「こんにちは! 今日は観光でいらっしゃったんですか」
浅草駅を降りると、こんがり日に焼けた若い男性たちがずらりと並び、様々な人に声をかけている光景が広がります。人力車を引く俥夫(しゃふ)のお兄さんたちは、浅草に集まる観光客のお客様に、町の良さを伝えようと今日も全力です。
今回は、数ある人力車のなかでも、旅行者向け口コミサイト「トリップアドバイザー」で東京のアクティビティランキング1位に輝いた観光人力車「えびす屋」の、梶原浩介さんにお話をうかがいました。
人力車を引いて約23年、全国約200名の俥夫とスタッフが活躍
── 「えびす屋」さんの事務所は浅草の雷門の近くにありますが、こちらの事務所に伺う道すがらも、たくさんの観光客の方に声をかけている俥夫の方を見かけました。
梶原浩介(以下、梶原) 本当ですか。浅草の周りは、本当にたくさん俥夫がおりますからね。
── 「えびす屋」さんは浅草だけではなく、日本各地で人力車を走らせていらっしゃいますよね。
梶原 そうです、創業は1992年。はじめは京都の嵐山で、わずか3台の人力車から始めました。現在は京都、東京のほか、小樽や鎌倉など、全国で9店舗展開しています。
訪日外国人観光客の方を対象にしたサービスの強化を始めたのは、今から5年ほど前、2010年頃からでしょか。
浅草店は2000年から営業をスタートしたのですが、訪日外国人観光客の方は、こうした都内の観光地を訪れた場合、到着してまず何をすればいいか分からない、と感じる方が多いようなんです。とりあえず雷門に来てみたけれど、その次どこへ行けばいいのか、周辺の情報もサッと出てこない。
ですから、私たちとしては浅草全体のルートや素敵なところ、お客様が興味を持たれた場所をご案内できるようにしています。
現在も俥夫を募集中ですが、英語は必須です。街頭でお客様にお声がけするところから、目的地やルートの説明をするまで、きちんと満足していただくために外国語は大事にしています。
── 海外の方が「えびす屋」さんを知るきっかけというのは?
梶原 やはり「トリップアドバイザー」さんから知るという方が圧倒的に多いですね。あとは他のホテルさんや旅行会社さんが紹介してくださったり、海外のメディアが掲載させてほしいと連絡をくださったりします。そこから見つける方が多いようです。
── 人力車で回れる範囲というのは、どこからどこまでなのでしょうか。
梶原 明確な線引きをしているわけではありませんが、おおよそ浅草周辺から、時には東京駅や銀座あたりまで行くこともありますね。
お客様にはご乗車いただく前に必ずパンフレットを渡して料金確認をします。モデルコースから選択もできますし、ご自身で行きたい場所をいくつか指定することもできます。「最後はホテルで降ろしてください」とか、「あのレストランで降ろしてください」とおっしゃるお客様もいらっしゃいますね。
── 海外向けにサービスを強化してから5年で、どれくらい変化がありましたか。
梶原 乗車率が圧倒的に高くなりました。天気のいい日ですと、7対3くらいの割合で日本人の方が多い。ですが雨の日ですと、それが逆転するんです。海外からのお客様は、決められた日程の中で選ぶしかありませんからね。
最近は、ご乗車いただくお客様の約3割は常に訪日外国人観光客の方々ですね。
人力車は観光ガイド。でも「人力車で浅草から京都へ行きたい」?
── 海外からのお客様を受け入れる際に苦労した点を教えていただけますか。
梶原 日本は地図で見ると小さい国ですし、地理的感覚をつかむのは難しいみたいで。浅草から赤坂へ行って欲しいとおっしゃる方や、なかには京都まで行ってほしいという方も。とりあえず新幹線をご案内するしかないんですが(笑)。
── 「人力車=観光」ではなく、移動手段という認識なんでしょうか。
梶原 そうですね。東南アジアにある、人力タクシーのトゥクトゥクなどと同じ感覚なのだと思います。しかし我々としては移動のためではなく、「人力車は観光ガイドだ」ということをきちんと伝えなければなりません。
そのためにも、やはり英語や中国語、韓国語で、貴重な浅草での時間を目一杯楽しめるようご案内します、ということをきちんとご説明することが大切なんです。
── 国によって、求められるものの違いはありますか。
梶原 イスラム教の方々だと、モスクへ行きたいという方がいらっしゃいます。または免税店へ直行してほしいとおっしゃる中国人の方も。本当に様々ですね。
人力車が活きる街と、そうでない街
── 「えびす屋」さんは、日本各地に展開されていますが、地域が異なると、それぞれ営業の仕方に違いがありそうです。
梶原 そうですね。私は札幌出身なのですが、北海道から九州までほぼすべての店舗の運営に携わりました。
たとえば大分県の温泉街がある湯布院町は、しっとりとした上質なおもてなしを求められるということと、韓国からのお客様がとても多いというのが特徴ですから、韓国語が話せるスタッフが常駐しています。街の雰囲気にしても、そこまで積極的に話しかなくても興味を持たれる方が多い印象です。
梶原 一方浅草の場合は、お客様の数も同業他社さまの数も多いです。いかに自分をアピールするかということと、こちらのサービスの話ばかりせずに、お客様と会話のキャッチボールをすることを大切にしています。
── 出店したけれど撤退した地域に、横浜や函館が挙げられますが、原因は何だったのでしょうか。
梶原 横浜は観光散策ではなく飲食を目的にお越しになるお客様が多かったのが原因だと考えています。
もちろん、出店する際は街の下調べや視察を繰り返して入念に検討します。横浜の店舗は、私もオープニングスタッフの一人だったのでよく覚えていますが、人力車もメンバーも選りすぐりを揃えて気合を入れてオープンしたんです。
ですが蓋を開けてみて、横浜にはキャリーケースやガイドブックを持って歩いている人が、想定よりも少ないということに気が付きました。たしかに観光や旅行で訪れることはあっても、もう行く場所がほとんど決まっている方が訪れる街が、横浜だったんです。
対して、対照的なのが鎌倉です。あそこも同じような観光地ですが、不思議なことに鎌倉にほど近い藤沢から鎌倉に来たお客様も、人力車に乗るんですよ。
鎌倉には、まだ知られていない、いわゆる隠れ家的スポットがたくさんあります。そのため、自分では探しづらいお店やルートなどを、人力車で開拓したいという方がいらっしゃるようです。
── 函館はどうですか? 小樽には店舗がありますが……。
梶原 函館は、夜景、五稜郭等お客様のお越しになる時間帯や場所が分散され観光手段として人力車は適さなかったようです。
北海道という場所は、旅行にまだ慣れていない方が初めての旅の目的地として選ぶ傾向にあります。そういう方は、まず札幌に入って、そこから小樽と旭川に行くルートが定番になっているようです。函館は、そういった定番ルートからは少し離れていますので、キャリーケースを持ったままのお客様や、帰る前にちょっと寄るような方が多く、人力車の需要は薄かったのだと思いますね。
── 実際に街に入ってみないと、お客様の動きは分からないものですね。
梶原 そうですね。どれくらいお客様のルートをイメージし、何パターンも想定できるかはとても重要です。こうした経験を経て、お客様の動きを読む視点を、少しずつ磨いているのが現在です。
一人ひとりが「下町コンシェルジュ」という意識
── 今後、「えびす屋」さんがより人力車の良さを広めていくために考えていらっしゃることはありますか。
梶原 浅草店のことを申し上げますと、我々は俥夫でありつつも、一人ひとりが「下町コンシェルジュ」だという意識を持って取り組んでいます。ですので、なにか新しいことを仕掛けるというよりも、たとえ人力車に乗らないお客様であっても、浅草を楽しんでいただきたいという気持ちを、きちんと持つことが大事だと思います。
── 「下町コンシェルジュ」というのは、具体的にどういった取り組みなのでしょうか。
梶原 人力車に乗る人だけがお客様ではありません。浅草に来てくださった、すべての方が私たちのお客様です。
俥夫は、お客様に出会った瞬間のフィーリングで、乗っていただけるかどうか、だんだんと判断ができるようになるものです。でも、それでもお断りされたときに、お客様が気分良く下町観光をしていただけるようにお見送りできるかどうか。私たちは、そこに非常に力を入れています。
── なぜでしょうか?
梶原 本当のおもてなしの心というのは、乗らなかったときの対応に出ると、私たちは思っているからです。
自分の利益しか考えていないと、お客様から断わられた途端、その損得勘定が態度や表情に表れて、お客様へ伝わるものです。そうではなく、うちの人力車には乗っていただかなかったお客様に対しても、あたたかくお見送りできるかどうか。まずは浅草に来てくれる方々を大事にしようというのが、私たちの考え方です。
我々はお客様にご乗車いただいている20分から30分という短い間に、最高のサービスを提供しなければなりません。すべての業種に言えることかもしれませんが、自らの商売のためだけにお客様を奪い合うのではなく、浅草の発展のために、という思いがあれば結果的に私たちにもお客様が振り向いてくれる。そう思うからこそ、まずは浅草に来てくださった一人ひとり、国籍に関係なく、誠心誠意向き合い続けたいと思っています。
お話をうかがったひと
梶原 浩介(かじわら こうすけ)
1981年生まれ 34歳 札幌市出身 趣味 サーフィン・ダイビング。小樽でえびす屋人力車に出会い、今年で10年。2005年6月にえびす屋俥夫としてデビュー、翌2006年6月社内の全国売上NO1を獲得、その後は、全国のエリアを約3ヶ月毎に渡り歩き、2009年から大分・湯布院の店長へ、商工会青年部役員も兼任し、町づくりや、おもてなしを学び、2013年3月、国際的なエリアをとなる浅草店所長として現在に至る。
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