2016年、ダンス、演劇、音楽劇などのパフォーミングアーツが好きなわたし(編集部・立花)は、「私はアートで救われるのか」という問いを掲げて様々な方に取材を行いました。
その結果、私自身が救われた経験があるからこそ、その経験を誰かと共有したいということが分かり、同時に次なる疑問がわいてきました。それは「私はアートで誰かを救えるか」。アートという表現方法を通して、誰に何ができるかを考えます。

わたしは、ライターとしてのお仕事として、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京のブログで執筆をしていました。

そのお仕事の声をかけてくださったのが、アーツカウンシル東京のPRディレクターである、森隆一郎さん。現在は広報として東京の様々な芸術文化事業に携わっていますが、過去には東京都江東区や福島県いわき市の文化施設で、地域のひとを巻き込んだユニークな取り組みを実践されてきました。

2017年4月から北海道に移り住むわたしは、地域の暮らしや発展にアートがどう関わりあうのか悶々と考えている最中。そこで、森さんに当時の経験のことをうかがいたいと、取材依頼をさせていただきました。

今回は、「すくう」という言葉に対する森さんの考え方を伺うところからはじまり、地域に文化施設が開いていくための実践的なお話を教えていただきます。

「救う」は「すくい取る」と同源

── 今回は芸術文化事業に広報として携わる森さんに「アートで私は誰かを救えるか」というテーマでお話を伺いに参りました。よろしくお願いいたします。

森隆一郎(以下、森) よろしくお願いします。立花さんから依頼書をもらって、改めて「救う」っていう言葉を広辞苑で調べてみたんです。

── ありがとうございます……!

森隆一郎さん

 そうしたら「救う」は「掬う」と同源だということが分かりました。それぞれ英語ならsaveとscoopだけど、漢字があてられる前は、「すくう」はどちらの意味も持っていたことが分かって、これならなんとなく今回のテーマである「救う」という言葉に対して、何か話せるかもしれないなと思いました。というのも、僕はアートで誰かを救おうとは思ったことがないからです。

── はい。

  実際に事業を行なっていて、それで救われているひともいるかもしれないけれど、企画しているこちらはそこまでナイーブじゃないというか……。

もちろんアートは、自分にとっても人格形成に欠かせないものだけれど、それはご飯と同じというか。ご飯を食べることで生き延びられるから、それで救われてはいるんだろうけど、わざわざ“救う”という言葉を当てる必要まではないかなって思っています。

── そうですね……。

 ただ、さっきも言ったように「救う」って「すくい取る」ことと同源だから、言葉遊びみたいになっちゃいますが、何か事業を企画して問いを投げかることで、応答するひとを掬えるかもしれない。そういう意味では、アートは誰かを「すくう」と言えることはあるかもしれませんね。

つまり、事を起こせば誰かしらは“すくえる”ということです。物事を始める、起こすというのは社会に対して大きな網を投げるということですから。そこへ参加したいとか何かしたいって加わってくれるひとは、網ですくわれたひとであり、網を投げた側はすくっていると言えるかもしれません。「救う」という言葉に対して覚えるのは、そういう感覚かなぁ。

森隆一郎さん

 何もしなければ、何も起きないですよね。けれど集まろうって声をかければ、誰かしら“すくわれて”集まるじゃないですか。だから、やることが大事。何かしらを投げかければ誰かしらを「すくえる」から、まずは自分が考えていることや思っている事をやってみるのが一番だと思いますね。

舞台好きなひとしか来ない場所から地域に開いた劇場へ

── わたしは4月から北海道に住むのですが、アートを使って何かできないだろうかとぼんやりですが考えています。もしかしたらその“何か”はアートじゃないかもしれないんですが、森さんも福島の劇場で働かれていたことがありますよね。その時に町のひとや暮らしにアートがどう作用したか、教えていただけますか。

 僕が福島県のいわき市で働いていたのは、2007年から2012年までで、「いわき芸術文化交流館アリオス(以下、アリオス)」という劇場の立ち上げに携わっていました。アリオスには本格的な劇場・ホールが4つあって、市立の文化施設としては破格の規模です。

それまで僕は、東京都江東区の「ティアラこうとう」という文化施設で企画や制作をやりながら「アサヒ・アート・フェスティバル(以下、AAF)」っていうイベントの実行委員としても活動していました。AAFは、全国各地のNPOなどがアートを活用してその地域の課題に向き合い、様々な取り組みを行う集合でした。ティアラこうとうでもAAFでも、既存の枠組みにとらわれない実験的な事業を行っていたから、はじめは僕にアリオスの話が来た時、違和感があったんですね。

── どういう違和感ですか?

 まず、もう大きな施設を建てて公共の文化事業をやる時代じゃないのではないかと思っていました。これは、AAFでつぶさに見てきた全国のNPOの取り組みの影響が大きいです。施設が立派だと、いきおいそこで行うソフトも結構立派なラインナップになっちゃうじゃないですか。でもね、芸術的価値が高い演目ばかり並べても、もともとそういうものが好きなひとにしか届かないんですよ。

── 公共施設にも関わらず、一部のひと向けのものになってしまうんですね。

 東京ならひとがたくさんいるから、趣味も多様で、特定のひとに向けた企画でもお客さんは集まります。でもいわき市くらいの規模の都市では、全方位で市民に向き合わないと施設に足を運んでもらえないし、好感を持ってもらうのも難しい。

東大の小林真理先生という教授が「教育や福祉は、ある層の市民に対して行われる政策だけど、文化は全世代に対する政策になる」という話をされていて、その通りだと僕も思います。

いわき芸術文化交流館アリオス
いわき芸術文化交流館アリオスの外観(公式Facebookページより)

 アリオスの工事が始まったら、地元の音楽好き、演劇好きは「ここに何ができるんだろう」って注目するけれど、そうじゃないひとの方が圧倒的に多いわけです。そういうひとたちに注目されて劇場に来てもらわないと、利用するひとが一部に限られてしまう。せっかくつくるのに、もったいないですよね。だから市の担当の方には「文化の殿堂とか、そういう権威的なものに対して自分は懐疑的です」と正直に言いました(笑)。

── 具体的に地域に開いた場所にするために、どんな事をされたんですか?

 僕の肩書きは、アリオスのマーケティング・マネージャーでした。劇場におけるマーケティングっていうと、チケットの販売とか顧客の囲い込みを行う部署とか、そういうイメージがあるかと思います。でも、アリオスの場合はなるべく多くの市民に向けて開かれている必要があると考えたので、たとえば小さな子どもたちやその親御さんたちにもアリオスに足を運んでもらうために「かえっこバザール」というイベントを企画しました。

── かえっこバザール?

 美術家の藤浩志さんが発案した遊びで、子どもたちが家で要らなくなったおもちゃを持ち寄って、交換するんです。交換はポイント制になっていて、持ってきたおもちゃのクオリティによってポイントがつくんですね。なかなかいいおもちゃなら3ポイント、まあまあなら2、そこそこなら1、というふうに。そのポイントで、他の子どもが持ってきたおもちゃに交換できる。

かえっこバザールをアリオスのホワイエ(*1)を解放して開催したんですが、子どもたちはもちろん、付き添いで大人も大勢集まり、盛況でした。中でも、孫を連れてきて疲れて休んでいたおばあさんに「ここは何するところなの?」と聞かれたのが印象的でしたね。「コンサートとかお芝居をやる施設なんですよ」って説明しました(笑)。

(*1)ホワイエ:劇場やホテルなどのロビーのこと

アリオス・パークフェス
市民とともに企画を考える「アリオス・プランツ!」から生まれた「アリオス・パークフェス」の様子(公式Facebookページより)

── 舞台での企画に縛られず、建物全体を開いた場所にしたんですね。今でこそアートフェスなど箱物にとらわれない場所でのアートプロジェクトやイベントはたくさんありますが、当時は、かなり先進的だったのではないでしょうか。

 公立文化施設としては、そうかもしれませんね。でもAAFをはじめ、地域のアートプロジェクトって以前から小さなうねりのように全国各地で始まっていたと思います。

アリオスでは、「アリオス・プランツ!」という、市民と一緒に企画を考える定例会議みたいなこともやっていまいした。そこから立ち上がった企画は今でもいくつか続いていて、アリオス前の公園を活用した「アリオス・パークフェス」は、今では市内でも結構大きなイベントに育っています。アリオスが仕掛けた会議から始まったことだけど、市民が自律的に運営し続けていて頼もしいなと思います。

森隆一郎さん

何をするにも一人ではできない。仲間が必要です

── 森さんのお話をうかがっていると、アートはひとが繋がるきっかけとして作用していて、作品そのものの価値はまた別物という印象があります。

 僕が施設のマーケティングとしてアリオスでやっていたことと、いわゆる舞台作品や美術館の企画展などは、そもそもの目的が違いますからね。

これは以前、SPACの宮城さん(*2)と話したことですが、一見劇場にひとがたくさん集まっているように見えても、そういうコミュニティってすごく限定されたひとしかいないんですよね。だから演劇を知らない、興味がないひとからすると、アートや劇場の価値ってあんまり関係ない。アリオスの立ち上げをする上で、その意識の違いを無視するのはダメだっていう危機感を覚えていました。

(*2)参考:【アートに学ぶ#3】演劇で思い知るのは「分かり合えない」という孤独と希望|SPAC芸術総監督・宮城聰

── それはメディアをやっていても感じます。アートに関わらず“興味のないひと”への届け方はすごく知恵をしぼりますし、そのためには自分は何ができるか、もっと言えば北海道へ移住した後、何ができるのかをずっと考えています。まだ行く前なので、できることは限られますし過剰に思い入れてはいけないと思いますが。

 何をするにも、一人ではできないですからね。仲間が必要です。アリオスの立ち上げも、多くのひとが助け合って実現しました。

僕の場合は、役所の方とよくコミュニケーションをとりました。仕事の話というよりは、雑談レベルのものですね。そのひとがどういう生い立ちかとか家族構成とか……。あとは学校の先生も地域出身ではない方も多いので、地域のことを客観的に見ていますね。それから、役所の人からいろいろな人を紹介してもらい、会って話をしたり、商工会議所や青年会議所に顔を出したり、どんなNPOがあるかなって調べたりしました。地域のために自発的に動いているひとがどれくらいいるのかとか、コミュニティの規模感を知りたくて。また、マーケティングの事業として、様々な市民の方に意見を聴く「グループインタビュー」も定期的に行っていました。

── ものすごく具体的で勉強になります……!

 僕や立花さんみたいに外から入って来るひとは、自分なりの新しい発見を伝えていくことが大事だし、地元の方や僕らを受け入れてくれる方の中には、そういう事を期待している方もいますね。

新しい視点を取り入れるっていうことは、何かしら変化するということです。変化しないという状態も、もちろんいいことでもあります。今日と同じ明日が来るって思っていないと人間は生きていけませんからね。明日も今日と同じように太陽が昇るし電車は走って、仕事場もある。そういう変わらない日々が、生活を支えています。

でも、人間ってそれだけじゃ飽き足らなくなってくるんですよね。新しい変化や出会いが欲しくなる。

たとえば公共文化施設が気軽に非日常を感じられるような場を用意していたら、変化するのにちょっと抵抗があるひとでも、参加しやすいんじゃないかと思います。仲間集めとか、アイデアの実現方法はよくわからないけれど、日々の暮らしや地域に対するモヤモヤした想いを抱えているひとを“すくう”ことができるかもしれませんね。

お話をうかがったひと

森 隆一郎(もり りゅういちろう)
1966年東京都生まれ。アーツカウンシル東京PRディレクター。青山学院大学文学部教育学科卒業。江東区文化センターで生涯学習講座やホールイベントの企画などに携わった後、1998年から2006年度まで「ティアラこうとう」の企画制作を担当、並行して2002年よりアサヒ・アート・フェスティバル(AAF)実行委員会で活動。2007年から2011年度まで「いわき芸術文化交流館アリオス」のマーケティング・マネージャーを務め、2012年より現職。業界人やアートに興味のある学生や社会人を集めた早朝の雑談会「トーキョーアーツのれん会」を毎週開催している。

【ぼくらの学び】特集の記事一覧はこちら

くいしんの学び

タクロコマの学び

立花の学び

ほか多数執筆中