編集部が自身のこれからの暮らしを考えるために、理想の暮らし方の先輩や知識人に疑問に思っていることを学びにいく特集「ぼくらの学び」。「灯台もと暮らし」編集部・くいしんは、これまでに何度かジョブチェンジ(=異業種への転職)を経て、今に至ります。「ジョブチェンジしたっていい」「何度やり直してもいい」。そんなことを考え、確認したくて、異業種への転職経験がある方を中心に、お話をうかがっていきます。

振り向く前のカツセマサヒコ

カツセマサヒコが振り向いた

印刷会社の総務部からライター・編集業へと転職したカツセマサヒコさんは、ツイッターのフォロワー数が6万人を超え、ネット上で大きな発信力を持っています。大企業から社員10人以下の下北沢の編集プロダクション「プレスラボ」へ転職するのは、怖いことでもあり、家族や友人からの反対もあったと言います。

大企業で働いていたカツセさんはあるとき、ジョブチェンジのきっかけになればと、ブログやツイッターを始めます。「逃げ出したい一心だった」「飛び込む準備だけはしていた」と語るカツセさんは、どのようにして転職し、現在に至るのでしょう?

今の仕事に悩んでいるひとや、やりたいことがあるけど一歩踏み出すのが怖いと考えている方に、ぜひ読んでほしいお話をうかがえました。

たくさんのことを経験した印刷会社の総務部時代

カツセマサヒコさん
カツセマサヒコさん

── カツセさんは、現在の編集の仕事を始める前は、新卒で入社した印刷会社の仕事をしていたんですよね。

カツセ そうですね。印刷会社に入社して、最初に配属されたのが「総務部」という人事系の仕事をする部署で、はじめにやった仕事が、工場の職員さんに制服を配る仕事でした。

サイズが5種類くらいある制服を仕分けて、1,200人くらいに配るんです。「なんで俺、大学でたのにこんなことやってるんだろう?」って疑問しか沸かなくて(笑)。それが大企業というものなんでしょうけどね。

2年目からは研修関係の仕事をしていました。入ってきた新人に対して教育プログラムなどを考えて授業するので、学校の先生みたいなことをやっていましたね。

そのあとは女性活躍支援関連の仕事をやったり、社員の労働時間管理をやったりして、最後が、ボーナスとか給与の査定ですね。各部署の上司と話しながら、社員の順位を決めていく仕事でした。あとは、電気が切れているから電球を交換したりとか、トイレから泡が出ているのを直しに行ったり。

── 「トイレから泡」ってなんですか?(笑)。

カツセ 「トイレから泡がめっちゃ出てる!」って電話がかかってきて、そんなわけねえだろと思って写メを送ってもらったら、ホントにトイレからめちゃくちゃ泡が出てた(笑)。

トイレの泡で笑うカツセマサヒコ

── あはははは(笑)。

カツセ もちろん担当業務じゃないんですけど、たしかに電話する先は総務部しかないよね、という。すぐ清掃業者さんに電話をかけて対応してもらいました。ホント、幅広かったですね。そんな仕事を新卒で入社して27歳まで、5年間やりました。

── そのあと、現在の勤め先の会社、下北沢にあるウェブ系編集プロダクションであるプレスラボに入社することになるわけですよね。

カツセ はい。そうですね。

希望通りに就職できた就職活動

── もう少し転職前の話を聞きたいのですが、就活のときは、志望する業界とかあったんですか?

カツセ 企画やプロモーションの仕事をしたくて、広告代理店や出版社にいきたいと考えていました。ただ、いろいろ調べていくうちに「大きい印刷会社ならプロダクトの企画から、モノづくり、さらにはプロモーションまで、全部1社でできる」という話を聞いて、だったらそっちのほうがおもしろいなぁと思って、印刷会社を第一志望にしたんです。

僕が就活をした当時はリーマンショックの直前で超売り手市場だったので、内定も結構取れました。それで、一番いきたい会社にいけることになったんです。当時は明確に「書く仕事に就きたい」とは考えていなかったし、何かひとを楽しませる仕事、何かものを広げる仕事ができればいいなと漠然と考えていました。

── 新卒で入社した印刷会社は、いきたい会社だったんですね。希望の会社に入れたのに転職しようって考えることになるのは、なぜでしょうか?

カツセ 簡単に言うと、希望の会社ではあったけれど、希望の部署ではなかったから。これって、僕が勤めていた会社がいい悪いということではなくて、大手企業のしがらみと日本の就職活動の仕組みのせいだと思うんです。

面接のときにさんざん志望動機を聞いておいて、いざ入社したら希望とまったく違う部署への配属。もちろん適性を見て配属しているはずだから、ある程度は合理的だと思うんですけど、よくある話とはいえ、少なくとも僕の希望が叶わなかったことはかなりショックでした。

この経験から僕は、やりたいことが明確な学生には、大手の会社を勧めないことが多いんです。「君のやりたい仕事って、大手に行ったらできないかもしれないよ。イメージしている『働きたい姿』って、ある部署の、あるひとの印象だけだろ。それ以外の仕事のほうが大手は圧倒的に多いぞ」って。脅かしているわけじゃないんですけど(笑)。

日本の就活の理不尽なところを語るカツセマサヒコ

過去の自分から笑われるのは嫌だった

── カツセさんは印刷会社での5年間を、どういう気分で過ごしたんですか?

カツセ 「我慢」ですかね……。「いつか何か変わるんじゃないかな」っていつも思っていたんですが、今考えると、人事や給与に携わる部署は性質上、他部署への異動が難しい場所だったんじゃないかと思います。

僕は、ただそこから逃げたかったんです。40代50代の上司を見て、優秀なひとたちだったんですけど、それでも、会社と家をただ往復する人生に見えて、それでいいのかなって考えてしまって。もちろん大切にしたいものはひとそれぞれだとわかってはいたんですけど。

作業服を配っている僕は、高校時代に描いていた自分になれているんだろうかと考えたときに、やっぱりすごいかわいそうで。過去は当然変えられないんですけど、せめて未来だけは救ってあげたいっていう気持ちが、どんどん強くなっていきました。

過去の自分から今の自分が笑われるのはすごく嫌だけど、未来の自分から嘲笑されるのは、小気味よいことだと思うんです。なぜなら成長してるから。「そんなときもあったよね」って、過去の自分を笑える人間でありたいと考えて、3年目くらいに転職サイトに登録したんです。

過去の自分から笑われるのは嫌だったと語るカツセマサヒコ

── 普通はそうすることが多いですよね。

カツセ でも、エントリーするために自分の情報を入力したら、紹介されるのが人事系の仕事ばっかりで。「結局、この会社を出ても同じことしかやれないんだ」って一度心が折れて、そこから「じゃあ、転職サイトを使わないで転職するしかない」と考えるようになっていきました。ここでようやく、ブログとツイッターで本格的に情報発信を始めたんです。

ネット上で発信し始めたことが今につながっている

── なるほど! そこでインターネット上で発信する今につながるんですね。

カツセ 最初はほんと、ただの憂さ晴らしだったんですけどね(笑)。ツイッターは2010、11年くらいから始めていたんですけど、その頃って、ネット界隈が一番盛り上がっていた時期だったんじゃないでしょうか。

僕の名前がカタカナで「カツセマサヒコ」なのは、サカイエヒタさんやモリジュンヤさん、カズワタベさんなど、当時、ツイッターの中でおもしろいなと思ったひとたち、魅力的な働き方をしていると思ったひとたちがみんなカタカナだったから。真似しようと思ったんです(笑)。

彼らを見て、働き方って、企業に属さなくてもいろいろあるんだなって知ったんです。それで「俺もなんかできんじゃねえかな」って、ブログをスタートしたのがプレスラボに転職することになったきっかけのひとつです。

カツセさんの左手の薬指には結婚指輪が

── 具体的にはどのような流れで入社に至ったんですか?

カツセ 興味本位で社長の梅田が登壇するイベントに参加して、名刺交換をしたんです。名刺を交換したから「Facebookもつながれるかな?」と思って友人申請して、友だちになってもらったんですよね。

Facebookには僕が書いたブログ記事をアップしていたので、「記事もなんとなく認知してくれているかな」ってくらいには思っていました。当時の僕のツイッターフォロワーは数百人しかいなかったし、ブログも一本200PVとか、本当に底辺ブログだったんですけど、あるとき一本だけ、記事がバズッて。それを梅田が読んで、コメントをくれたんです。そこから採用に話が進んでいきました。

── 代表の梅田さんは、その記事を読んで「このひとは光るものがあるな」って思ったんでしょうか?

カツセ いや、梅田はその記事に「俺はそんなこと思わねえけどな」ってコメントをしてましたけどね(笑)。でも、そこからコメント上でやりとりをして、「じゃあうちの会社を受けてみたら?」という話をしてもらえて。

これを掴まなかったら、次はいつチャンスが来るかわかんねえなと思って、「受けます」って即答しました。それまでライターや編集という方向性で仕事を探していたことがなかったから、少し不安ではあったんですけどね。でも、今までの自分の人生で「書くこと」はすごく大事にしていたことだったから、受けてみようと思えたんです。

── じゃあ、自分で「ライターになるんだ!」って決めていた感じじゃないんですね。

カツセ そうですね。ただ、前職にいる間ずっと、何か縁が巡って来たら、絶対に飛び込んでやるって心の準備はしていました。「俺はずっとここ(印刷会社)で働くのは無理だ」って思っていましたから。

転職市場自体は──ITやウェブ業界はまた別かもしれませんが──基本的には30歳がピークって言われていると思うんですよ。当時26、7歳なんですけど、転職して、3年間次の会社でチャレンジしても、30歳でギリギリもう1回転職できると思ったので、その逆算も含めて、飛び込むなら今しかないって考えていました。

とはいえ、やっぱり怖かったです。前職のときは退職希望者に対して面接官をやる機会もあって、退職していったひとたちがみんな成功しているわけではないことを目の当たりにしていたんです。思い切って転職したけど、ある日「また転職しました」って話を聞くことも少なくなくて。「あれだけ覚悟を決めて飛び込んだのに、ダメだったんだ」と考えると、自分がどうなるかわからないという怖さはありました。

プレスラボの採用試験

── 不安な中で、何か安心材料ってありましたか?

カツセ あっ、ひとつありますね。当時のプレスラボって一般公募をしていたせいか、採用試験が超難しかったんですよ。5次選考くらいまであった気がする。

── えっ、5次ですか!? めちゃくちゃ多いですね(笑)。

カツセ そうなんです。重い内容の課題がとにかくたくさん出るし、面接も細かい質問がたくさん出されて、適正をガチで見るんですよ。社員と一緒にブレスト会議に参加するとか、その場でテープを聞いて、要約した文章を20分以内に書くとか、そういうのもあって。

社員が少ない分、相性をすごく大事にする会社なんです。本業をこなしながら受けるにはハードルが高すぎるから、どうせ落ちるだろうと思って、周りには「どうせ落ちるから記念で受けさせてくれ」って言っていたくらいです(笑)。今思えば、そういう試験を経たうえで採用されたのは、「やれるかも」って安心材料になっていましたね。

「どうせ落ちるから記念で受けさせてくれ」と転職時に周りに言っていたカツセマサヒコ

── 具体的に勉強をしていたわけではないのに、ライティングや編集の仕事に馴染めたのはなぜだったと思いますか?

カツセ ブログが練習になっていたのはあると思います。書くことは誰でもできるんだから、仕事にならなくてもまずは書く。何本書いてもネット上の第三者がポジティブな反応を示してくれなかったら、それは文章力がないってことだとわかるじゃないですか。だから、ひたすら反応があるまでネタ考えていました。

── ブログってただ書いてもまったく読まれないし、読まれたとしても、いきなりその業界に入るチャンスってなかなか掴めるものじゃないですよね。だとしたら、たとえばこの記事を読んでくれているひとの中にライターや編集者になりたいひとがいるとして、どんな工夫をしたらいいでしょうか?

カツセ そういう考え方で言えば、インフルエンサーや業界の有名なひとに見つけてもらうことが大切なんだって早い段階から認識していました。代表の梅田にしても、僕からしたら「業界の有名なひと」だったので、そういうひとに届けばいいと思って書いていましたね。

だからブログのネタを探す際も、ウェブメディア上の記事を読んで、自分もこういうの書いてみよう!と思って書いていたし、業界で名のあるひとたちの真似をしていれば、いつか同じようになれるんじゃね?というのは思っていたところがあります。憧れが強いから真似をして、いつかそういうひとたちに届くようにという思いでやっていました。

ふと植物と触れあい始めるカツセさん

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肩書きに左右されない生き方、仕事の仕方をしたい

── カツセさんは、編集者として今後一番やりたいことってなんなんですか?

カツセ うーん……。難しいんですけど、肩書きにはこだわっていないんです。自分は何か「これ!」と言えるものを極めていくタイプではないので……。誤解を恐れずに、そして、まさにいま流行りの感じで言うと「歌わない、演技もしない星野源」みたいな感じになりたいですね(笑)。

歌手とか俳優やモデルになりたいわけではないですよ。でも彼は、音楽や俳優業だけじゃなくて、本も何冊も出すし、ラジオ番組を持つじゃないですか。すごくマルチな才能を持っていて、肩書きに左右されずに働いている。そういう部分に憧れるんです。

僕もそういう生き方、稼ぎ方、仕事の仕方をしたいと思っているんです。だから今、ツイッターのメインアカウントのプロフィールから「ライター」って肩書きを消しているんですよ。「企画・執筆・編集・ラジオ・なんでもやります」みたいな書き方をしています。それは、「カツセマサヒコ」をどこまでメディアにできるのかっていう挑戦と実験のつもりで。だから今後も、コピーライティングとか撮影のディレクションとか、いろんなことにチャレンジして、いろんな業界を跨いで仕事していきたいと考えています。

僕は自分の存在って大仰なものではなくて、娯楽のひとつでいいと思っているんですよ。ツイッターしかりですけど、疲れたなってときに見て元気になってもらうくらいがちょうどいいんです。ひとの命を救いたいとか、世界を変えたいとか、全然思わない。

だから今、僕がこの仕事をしていて一番嬉しいのは、記事を読んで「行ってみました」とか「やってみました」ってリアクションをもらえたときで。それって、楽しんでもらえたということですよね。ひとが楽しむってすごくポジティブなことですよ。僕は前職の仕事が辛かった時期も長いけど、それでも楽しかったから、死のうって思わない。楽しかったら、明日も生きていこうって、思えるじゃないですか。今後もいろんな分野で、ひとを楽しませることをしていきたいと考えています。

お話をうかがったひと

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カツセ マサヒコ
下北沢の編集プロダクション・プレスラボのライター・編集者。1986年東京生まれ。明治大学を卒業後、2009年より大手印刷会社の総務部にて勤務。趣味でブログを書いていたところをプレスラボに拾われ、2014年7月より現職。Twitter:@katsuse_m

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