営みを知る

「庭のホテル 東京」と訪日外国人観光客|スタッフがホテルのファンになることが「おもてなし」の第一歩

高層ビル群がひしめく、東京の水道橋駅近くに、緑に覆われたホテルがひとつ。大都会にいることを、うっかり忘れてしまいそうになるほど緑溢れる印象の「庭のホテル 東京」。宿泊客の半数以上は、訪日外国人の方々だといいます。

「庭のホテル」ロビー。行燈をイメージした大きな照明が印象的
「庭のホテル」ロビー。行燈をイメージした大きな照明が印象的

日本の「おもてなし」の今昔、そして急増している訪日外国人観光客の方とのフラットな関係性について、「庭のホテル 東京」代表・木下彩さん、ゲストリレーションズの伊藤美絵さん、そして広報の赤羽恵美子さんにお話をうかがいました。

日常の延長線上にある「ちょっとした贅沢」を感じられるホテルを

左から、伊藤美絵さん、木下彩さん、赤羽恵美子さん
左から、伊藤絵美さん、木下彩さん、赤羽恵美子さん

── 「庭のホテル」というだけあり、植物がたくさん植えられていますね。

木下彩(以下、木下) ホテル自体が水道橋という都会の真ん中にありますから、少しでもホッとできる、庭みたいな場所にしたいと思って自然溢れるホテルにしました。日本ならではの四季の景色が楽しめると、お客様にも好評です。

レストランまでの廊下から中庭が望める
レストランまでの廊下から中庭が望める

── 宿泊業自体は、昔から営まれていたそうですが「庭のホテル」誕生の経緯を、お伺いしたいです。

木下 今からちょうど80年前の、1935年に旅館森田館をオープンしました。

創業したのは私の祖父母。しばらくは旅館として経営を続けていましたが、70年代に入り高度成長期のニーズに合わせ、他に先駆けたかたちで「東京グリーンホテル 淡路町」というビジネスホテルをオープンさせました。

その新しいビジネスモデルがあたり、現在「庭のホテル」がある場所に「東京グリーンホテル水道橋」を、続いて80年代には「東京グリーンホテル後楽園」と、一時期は合計3店舗のビジネスホテルを経営していました。

ところが、その後全国チェーンなどのビジネスホテルがどんどん増えていきました。「東京グリーンホテル淡路町」を始めたときは、ビジネスホテル業界という業態そのものがほとんどなく、先駆け的な存在でしたが、様々な大手企業が参入してきて、特にインターネットが普及してからは安売り合戦のような状態になってしまいました。

私が経営者として着任したのは1994年でしたが、10年ほど経った頃からこのままではジリ貧になってしまうと思って。「東京グリーンホテル水道橋」を2007年に閉めて、2009年に「庭のホテル」という今までにはなかった新しいタイプのホテルを創りました。

代表取締役の木下彩さん
代表取締役の木下彩さん

── リニューアル時に大きく変革した点というのは?

木下 価格ではなく、別の価値で選ばれるようなホテルにしたいと思いました。

ですから、ビジネスホテルと比べると安くはないし、もしかしたら万人受けはしないかもしれないけれども、少なくとも一部の人にはすごく好まれるような個性のあるホテルにしたいと考えて「美しいモダンな和のホテル」というコンセプトを掲げました。

私たちの会社が、もともと旅館が原点だということと、単純に私が和のものが好きだということもあって(笑)そうしたコンセプトにたどり着きました。

庭のホテル

赤羽恵美子(以下、赤羽) 「庭のホテル」がある水道橋は、じつは江戸時代から続く歴史的スポットがたくさんあるということも、このホテルの個性のひとつです。このあたりには武家屋敷や、江戸時代に東京で唯一女優が立っていた劇場である三崎座がありました。

木下 でも、今は現代の街並みがあります。ホテルも、昔のものをそのまま残した古いものが素敵かというと、必ずしもそうではありません。今を生きている私たちにとって快適で、美しいと感じられる和を表現したかった。

同時に、ラグジュアリー過ぎると、ゆったりくつろげない。だからサラリーマンの出張費よりは少し高いかもしれないけれど、手が届くくらいの価格帯で、日常の延長線上にある「上質な日常」を感じられるようなを作り出したいと思いました。

「モダンな和」というのは、そうした思いを投影した表現でもあります。

「庭のホテル」のロゴ。公式Facebookページより
「庭のホテル」のロゴ。公式Facebookページより

赤羽 「庭のホテル」のマークは、江戸時代の路地をイメージしているんです。

当時は幕府の防衛上の理由で街路は行き止まりがとても多かった。真ん中の日本語の「ルテホの庭」という表記は古き良き近代の東京を、「HOTEL NIWA TOKYO」というのは現代の東京を表しているんです。ロゴの色も深川鼠という渋めの緑色で、江戸時代によく使われていた色だと言われています。

赤羽恵美子さん
赤羽恵美子さん

── ロゴなどの細部にも、ホテルの世界観が反映されているんですね。

伊藤 こだわりは、話し出すと止まらないくらいありますよ!

木下 価格だけを考えれば、他にもたくさんいい宿はあります。価格の高い安いではなく、「庭のホテル」が好きだからという理由で選んでいただけるような場所にしたかったんです。

意思疎通をきちんとすることがファンづくりの基本

── ビジネスホテルから「庭のホテル」に変化するとなると、スタッフの方々も戸惑うことも多かったのではないでしょうか。

伊藤美絵(以下、伊藤) 「東京グリーンホテル水道橋」だった頃のお客様に対して行っていたサービスが、「庭のホテル」では必ずしも最適ではないということもありました。

そのうえ、今は宿泊される方の半分以上が海外のお客様です。サービスの善し悪しは、お客様と毎日接する中で、お客様に育てていただいて磨かれていったと思います。

庭のホテル
客室はすべてベッド。畳をイメージしたカーペットなど、さりげなく和の要素を取り入れている

── 半分以上というと、かなり多くの割合で外国人の方が宿泊されているように感じますが、特別なPRを行っていたのでしょうか。

赤羽 いえ、特別なことは何もしていません。だから、じつは私たちもはじめは不思議に思ったんです。

伊藤 そこで外国からいらっしゃるお客様に、「どこで庭のホテルのことを知ったのですか?」と尋ねてみると、「トリップアドバイザー」の口コミを参考にした、とお答えになる方がほとんどでした。

もちろん、「トリップアドバイザー」で、ある程度評価を得続けることも重要ですが、日々いらっしゃるお客様もひとりひとり違いますから、私たちとしては今まで築いてきたお客様との信頼関係を大事にしたいと思っています。

── それまでビジネスホテルだったらOKとされていたことが、訪日外国人観光客の方々だとうまくいかなかったことや、「庭のホテル」という新しいタイプのホテルになってからの違いというのは、具体的にどんな点がありますか。

伊藤 日本人のお客様に比べ、海外のお客様からのご要望、問い合わせは、格段に増えました。

最初のうちはスタッフもどのように接して良いのか分からず、1時間くらい押し問答していたこともありました。

たとえば、チェックイン時間より前に部屋に入りたいとおっしゃる海外のお客様に、まだ部屋の準備が整っていない旨を伝えるのですが「長時間のフライトで疲れているから部屋を用意してくれ。他のホテルでは、部屋に入れる」と譲らない。

木下 日本人相手だと、なんとなく「そのようなことは致しかねます」という表現でお断りの意思表示ができますが、他国の方の場合は、そういうあいまいな返事だと「押せばいける」と思わせてしまい、結局どっちなんだとお客様を混乱させることにもなり得ます。

伊藤 今までは、どのように対応して良いか分からず、あいまいな返事をして、お客様を苛立たせてしまうこともありましたが、今は外国のお客様の対応に慣れてきております。

── 言語の壁は、やはり厚いですか?

伊藤さん

伊藤 話せるに越したことはないと思います。でも、完璧に話すことができなくても一生懸命伝えようとすると、お客様も理解しようとしてくださるし、本当にどうしようもないときはGoogle翻訳などを利用してコミュニケーションをとることもあります。

木下 「庭のホテル」をオープンした当初は、稼働率が30~40%と悲惨でしたが(笑)、スタッフの地道な努力で、ここ2,3年でようやく軌道に乗りました。訪日外国人観光客の方を含め、「庭のホテル」のファンになってくださる方が、少しずつ増えているような気がします。

── ファンづくりのために取り組んでいるということはあるのでしょうか。

木下 自分が好きなものを、相手にも薦めたいという気持ちで日々取り組んでいます。そういう雰囲気は、国籍に関係なく通じるみたいで、一言二言の日本語を覚えてくださって、日本語で話しかけてくださるお客様もいらっしゃいます。

オリンピックは通過点にすぎない

── いま、訪日外国人観光客の方々が増加していますが、そこに向けたPRなど、次なる施策を行っていくのでしょうか。

木下 やはり一番重要なのは人ですね。単に外国語が話せるかどうか、知識があるかどうかも大事ですが、自分を磨こうという意識を持つ人を育てることでしょうか。

世界の大都市で比べれば、東京の宿泊料は安すぎるくらいです。その上、どこのホテルも概ね安全だし清潔だし、従業員の愛想は良い(笑)。そのなかで差別化するための最大の強みは働くスタッフのもつ魅力です。「庭のホテル」の内装やデザインは、真似しようと思えばいくらでも真似することはできますからね。

伊藤 海外のお客様は、滞在期間が長い方が多いので、スタッフとお客様の距離が近いです。おひとり、おひとりに丁寧に接客し、今まで以上に気楽に話しかけていただけるような雰囲気づくりを心がけていくことですかね。そして、「庭のホテルの〇〇さんに会いたくて来た」と言っていただけるような、ファンを海外にたくさん作りたいですね。

赤羽 「ここまでが私の仕事」と割り切って終わらせてしまうことはできますが、自分たちができることを主体的に考えることが、「庭のホテル」が愛される宿になる道のひとつだと思います。

木下 東京オリンピックの開催が決まってから、都内でも標識や看板を多言語化しようという話や、整備が進んでいますが、東京オリンピックは通過点に過ぎません。

むしろオリンピックが終わったあとに来てくださるお客様を、どれだけ増やせるかの方が大事です。

ファンづくりをまず社内からおこなって、このホテルのファンであるスタッフが接客することにより、はじめて「庭のホテル」がお客様にも愛されるホテルになるのだと思います。

このホテルのこと

庭のホテル 東京
住所:東京都千代田区三崎町1-1-16
電話番号:03-3293-0028
最寄駅:JR中央線/総武線「水道橋駅」
チェックイン:15:00
チェックアウト:11:00
公式サイトはこちら

【訪日外国人観光客対策】特集のほかの記事はこちら

感想を書く

探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

詳しいプロフィールをみる

探求者

目次

感想を送る

motokura

これからの暮らしを考える
より幸せで納得感のある生き方を