2015年10月現在、訪日外国人観光客の数は、1,000万人を突破。日本の観光業において、外国人の存在はますます目が離せなくなってきました。この状況を先読みして、小さいながらも自分でビジネスをスタートさせた「Tokyo Great Cycling Tour」。現在は、年間2,000人が参加する、大人気なアクティビティに成長しました。
「Tokyo Great Cycling Tour」が事務所を構える場所は東京都の茅場町。さっそく、代表の肥塚由紀子さんに会いに行きました。
自転車4台とウェブサイトを自作してスタート
まずは肥塚さんに「Tokyo Great Cycling Tour」を設立した経緯を教えていただきました。
肥塚由紀子(以下、肥塚):「2005年くらいに、外国人向けの自転車ツアーが海外にあることを友達に聞きました。私自身、もともと自転車が好きだったし、東京にはそういうアクティビティはないからおもしろそうだなと思って。
日本では、京都がどこよりも先駆けてサイクリングツアーを開催していたため、現地のツアースタッフに『東京で外国人向けにサイクリングツアーを始めます』と連絡したんです。仁義を切るというつもりで(笑)」
すぐに自転車を4台買い揃え、自分でウェブサイトをつくり「Tokyo Great Cycling Tour」を小さくスタート。「やる」と決め、即行動に起こしました。
そのあとは、現在のルートA(Tokyo Bay Ride)の元となるお台場コースをつくり、マイペースに継続。「HP経由ではじめて外国人から予約が入ったのは、動き出してから半年以上経った、2006年の11月だった」といいます。
では、「Tokyo Great Cycling Tour」は現在に至るまで、どのような道を辿ってきたのでしょうか?
肥塚:「来年の2016年で、事業をスタートしてから10年が経ちます。最初の1年間は、お客さんは全部で50人。当時、私はホテル関係の仕事をしていて平日は動けなかったため、毎週予約が入るわけではありませんが週に一度の土曜日だけツアーを開催していたんです。
そして翌年は前年の倍となる100人に、その翌年は3倍の300人へと参加者が増えていきました。広告すら出稿していない手作りのウェブページで、こんなに外国人が来てくれるのかと驚きました」
年間2,000人もの外国人観光客が参加する東京のアクティビティに
観光客が増えたことを契機に、発足から4年後の2009年から「Tokyo Great Cycling Tour」専業となった肥塚さん。同時に、平日のツアーをスタートさせました。
肥塚:「じつはツアーの企画・運営だけではなく、事業をはじめた当初はホテルに行って営業していたんです。当時、間借りしていた新橋の事務所は、待ち合わせ場所となるツアーオフィスとしては小さかったので、ホテルの軒下を駐輪場と集合場所にできないかを、お願いしに行きました。その頃は『自転車は危ない』とか『外国人を相手にして何かトラブルが起きたらどうするんだ』みたいな反応ばかりでしたけれど」
地道な努力の結果、年間2,000人もの外国人観光客が、肥塚さん主催のサイクリングツアーに参加するまでに至りました。(数字は2015年現在)
参加者は旅慣れていて、かつ所得の高い層が中心。有名な観光地の外面を見るのではなく、日本のバックストリート(裏路地)を巡り、日本人の暮らしを知りたいという人々に人気です。
また男女比はほぼ半々で、カップルで来る人も多いそう。年間を通じてアメリカ、オーストラリア、イギリス、ドイツ、カナダ人の順で参加者の数が多いといいます。
トリップアドバイザーで人気1位を獲得。その要因とは?
トリップアドバイザーの東京のThings To Doで人気1位になったのは、2010年のこと。それ以降は同サイトを見てツアーに参加する人が、とても増えたそうです。
肥塚:「トリップアドバイザーで好意的なコメントを貰うとうれしいです。でもその反面、ゲストを楽しませようと用意しているサービスや仕掛けがサイト経由で伝わってしまう。ゲストの期待値がどんどん上がっていくのを感じ、プレッシャーになりました。でもこの状況を、さらにサービスをブラッシュアップさせるためのチャレンジだと、今は受け取っています」
これほどの人気を博する要因は、ツアーの企画・運営は「私だったらこうしてもらえるとうれしい」と思うことを実直に実行してきたから。
肥塚:「日差しが強い日は、サイクリングツアーが終わったらビールが飲みたいんです。だから私たちのツアーでは、事務所に帰ったらみんなでビールで乾杯します。子どもが多い日は、かき氷を出したり、割り箸ではなくて塗り箸でご飯を食べたり、走りやすい『tokyobike』という自転車を使ったり」
ツアーは10人程度の少人数で開催されます。この規模を守るのは「サイクリングが終わる頃にはみんなが友達のようになっているといい」という肥塚さんの想いがあるから。実際、ツアーが終わる頃には参加者同士の距離がグッと縮まっているといいます。
肥塚:「ゲスト同士がおすすめの店を紹介しあったり、翌日に一緒に観光する約束をしていたり、宿のラウンジみたいに仲良く話している様子を見ると嬉しくなりますね 」
うれしいことは他にも。それは自転車で走る街を、東京を、日本人を「いいね!」と褒めてもらえること。
肥塚:「街にゴミが落ちていないというだけで、外国人から評価されます。でもこれは私の力でもなんでもない。地域の方が毎日掃除をしてくれているから」
ルートづくりの他にガイドとして気をつけていることは、「お客様第一じゃなくて、私たち第一」と肥塚さん。
肥塚:「ゲストじゃなくて、ガイドが一番そのツアーを楽しもうということです。今までいませんが、本当にわがままな参加者がいたとしても、その人に合わせる必要はありません。みんなでサイクリングを楽しむためには場の雰囲気を悪くする人には『お金はいらないから帰ってください』と言えることが大切だと、スタッフには口を酸っぱくして伝えています。私たちが楽しむからこそ、本当に楽しいツアーになるんです」
「馬で東京を走る」なんて、誰も想像できないでしょ?
肥塚さんが抱く夢は、サイクリングツアーに留まりません。同団体がこれから注力する領域は「カヤック」です。
肥塚:「2010年に新橋から茅場町の事務所に引っ越してきたら、オフィスの隣に運河がありました。東京で動力を使わない移動手段で観光するなら、カヤックもありだよね!と冗談で話していたこともあって、運河沿いに来たのも何かのご縁だと思って、カヤックのツアーをはじめたんです」
そしてサイクリングツアーの時と同様に、まずはカヤックを買ってくることから始めたといいます。現在は月に1、2回、事務所の前の亀島川を出て隅田川を渡る、江東区の運河を巡るツアーを開催。今後はカヤックツアーでも利益を上げることが間近の目標です。
肥塚:「『東京でカヤックなんて、誰もやりたがらないよ』ってよく言われます。でもTokyo Great Cycling Tourを始めたときも、ホテルの人や周りの人もサイクリングツアーに懐疑的でした。でも今は、実際に外国人観光客が東京の街を自転車で走っている。カヤックだってきっと喜んでもらえます。
夢見ているのは、カヤックだけじゃありませんよ。『Tokyo Great Horse Riding Tour』をしようと話しているんです。まさか馬で東京を走るなんて、誰も想像できないでしょ? でもきっと、実現する日が来る。『東京で、まさか!』を外国人のみんなに届けたいですね」
ロールモデルがない環境で、こうやったら喜んでもらえるだろう、こういう要望に応えようと走りながら改善して、積み上げていく「Tokyo Great Cycling Tour」。次は、どんな新しい旅の風景を、外国人観光客に見せてくれるのでしょうか。
お話をうかがった人
肥塚 由紀子(こえづか ゆきこ)
1967年神戸市生まれ。小学校時代の4年間は父親の仕事で台北日本人学校。大学卒業後、1990年東京銀行(現・東京三菱UFJ)入行。香港返還前後3年間、香港支店勤務を経験。1999年社会人大学院に入学し、同級生が経営していたビジネスホテルチェーンに勤務、2005年退社。個人でも自転車を3台所有。スキーは4台。年中日焼けするので顔のシミが悩み。東京神楽坂に夫と二人暮らし。
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