営みを知る

「旅がすべての原資」旅するピアニストと、旅するジュエリーデザイナー夫婦の【場所にとらわれない働き方】とは?

さぁ、これからどうやって生きていく?【場所にとらわれない働き方】特集、はじめます!

「旅をしながら仕事がしたい」
「場所を問わずに生きていけたら」
「自分がいる場所で、仕事が生まれたらどんなにいいか」

灯台もと暮らしの【場所にとらわれない働き方】特集に興味を持って読んでくださっている方の中には、もしかしたら一度はそう思ったことがある方が、多いかもしれません。

ではそれがすべて叶った上で、「夫婦で生きていける」としたら?

永田・倉岡

この記事を書いている伊佐は、「ひとりで移動しながら働くことはできるけれど、価値観を共有しながら、一緒に旅と仕事ができるパートナーを得る」ことの難しさについて、この1年間ずっとずっと、考え続けてきました。

がしかし、世の中はとても広く、この日本にはそんな夫婦が実在します。

旅するピアニストとして活躍する、「Groove Pockets(グルーブポケッツ)」の永田ジョージさんと、旅するジュエリー「PETHICA JEWELRY(ペシカジュエリー)」代表・デザイナー兼クリエイターの倉岡麻美子さん夫妻もその好例。

永田・倉岡

それぞれ30代半ばまで会社員として働き、退職。

そして自分の信じる道──音楽とジュエリーと旅への想いを信じて進み、そしてその先で出会い、ともに生きることを選んだふたりです。

永田ジョージさん
永田ジョージさん
倉岡麻美子さん
倉岡麻美子さん
新婚旅行で訪れた、ギリシャ・サントリーニ島での1枚
新婚旅行で訪れた、ギリシャ・サントリーニ島での1枚

ふたりの働き方とは? これまでの道のりとは? そしてこれからは……?

「分野はまったく違うけれど、共通点は『旅がすべての原資なこと』」と笑い合う、素敵な【場所にとらわれない働き方】を実践する夫婦にお話を聞きました。

(聞き手:伊佐知美)

「旅するピアニスト」の働き方とは?

THE APPOLLO
取材場所に選ばれたのは、銀座のギリシャ料理の店「THE APOLLO」
永田さん・倉岡さん・APOLLOにて
ここは、ふたりの初めてのデートの場所であり、プロポーズの場ともなった思い出の空間だそうで……

── 旅するピアニストとは、一体どんな働き方なのでしょう?

永田ジョージ(以下、ジョージ) 一言で言うとフリーランスのピアニストです。仕事内容は自分で選ぶし、誰とどこでどんな音楽をやるのかというのも、自由に決めています。

専門ジャンルは、一応ジャズ。なのだけれど、ジャズに限らずポップスもブラジリアンも、それこそロックなどジャンルにとらわれず、なんでもやる。ただ弾くだけじゃなくて、ライブパフォーマンスとしてフラワーデザイナーやペインター等と一緒に、即興でステージをつくりあげたりもします。

永田ジョージ

ジョージ ライブハウスやイベントなどでピアノを弾くだけでなく、いわゆるレコーディングや音源制作も手がけます。映像に対してこんな音楽がほしいとか、コマーシャルソングとしてあんなメロディーがほしいとか。いろいろな要望にお応えして、楽曲を提供しています。

── 「永田ジョージ」個人の活動もするし、様々なゲストミュージシャンとコラボレートするライブ・プロジェクト「Groove Pockets」プロデューサーとして活動することも、ある。

ジョージ そう。「Groove Pockets」は2007年に僕がプロデュースして立ち上げたプロジェクトです。個人もあれば、グループもあるし、ほかのプロデューサーが率いるグループのメンバーになることもあります。

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名古屋ブルーノートでの演奏の一幕

ジョージ ただ、どんな場所や形態だとしても、僕はいつだってプロデューサー兼プレイヤー。やることは同じ。結局はどこへいってもピアノを弾く。

プレイヤーだけだと、プレイすることに疲れてしまったり、観客の視点って何だっけな?と忘れてしまったりすることが起こりうる。けれど、プロデューサーになると観客の視点を持ちながら、自分たちはどう動けばいいのかと考える必要が出てくるから……。それを日々行ったり来たりすることによって、最適な状態を目指しているのだと思います。

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海外では、和服を着て演奏することも
鈴木直人さん、伊藤大輔さんとのトリオ「Triple Standard」
鈴木直人さん、伊藤大輔さんとのトリオ「Triple Standard」

では一方、「旅するジュエリーデザイナー」の働き方とは?

── 倉岡さんは、どのように働いているのでしょうか?

倉岡 2015年から、自分で立ち上げたジュエリーブランド「PETHICA JEWELRY」の代表・デザイナー兼クリエイターとして活動しています。

倉岡麻美子さん

「PETHICA JEWELRY」のコンセプトは、「旅するジュエリー」。私はもともと旅がすごく好きで、20歳のときにはすでにバックパッカーでした。

世界一周旅行に出たことこそありませんが、毎年その時々で行きたい場所の航空券をとって、ふらりと旅をしては帰ってくる。数年働いて旅に出る、また数年働いては旅へ……と、これまで40〜50カ国ほどは旅をしたと思います。

マレーシアのペナン島にて
マレーシア・ペナン島
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スリランカ、宝石の採掘現場を訪ねる旅
マレーシア・クアラルンプールのイスラム美術館にて
マレーシア・クアラルンプールのイスラム美術館

倉岡 「PETHICA JEWELRY」は、旅の記憶や、異国の地で得たインスピレーション、感情の交錯などを元に、ストーリーから生まれるジュエリーをつくっているブランドです。

地球は本当に美しくて、旅は自分を成長させてくれる。都会にいると忘れてしまいそうな旅のすばらしさやその土地の人々のぬくもりのストーリーを、ジュエリーという形に込めて、日常を楽しむ心とともに届けたい、と願ってつくっています。

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「PETHICA JEWELRY」のリング。倉岡さんご自身の婚約指輪でもある
2017年の新作コレクション「Fira」。こだわりぬいた美しい色合いのサファイアを使ったピアスとイヤリング
2017年の新作コレクション「Fira」。こだわりぬいた美しい色合いのサファイアを使ったピアスとイヤリング

── 既製品を売っているブランドでは、ない?

倉岡 はい。デザインから製作まですべてひとりで行っていて、たくさんはつくれませんが、1つひとつ大切に心を込めてつくりたいから。毎年展示会や個展で新作を発表し、オーダーをいただいて制作するスタイルで運営しています。

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2017年12月の銀座「石川画廊」での個展の様子。ジョージさんとの出会いも、はじまりは個展に遊びに来てくれたことだった
オーダーメイドを請け負うことも多い「PETHICA JEWELRY」
オーダーメイドを請け負うことも多い「PETHICA JEWELRY」

旅のインスピレーションが、どうやって仕事になるのだろう?

── おふたりは、どんな風に旅から受けたインスピレーションを、仕事に……つまり作品に、変えているのですか?

倉岡 私は旅先では、しっかり旅をする。そしてジュエリーの物語に込めたいと感じた瞬間があったら、写真やスケッチに残しておく。そして帰国後、何度も何度も反芻して……。

── その日の気温や、音、湧き上がってきた感情などを、思い出しながら。

倉岡 そう、全部入れて。線を描きながら、「そうそう、こんな感じなんだよな」と思いながら、デザインをなぞっていく。

ふたりの結婚指輪は、もちろん倉岡さんのデザイン。プロポーズの際、「これで好きなものをつくって」とプラチナの板とダイヤの粒を渡されたそう
倉岡さんがつくった指輪
モチーフはピアノ、それが連なるとハートに見える。一見しただけでは分からないくらい、ストーリーを秘めさせるのが倉岡さん流

── ふぅーん! とっても素敵……。ジョージさんは、どうですか?

ジョージ 僕も、似ているかな。たとえば作曲なら、日本に帰ってきてから、そのときに撮った写真や書いた文章を読み起こす。で、ピアノに向かったときに、そういえばサントリーニ島はこうだったなとか、ドバイってこんな音階だったなとか。そういうものが浮かんでくるから、それを音楽に落とし込んでいく。

── (「ドバイの音階」ってかっこよすぎるだろう……)。

「やっぱり好きなことをして生きていきたい」

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── (素敵さに打ちのめされながら、けれど気を取り直して)おふたりは、すごく自由に働かれているという印象があります。けれど、おふたりとも30代半ばまで、普通の……といったらあれですが、会社員だったのですよね。

ジョージ そう、さっきも少し言ったのだけれど、僕は36歳までIBMというIT企業に勤務していて。

倉岡 私は35歳まで7年間、外資系企業で米国とアジア工場と日本の商社をつなぐ職に就いていました。

── どうしてそこからピアノとジュエリーを仕事にしようと?

ジョージ 僕は、父親の仕事の都合で生まれはアメリカのフロリダ州。その後、イギリス暮らしを経て18歳で日本に帰国。音楽には大学時代に目覚めていたんだけれど、卒業後は父の助言もあって普通に就職しました。29歳のときに一度休職して、MBA取得のため、アメリカのサンディエゴへ留学に行ったりしていました。

ただ、この留学もすごく影響が大きくて。毎日が、本当に楽しかったんです。太陽のひかりを日々浴びて、ゆったり過ごして、毎日大好きなサーフィンをして波に乗って、何よりも日々を心から楽しんで暮らしているひとたちに囲まれて生きていた。

個人の音楽活動は日本滞在時から始めていたから、サンディエゴでもライブハウスでの演奏などは続けていて。当時は在住日本人唯一のピアニストとして活動していました。それもすごく楽しかったな。

ジョージさんはサーファーでもある
ジョージさんは、海を愛する名サーファーでもある

ジョージ 自由に生きることの素晴らしさに心のどこかで憧れながら、2年の留学を終えて帰国したんだけど……。そのうちに東日本大震災が起こって。

「このまま会社員として生きていくのか、一度音楽家になってみるのか」と自問自答して、やっぱり僕は後者に賭けて生きたいなと。後ろ盾のない、フリーランスの音楽家になることを決心をしたのが36歳のときのことでした。

永田さん・倉岡さん

── なるほど。一応おうかがいしたいのですが……。当時、突然会社を辞めることに、不安や恐怖はなかったのでしょうか?

ジョージ なかったかな。「Groove Pockets」の活動は、サンディエゴ帰国後すぐに始めていました。ありがたいことに軌道に乗って、フリーランスになってもこのままやっていけるかなという見通しが立てられていたし、だめでも「元IBM」という経歴なら、最悪の場合まだどこかに再就職できるかなと考えてた。

倉岡 私も、全然怖くなかったな。当時はたしかに安定した仕事に就けていたけど、なんだか「これでいいのかな」って気持ちも持っていた。

それで、お正月休みに「遠くへ行きたい」と旅をしたボリビアのウユニ塩湖の景色を見たときに、「世界はこんなに広いんだ……私はなんてせまい世界で生きているのだろう」と思い、一気に「何か新しいことを始めたい」という気持ちが湧き上がってきて……。

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薄い湖面に反射して、どこまでも見渡すかぎり美しい青空が広がる中米のボリビア・ウユニ。あまりの壮大な景色に倉岡さんは心を打たれたのだという

倉岡 もう帰国したときにはすでに、「会社を辞めよう」と決めていました。結局半年後には、退職。正直、退職時は次に何をするかも、決めていなかったんだけれどね(笑)。

── えっ(笑)。

倉岡 で、じゃあ何をしたいかと考えたとき、基本的に旅が好きだから、やっぱり旅と関係して生きていきたいと思った。さらには、手を動かしてゼロから何かを自分で創り上げたいという気持ちもあって……。

ジュエリーはもともと大好きで、旅先ではいつも現地のジュエリーを買っていました。でも、海外のキッチュなジュエリーは、とてもかわいいけれどすぐに壊れてしまうから。もし自分でつくれるのであれば、素材はきちんとした貴金属で、壊れても直したりリメイクしながら次の世代まで継いでいけるようなものをつくりたいなと思いました。

私は旅のほかに、山登りも大好きだから、できればゴミを出さないビジネスがしたいなとも考えていて。

自然から生まれた地金や宝石を使って、けれど形は自分でゼロから生み出せるジュエリーブランドの立ち上げという選択。考えれば考えるほど「これだ!」と思えて、そして実際に退職後に、CAD(コンピューターを使って設計・デザインする技術)の勉強を始めてみたんです。

2017年の新作コレクション
2017年の新作コレクション、蓮のモチーフのシルバーイヤリングとネックレス

倉岡 そうしたら、ほかのひとが1日かかる作業が、私はなんと3時間で完結できたりしてね(笑)。「向いているのでは?」と考えて、そこから2年、本格的にCADの勉強を続けました。

「PETHICA JEWELRY」は、その2年間のあいだに立ち上げたブランドです。

普通は、会社員をやりながら並行して新しい勉強をしたり、きっちりと勉強を追えてからブランドを立ち上げたりするのかもしれないけれど。

私は性格上、ふたつのことを追うことが得意じゃなくて。結果的に、「やりたいな」って気持ちに従って、走りながら創り上げてきたのが、私の場合はよかったのかなぁって思っています。

好きなことを仕事にして、世界中どこででも生きていく

永田さん・倉岡さん
取材中も、楽しそうにふたりで話すジョージさんと倉岡さん

── おふたりの住まいは、けれど今は東京に?

ジョージ うん、ふたりで東京で暮らしています。ただ、僕についていえば、2ヶ月に1度は東京を確実に離れる。大体年間4〜5回は国内ツアーでどこかへ行って……。

倉岡 行ったら、数週間は帰ってこない(笑)。

ジョージ そう(笑)。大体、一筆書きで行ける地域を回って帰る。たとえば東海道なら、東京、静岡、愛知、大阪。海外は、行けるときは年に2回ほどツアーに行くかな。ただ、ご縁がある場所に行きたいと思っているから、タイミング次第。

パリでのセッションの様子
フランス・パリでのセッションの様子

ジョージ 基本的には、ピアノがあれば世界中どこででも働ける。とはいえじつは、こんなものも持ち歩いています。

永田ジョージさんとピアニカ

「Clavietta」という1960年代イタリア製のピアニカ
ジョージさんの旅の共、「Clavietta」という1960年代イタリア製のピアニカ

ジョージ たとえばマレーシアではライブに飛び入りしてピアニカを演奏していたことをきっかけに、「インドネシアのジャカルタに来ないか」と声をかけてもらいました。それで本当にインドネシアを訪れて演奏していたら、今度は「マレーシアのペナン島ジャズフェスティバルでぜひ」と声がかかって……。

偶然知り合った人がスペイン大使館の方で、結局大使館公邸まで弾きに行ったらなぜかブラジル人とのセッションになったこともあったなぁ。

ピアニカがあれば、世界中どこでもパフォーマンスができる。本来はピアニストだから、もうちょっと鍵盤はあったほうが、うれしいけどね(笑)。

倉岡 音楽は、国を超えるのがすごいよね。私も……旅先で得るインスピレーションさえあれば、やっぱり世界中どこでも仕事ができる。以前は、都内に工具を揃えたアトリエを設けていたけれど、最近工具を自宅にそろえて自宅をアトリエ化したから、場所はより自由かな。

ジョージ たぶん僕らに共通して言えるのは、「仕事の原資が旅なこと」。

永田・倉岡・伊佐
ジョージさんと倉岡さん、そして伊佐。旅人3人の取材は本当に盛り上がった。「仕事の原資が、旅」?

ジョージ カルフォルニアの海を見たから弾けるピアノがあるし、旅に出たからこそ生まれるジュエリーがある。そこに行かないと出てこないインスピレーションっていうのは必ずあるから。旅に出ることが、次の仕事の種になってゆく。

倉岡 そう。昔は「ただ旅をせずにはいられない」だけだったけれど、最近は「旅が仕事」と言えるようになったのがうれしいかな。頻繁に旅をしても、「あのひと全然仕事しないで遊んでるだけだね」って見方じゃなくて、「仕事として行っている」と見てもらえるのもありがたい。

ジョージ 僕たちは、どこかへ行かない限り、仕事が生まれない。

倉岡 生まれるとしても、現状維持になってしまう。

── ともすれば、少しずつ停滞してしまうかもしれない。

ジョージ そうそう、本当に。

ギリシャ・アクロポリスにて
ギリシャ・アクロポリスにて
マンハッタンにて
アメリカ・N.Y.のマンハッタンにて

倉岡 どうして旅が好きかといえば、過ぎていく瞬間すべてが新しいから。日本にいてもそう感じようと思えば感じられるけれど、やっぱりそこは日常で。新しい道、新しい出会い、旅は本当に楽しいから。

ジョージ うん。旅は冒険だし、僕がやっている音楽って、譜面に書いてあることをそのままやるのとは違って、言ってみれば即興芸術。そして即興芸術は、冒険をしないと新しい音が生まれてこない。

つねに同じ道を同じように歩いても仕方がない。即興の演奏は、自分が今できることからちょっと外れた冒険をすることで、初めて次の音楽が生まれる側面を持っています。だから、そういう意味で、旅はそのまま自分の音楽の冒険にもつながっているんだと認識していて。

── 日本で暮らしているだけでは、はみ出せない。

ジョージ ……っていうのは、あくまで僕の価値観です。もちろん、東京にいてもはみだせるひとはたくさんいるし、そういうひとたちは才能が秀でているから、東京にいても大丈夫。けれど僕はそうじゃないから、どこかへ行かないと自分の音楽が進化していかないんじゃないかなぁ。

永田ジョージさん

ジョージ そういえば僕は昔、「波乗りピアニスト」と呼ばれていてね。けれど最近は、「サーフィンで物理的な波に乗るだけじゃなく、いろんなところで起きた波を見つけて、それに乗るために旅をしてるんだ」と捉えています。

── 旅にサーフィンが内包された。

ジョージ たとえば「今はアジアの波がきている」とか、「次はヨーロッパのスイスだ」とかね。音が僕を旅に連れ出してくれて、その先でまた新しい音が生まれる。それが自分のスタイルだなって。やっぱりそれは、日本にずっといるとできないこと。

倉岡 私は旅と同じくらい登山も好き。よくひとりで縦走(山に登った後、下山せずにまた別の山に登ること)します。サーフィンも登山も旅も、自分の感覚を研ぎすませて、生きるか死ぬかの瀬戸際をいくようなところがある。

セドナでのトレッキングの様子
アメリカ・セドナでのトレッキングの様子

ジョージ 自分の好きなことが仕事になって、それが生き方にもつながるのが幸せだなって。すべてのひとにこのスタイルが合うわけじゃないと思うけれど、僕ら夫婦は少なくともすごく楽しく毎日を生きている。これから何が起こるか分からないけど、旅とピアノとジュエリーと……。もしかしたらまた要素が増えるかもしれないけれど、楽しく「場所にとらわれすぎずに」生きていく気がしてる。

倉岡 ジョージくんが、今すぐどこかへ移住するぞと言ったら、いつでもどこへでも行く覚悟も自信も持っています。

ジョージ 旅は人生や生き方につながるところがある。もし同じように生きたいひとがいたら、僕らはぜひ、と言いたいな。

永田ジョージ・倉岡麻美子

じつは、インタビュー当時の倉岡さんのお腹には2018年1月出産予定の赤ちゃんがいましたが、その後12月20日に元気な男の子が産まれました。

旅するピアニストと旅するジュエリーデザイナーのお子さんは、一体何に興味を持つのだろう―ー?

お話をうかがったふたり

永田 ジョージ
フリーランスのピアニスト。「Groove Pockets」主宰。4歳からクラシックピアノを始め、大学からジャズピアニストとしての演奏活動を開始。2012年6月独立。2016年11月、インストバンド「いちむじん」のピアニストとしてキングレコードから40歳のメジャーデビュー。近頃はアメリカに加えてスイス、デンマーク、フランス、マレーシア、インドネシアを旅し、世界各国で観たノスタルジックな風景、波乗りを通じて感じる自然の心地よさを音に取り入れる。​
「Groove Pockets」公式サイト
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ライブ音源・映像

永田ジョージさん、1月の旅のスケジュールはこのような感じで全国各地にピアノと共に現れます。詳細や予約は公式サイトにて。

  • 1/13(土)3:00pm 青梅サウンドコレクション吉澤
  • 1/14(日)2:30pm 上田 信州国際音楽村
  • 1/15(月)7:00pm 富山レストラトゥール
  • 1/17(水)7:30pm 名古屋ミスターケニーズ
  • 1/18(木)7:30pm 神戸クレオール
  • 1/19(金)7:00pm 中津川マジョリカ&バンブー
  • 1/20(土)7:00pm 浜松ハァーミットドルフィン
  • 1/23(火)7:00pm 渋谷JZ Brat with ギラジルカ(vo)

倉岡 麻美子(くらおか まみこ)
「旅するジュエリー」がコンセプトのジュエリーブランド「PETHICA JEWELRY」代表・デザイナー兼クリエイター。また2017年より、世界を知り課題を見つけ、平和へ繋げることをミッションとした活動「Cinema PETHICA」の運営も開始。都内ギャラリーにてドキュメンタリー映画会を毎月開催中。なによりも旅が好きで、特に辺境好き。現地の人と仲良くなるのが得意。登山が趣味で、アルプス縦走や森の中にいるときが幸せ。
「PETHICA JEWELRY」公式サイト
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文章:伊佐知美
撮影:タクロコマ(小松﨑拓郎)
一部写真提供:永田ジョージ、倉岡 麻美子
取材協力:THE APOLLO

(この記事は、合同会社cocowaと協働で製作する記事広告コンテンツです)

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伊佐 知美

旅するエッセイスト、フォトグラファー。1986年生まれ、新潟県出身。世界中を旅しながら取材・執筆・撮影をしています。→ さらに詳しく見る

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「もっと人に会いたい」。ノマド的節約術やOMIYA!運営者の松本博樹が語る【場所にとらわれない働き方】とは? すべての始まりはブログだった。日本・海外の滞在比率は6:4、世界中を飛び回るまたよしれいさんの【場所にとらわれない働き方】とは?

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