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「澤の屋旅館」と訪日外国人観光客|都内満足度NO.1の旅館に学ぶ、これからの宿泊業の当たり前

昭和24年に開業して以来、東京の下町で数多くの観光客を受け入れてきた「澤の屋旅館」。1982年以降、ガイドブック「ロンリープラネット」に掲載されたことをきっかけに、訪日外国人観光客に愛される宿として成長してきました。今では、世界中の旅行者が利用するクチコミサイト「トリップアドバイザー」のなかで、東京の宿泊施設の部門でランキング第1位に輝くほど。

一度は廃業の危機にまで陥った「澤の屋」を救ったのは、外国人観光客でもあり、宿のご主人・澤功(さわ いさお)さんでもあります。現在は、観光業界でも引っ張りだこの澤さんですが、「澤の屋」再生のためにおこなったのは、徹底的なデータ収集と柔軟な発想による地道な努力でした。

澤功さん
澤功さん

予約はギャランティリザベーションにするべし

宿泊業を営んでいてぶつかる苦悩は数あれど、一番困るのは、ノーショーと呼ばれる「不泊」。つまり連絡なしに宿に来ず、予約を取り消されてしまうことです。宿の予約は専用の申し込みフォーム、メールが主流ですが、「澤の屋」では途中からギャランティリザベーションに切り替えたといいます。

「澤の屋」のロビー
「澤の屋」のロビー

「ギャランティリザベーションというのは、宿に予約するとき事前にクレジットカードの番号を伝える予約法のことです。もし当日にお客様から連絡がなく、宿に来なかったとしても、カード会社を通して、一泊分の宿泊料を請求することができます。ギャランティリザベーションは、もはや西欧諸国では当たり前。『澤の屋』でも、以前は60件近くあったノーショーが、4,5件に減りました」。

個人経営の小規模な宿ほど、ひと組のお客様の不泊は痛手になります。日本ではプライバシーや安全性の問題から、なかなか根付かない予約法ですが外国人のお客様にとってはギャランティリザベーションの方が利便性があって好まれると、澤さんは話します。

Wi-Fiは必須。ネット環境を整えるべし

かつては「ロンリープラネット」が旅行者の重要な情報収集の手段でしたが、今はインターネットがほとんど。

「どこで『澤の屋』を見つけたのか聞くと、ほとんどがトリップアドバイザーです。あとはほかの国の友だちから聞くか、日本に恋人がいる方か、どちらかですね」。

ガイドブックがウェブ上に移行したことで、旅先での情報収集もネットを頼りにしている旅行者が大多数です。そのため、宿には自由に使えるパソコンが2台設置してあります。

「トリップアドバイザーのクチコミはもちろん、SNSでリアルタイムに発信することができるから、『今、澤の屋にいるよ』と情報を共有できるんです。2008年頃には、旅行における情報収集の仕方はネットに切り替わっていたように思います。私たちも急いでWi-Fi環境を整えました。うちは、アメリカ人のお客様で株をやっている方々がよくいらっしゃるんです。そういう方はパソコンが使えないと、仕事ができませんからね……」。

日本は全国的にWi-Fi後進国と揶揄されることもしばしば。ですが今は、独自にネット環境を整える店や地域が急増しています。個人旅行者の増加とともに、ネット環境の整備は急務のひとつになっているのです。

動画を活用するべし

「この前お客様に言われたよ、『澤さん、これからは動画だ』って」。

リアルと同じくらい、ネットでの世界が浸透しているのは、日本も海外もほぼ同じ。しかし、ほかの観光立国に比べて、日本による海外向けの動画配信やCM製作は、そこまで進んでいないといいます。

「うちでも、Youtubeで旅館までの行き方を紹介しています。はじめて来る人にとって宿への道が分からないのは不安でしょうし、ネット上で広めてもらえるネタになります。アドバイスをくれたアメリカ人は、日本のプロモーションビデオを観光業に関心のある学生とかにコンペ形式でつくってもらえばいいのに、と話していました」

見せたい日本と求められる日本は違うと思うべし

「澤の屋」に来るお客様は、ほとんどがFITと呼ばれる個人旅行者。彼らの多くは、定番どころの観光地よりも、日本人の日常が感じられる場所や体験を求めているといいます。

澤功さん

「たとえば、京都に行くとお寺のツアーばかり紹介されたり、食事は懐石だけしか選べなかったりするそうです。でも彼らとしては、本当は私たちが行くような普通の居酒屋さんに行きたい。日本人の日常生活を見たいんだという訪日外国人観光客は多いのです。いろいろな所を歩き回った旅行者の方々も、町の人とのふれあいとか、地元の人と並んで買った商店街のコロッケが一番美味しかったとか、そういう何気ないことがきっかけで日本を好きになってくれるものです」。

各部屋にはチェックイン時から布団が敷かれている。その枕の上には奥様のアイディアで折り鶴が。
各部屋にはチェックイン時から布団が敷かれている。その枕の上には若奥様のアイディアで折り鶴が。

日本人が教えたいもの、見せたいものを押し付けるのではなく、訪日外国人のお客様が何を求めているのかを知ることが大切です。

「オリンピック開催が決まって、日本に来る外国人の方は急増しています。でも全国的に宿泊場所が足りないんです。2008年に総務省が取った統計によれば、日本の約3割の宿が、外国人客は受け入れたくないと答えました。でも、もうそんなことは言っていられません。それに、この勢いはチャンスだと思いますよ。」

旅館であれホテルであれ、バックパッカー向けの安宿であれ、旅行者の目的によって宿泊場所は変わります。地域と宿の形態が持つ強みを活かせば、お客様に外国人も日本人も関係なくなるのかもしれません。

澤の屋

お話をうかがった人

澤 功(さわ いさお)
1937年新潟県生まれ。中央大学卒業後、東京相互銀行に入行。結婚を機に銀行を退職し「澤の屋」へ。1982年に外国人の宿泊客を受け入れはじめ、1998年までジャパニーズ・イン・グループの会長を歴任。2009年には観光庁のビジット・ジャパン大使に任命された。

この宿のこと

澤の屋旅館
住所:〒110-0001 東京都台東区谷中2-3-11
最寄駅:東京メトロ千代田線「根津駅」
営業時間:7:00~23:00
チェックイン:15:00
チェックアウト:10:00
電話:03-3822-2251
公式サイトはこちら

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探求者

立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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