少ないと感じるから、まずはその入口を大きくしたいんです。
白川 洋服とか雑貨はウィンドウショッピングするのに、花屋のウィンドウショッピングって、あんまりしないでしょう? だから、レンタルボックスで販売しているアクセサリーを見に来たついで、イベント参加のついで、っていうふうに少しずつ花に近づいてもらう。そうすると、「あ、なんかこの花いいな」って思ってもらえる瞬間が、来ると思います。
花屋は待ってちゃダメ
── 移動販売もやっていらっしゃるということですが、それもやはり花を身近に感じてもらうための工夫のひとつなのでしょうか。
白川 8年くらい、べつの花屋で勤めていたんですけど、店頭に立つ以外に、花のアレンジメント教室の講師もしていました。店舗スタッフをやっているときより、レッスン中のほうがはるかにお客さんとの交流が多かったんです。
そのお客さんたちが、普段はいろいろな事情であまり花屋へは行けないけれど、でも花が大好きだという方々ばかりで、花屋は待ってちゃダメなんだって気がついたんです。体の調子が悪くて、花を好きでも気軽に来られない人もいるという現実を知って、ぼくがお花を届けに行かなくちゃと思いました。
── 実店舗だと、空間として花の良さを多くのひとに届けられますし、移動販売だと個のコミュニケーションを通じて花の良さを伝えられそうですね。
白川 知らない人からも挨拶してもらえたり、たくさんお話ができたりすることも嬉しいですが、「どこでお店をやっているの?」とお客さんから聞いてくれることって、あんまりなかったんですよ。ぼくがチラシを配るより、向こうから「行くね!」って約束してくれるようなコミュニケーションがとれるのは、商売をやっていてありがたいなあって思いますね。
他にも「うちでこういうのを育てているけど、どうしたら良い?」とか「水って、どれくらいの量が正しいの?」とか、植物に関する質問をされることも多くて、こう、街の問診みたいな感じで、心地よいですよ。
たった一輪のひまわりで人生が変わった
── 花を届けたいという気持ちが、とても熱く伝わってきたのですが、やっぱり白川さんご自身も、昔から花が好きだったのでしょうか?
白川 いえ、嫌いでした(笑)。
── え! 花と関わるようになったきっかけは何だったのですか?
白川 もともと、新卒で入社した会社は、花とは全然関係ない職でした。でも、好きではないものを「良いですよ」と言ってお客さんに売らなくちゃいけないのが、とても苦痛で。
昇進や仕事でお祝いごとがあると花をもらっていたんですが、男だからかブルーのお花をもらうことが多かったんですね。でも、花屋になってから知ったんですけどブルーのお花って全体的にあまり長持ちしないし、いい匂いがしないんです。だから、花をもらっても全然嬉しくなかったし、むしろめんどうだなあって思っていました。
でもあるとき、一輪のひまわりをもらう機会があって、やっぱり嫌々だったんですけど、部屋に飾っておいたんです。小ぶりな品種だったけど、仕事から帰ってくるたびに、だんだん大きくなっていっていることに気づきました。色も鮮やかになっていって「不思議だな」と思ったんです。
白川 満開になって、そのあとは小さく萎れていったんですが、なんとなく茎だけになってももったいないから残しておいたんです。最終的にはヨレヨレになっちゃったから捨てたんですけど、翌日に仕事から帰ってきて自分の部屋を見たとき、その殺風景さに呆然としました。特に気にしていなかったつもりでも、帰ってきてご飯食べて風呂入って寝る、っていう同じことを繰り返しても、いつもそこにあったひまわりがないだけで、空気が全然違うんです。そのときに、花のスゴさを思い知りました。
── たった一輪のひまわりでも、そこまで違うのですね。
白川 同時に、男の人で、こういう花の良さを知らないひとって多いんじゃないかなって思いました。当時のぼくにとって、仕事で扱っているものは、特に好きではないものだったけど、花という、心から良いと思えるものが見つかったという自信にもなって、次の日には仕事を辞めてしまいました(笑)。
── 早い! 白川さんの人生は花で変わったと言っても過言ではないかもしれません。
白川 嫌いなもんだったんですけどね、花って。でもそれが、ころっと変わるんですから、何が起きるか分かりませんよね(笑)。
花の良さは、まだまだお伝えしきれないんですけど、それさえできたらね、本当のお花屋さんって言えると思います。だから既にある花屋とは違うやり方で、花人口というか、花好き人口というか、広げていきたいって思っていますよ。
このお店の情報
(hana-naya)
住所:東京都目黒区中目黒3-6-6 dimora中目黒1F
アクセス:東急東横線、東京メトロ日比谷線「中目黒駅」より徒歩10分
電話:03-3792-8711
営業時間:11:00~20:00
定休日:火曜日、第一・三日曜日
公式HP:(hana-naya)|ハナナヤ